57.レフォード、拉致される!?

「ありがたや、ありがたや」

「本当に助かりました。感謝してもしきれません」


 魔族襲撃の翌朝、村の危機を救ったレフォード達に皆が駆け寄り感謝の意を示した。レフォード達にとっては当たり前のこと。だがサーガル家の襲撃事件以来、魔族に対して強い恐怖心を抱いていた村人にとっては感謝してもしきれないことであった。

 白い髭をたくわえた村長が頭を下げながら言う。



「村を救って頂きまして誠にありがとうございます。さぞかし名のある剣士様とお見受けいたします」


 村長はレフォードの腰に差された三本の剣を見てにこりと笑う。それに気付き焦るレフォード。咄嗟の対応ができない義兄に代わりガイルが答える。



「いいってことよ。俺達はラフェルの正騎士団関係の者。皆を守るのは当たり前のことだから!」


「おお……」


 ラフェル王国正騎士団。無論、この寂びれた村にもその名声は届いている。村人達がざわざわ騒ぎ始める。



「ラフェルの正騎士団だってよ。通りで強い訳だ。三刀流なんて初めて見た」

「あの女の子も正騎士団なのかしら? 魔法使いとか??」


 村人達のひそひそ話が全て聞こえるレフォード達。苦笑いする三人を前に村長が言う。


「皆さんお疲れでしょう。何もない村ですが、ゆっくりして行って下され」


「ああ、ありがとう。俺達はある人物を探していてな。また色々みんなに聞かせて貰うよ」


 レフォードがそう言うと村人からは喜びの声が上がる。

 その後レフォード達はこの村で数日過ごし、ルコの情報収集を行った。結果的にはルコに繋がる有益な情報は得られなかったが、魔族のサーガル家の襲撃については詳しく知ることができた。

