64.北の大国、始動。

 ラフェル王城最上階にある大広間。

 特別な催しなどを行う広間に、歴史上初となる『魔王訪問』の為に集まった参列者が並ぶ。広間の壁には白銀の鎧を纏った正騎士団、各大臣や上級政務官が緊張した面持ちで立つ。

 広間の奥でこの城の主であるラフェル王が立ち上がり、その来客を笑顔で迎えた。



「よくお越し頂いた。魔王カルカルよ」


 国王自身、こんな滑稽なセリフを言う日が来るとは夢にも思わなかった。絶対に相容れないヒト族の敵魔族。その最高責任者をこの美しき王城でもてなすという現実を。魔王カルカルはゆっくりと大広間を歩きながら答える。


「ヒト族の王よ、今日の訪問楽しみにしておったぞ」


 ヒト族を遥かに凌ぐ巨躯。強靭な体、満ち溢れる魔力。落ち着いた中にも迸る荒々さ。笑顔ではあるが、鋭き眼光はまさに魔王の存在感を示す。

 カルカルは側近の魔族数名を引き連れラフェル王の前まで来ると手を差し出した。



(握手……)


 このまま手を握り潰されるのではないかと一瞬思った王が、横目でレフォードを見つめる。小さく頷くレフォード。ラフェル王はそれを確認してから堂々と魔王の手を握った。



「これがヒト族の友好の証と聞いた。間違いないよな?」


「良き良き」


 ヒト族の王と魔族の王ががっしりと手を握る。沸き起こる拍手。ヴェスタ公国やラリーコット自治区など周辺国からの来賓が見つめる中、魔族との初めての休戦協定が結ばれた。





「じゃあレフォードよ、ルコちゃんのことは頼んだぞ」


「あ、ああ……」


 式典を終えた魔王カルカルは国王の宿泊の誘いを断り、その夜魔族領へと帰って行った。

 理由は分からないが魔王には魔王の事情があるらしい。何度も何度もルコに話し掛け最後は『また来る』と言って帰って行った。休戦中とは言え魔王が度々来られてはラフェルも大変だろうとレフォードは苦笑した。



「なあ、レスティア。エルクはまだ時間がかかりそうなのか?」


 正騎士団長室で呪刃に倒れたエルクが眠る。『聖女』と呼ばれたレスティアがずっと治療しているが未だ目を覚まさない。怪我と解呪の同時治療。怪我による傷、体にできた斑点はもうほとんど消えているがまだその美しい目はまだ開かない。



「レーレー、これ一体何の呪いなんだろうね~、こんなしぶといの本当に初めてだよ~」


 ダルいと言いかけて思わず口を閉じるレスティア。それでもラフェルの治療師が皆匙を投げたエルクをここまで回復させてくれたことはさすがである。レスティアを管理するマリアーヌにも感謝しかない。


「何だろうな。それについては考えたことなかったけど。で、エルクを刺した奴の身元は分かったのかな」


「やはり分からないとのことでした」


 部屋に居たマリアーヌが答える。身分証などは一切持っておらず、ラフェル治安部隊が調べているが不明だったとのことだ。



「誰かの差し金か、個人的な恨みか……」


 レフォードが目を閉じたままのエルクをじっと見つめる。



(いつまで寝てんだよ。お前が寝ている間に随分と世界は変わっちまったぞ)


 レフォードがエルクの金色の髪を撫でる。



「本当に世話の焼ける弟だぜ……」


 マリアーヌはそう言って部屋を出るレフォードの目に涙が溜まっていることに気付いた。






(どうしたらガナリア大帝国に行ける……)


 魔王一行が帰還してからレフォードはずっとガナリア大帝国のことを考えていた。新皇帝に即位したゼファーと言う男。孤児院時代に接した彼は大人しく争いごとを好まない弟だった。



(本当にお前なのか、ゼファーよ……)


 彼には他の弟妹達とは違った思いがある。だからもしそうなら本当に会いたい。一層のこと力づくで行こうかと考えていたレフォードに女の声が掛かる。



「お兄ちゃーん!!」


「ん、ミタリア?」


 ぼんやりと考え事をしながら王城の中庭を歩いていたレフォード。ルコが壊した王城も修復が進み、ほとんど以前のような美しき姿に戻って来ている。ミタリアが走って来て言う。



