56.青髪狩り

 その夜、レフォードは王城来客室のベッドに入りひとり考えていた。



(『青髪の男』を探し拘束している? 俺も青髪の男、とても偶然とは思えねえ……)


 窓の外には煌々と明かりを放つ満月。静寂と暗闇が包む夜空。その中でまるで存在を誇示する様に光り輝いている。



(思えば俺も魔族に対して随分やって来たからな……)


 ライドと出場した武闘大会や、ラリーコットで上級魔族をぶん殴って追い払った件。魔族に強い恨みを持たれていてもおかしくない。レフォードはベッドの上で両腕を頭の後ろで組み、ふうと息を吐いてから言う。



「だとしたら俺を狙っての行動と考えるべきか。……どうする?」


 各地で捕えられている『青髪の男』、魔族のボスだと言う。それを総合的に考え、レフォードは『とある考え』の是非についてしばらく目を閉じて考えた。






 翌朝、ルコが身受けされたサーガル家跡地へと向かう予定のレフォード達は、先に副団長シルバーの部屋へと立ち寄った。


「おはようございます。レフォードさん」


「よお、昨夜はありがとう」


 レフォードが軽く挨拶をする。シルバーが書類の積み上げられた机から立ち上がって言う。


「いいえ。何かのお役に立てればと思いまして。それでどうされますか?」


 一緒に来たミタリアとガイルには『青髪狩り』の件は話してある。レフォードが答える。



「まあ、色々思うところはあるが、とりあえず今日から前に調べて貰ったサーガル家のあった場所へ行ってみる。あそこで聞き込みかな」


 シルバーは以前、レフォードから兄弟が身受けされたその商家について調べて欲しいと頼まれたことを思い出した。心配そうな顔になってシルバーが尋ねる。



「そうですか。だが今は『青髪狩り』が行われている最中。十分にお気を付け下さい」


 ラフェル王国とヴェスタ公国の同盟を締結させた男。騎士団長エルクの兄であり、『業火の魔女』からも絶対的信頼を受ける男。彼にもしものことがあればラフェルのみならず、大袈裟な話この世界にとって大きな損失となるだろう。

 レフォードの隣に立つミタリアが赤いツインテールを揺らしながら答える。



「大丈夫です! お兄ちゃんにはこの『変装セット』をつけて貰いますから!!」


 そう言って彼女の鞄から取り出された金髪のかつら。武闘大会やヴェスタ公国潜入の際に使用したもの。これなら一見して青髪には見えない。


「そうですか。分かりました。でもお気をつけて」


「ああ、ありがとう。本当はここに残って復旧の手助けをしたい気持ちもあるが、素人が居ても邪魔になるだけだからな」


 レフォードは窓から見える修復作業に勤しむ工夫達を見て言う。シルバーが手を前に出して答える。


「それは大丈夫です。レフォードさんにはレフォードさんの仕事がありますから。ぜひそちらを優先してください」


「ありがとう。我儘を言うようだがそうさせて貰うよ」


 レフォードも頷いてそれに答える。ガイルが言う。



「レフォ兄、ここの守りは大丈夫だって。ジェイクらに任せておけば安心だぞ!」


 シルバーも笑って言う。


「本当にそう。彼らが来てくれたお陰で正騎士団の更なる強化になりました。私もまだまだ学ぶべきことが多くあります」


 シルバーは当初、国の敵である蛮族を迎え入れることに心中反対していた。尊敬するエルクの決断だから受け入れたものの、もし自分にその判断を委ねられていたら恐らく首を縦に振ることはなかっただろう。器量の狭さ、人としての器の小ささを思い知らされる。ガイルが言う。



「いいってことよ! あいつらも生き生きとして仕事してるからさ。マジで助かってるよ!!」


 そう笑顔で話すガイルを見てシルバーは少しだけ救われた気持ちになった。



「そんじゃ行って来る」


「お気をつけて」


 レフォードはそうシルバーに別れを告げると、ミタリアとガイルと共に王都ラフェルを後にした。






 王都から馬車で揺られること約一日、レフォード達はようやくルコが身受けされた商家があるという小さな村へと辿り着いた。数十軒のレンガの家が立ち並ぶ長閑な村。鶏や犬に混じって小さな子供達が走り回っている。


「着いたようだ。ここがそうか」


 馬車から降りたレフォードがここまで手綱を握ってくれた御者に礼を言ってから周りを見渡す。夕暮れ時、沈みゆく太陽からの夕日が寂しく村を照らす。ガイルが言う。


「こんなとこにルコは来てたんか」


「寂しいところね……」


 ガイルもミタリアも決して運が良かったとは言えないが、結果的に幸せな暮らしを手に入れていた。行方不明になったルコが今どこに居るのか分からない。生きているのかも分からない。三人は急ぎ足で村へと向かった。




「サーガル家? ああ、昔村外れの丘に家があったけど、魔族の襲撃で滅んじまったよ」

「もうそんな話は聞かないでおくれ。思い出したくもないんだよ」


 村に一軒しかない宿に宿泊したレフォード達は、早速ルコについての聞き込みを行った。

 だが彼女は商家の一使用人。サーガル家の名前こそ皆は覚えているものの、そこに居た使用人のことなど誰も知らない。週に数回、家の使用人が買い出しにこの村へ来ていたようだがそれはルコとは別の使用人であった。