 数日ぶりに王都ラフェルに戻ったレフォード達。王城へ行くと首を長くして待っていたシルバーが迎えにやって来た。



「レフォードさん、お帰りなさい!! ご無事で良かった」


 青髪のレフォード。大丈夫だと思いながらもシルバーの心配は尽きない。ガイルが笑って答える。


「大丈夫だよ! 一度魔族に襲われたが軽くいなしたよ」


「え、そうでしたか!?」


 驚くシルバー。レフォードとミタリアが苦笑してそれを聞く。シルバーが皆に言う。



「少しお時間よろしいでしょうか」


「時間? まあいいが、何かあったか?」


「ええ、ここ数日の状況についてお話が……」


「分かった」


 レフォードは頷き、シルバーと一緒に副騎士団長室へと向かう。





「どうぞ。お座りください」


「ああ」


 ラフェル王城にある副騎士団長室。エルクの部屋より狭いが歴史ある重厚な内装は大きな差はない。ソファーに腰かけたレフォード達の前にシルバーが座って言う。



「実は『青髪狩り』がここ数日かなり本格化しまして。ラフェル以外でもヴェスタ公国、ラリーコット、更に行商からの話ではガナリア大帝国でも行われているようです」


「そうか……」


 ある程度の予想はしていた出来事。魔族は何の為だか知らないが、真剣に『青髪の男』を探しているようだ。ミタリアが少し悩みつつ言う。



「ねえ、それってやっぱりお兄ちゃんのことを探しているのかな……」


 ここ数日ずっと考えていたこと。大好きな兄が狙われていると考え出してから心配でならなかった。レフォードが答える。



「そうかもな。随分魔族を殴って来たからな」


 あっけらかんに言うレフォード。やはり同じことを思っていたシルバーが言う。


「私も同じことを考えていました。レフォードさんが狙われているのかと」


 今は金髪のかつらを被っているレフォード。一見して青髪と分からないがそうだとすれば大変なことである。レフォードが言う。



「なあ、ちょっと話があるんだが」


 当事者であるレフォードが口を開く。皆がその真剣な顔を注視し、答える。


「なに? お兄ちゃん」


 ミタリアの言葉の後にレフォードが言う。



「魔族の目的が何なのかは分からないが、一度みようかと思う」



「え?」


 レフォードの言葉に皆が驚く。あえて自分から捕まるという。驚いたミタリアが声を大きくして尋ねる。



「お、お兄ちゃん!! 何言ってるのよ!?」


 ガイルとシルバーの視線がレフォードに移る。


「魔族が俺を探している可能性は十分にある。それにな……」


 レフォードが皆の顔を見てゆっくり言った。



「魔族のボスってのがの可能性があるんだ」



「ええっ!?」


 その言葉に驚くガイルとミタリア。シルバーだけがその名前を知らずにポカンと口を開ける。ミタリアが言う。



「ああ、ルコって言うのはお兄ちゃんの妹のことなの」


「ああ、サーガル家に行ったという?」


「そう」


 シルバーの中でようやくその名前の人物が点から線になる。レフォードが言う。



「実はこの間の王城襲撃の際に、ライドが魔族のボスらしきのを見ているんだ。幼い少女。紫髪のボブカットの少女ってことだ」


 黙り込むガイルとミタリア。いくら外見に類似点があるとは言え、あのルコが魔族のボスになっているはずがない。ガイルが言う。



「それはねえだろ、レフォ兄。魔族のボスが何でルコになるんだ??」


 常識で考えればその通りだ。


「お兄ちゃん……?」


 ミタリアが眉間に皺を寄せて考えるレフォードの名を口にする。



「まあな。だから俺も随分考えた。ルコのはずがない。そんなことはあり得ないと」


「うん……」


「だけどここ数日、俺の中で疼く本能がしきりに言うんだ」


 レフォードが皆の顔を見て言う。



「『見て確かめて来い』、と」



「お兄ちゃん……」


 皆その意志は固いと思った。

 危険な潜入。ヒト族を見ると問答無用で殺しにかかる魔族。以前ガイルの『鷹の風』に潜入調査を行ったが、それとは比べ物にならないぐらい危険である。ガイルが言う。



「レフォ兄! 俺も一緒に行く!!」


 ガイルからすれば当然の申し出。だがレフォードが首を振ってそれを断る。


「気持ちは嬉しい。だがあいつらの目的は『青髪の男』だ。お前では潜入できない」


「だ、だけど……」


 それでも納得いかないガイル。レフォードが言う。



「心配するな。最悪、俺ひとりなら何とでもなる。全部ぶん殴って戻って来る」


「レフォ兄……」


 義兄からすればまだまだ自分は『足手まとい』なのだろうかとガイルは思った。シルバーが尋ねる。



「レフォードさん、本当にひとりで行かれるんですか」


「ああ」


 シルバーは目の前の男の硬い決意を感じ取りそれ以上の詮索を止める。



「分かりました。我々は王城の復旧、並びに全国で魔族への警戒を強めて行きます。こちらのことはご心配なく」


「ありがとう。助かる」


 大切な弟妹達を残して行くことになる。特にミタリアは救助されてからずっと一緒に行動して来た。心配しない方がおかしい。



「お兄ちゃん……」


 もう既にミタリアの目は真っ赤である。大好きな兄がたったひとりで魔族に捕らわれて行く。レフォードがミタリアの頭を撫でて言う。



「心配するな。俺は大丈夫だ」


「お兄ちゃん、ううっ……」


 ついに泣き出してしまったミタリア。レフォードは何度もその赤い頭を撫で続けた。






 翌日の朝、金色のかつらを取り久しぶりに青髪の男に戻ったレフォードが皆に挨拶をする。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 腰には三本の剣。馬上で挨拶する姿はどこから見ても立派な剣士である。王都城門前に見送りに来たガイルが言う。