「探したよ、お兄ちゃん!!」


「どうしたんだ、そんなに慌てて?」


 ミタリアは息を整えてから言う。



「あのね、ヴェルリット領から知らせが来たんだけど……」


 ミタリアが小さな声で話す。


「北部のガナリア大帝国からの密入国者を捕捉したんだって」


「密入国者??」


「うん、だから一度領主である私に戻って来てっていうんだ」


「なるほど……」


 レフォードが考える。何かガナリア大帝国とのきっかけを持ちたいと考えていたレフォード。密入国者の目的が何か分からないが会って話を聞いてみるのもいいだろう。



「分かった。すぐに行くのか?」


「うん。お兄ちゃんも来てね」


「ああ、そうするつもりだ」


 そう答えたレフォードの背中からまた別の声が掛かる。



「おーい、どこに行くんだって??」


 それは尖った黒髪の男ガイル。レフォードとミタリアの内緒話を聞きつけてやって来た。ミタリアがむっとした顔で言う。



「何でもないよー!! ガイルお兄ちゃんには関係のないことなのー!!」


 折角レフォードとふたりきりで自領へ戻ろうとしていたミタリア。また邪魔をされると警戒する。ニッと笑ったガイルが言う。



「ガナリアからの密入国者だろ?」


「え!? な、何で知ってるのよ!!」


 驚くミタリア。彼女自身もまだ先程知ったばかりの情報である。ガイルが笑いながら言う。



「なんで知ってんのって、ヴェルリットで情報収集してるのって一体誰だよ??」


「あ、そうか……」


 ミタリアのヴェルリット家で現在情報担当を行っているのは、元ガイルの部下である『鷹の風』の諜報部員。有能な彼らはそのまま領主お抱えの情報収集班となっている。



「もぉ、上手く行かないんだから……」


「ん、何の話だ?」


 レフォードがひとり不貞腐れるミタリアに尋ねる。それにガイルが笑って答える。



「何でもねえよ、レフォ兄。それより早く行こうぜ、ヴェルリット家!!」


「そうだな。すぐに行こう」


 そう言ってがっしり手を握るレフォードとガイルを見て残念な気持ちと同時に、またこの三人で出かけられることにミタリアは素直に嬉しいと思った。






 北部ガナリア大帝国の王城大広間。

 そこに集められた帝国軍部の幹部達。皆が緊張した面持ちで整列して待つ中、その黒髪の新皇帝は同じく真っ黒なマントを靡かせながら登場した。


「よく聞け、お前ら」


 新皇帝ゼファーは椅子にどかっと座り足を組んで続ける。



「これから南方に侵攻する。全員死ぬ気で行けっ!!!」



「!!」


 ついに発せられた南方侵攻命令。歴代の皇帝達が切望しながらも成し遂げられなかった野望。だが敵国は同盟を組んだとの情報もあり、その難易度は以前よりも跳ね上がっている。騒めく幹部達を前にゼファーがひとりの男を紹介する。



「こいつはハルク。今日から三将軍のひとりになる。覚えておけ」


 紹介されたのは独眼の武骨な男。背中に巨大な剣を背負っており発せられる覇気からただ者ではないと分かる。

 だが三将軍に任命されるほどの逸材でありながらそこに集まった幹部は誰も彼のことを知らない。当然である。彼は先日まで末端の小隊長であった。魔導部からの強い推薦でゼファーが登用したのだが、その意味は後に皆の知ることとなる。



「リンダ!!」


「はい……」


 ゼファーに呼ばれた金髪、黄色のドレスを着た『魔導士リンダ』が一歩前に出る。三将軍のひとり。体から発する電気。そのせいかいつも彼女の金色の髪はふわふわしている。ゼファーが命じる。



「お前はヴェスタ公国を討て。歯向かうものは皆殺しにしろ」


「ヴェスタ公国? まあまあ痺れるわね~、いいわ、お望み通り跪かしてあげる」


 リンダは電気を纏った髪をふわっとかき上げ後退する。




「ダルシス!!」


「はっ」


 次に呼ばれた僧侶ダルシス。同じく三将軍のひとり。僧侶でありながら野獣のような巨躯に丸太のような太い腕。顔は穏やかだが発せられる狂気までは隠せない。ゼファーが命じる。


「お前はラリーコットだ。全力で叩き潰せ」


「御意。我は主の意思に沿い敵を殲滅致します」


 丁寧な言葉、慇懃すぎるその振る舞いが逆に不気味さを感じさせる。終始にこやかなダルシス。彼が仮面を被った聖職者と言われる所以の所作である。ゼファーが立ち上がって言う。



「ラフェルはこの俺が直々に潰すっ!! ラフェルの城を奴らの血で真っ赤に染めてやるぞ!!! ふはははははっ!!!!!」


 拳を上げてそう笑うゼファーに皆が自然と目を閉じ、頭を下げる。

 新加入の三将軍ハルクはゼファーより言い渡された帝国の守備。ここに南方侵攻の準備が全て整う。新皇帝ゼファーの下、北の大国がついにその牙を露にした。




「さあ、いいでしょう……」


 その帝国で新皇帝も知らない計画が秘密裏に進められていた。真っ黒な胴衣を着た魔導士達。その中の老いた魔導士が、出陣し主のいなくなった帝国城で薄笑いを浮かべながら言う。


「最終強化だ。ハルクよ……」


 円形の台の上、手足を金属で固定されたハルクが静かに頷いた。

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