60.恋する乙女
「なあ。あれ、どういうことなんだ?」
「ルコ様が探していた男ってのがあいつなのか?」
青髪のレフォードに抱きしめられ涙を流すルコ。それは魔王城ナンバー2の魔族長ではなく、完全に恋する乙女の顔であった。抱きしめ合うふたりを前にミタリアがむっとして言う。
「ちょっとぉ、ルコちゃん! いつまでそうやってるつもりなの!!」
レフォードの胸に顔を埋めながらルコが横目で答える。
「ずっと……」
「ダメよ、ダメダメ!!」
ミタリアを見たレフォードが言う。
「お前、もうそのかつら外していいぞ」
「あ、そうだね」
ミタリアはずっとつけっぱなしにしていた青髪のかつらを外し、彼女特有の赤い髪をはらりと垂らす。ルコが言う。
「あ、ミタリアなの」
ようやく幼き頃のイメージに合致したルコが安堵の声を出す。
「お、お前はっ!!!」
そんな再会を喜び合う兄弟の前に、皺のない高級なタキシードを着た上級魔族が指を差しながら立つ。腰には鋭利なレイピア。以前ラリーコットでレフォードに瞬殺された魔族サキュガルである。レフォードが言う。
「よお、久しぶりだな」
「な、なにを!? 貴様、一体……」
憎き青髪の男。今でも彼に殴られた体が疼きその都度湯治を続けている。
とは言え予想外の展開。主であるルコの知り合い、それも相当仲が良い知り合いと映る。サキュガルがルコに尋ねる。
「ルコ様っ!! これは一体どういうことでしょうか!!」
魔族皆が聞きたかった質問。ヒト族の男と抱き合って喜ぶなど魔族長として許すまじ行為である。ルコが答える。
「レー兄様はルコのお兄様なの。ルコはレー兄様が大好きなの」
「し、しかし……」
「ルコはレー兄様と結婚するの。ルコの夢なの」
「は?」
「え?」
「おいっ!!!」
「ルコちゃん!!!!」
そこに居たルコを除くすべて者が声を上げる。特に『お兄ちゃん大好きミタリア』は頭から湯気を噴き上げて怒る。サキュガルの傍に居た上級魔族がぼぞっとつぶやく。
「けっ、やっぱり人間との混血だな。あんな奴が魔族長なんかに……」
「混血がどうしたって?」
「ひぃ!!??」
そうつぶやいた魔族の背後から巨躯の男が声を掛ける。魔族は振り返りながら真っ青になって答える。
「ま、魔王様。いえ、別にそう言う意味では……」
「失せろっ!!!」
「は、はいーーーーーーっ!!!」
上級魔族は吹き飛ぶようにその場から消えて行った。
(こいつ、ヤベエ奴だ……)
レフォードが魔王カルカルを見つめて思った。
静の中にも
「お、お兄ちゃん……」
「ああ、分かってる」
相手は魔族最強の魔王。ここで争いになったら一体どうなるか分からない。魔王カルカルはレフォードを一瞥してからルコに尋ねる。
「ルコちゃん、これがルコちゃんが探していた男なのかい?」
先程の魔族の時とは打って変わって可愛らしい声。レフォードとミタリアが一瞬拍子抜けする。ルコが頷いて答える。
「そうなの。ルコのお兄様。レー兄様なの」
「そうか……」
そう言ってカルカルがレフォードをじっと睨みつける。強い圧力。正直やり合って勝てるかどうか分からない。カルカルが尋ねる。
「お前がルコを守り切れるのか?」
緊迫した空気。薄いガラスか氷のようにちょっと強く押せば全て割れてしまうような緊張感。魔族や近くにいた青髪の男達、ミタリアがその言葉をじっと聞く。
「無論だ。俺がルコを守る」
「おお……」
レフォードとしては当然の回答。兄として大切な妹を守る。だがそこに居た皆はもちろん別の意味としてとらえる。
「ルコ、嬉しいの。ずっとレー兄様について行くの」
「お、お兄ちゃん!! それじゃ浮気に……」
「分かった。許可しよう」
周りの雑念を跳ねのけるように魔王カルカルが大声で言う。さらに次の言葉はそこに居合わせた皆を心底驚かせた。
「本日よりヒト族への侵攻を一切禁止する。我が娘ルコの花婿の為に!!!」
「は?」
「え?」
「ひょえ!?」
「はあああああああああああ!!??」
短い言葉であったが魔王カルカルが発したその言葉に、すぐに理解できない要素がてんこ盛りになっていた。魔王の側近が恐る恐る尋ねる。
「あ、あの、カルカル様。それは今後ヒト族を攻撃しないという意味でしょうか……」
「そうだ。文句あるか?」
「い、いえ。確認の為に……」
そう答える側近であったがやはり動揺は隠せない。本能としてヒト族を狩ることを植え付けられた魔族や魔物達。高い知能を有する魔族は魔王や上官の命令で制することもできるが、知能の低い魔物は別だ。さすがにヒト族攻撃禁止は想像できなかった。
「ふざけるな!!! その首俺が落としてやるーーーーーーっ!!!!」
突然魔族の中から響く声。
魔王の決断に不満を持ったひとりの上級魔族が、剣を片手に魔王カルカルへと一直線に飛び込んで来た。
「
ドフッ!!
