62.魔王のワガママ?

「え、えええええええっ!!??」


 ラフェル王城に戻ったレフォード達。早速シルバーがいる副団長室へと向かい、魔王城での出来事を詳しく説明した。ルコとの再会、魔族との休戦協定。そこまで笑顔で聞いていたシルバーだが、その署名式について話が及ぶと彼の顔がその名の様に真っ白になった。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!! 署名式典をやるのは分かりますが、どうして自らがここに来るんですか!?」


「いやー、それがだな……」


 レフォードは頭に手をやり困った顔をして魔王城でのやり取りを思い出す。

 当初、休戦協定書を作成し魔王城へと赴く予定であった。そのような習慣のない魔族にとってヒト族の習わしに従わざるを得なかった。だがそれが魔王カルカルの発言で少し方向性が変わる。



「俺がヒト族の城に行って式に出よう。ルコちゃんの住む場所も見たいからな!!」


 言ってみればただ単に娘が心配な親バカの思いつき。自分の元を離れて嫁ぐ娘が心配なだけなのだ。だがそれにはレフォードが反対する。



「ちょっと待て、魔王」


「お義父さんだ」


「いや、それはいいとして勝手に来られちゃさすがに困るぞ」


「なぜだ?」


 カルカルはどうして自分が行ってはいけないのか本当に分からないらしい。



「なぜって魔王が来てみろ。大混乱になる!!」


 しばらく考えたカルカルが尋ねる。



「よく分からんが俺は争いに行く訳じゃない。『侵攻しない』って約束を交わしに行くんだ。なぜ混乱する? もし仮にヒト族の王がここに来たって我々は混乱などしないぞ」


「そ、それはそうだが……」


 レフォードもミタリアも黙り込む。協定を結ぶにあたり国の代表が直々に訪れることは決して悪いことではない。相手への敬意を示す意味もあるため逆に断っては失礼にあたる。カルカルが言う。



「行く日にちはまた追って連絡する。楽しみにしてるぞ、レフォードよ!!」


 結局最後は魔王の威圧によって押し切られた形となったレフォード達。まあ仕方ねえか、と笑って諦める義兄をミタリアはため息をついて見つめた。





「大変なことになった……、何と国王に報告すればいいのか……」


 真面目なシルバー。本当に魔王が来た際のことを思い顔を青くする。レフォードが他人事みたいに言う。



「だから心配ねえって。国のトップ同士握手でもして笑ってればいいんだよ」


「ははっ、レフォ兄らしいな」


 ガイルが苦笑する。

 これまで散々レフォードを交渉に使って来たラフェル。レフォードはその仕返しだと内心ほくそ笑む。楽しそうな顔をする兄を見てため息をつくミタリアがシルバーに言う。



「シルバーさんにお願いなんですが、周辺国にヒト族代表としてラフェルが魔族と休戦協定を結ぶことをご連絡頂けませんでしょうか」


 ラフェル一国と休戦協定を結んでも仕方がない。ミタリアの提案は当然だ。


「分かりました。各国に承諾を得る書を送りましょう」


 シルバーもそれに同意する。



「あとこれはまあ正直どちらでもいいことなんですが……」


 そう前置きした後でミタリアがシルバーに言う。


「うちの姉のルコちゃんなんですが、この城に暮らすことはできますか?」


「は? ルコちゃんって、さっきの魔族長の……??」


 シルバーが尋ね返す。再会を果たしレフォードと一緒になるとかならないとかの話はあったが、王城で暮らすとは聞いていない。レフォードが言う。



「まあ、そのなんだ……、ルコが俺と一緒に暮らしたいって言うから、とりあえず同じ城で我慢しろって言っちまった訳で……」


 そうでもしないと魔王の逆鱗に触れる、そうミタリアが付け加えた。



(と言うかいつからレフォードさんは王城暮らしになったんだ? まあここに居てくれた方が断然助かるのだが、魔族長までとなると……)


 悩むシルバーにミタリアが言う。



「これが叶わないと多分協定は破棄。魔族との全面戦争になります」



「!!」


 もうそれは言ってみれば脅しのような言葉。他に選択肢がない話である。シルバーが渋々承諾する。



「分かりました。何とかします……」


 正騎士団副団長とは言えいわば管理職。無理難題を押し付けられるシルバーを見てレフォードは少し哀れに思えた。ミタリアが言う。



「大丈夫ですよ。ルコちゃんいい子だし、お兄ちゃんや私、レスティアお姉ちゃんやガイルお兄ちゃんもいるから!」


「そうだな! 久しぶりにルコにも会いてえしな!! 大丈夫だぜ!!」


 ガイル達の話を聞きシルバーが答える。


「そ、そうですね……」


 そう思うと少しは気が楽になる。




 コンコンコンコン!!!!


