63.小さな綻び

 ガナリア大帝国の前皇帝ヘルムには、彼を支える三名の将軍がいた。

『剣士ロウガン』『魔導士リンダ』『僧侶ダルシス』。強き者が正義とされる帝国内で、皇帝に次ぐ強さを誇る彼らはまさにガナリアの強さの象徴であった。


 だが皇帝ヘルムが拘束され、表舞台から消えたことでそこに変化が起きる。



「こいつの一族を全て牢にぶち込め」


 帝国城の謁見の間、気を失って倒れる皇帝ヘルムを指差しながらゼファーが冷淡に言った。荒々しさの中にも持ち合わせる緻密さ。そこに居た者はゼファーがただ強いだけでないことを理解する。


 新皇帝の命を受けた帝国兵の行動は早かった。ヘルムの家族が住む宮殿に乗り込みその日のうちに一族全員を拘束。また帝都にあった親族の家に火をつけ徹底的に彼らを歴史から抹殺した。

 その徹底さは前皇帝ヘルム以上。帝国城は恐怖で支配されながらも、圧倒的強さを誇る魔導人体サイボーグ化されたゼファーに多くの者が酔いしれた。だがそこに小さな綻びが生じる。



「捕えろ。俺に異する奴など要らぬ。捕えて一族を潰せ」


 皇帝謁見の間。ゼファーの前で真っ青な顔をした政務官が体を震わせる。

 彼は外交部の主任。南下政策を主とするガナリア大帝国だが、一部穏健派は話し合いによる国の発展を望んでいた。前皇帝ヘルムも聞く耳は持たなかったが、ここまで排除することはなかった。だがゼファーは違った。



「い、いたずらに戦争を起こしては国が廃れ、帝都民にも犠牲が出て……」


 政務官はまだゼファーが話し合いのできる相手だと思っていた。魔導人体サイボーグ化されたとはいえ元は人間。きっと話しは通じる。だが新皇帝の言葉はそんな彼の希望を打ち砕くには十分なものであった。



「異する奴は潰す」


「!!」


 その言葉と同時に皇帝の側近が政務官を両側から押さえ込む。身動きが取れなくなった政務官に、剣を抜いたゼファーがゆっくりと歩み寄る。


「や、やめてください……、お願いします……」


 政務官が脂汗を流し、体をぶるぶると震わせながら懇願する。

 だがゼファーは容赦なかった。無言で漆黒の剣を振り上げ、謁見の間が赤く染められようとした。



 カーーーーーン!!!


 皆の耳に甲高い金属音が響く。

 政務官を斬ろうとした皇帝ゼファーに、その老いた剣士は躊躇いなく斬りかかった。ゼファーが持っていた剣でそれを受け止める。政務官達が驚いて逃げて行く中、彼は冷静に尋ねる。



「どういうつもりだ? ロウガン」


 それは帝国三将軍のひとり『剣士ロウガン』。ヘルムの先代皇帝より仕えた老剣士で、老いてなお帝国最強の名を欲しいままにする剣豪。ロウガンが答える。



「ちとやり過ぎではございませぬか、新皇帝よ」


 ふたりは剣の間合いを保ちつつギッと睨み合う。ゼファーが尋ねる。



「俺に賛成できぬと言うのか?」


「できませぬ」


 ロウガンは前皇帝ヘルムの数少ない理解者であった。

 冷酷で残虐なところはあったが、ゼファーほど徹底した圧政を敷くことはなかった。年を取り、人の命の尊さをより強く感じるロウガンだからこそゼファーのやり方には賛成できなかった。ゼファーが言う。



「だったらテメエが死ねぇ!!」



 ガン!!!!


 ぶつかり合う漆黒の剣と戦士ロウガンの剣。二刀流のロウガンは両手に持った剣に力を入れ叫ぶ。



「貴様など認めぬぞっ!!!!」


 ガン、ガンガン!!!!


 突然、皇帝と三将軍との戦いの場となった謁見の間。周りにいた文官達が悲鳴を上げて逃げて行く。一見互角の両者。だがロウガンはその決定的違いを感じ絶望する。



(は、刃が通らぬ……)


 何度もゼファーの体に打ち込まれたロウガンの双剣。だが魔導人体サイボーグ化によって強化されたゼファーの体はその鋭利な刃も拒んだ。



 グサッ!!!


「うぐぐぐっ……」


 さすがのロウガンも寄る年波には勝てず、一瞬の油断を突いたゼファーの漆黒の剣によって崩れ落ちる。倒れたロウガンを踏みつけゼファーが叫ぶ。



「こいつの一族をすぐに捕らえよっ!!!!」


「はっ!!」


 指示を受けた兵が駆け出す。ゼファーが真っ赤に染まった剣を拭きながら皆に言う。



「俺が気に食わねえ奴はいつでも相手になってやる。だが覚悟しとけ。負けたらこうなる!!」



 ドン!!!


