第七章「皇帝ゼファー」

61.新皇帝ゼファー即位

 ラフェル王国の北部に位置するガナリア大帝国。

 寒さと凍り付いた大地で、野菜も育たぬ極寒の地。鉱物資源で得た富の軍事力を背景に、広大な領土を獲得して来た大国。

 その帝国城にある広い地下室で真っ暗な胴衣に身を包んだ老人達が、緊張した面持ちでその被験者を見つめていた。



「目を覚ますことはないな?」


「はい。大丈夫です」


 円形の台の上に上半身裸の少年が眠っている。黒い髪の少年の手足は台にしっかりと固定され動かせない。老人が言う。



「ようやく魔導人体サイボーグ化に成功したのに。このような事態になるとはな」


 ガナリア大帝国の最終兵器として開発された魔導人体サイボーグ。実験は成功しその英知の粋を集め誕生した魔導人体サイボーグゼファーだったが、彼の性格は内向的で大人しくその力を存分に発揮することができなかった。

 それに対して魔導士達が出した結論は、『心の破壊』。ゼファーの持っている価値観や良心と言った感情を失わせ、破壊を行う魔導人体サイボーグを作ることにした。



「さあ、始めるぞ」


「はっ」


 周りにいた魔導士達が魔法の詠唱を始める。



「うっ!? うぐわあああああっ!!!!」


 同時に叫び声を上げるゼファー。目を見開き、黒い髪を左右に振りながら苦しみ始める。黙ってそれを見つめる老人が思う。



(これが成功すれば、我々はついに最強兵器を手にする。豊かな大地を、暖かな楽園をついに……)


 絶対的権力者皇帝ヘルムを中心に、ガナリア大帝国は強き軍隊を持って南下を目論んでいた。失敗は許されない。一度でも失敗すれば周辺国の反発を受け、逆に自国の危機を招くことに繋がる。

 だから絶対的強さを誇る魔導人体サイボーグ計画を、国の将来を掛けた事業として進めた。そしてその最終形が今、目の前に姿を現わす。




「……」


 静寂。魔法を唱え終え、ピクリとも動かなくなったゼファーを皆が見つめる。成功したのか、それとも失敗に終わったのか。

 期待と不安が交差する視線の先に居た黒髪の少年ゼファーが目を覚ます。老人が叫ぶ。


「起きよ、ゼファー!! 目覚めの時だっ!!!!」


 瞬間、目をカッと見開いたゼファーが叫び声を上げる。



「ぐおおおおおおおおおおっ!!!!」


 大人しく内向的だったゼファー。前回の魔導人体サイボーグ化の実験が終わった後も、部屋の隅で体育座りをして一日中過ごすような少年。その彼が人が変わったかのような血走った目をして叫び出す。



「せ、成功だっ!!」


 老人達が喜び、抱き合う。

 だがそんな喜びはすぐに打ち砕かれることとなる。



 バキッ、バキン!!!!


「え?」


 彼を固定していた台の金属金具が、大きな音を立てて破壊される。魔族でも拘束できる強靭な金属。魔導人体サイボーグ化したとは言え、元人間であるゼファーに破壊などできるはずはない。

 上半身裸のゼファーが台からゆっくり降り、老人達を睨みつけながら言う。



「貴様らか。この俺をこんな場所に縛り付けたのはっ!!!!」


「!!」


 圧倒的な威圧。睨まれただけでも体が動かなくなるほどの強い眼光。老人達は体が震え、何も答えることができなかった。

 そして常識を超えた力を手にしたゼファーはたったひとりで帝国城を制圧。絶対的存在として君臨していた皇帝ヘルムを皆の前で叩きのめし、震えあがる配下の前で高々に宣言した。



「この俺が皇帝だ。これから全世界をぶっ潰す!! 破壊だ、破壊!!! ぎゃはははははっ!!!!!」


 皇帝に仕えた配下達は皆下を向いて震えあがる。

 そして前皇帝が意識を失い倒れたまま、そこに居るいる者すべてが新皇帝に忠誠を誓った。






「お兄ちゃん、これって……」


「ああ……」


 無事ルコとの再会を果たし、魔族との休戦協定と言う手土産まで持って帰国の途に就いたレフォードとミタリア。帰還途中、休憩の為に立ち寄った街で手にした号外に目を奪われた。



【ガナリア大帝国の皇帝ヘルム失脚。後継者に新皇帝ゼファーが即位】


 そこには北のガナリア大帝国での政変、絶対的権力と力を振るっていた皇帝ヘルムが失脚するというショッキングな見出しと共に、新皇帝のイラストと名前が記されていた。ミタリアが言う。



「ねえ、これってゼファーお兄ちゃんだよね……?」


 ゼファーと言う名前だけならそう言う偶然もあったかもしれない。だがそこに描かれたイラストは間違いなく同じミリガスタ孤児院で育った弟ゼファーであった。レフォードが答える。