「レフォ兄、気を付けてな。ルコがいたらよろしく」


「ああ」


 それに手を上げて答える。シルバーもやって来て言う。



「レフォードさん、ご武運を」


「ありがとう」


 同じくそれに答えるレフォード。ガイルが周りを見渡して言う。



「あれ、ミタリアのやつどこ行ったんだ? 見送りに来ねえなんて」


 昨夜はレフォードにべったりくっついて夕食を食べたミタリア。彼女が来ていないとはおかしい。レフォードが言う。



「じゃあ、行ってくる」


「気を付けてな、レフォ兄!!!」


 レフォードは手を振って馬を走らせる。

 単身での魔族内への潜入。正直怖い気持ちもあるが自分の中にある何かに命じられ、レフォードが勢いよく馬を走らせる。





「よし、この辺でいいかな」


 王城から離れた見晴らしの良い草原。その中心で馬に乗り、レフォードが空を仰ぐ。



(さあ来い、魔族。俺を見つけろ)


 心地良い草原の風。昨晩の雨のせいか風に草のにおいが混じって流れてくる。緊張はない。不思議とルコと会えるような気がして楽しみの方が強い。

 そんな青髪の男を遠く離れた場所を飛行していた千里眼を持つ魔族が見つける。



「西の草原に馬に乗った男、青髪です」


 上官らしき上級魔族が答える。


「すぐに確保に向かう!!」


「はっ!!」


 数体の魔族の群れはすぐにレフォードがいる草原へと舵を切る。




「お、気付いたか。さすがに早えな」


 馬上で待機していたレフォードがはるか遠くからこちらに迫ってくる黒い点を見てつぶやく。発見速度の速さ。魔族の本気度が伺える。



 パカッ、パカパカッ……


 そんなレフォードの耳に、背後の方から馬の足音が聞こえる。振り返るレフォード。そして絶句した。



「お、おい、お前……」


 それは馬を見事に操る青髪の青年。いや、青髪のかつらを被って男装したであった。ミタリアが小さく舌を出して言う。



「来ちゃった」


「な、何を考えて……」


 長い青髪は後ろでポニーテールの様に結ばれ、腰には剣、大きかった胸もどうやったのかまっ平らになっている。一見すると青髪の剣士に見えるが、レフォードにとってはどこをどう取っても『妹ミタリア』である。



「か、帰るんだ!! すぐに!!!」


 レフォードが言う。


「えー、だってお兄ちゃんのことが心配だし」


「バカ言うな!! 危ない任務なんだ、すぐに……、!!」


 そう言い合うふたりの頭上に真っ黒な影が幾つも現れる。



(くそっ、間に合わなかったか……)


 レフォードが上を向いて数体の魔族達を見つめる。




「こんな所にふたりも。これは大収穫だな」


 魔族はレフォードとミタリアの前に降り立つとふたりを見て何度も頷く。漆黒の体に禍々しい翼。黒光りする筋肉から相当の手練れと見える。別の魔族が言う。



「何かおかしくねえか? どうしてこんな平原にふたりも青髪がいる??」


 ここ数日の魔族の捜索でも引っかからなかった青髪ふたり。こんな目立つ場所にいるのはややおかしい。ミタリアが声を変えて言う。



「俺達は兄弟だ!! お前ら、一体何をする気だ!!」


 中々の演技。咄嗟の言い訳にしては上手い。魔族が一歩前に出て言う。



「黙れ、ヒト族が。大人しく捕まれ。そうすれば命だけは助けてやる」


 ミタリアが震えた声を出して答える。



「ほ、本当だな? 抵抗しなければ痛いことはしないんだな??」


「ああ、そうだ」


 魔族にしても貴重な『青髪の男』。無事に拉致しなければならない。魔族が言う。



「よし、縛り上げろ。王城へ運ぶぞ!!」


「はっ!!」


 無抵抗のまま魔族に縛り上げられるレフォードとミタリア。そのまま吊るされながら一路魔族城へと運ばれる。




「ミタリア~」


 一緒に吊るされながら小声で青髪の妹を睨むレフォード。


「てへ」


 ミタリアはそんな義兄に舌を少しだけ出し笑って応えた。

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