 そんな副団長室のドアが勢い良くノックされる。


「入れ」


 シルバーの声に直ぐにドアが開いて反応する。



「シルバー様っ、大変です!! テラスに魔族が現れました!!!」



「はあ!?」


 驚くシルバー。だがレフォードはすぐに察する。



「来たか。ミタリア、ガイル、行くぞ」


「おう!」

「はいっ!!」


 レフォードは顔面蒼白のシルバーの腕を掴んで弟妹達と一緒にテラスへと走り出す。




「あ、てめえは!?」


 王城の景色が良いテラス。皆がお茶などを楽しむこともあるその優雅な場所に、見慣れた魔族が立っている。黒いタキシードを着た上級魔族サキュガルである。


「これはこれはレフォードさん、お探ししましたよ」



「レー兄様!!」


 サキュガルとは別に数体の魔族、そしてその横に紫髪のボブカットの少女ルコもいる。レフォードの姿を見つけたルコが一直線に走って抱き着く。


「わわっ、ルコ!?」


 驚くレフォード。同時にガイルが声をあげる。



「おー、マジでルコじゃん!! 大きくなったな!! お、これがその角ってやつか??」


 ルコの成長に喜びの声を上げながら、ガイルは目に付いた彼女の頭に生えた小さな角に触れる。ルコがそれに気付き答える。



「ガイル? 本当にガイルなの。頭が大きくなったの」


「十数年振りの再会なのに成長したの頭だけかよ……」


 ガイルが苦笑する。抱き着くルコを見てミタリアがむっとして言う。



「ちょっとルコちゃん!! どうしてすぐにお兄ちゃんに抱き着くのよ!!」


「ルコはレー兄様と結ばれる運命なの。だからこれでいいの」


「よくないわよ!!」



「あー、もう離れろ!」


「きゃっ!」


 いい加減ダルくなったレフォードがルコを突き放す。



「で、今日は何用だ? 急に来てみんなびっくりしてるぞ」


 魔族の襲撃かと駆け付けた城兵達は、シルバーの命で一旦後方へと退いている。サキュガルが一歩前に出て右手を腹部に当てながら軽く頭を下げて言う。



「ルコ様の王城入りの護衛としてやって参りました。本日よりここで暮らすルコ様と。何卒宜しくお願い致します」


 そう言って再度頭を下げるサキュガルにレフォードがツッコむ。


「おい、ルコの件は聞いているが、今さらっと自分もって言ったよな?」


「はい、わたくしも今日よりここに住む予定です」


「聞いてねえぞ。帰れ」


 サキュガルが残念そうな顔で答える。



「まああなたとは色々ありましたが、カルカル様ならびにルコ様のご意向を受け過去のことは水に流すことと致しました。今日よりルコ様の付き人としてこちらで暮らしますのでどうぞよろしく」


「いや、要らねえから帰れって」


「ルコは要らないって言ったの。でもカルカルが無理やりつけたの」


「なるほどねえ……」


 親バカのカルカルがひとりでヒト族の世界に戻った娘を心配して、こちらの文化にも理解のあるサキュガルを派遣したのだろう。サキュガルが立てた中指と人差し指を額に当て、妙なポーズを取って言う。



「と言う訳でルコ様ならびにわたくしの部屋もご用意願おう。いらっしゃるカルカル様の準備もしなければなりませんのでね」


「は?」


 皆がその言葉に唖然とする。



「おい、今、明日魔王が来るって言ったのか?」


 そう尋ねるレフォードにサキュガルがすまし顔で答える。


「ええ、そうですよ」



「あ、明日ですって!? まだ国王に魔王訪問のことも話していないのに!?」


 顔を真っ青にするシルバー。レフォードが言う。


「本当に急だな。そんな突然言われても準備ができねえぞ」


「準備? そんなものは必要ありませんよ。普段通りに接して頂ければ十分。特別は必要ありません」


 魔族、しかも魔王が城に来るのに『普通』でいられるはずがない。とは言えここで彼らを断るようなことをすれば休戦協定にも影響する。サキュガルがともに来た魔族達に言う。



「お前達はもう帰っていいぞ。カルカル様によろしく伝えておいてくれ」


 魔族達は頷いて応えるとそのまま魔王城の方へと飛び立って行った。シルバーが兵に命じる。


「とりあえず部屋をふたつ用意しろ。私は至急国王に報告に向かう」


「はっ!!」


 シルバーに言われた兵が敬礼をして走り出す。レフォードが呆れた顔で言う。



「まったくお前らはマイペースな奴らだな」


 サキュガルが笑顔で答える。


「あなたに言われたくないですよ」


「まあ、そうだな」



 突然の魔族訪問。

 そして魔王カルカルの訪問を迎える。

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