「!!」


 そう言ってゼファーは足元に倒れるロウガンの顔を足蹴りにして大声で笑った。





「ジェネス様っ、いらっしゃいますか!!」


 ガナリア大帝国の帝都、その外れにある立派な洋館の家のドアが勢い良く開けられた。訪ねて来たのは帝国城から真っすぐ駆けて来た兵士。顔を真っ青にして叫ぶ。


「どうした? 何事だ?」


 ジェネスと呼ばれて現れたのはひとりの若い男。腰に二本の剣を差す剣士である。兵士が急ぎ告げる。



「ロウガン様がゼファーに拘束されました。間もなくこの家にも兵がやって来ます!! 急ぎ避難を!!!」


「!!」


 ジェネスは心のどこかで覚悟していた。

 新皇帝が即位してからすっかり変わってしまった帝国を、父ロウガンはいつも嘆いていた。歯向かったらやられる。だが堅物である父はきっと抗うだろう。だけど心のどこかで思っていた。あの強い父なら絶対負けないと。



「ありがとう、伝えてくれて。母さん達は??」


 外出中の母親と妹。ジェネスは家族の心配をする。



「今、別の兵が救助に向かっております。さ、早くここから退避を!!」


「うむ、分かった。あとで皆で合流しよう」


 ジェネスはそう言って兵と別れた。

 だがこの後、ジェネスがこの兵や家族と会うことはずっとずっと先のことになる。帝国内での絶望を知ったジェネス。たったひとりになりながらも父の無念を晴らすまでは死ねないと決意する。



(必ずやあの憎き皇帝を打ち倒す!!!!)


 ジェネスはたったひとり危険な国境超えを敢行する。そして辿り着いた国は南方に広がる豊かな国、ラフェル王国であった。






「久しぶりだな、こうやってみんなで食事をするのは」


 魔族領から驚きの成果を持って帰ったレフォード達。その夜、ラフェル王城では豪華な夕食会が開かれた。豪華な装飾や気品溢れる調度品。重厚なテーブルと椅子に腰かけた一同が、次々と提供される食事に目を輝かす。



「これ、マジうめえな!!! 最高だぜ!!!」


 その中でも一番食べることに執着のあるガイルが喜びを爆発させる。その横でガイルの顔を拭きながらミタリアが困った顔で言う。


「ちょっとガイルお兄ちゃん!! こんなにこぼしたらダメでしょ!!」


 ミタリアの真正面に座るレスティアが、隣に門兵の様な顔で座るマリアーヌにおどおどしながら尋ねる。



「ね、ねえ、今日はこのデザート食べてもいいの……?」


「まあ仕方ありません。祝いの場ですし、ひとつだけなら許可します」


 その言葉に満面の笑みを浮かべながら頷くレスティア。久しぶりのデザート。未だエルクは目を覚まさぬが、彼女のお陰で確実に回復に向かっている。レスティアが満面の笑みでデザートを運ぶ。同席したシルバーが皆に言う。



「さあ、皆さん。どんどん食べてください。今日は祝いの宴です、遠慮しないで!!」


「おうっ!!」

「十分頂いてますよ」


 同じくテーブルに座るライドやジェイクもそれに頷いて食事を続ける。



「これはまた美味な料理で。魔族領にはこのような食べ物ありません。素晴らしいですね」


 黙々と食べるレフォードの隣に座ったサキュガルが、ヒト族の料理に驚き感激する。ヒト族への興味が尽きぬサキュガル。隣に座るレフォードが尋ねる。


「魔族でもこんな料理食べるんだな。ちなみにお前らの主食は何なんだ?」



「ヒトです」



「!!」


 少し考えれば当然の回答だが、あまりにも予想外の言葉に皆が静まり返る。サキュガルが笑いながら言う。


「大丈夫ですよ。皆さんを食べたりしませんから。我々魔族も皆さんと同じように料理を食べます。ヒトは美味びみですが食べなくても問題ありません」


 皆の顔に安堵の色が浮かぶ。当然である。人食い魔族を城内住まわせるわけにはいかない。レフォードが隣に座るルコに言う。



「ルコ、こいつが馬鹿なことしないようにしっかり見張って置いてくれよ」


 そう言って指差されるサキュガル。ルコが頷いて言う。


「分かったの。ルコがしっかり言っておくの」


 レフォードの命令には順応なルコ。そんなルコがレフォードをじっと見つめて言う。



「レー兄様」


「なんだ?」


「レー兄様はいっぱいスキルを持っているの。だから強いって分かったの」


「スキル?」


 ルコの暗黒砲火ダークキャノンを砕き、漆黒の重圧グラビティブラックの中でもただひとり行動したレフォード。あの強さは魔族の間でも話題になっている。

 スキルと言う言葉を聞き、レフォードの頭に【超回復】と【超耐久】の文字が浮かぶ。そして思い出す。



「あ、そう言えばこのスキルってお前が教えてくれたんだよな!」


「そうなの」


 レフォードが持つスキルの存在を教えてくれたのは孤児院時代のルコ。当時は【回復】と【耐久】であったが、鉱山作業の中で超絶に進化したスキルに勝手に『超』を付けていた。ルコが言う。



「【超回復】と【超耐久】の他に、もうひとつあるの」


「え? そうなのか??」


 驚くレフォード。ルコが言う。



「【超重撃ちょうじゅうげき】、凄く重い拳が繰り出せるの」


「あぁ……」


 レフォードはようやく理解した。鉱山内で素手で岩を砕けていた訳を。



「本当におっかない人ですね。こんな野蛮な人と戦っていたなんて思い出したくもないです」


 サキュガルはレフォードに殴られたお腹辺りをゆっくりとさする。レフォードが言い返す。


「人間を食うやつに野蛮とか言われたくねえわ」


「ぷっ、きゃはははっ!!!」


 皆が噴き出して笑う。和やかな雰囲気の中、会食が終わる。

 そして魔王がラフェル王城に訪れる朝を迎えた。緊張した面持ちの城の兵士達。国王も魔族、しかも最高責任者の魔王の訪問とあって別人のように緊張している。



「魔王様がお見えになりました!!!」


 城の兵士がそう呼ぶと何故だかとても滑稽に聞こえる。城内の大広間に集まった一同。レフォード達、皆がその異質な訪問者を迎えた。

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