65.帝国からの亡命者
「お、見えたぞ!! やっと着くんだな!!」
ラフェル王国へ向かう街道。コートを纏ったふたりのうち、真っ赤なドレスに身を包んだ少女が指を差して言う。
「そうね、何だか随分久しぶりの様な気がするわ」
もうひとりの男、コートにビキニパンツの男がそれに答える。
「久しぶりだ!! ほんとレー兄は全然ヴェスタに来てくれないから!!」
ゲルチが苦笑して答える。
「まあ仕方ないわよ。なんでもレフォードちゃん、今度の魔族との休戦協定の立役者って話しでしょ~?」
ヒト族と魔族の休戦の話は、無論ヴェスタ公国でも話題になっている。幹部であるふたりはそれがレフォード達による功績だとも聞き及んでいる。ヴァーナが答える。
「ああ、そうだ!! あの魔族長ってのがルコだってのも分かった!! あのバカ、私を殺そうとしやがったんだ!!」
それはあなたも同じでしょ、とゲルチが内心微笑む。あの強烈な重力の中、
「早く行くぞ!! レー兄ィ!! 待ってろオオオ!!!」
ヴァーナは見事に復興を終えたラフェル王城へ向かって勢いよく馬を走らせた。
「レフォードさん、お気をつけて」
ラフェル王城正門。再びここから旅立つレフォード達をシルバーは一体何度見送ったのだろうかと苦笑する。
今回はガナリア大帝国からの密入国者と聞いている。ヴェルリット領での出来事なので先に領主であるミタリアが確認を行うことは自然なこと。レフォード達に絶大な信用を置いているシルバーだから一切心配はない。
ただ彼が不在の時に問題が起こることがここ最近続いている。一抹の不安を抱えながら歩き出そうとしたレフォード達に女の声が掛けられる。
「レー兄様っ、どうしてルコを置いていくの?」
紫髪のボブカット、頭に小さな角を生やしたルコが城内から出て来て言った。可愛らしい顔の頬をむっと膨らませて怒っている。ちなみに最初は魔族だとして恐れていた城の兵達も、たった数日でロリロリのルコに皆が嬉しそうに話し掛けるようになった。
ルコの言葉に頭に手をやり困った顔をしながらレフォードが答える。
「置いてくって、それは昨日も話しただろ? お前は重要な戦力。ラフェルやその他地域での防衛を頼むって」
「……」
レフォードはルコの戦闘力、そして飛行による機動力を高く評価していた。
有事の際に遠方まで行け、彼女ひとりだけでも戦力となる。これほど強い味方はいない。出掛けるレフォードに何度も説明されてようやく納得した昨晩。それが再び話が振出しに戻ってしまっている。
「ルコも行くの。レー兄様と一緒がいいの」
「はあ……」
そう言ってレフォードの服の袖を掴むルコ。昨晩と全く同じ内容の会話にレフォードがため息をつく。ミタリアが言う。
「だからルコちゃん、それは昨夜たくさん話したでしょ。お兄ちゃんは私と行くんだって」
突然マウントを取り出すミタリア。とにかくガイルも一緒に行くしこれ以上邪魔は増やしたくない。ガイルが言う。
「そう言う言い方するなよ。だから揉めるんだぞ」
「ガイルお兄ちゃんは黙ってて!!」
ミタリアはルコとの『女の戦い』に再び突入する。レフォードがため息をついて言う。
「はあ、だからいい加減ふたりとも……」
そこまで口にした時、街の方から大きな声が響いた。
「レー兄ぃいいいいい!! 会いたかったぞおおおお!!!!」
「はっ!? ヴァーナ!!??」
真っ赤なタイトドレスに深紅の髪。駆けてきた馬から勢いよく飛び降りたヴァーナがレフォードに抱き着く。
「お、おい!? なんでお前が!?」
全く予期していなかった訪問者。レフォードが後からやって来るゲルチと交互でヴァーナを見つめる。ヴァーナが答える。
「だってレー兄、全然ヴェスタに来てくれないじゃん!! ずっとひとりで寂しいよ!!」
「あらやだ。私だっているのに~」
それを聞いたゲルチがちょっと寂しそうな顔で言う。
「ちょ、ちょっと!! ヴァーナちゃん!! お兄ちゃんから離れなさいよ!!」
「ヴァーナ、すぐに離れるの。じゃないと潰すわよ」
ミタリア、そしてルコも静かに怒りを表す。ヴァーナが言う。
「あー、ルコだ!! 本当にルコだ!!! お前、私を殺そうとしたろ!!」
ヴァーナの脳裏に重力攻撃と
「ヴァーナだってルコを殺そうとした。実際死にかけたの」
同じくヴァーナの放った
「お前が先に撃って来たんだろ!!」
「うるさいの、ヴァーナ。静かにするの」
ゴン、ゴン、コン!!
