59.レー兄様。
ガナリア大帝国の傭兵ジェラートによって点火された炎は、あっと言う間に地下広間に閉じ込められていた『青髪の男』達に燃え広がった。
「魔族を倒すぞ!!!」
「ここから逃げるぞっ!!!」
ジェラートによって破壊された鉄の扉に皆がなだれ込む。たったひとつだが、核を得た男達はまるでうねり狂った濁流の様になって外へと流出する。その先頭には百戦錬磨の傭兵。もはや誰にもこの流れを止めることはできなかった。
「おい、お前ら!! やめろっ、無駄死にするぞ!!!!」
レフォードが扉に向かって駆ける青髪の男達に向かって叫ぶ。無駄な血を流させたくない。生気を失い下を向いたまま座る者も多かったが、半数近くの者がたったひとりの言葉に乗せられ我を失い走り出す。ひとりの男がレフォードに言う。
「あんたは逃げたくないのか!?」
「逃げる前に冷静に考えろ! ここをどこだと思っている!!」
「ふんっ、腰抜けがっ!!!」
青髪の男は吐き捨てるようにそう言うと出口へ向かう濁流へと消えて行った。
「くそっ……」
レフォードの心配は尤もだった。
どれだけ数が居ようがここは魔王城。魔族達の本拠地。ここで小さな反乱を起こしたところで焼け石に水なのは明白。レフォードにまだ皆を救うアイデアはなかったが、行動を起こすのは今じゃないはず。皆がやられる。
「脱獄だっ!! 制圧せよ!!!」
「はっ!!」
魔王城一階ホールに上がって来た傭兵ジェラート達を、脱獄の報を聞いて駆け付けた魔族が囲む。どれもが強い戦闘力を持つ上級魔族。本拠地である魔王城での混乱は許さないと言う魔族側の本気がうかがえる。
「怯むなっ!! 行くぞおおおお!!!」
ジェラートはその中でも比較的力の弱い魔族に向かって突撃する。剣を持った魔族。まずその剣を奪うのが目的だ。
「うおおおおおおおっ!!!!」
「突撃ーーーーーっ!!!」
青髪の男達も傭兵ジェラートに続いて突撃を始める。
「はあっ!!」
ドフッ、ドフッ!!!
「ギャッ!!」
ジェラートは流れるような体術で魔族から剣を奪うと、すぐに別の魔族へ斬りかかる。次々と集まって来る魔族達。ジェラートの目的はたったひとつであった。
(どんな手段を使ってもいい。俺だけでもここから脱出する!!!)
天涯孤独で傭兵のジェラートにとって仲間などどうでも良かった。自分だけ助かればそれでいい。付いて来た青髪の男達も彼にとっては利用すべき道具のひとつ。彼が持つ天性のカリスマ、生への渇望がより彼を輝かせて見せた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
しかし現実はそううまくは行かない。
実戦経験のない者すらいる青髪の男達。武器も防具も持たない彼らが魔王城にいる上級魔族とやり合うことなど端から無理な話である。
「こ、こんなのと戦えねえよ……」
地下広間にも何度かやって来た魔族。だがそれは使い魔である下級の魔族であり、今脱獄を起こした青髪の男達の前に立つのはエリートとも呼べる上級魔族達。怒り心頭で脱獄しようとするヒト族の制圧にやって来たのだ。
「くそくそくそっ!!!!」
ジェラートは数名の手練れと共に魔族と戦った。次々と地下広間から上がって来る味方に援護されながらも内心思う。
(このままでは負ける。何とかしなければ……)
ヒト族の数の力などたかが知れている。予想以上に強力な魔族軍。数をもって脱出しようと目論んでいたジェラートは作戦の変更を余技される。
(このまま逃げるか? 俺だけ)
混乱に乗じて単身逃げることを考える。ハイリスクだがこのまま制圧されて殺されるよりマシだ。ジェラートが新たな作戦に切り替えようとした時、その流れを変える人物が現れた。
「ルコ様!?」
魔王城一階ホール最奥に現れた紫髪のボブカットの少女。魔王カルカルに次ぐ魔族長を務める実力者。ルコの登場に近くにいた魔族達が集結し片膝をついて頭を下げる。
(あいつ、ヤベエ……)
ひとり脱出を目論んでいたジェラートは、最奥に現れた紫髪の少女を見て体を震わせた。以前面会した時とは明らかに別人。強豪揃いの魔族達が可愛く見えるほどの強烈な力。ジェラートは自分の起こした脱出劇を後悔し始めていた。
「ルコ様……?」
周りの上級魔族達がその小さな異変に気付いた。
ルコは無表情のままホールで暴れる『青髪の男』達を見つめる。魔族達と争う男達。そのうちのひとりがルコに近付いて来て手にした剣を振り上げた。
「俺達を開放しろおおおおおお!!!!!」
ドン!!!