「ああ、確かに似ているが……」


 ゼファーは大人しい子。号外に描かれたイラストは全く別人のような凶悪な顔をしている。ルコにとってはひとつ上、ヴァーナと同い年の兄ゼファーを思い出す。


「そうだよね。こんなに怖い顔していないよね……」


 とは言って見たもののそれは十中八九、兄ゼファーだと思った。レフォードが言う。



「ガナリア大帝国か……、簡単に行くわけにはいかんな……」


 これまでのラリーコット自治区やヴェスタ公国は国交があったり、無かったとしても結びつきの強い国であった。文化も比較的近く交易も盛んであった為、潜入調査などが可能であった。

 だがガナリア大帝国はそうはいかない。交易こそあるものの、その検閲は厳しく行商人とて行き来は簡単じゃない。無論国交はないし、敵国として捕まったら命の保証はまずない。食べ物や文化も違う国。素人の潜入は無謀と言えるだろう。レフォードが言う。



「まあ、一旦帰って考えよう。先に魔王達との休戦協定をやらなきゃいかんだろ?」


 答えの出ない問題。今はまだ不確定要素が多くて動く時ではない。そう思ったレフォードが言う。



「魔王ねえ……」


 ミタリアが少し不磨そうな顔になる。


「どうした? 休戦は嬉しくないのか?」


「嬉しいよ。嬉しいけど、あの魔王、ルコちゃんとお兄ちゃんが一緒になるって思い込んでる。おかしいでしょ、そんなこと?」


 ミタリアはあの後魔王城で予想外のもてなしを受け貴重な経験をしたのだが、自分のことを『お義父さん』と呼べと何度も言っていた魔王が面白くない。レフォードが言う。



「そうだな。ルコは可愛い妹ではあるが、一緒になることはない」


「そうだよね! やっぱりそうだよね!!」


 嬉しそうな顔でそう言うミタリアに、レフォードが冷たく言う。



「お前もだぞ、ミタリア」


「ぶー」


 膨れっ面をして不満を表すミタリア。兄を救助してから一番長く傍に居るはずなのに、どうやってもその鉄の心は開いてくれない。こんなに傍に居るのに、手を伸ばせば届く距離なのに届かない手。ミタリアが小さな声で言う。



「もう妹なんてやめちゃおうかな」


 馬車の音に混ざる小さな声。


「ん? 何か言ったか?」


「しーらない」


 ミタリアがプイと顔を背ける。妹ミタリアの小さな反発であった。






 魔族領から馬車に揺られて数日、ようやくラフェル王国に戻って来たレフォードとミタリア。久しぶりに見る王都は以前よりずっと活気に溢れているように見えた。


「おお、城の修復も随分進んだな!!」


 半壊寸前だったラフェル王城も、以前のような可憐なる姿を取り戻しつつある。ラフェル王国、特に王都に住む者にとって『強きラフェルの象徴』である王城はやはり輝いていて欲しい。



「あ、レフォードさん!」


「よお、お勤めご苦労さん」


 ラフェル王城正門、白銀の鎧を着て立つ門兵がレフォードの姿に気付いて声を掛ける。以前は怪しまれながら入ったこともある正門。今はもう顔パスである。



「レフォードさん、お帰りなさい!!」


 兵からの報告を受けてすぐに正騎士団副団長のシルバーが駆けてくる。その横には尖った黒髪のガイル。ミタリアの顔を見るなり指を差して言う。



「あー、お前やっぱりレフォ兄と一緒に行ったんだな!!」


 ガイル達からすればレフォードと共に姿をくらましたミタリアを皆が心配していた。ミタリアが小さく舌を出して言う。



「そうだよ。お兄ちゃんと一緒に行ってきた。ごめんね!」


「ふざけんなよ!! みんながどれだけ心配したと思ってんだよ!!!」


 怒鳴るガイルにミタリアが何度も頭を下げて謝る。ガイルがレフォードに言う。



「レフォ兄も何か言ってやれよ!!」


「俺か? 俺はもう散々言った。まあ、それでもミタリアも役には立ったんだが……」


 また叱られると思ったミタリアが嬉しそうな顔で言う。


「そうでしょ、そうでしょ!! 私がいなきゃお兄ちゃんはダメなんだよね!! 一心同体って言うか、もう離れられない関係って言うか」



 コン!!


「痛ーい!!」


 ミタリアの頭にレフォードが軽くげんこつする。


「調子に乗るな。ひとつ間違えれば首が飛んでいたんだぞ」


 魔王カルカルとの面会。上手く話がまとまったので良かったが、下手をすれば消されていたかもしれない。シルバーが尋ねる。



「それでレフォードさん、どうでしたか??」


「うん、実はね……」


 レフォードの代わりに魔王城での話をするミタリア。

 それはシルバーにとって予想外の吉報であり、王城襲撃、ガナリア大帝国の新皇帝即位と暗い話ばかり続いていた彼にとって久しぶりに心から喜べるものであった。

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