「きゃっ!」
「ふへっ!?」
「痛いーっ、なんで私まで!?」
勢いで一緒にげんこつされたミタリアが頭を押さえて言う。レフォードが言う。
「同罪だ、お前らいい加減にしろ」
なんで私が叱られるの、と不満そうな顔をする妹達にレフォードが言う。
「ミタリアは領主なので一緒に行かなきゃならん。ルコはラフェル周辺の守備を、ヴァーナにも今朝ヴェスタの守りをしっかり頼むと手紙を出したばかりだ。ゼファーの為だ、協力してくれ」
「……レー兄、やっぱりあれはゼファーなのか?」
真面目な顔をしてそう尋ねるヴァーナ。レフォードが首を振って答える。
「分からねえ。だけど間違いねえだろ。お前も見たろ?」
「見た」
ヴァーナも見た新皇帝即位の号外。雰囲気は変わっていたが、間違いなく一緒に孤児院で過ごしたゼファーだ。レフォードが言う。
「その手掛かりを探るのが今回の目的だ。だから俺は急ぐ。頼むから協力してくれ」
「……分かったの」
「レー兄に言われちゃ仕方ないなぁ」
ルコとヴァーナが少し寂しそうな顔でそう答える。レフォードがふたりの頭を交互に撫でながら言う。
「ちゃんと頑張ってくれたら今度メシにでも連れてってやるから」
「え、本当か!!」
「約束なの。ルコ、一生懸命頑張るの」
喜ぶふたりの横に来てミタリアも言う。
「お兄ちゃん、私も行く!!」
「なんでお前まで行くんだよ……」
ガイルが呆れた顔でつぶやく。レフォードが言う。
「ああ、分かった。今度な」
「「「やったー!!」」」
姉妹達はハイタッチをして喜びを分け合う。それを傍らで聞いていたシルバーがポカンとした顔で尋ねる。
「あの、レフォードさん。ゼファーがどうのこうのって仰ってましたけど……」
シルバーにはゼファーの件はまだ話していない。まだ不確定なこと、正騎士団副団長には話せない。
「いや、何でもねえ。俺達の話だ」
「はあ……」
シルバーの中ではそれでもきっと何か大きなことではないかと、目の前の青髪の男を見て思わざるを得なかった。
長い移動を終え、レフォードやミタリアは久し振りにヴェルリット家に帰って来た。
国単位の出来事が立て続けに起こる中、皆の原点とも言えるこの家を見ると懐かしさや安堵の気持ちがこみ上げる。
「お帰りなさいませ、ミタリア様」
領主ミタリアを迎えたのはセバスに代わって屋敷を仕切る新しい執事と、ふたりの男女。ガイルが馬車から降りて嬉しそうに言う。
「おお、フォーレにリンリン!! 元気そうだな!!」
元『三風牙』のふたり。ライドは正騎士団に入りラフェル王城にて勤務しているが、残りのふたりはヴェルリット領に残り治安維持に努めている。フォーレが頭を下げて言う。
「ガイル様、ご無沙汰しております」
「仕事はどうだ?」
「全く問題ありません」
当初はレフォード達『国』の側に立つことを拒んでいたフォーレ。しかし今はすっかりその国を守る側の人間となっている。今回の密入国者の情報もすぐにミタリアと共にガイルにも伝えた。ミタリアが言う。
「ただいま。早速だけどそのガナリアの人に会いたいわ」
「かしこまりました。その男は地下牢に入れてあります。参りましょう」
そう言って執事と一緒に歩き出す。ガイルとレフォードもそれの後に付いて歩く。越境が困難なガナリア大帝国。何をしにやって来たのか想像がつかない。
「こちらです」
執事に案内された地下にある牢。ほとんど使うことがない暗い牢に、一か所だけ明かりがついている。ミタリアが言う。
「ありがとう。あなたは戻っていいわ」
「はい」
執事達はそう言うと頭を下げて地下牢から出て行く。
(怪我をしているな……)
鉄格子の前に立ったレフォードが、中に蹲っている男を見つめる。危険な国境越えをして怪我をしたのだろうか。ミタリアが声を掛ける。
「あなたですね、ガナリア大帝国から来たと言うのは」
「……そうだ」
男が少し顔を上げる。まだ若い男。目がギラついている。
「ラフェルに来た目的は何ですか?」
「……」
黙る男。ガイルが言う。
「おい、お前。言わねえと殺すぞ」
そう言ったガイルをミタリアが睨む。男が尋ねる。
「あんた誰だ?」
勝手に領地に入って来て捕まり、領主に対して『誰だ?』は失礼だがミタリアが冷静に答える。
「私はミタリア。この地の領主です」
(領主? こんなに若いのに本当に領主なのか?)
男は明らかに自分より若い女を見て一瞬疑う。だがこの状況で嘘はないと踏んだ男が言う。
「亡命だ」
「亡命? ガナリアから逃げて来たってことか?」
レフォードが尋ねる。男は頷いてから言う。
「そうだ。重要な情報と引き換えに俺に協力して欲しい」
「重要な情報……?」
レフォードが尋ねる。
「協力とは何だ? 何をすればいい??」
「その前に約束してくれ」
一瞬の静寂。それをミタリアが破って言う。
「いいでしょう。ヴェルリット家領主として協力します。だからその情報ってのを教えてください」
男の目が一瞬明るくなる。そして静かに言った。
「間もなく帝国がここへ攻めてくる。最強の皇帝ゼファーと共に」
レフォード達はそれを黙って聞いた。
歴史がひとつ動こうとしていた。
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