「ギャッ!!!」
魔王が軽く唱えた重力魔法。飛び掛かって来た上級魔族を一瞬にして床に押し付けた。ルコと違い小範囲で正確、素早さを兼ね備えた重力魔法。皆がその威力に脂汗を流す。
「牢に入れて置け」
「御意」
床に押し付けられ気を失った上級魔族が別の魔族によって運ばれる。ルコが尋ねる。
「ねえ、カルカル。私があなたの娘ってどういうことなの?」
ルコの言葉にカルカルが真面目な顔となって答える。
「ああ、実はな……」
カルカルはまだ弱小魔族だった頃に恋に落ちたヒト族の女の話をした。
可憐で美しかった女性。当初魔族だと身分を明かさずに会っていたのだが、彼女はカルカルの正体を知ってからも変わらず接してくれた。やがて訪れる異動命令。カルカルは泣く泣く別れを告げると同時に、彼女の懐妊を知った。ルコが言う。
「そう、カルカルが私のお父さんだったの」
「ああ、隠していてすまなかった。ごめんよ、ルコちゃん」
魔王カルカルが父親の顔になって謝る。
「いいの。そんな気がしていたの」
「そうだったのか。なあ、ルコちゃん。お母さんは元気でいるのか?」
(……)
一瞬ルコの心臓が強く鼓動する。
「うん、元気なの。いつか会えると思うの」
カルカルが目を閉じて答える。
「そうか、いつかまた会いたいな……」
何かを感じたのか、その閉じられた大きな目から涙が流れる。黙るルコ。レフォードとミタリアも無言になる。ふたりは知っていた。ルコの母親らしき女性があの村で虐殺されたことを。魔王カルカルがレフォードに言う。
「レフォードとか言ったな」
強い圧。それに負けじとレフォードが答える。
「ああ」
カルカルがレフォードに向かって言う。
「我々は今後ヒト族と争わない約束を交わしたい。どうしたらいい?」
「約束?」
その言葉は驚きを持って受け入れられた。
言ってみれば魔族とヒト族との休戦協定。叶えばこれほど人類にとって嬉しい知らせはない。レフォード以上に驚いたミタリアが興奮気味に言う。
「お、お兄ちゃん!! これって凄いことだよ!! こんなことしたら平和勲章貰えるかも!!!」
「あ、ああ、そうだな……」
どう対処していいのか分からないレフォードに代わり、ミタリアがカルカルに答える。
「とーっても簡単なことです! 争わない内容を記した文章にお互いが署名すればいいんです!! そのような書面って用意できますか??」
少し考えるカルカル。隣にいる側近を見ても首を振っている。
「悪いが用意できない。我々にはこれまでそのような文化がなかったからな」
元々ヒト族と交渉などする必要がなかった魔族達。休戦協定など準備できるはずがない。ミタリアが言う。
「分かったわ。じゃあ書面はこちらで用意する。一度国に帰ってからまた来るね!」
「了解した。手続きはお前らに任せる」
ミタリアは国を守る領主の顔となって魔王との交渉を終えた。ルコがレフォードを見上げながら尋ねる。
「レー兄様は今、どこに住んでいるの?」
「俺か? 今はラフェルの城かな」
しっかりとした定住地がないレフォード。敢えて答えるとすればラフェル王城である。ルコが頷いて言う。
「じゃあ、ルコもそこで暮らすの」
「は?」
「ル、ルコちゃん!!!」
慌てて声を上げるふたり。魔王カルカルも悲しそうな表情を浮かべながらもそれに同意する。
「可愛い娘の嫁入りだ。頼んだぞ、レフォード」
「お、おい! ちょっと待て、魔王カルカル!!」
その言葉を聞いたカルカルが眉間に皺を寄せて言う。
「なんだ、その呼び方は!? お義父様と呼べ」
「な、何を言ってるんだ!? 一体!! おい、ルコ!! お前は俺の妹だろ??」
そう振られたルコが嬉しそうに答える。
「ルコはレー兄様のお嫁さんになるの。よろしくなの」
「ル、ルコーーーっ!!」
思わぬ展開となった魔王城潜入。
結果としてルコを見つけ出し、更には魔族との休戦協定を結べることとなった。蛮族、ヴェスタ公国、そして今度は魔族と次々とラフェルの憂いを除いたレフォード。だがそんなラフェル王国に新たな牙が向けられようとしていた。
レフォードが魔王城に潜入していた頃、ラフェル王国を始めとして各地で緊急号外が配布された。
【ガナリア大帝国の皇帝ヘルム失脚。後継者に新皇帝ゼファーが就任】
レフォードの働きでまとまりかけていた世界。今まさに風雲急を告げようとしていた。
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