「うーん、やっぱ難しいのかな……」


 宿に戻りベッドの上に腰かけたミタリアが寂しそうな顔をして言う。ガイルが答える。


「まあ、特に特徴もない奴だしな」


 皆が紫髪のボブカットの少女の姿を思い出す。黙っていれば本当に目立たない女の子。その彼女を探し出すのはやはり無理なのだろうか。



「まあ、悩んでいても仕方ねえ。また明日、別の人達に聞き込みを……」


 そこまでレフォードが話した時、窓の外に広がる真っ暗な闇から村人の叫び声が響いた。



「魔族だーーーーっ!! 魔族が来たぞーーーーーっ!!!!」



「!!」


 その声に素早く反応して宿を出るレフォード達。外に出てみると村の中心広場で数体の魔族らしき影が動いているのが見える。レフォードがミタリアに言う。



「お前は部屋に戻ってろ。行くぞ、ガイル!!!」


「おうっ!!」


 ミタリアは頷きすぐに宿の部屋へと戻る。ガイルと共に走り出したレフォード。そんなふたりに気付かずに魔族達は『青髪狩り』を始めた。




「探せ、探せっ!! 一軒残らず調べて、青髪の男を探し出せ!!!!」


「はっ!!」


 ボスらしき上級魔族の言葉と同時に魔族達が四散し、村にある家へと移動する。



「開けろ、ゴラッ!!!!」


 ドオオオオン!!!



「きゃああ!!!」


 しっかりと閉じられた家のドア。魔族達は躊躇せずにそれを破壊し、家の中へ向かって叫ぶ。



「青髪の男はいるか!!!! いたら出て来い!!! 隠すなよ、隠したらぶっ殺すぞっ!!!!」


 魔族による『青髪狩り』。ルコの思いとは別に、現場ではヒト族に対する対応は目を覆うような酷いものであった。家の中にいた白髪の老夫婦が抱き合い震えながら答える。



「いません、うちには青髪の男など……」


 ドオオオオオン!!!!



「きゃあああ!!!」


 魔族が不満そうな顔で家の壁を破壊する。



「なーんだ、居ねえのか? つまらねえ。また魔族長様に叱られるよ。あーハラ立つから、ぶっ殺すか」


 そう言って黒光りする右腕の筋肉に力を込める魔族。厳密に言えば青髪の男が見つからなくて機嫌が悪くなるのはサキュガル達ルコの側近。だが下っ端にはそんなことは関係ない。老夫婦が涙を流しながら懇願する。



「い、命だけは、どうかお助け下さい……」


 魔族があくびをしながらそれに答える。



「ふわ~あ、あぁ!? 聞こえねえな。もう一度言ってみ……、ぐぎゃっ!?」


 あくびをしていた魔族の首に突然激痛が走る。やがてそれは圧倒的な強さで締め上げられ魔族の体が宙に浮き始める。



「聞こえねえなら教えてやる。命は助けろと言ったんだ」


「ダ、だれ、だぁ……」


 魔族は背後から聞こえる低く太い声に体を震わせながら言う。



「今すぐ立ち去れ。そうすれば見逃してやる」


「バ、馬鹿な、ことを言うな……、そんなことを聞ける、わけが……」



 ドフっ!!!


「ギャッ!!!!」


 魔族は背中に感じる絶望的な衝撃に吹き飛ばされ、そのまま意識を失う。家の中で震えていた老夫婦が昼間やって来た金髪の男の顔を見て言う。



「あ、あんたは昼間の……、ありがとう……」


「残りの奴らをぶっ飛ばしてくる。家から出るな」


 そう言うと金髪の男は村で暴れている他の魔族の元へと走り出す。




「ウォークウォーク」


 暗き闇に響く風の音。闇夜に混じって現れるガイルの幻影。やがて村の至る所から魔族の悲鳴が上がった。

 突如現れたふたりの男によってあっと言う間に撤退に追い込まれてしまった魔族達。怪我人を抱えながら逃げて行く彼らを見ながらガイルが言う。



「レフォ兄、あいつらマジで青髪を探しているみたいだな。何考えてんだよ全く」


「ああ、そうだな」


 レフォードの中であることへの決意が加速する。






 ラフェル王国やヴェスタ公国の北部にあるガナリア大帝国。

 雪舞う冷たい大地の外れで、寂びれた村で仲間と一緒に酒を飲む男。喉が焼けるほどの強い酒。飲んだ瞬間体を焼くような感覚は、寒い地方に暮らす酒豪にとっては正に生きる証。この夜もその長髪の『青髪の男』は浴びるように酒を飲んでいた。


「うひゃ~、うめえ。あぁ、たまんねえ~」


 傭兵として活躍する男の名はジェラート。蛮族退治や貴族、商家からの依頼でどんな仕事でもこなす腕利きの男である。その彼の元に数体の魔族が飛来する。



「いたぞ。青髪の男だ」


 冷たい雪が舞う中、ジェラート達は酒場のテラスで酒をあおっていた。

 そこへ現れた漆黒の魔族達。だが『青髪狩り』にやって来た彼らに、泥酔したジェラート達は気付くのが遅れる。



「……あ、誰だ? てめえ」


 ドフッ!!!



「ぐっ!!」


 ジェラート以下、仲間の傭兵数名。魔族の攻撃を受け意識を失う。魔族が『青髪の男』ジェラートを指差して言う。



「そいつだけ連れて行くぞ。あとは捨てておけ」


「はっ」


 魔族達は殴られて気を失っているジェラートを担ぐと、雪が舞う暗き夜の空へと飛び立っていった。

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