「ぐわあああああ!!!!」
攻撃しようとした男はルコの周りにいた上級魔族によって軽く弾かれる。ルコの安全を確かめるため声を掛けようと魔族がそのはっきりとした変化に気付いた。
「……ぇーにぃ、さ……ぁ、じゃない……」
「ルコ様??」
ルコが声を震わせながら言う。
「違うの、ここに居るのは全部、……違うの。ぇにぃ、さまぁは、こんなことは絶対しないの……」
ルコはそうつぶやくとゆっくりとその
「
「!!」
いきなりの発動。
全てを強力な重力で抑え込むルコだけが使える古代魔法。
「ぐぐっ、ぐああああ……」
周りにいた上級魔族、そしてホールで戦っていた青髪の男達が突然体に圧し掛かる強い圧力に次々と倒れ始める。
「な、なんだ!? これは……」
負傷しながらも魔族と戦っていたジェラートもその強い重力の前に力なく床に倒れる。初めての経験。一体何が起こったのか理解できぬ光景が辺りに広がる。
「ル、ルコ様……、くっ……」
反乱制圧の為に駆け付けていたドリューも成す術なく床に叩きつけられた。得意の
「全部消えるの。
「!!」
魔族達は耳を疑った。
この魔王城内で高火力の上級魔法が発動される。ひとつ間違えば魔王城諸共吹き飛ぶ。
ゴオオオオオオオオ……
その間にもルコに集まる強力な魔力。床に押し付けられた魔族達が口々に叫ぶ。
「ル、ルコ様、お止めを……」
「に、逃げろぉ……」
しかしそんな小さな声は、ルコが発動した
ドオオオオオオオオオオン!!!!
そしてその時が訪れた。
全てを破壊するような轟音、城内の壁や天井に反響してさらに大きな音となったルコの魔法が、動けなくなった魔族や青髪の男達へと放たれる。
(あんなのどうするんだよ……)
(もう終わりだ……)
そこに居た皆がそう思った。身動き出来ぬ体に高火力魔法。成す術はなかった。
ドオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
(え?)
生を諦めた皆の目にその不思議な光景が映った。
「なに、あれ? 爆発……??」
ルコから放たれた漆黒の砲弾が床に着弾する前に突然爆発したのだ。激しい衝撃音。爆風。目を覆うような閃光。そして立ち込める黒煙の中からひとつの男の影が現れた。
「……あ」
ルコがその男を見て小さく声を上げる。
皆が押し付けられて横たわる床を、その男はゆっくりとルコの元へと歩み寄る。近くに倒れる魔族が思う。
(な、何が起きたんだ!? いや、それよりあいつ、どうして歩けるんだ……??)
その青髪の男はやや重そうな足に力を入れながらゆっくりと魔族長ルコへと歩み寄る。じっとその男を見つめるルコの目に溜まる涙。目の前までやってきたその男が声を掛けた。
「よぉ」
青髪の男を見上げてルコが震えた声で尋ねる。
「……私が、分かるの?」
男が笑って答える。
「当たり前だろ、ルコ。ずっと探していたぞ」
「レ、レー兄ぃ様ぁあああ!!!!」
それまで我慢していたルコが青髪の男レフォードに抱き着いた。
「レー兄様、レー兄様、レー兄ぃ、様ぁ……」
普段ほとんど感情を露さないルコの嗚咽した声。周りの魔族達が唖然として見つめる中、ルコが言う。
「私、昔と変わっちゃって、レー兄様……、私……」
レフォードはルコの頭に生えた二本の小さな角を突いて言う。
「これか? ちょっとよく分からんが、お前魔族だったのか?」
「うん、そうだったみたい……、レー兄様、私のこと嫌いになった?」
コン!!
「きゃっ!!」
レフォードがルコの頭に軽くげんこつを落とす。
(えっ、えええええっ!?)
それを見た周りの魔族達が顔色を変えて驚く。あの恐ろしい魔族長にげんこつ? 一体何が起こっているのか理解が追い付かない。レフォードが言う。
「お前は俺の可愛い妹だ。どうして嫌いになる??」
「レー兄様……」
ルコの頬が朱に染まる。やはり見つけてくれた。大好きな兄はやっぱり自分を見つけてくれた。心から喜ぶルコの頭に、今度は強めのげんこつが落とされる。
ゴン!!!
「きゃっ、痛いのー!!」
レフォードが強い口調で言う。
「ところでなんだ、この『青髪狩り』は?」
レフォードが周りに倒れる同じ青髪の男達を指差して言う。ルコが寂しそうな顔で答える。
「レー兄様を探していたの。会いたく会いたくて。だから青い髪の男をここに連れて来て……」
ゴン!!
「痛いのー!!」
再び落とされたげんこつに思わずルコが頭を押さえる。レフォードが言う。
「やり過ぎだろ。何を考えている!!」
「……ごめんなさいなの」
ルコが下を向き涙を流して謝る。そんな彼女の前で腰をかがめ、レフォードはその小さな手を取り今度は自分の頭をコンと叩く。
「え? レー兄様??」
驚くルコにレフォードが言う。
「とは言え、俺もお前を見つけるのにずいぶん遅くなっちまった。ごめんな、ルコ」
「レー兄様ぁ……」
ルコが再びレフォードに抱き着き涙を流す。同時に解かれる
「ルコちゃーーーーん!!!!」
そんな彼女の耳に、とても懐かしい声が響く。
「あ、ミタリアなの。大きくなったの」
ルコの目に映る十数年ぶりの妹ミタリア。青いツインテールに大きく膨らんだ胸。ルコは自分のまな板に手を当て意外な成長を遂げた妹を見つめる。ミタリアが言う。
「やっぱりルコちゃんが魔族長だったんだね。びっくりしちゃった!!」
「私もびっくりしたの。本当に」
ルコの視線は未だミタリアの胸。レフォードが言う。
「まあこれからしっかりと話を聞かせて貰おうかな」
「うん。ルコもレー兄様といっぱいお話したいの」
「ああ、そうだな」
そう言って頭を撫でられたルコが満面の笑みを浮かべる。
「なあ、あれはルコちゃんの何なんだ??」
一階ホールの隅、強力な魔力を感知して駆け付けた魔王カルカルは、一緒に来た側近に対してそう問いかけた。
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