38.潜入、ヴェスタ公国!!

 ヴェスタ公国にある魔法隊長邸。

 真っ赤な内装の部屋に、その色に負けないぐらいの赤いナイトドレスを着たヴァーナが化粧台の前に座る。後ろには筋肉隆々のゲルチ。ビキニパンツ一枚に今日は首に蝶ネクタイをしている。ゲルチがヴァーナの髪を櫛で梳きながら言う。



「もぉ、ヴァーナちゃんったら、もっと髪のお手入れすればつやっつやになるのに~」


 ゲルチはほとんど手入れをしないヴァーナの深紅の髪を撫でながら言う。手にはヘアオイル。ゆっくりと優しく髪に馴染ませていく。ヴァーナが不満そうな顔で言う。



「あー、面倒面倒。早く終わらせろよー」


 素材は良いのだが業火魔法での破壊が趣味だけのヴァーナ。それ以外にはあまり興味がない。ある一点を除いて。ゲルチが言う。



「やだぁ、そんなこと言って~、愛しのに嫌われちゃうぞ~」


「え? そ、それはやだ! は、早く綺麗にして!!」


 物事に無関心なヴァーナ。圧倒的な魔力で破壊し続ける彼女だが、唯一の弱点が『青髪の彼』。詳しいことは誰にも話さないが、この言葉ワードだけがヴァーナを動かせる唯一の言葉である。髪を丁寧に梳きながらゲルチが言う。



「は~い、これでいいわよ! キレイキレイになったわ!!」


 肩までの真っ赤な髪が可愛らしく整えられた姿をゲルチが満足そうに見つめる。

 処刑されかけていたヴァーナをゲルチが救って以来長い付き合い。公国トップの公爵ですら一目置く存在にまでなったヴァーナにもずっと変わらずこうして接している。

 鏡に映った自分の姿を見ながらヴァーナが尋ねる。



「私、綺麗になった?」


「もちろんよ」


「本当に?」


「本当。青髪の彼もイチコロよ」


「そ、そうか!!」


 嬉しそうな顔をするヴァーナ。とても『業火の魔女』として恐れられる彼女とは思えない。



「でも、破壊はほどほどにね。あなたも耐えきれなくなるわ」


 ヴァーナが首を振って答える。


「それは無理。あれは私の存在理由。やらなきゃ体が引き裂かれるぅ。きゃっキャッキャ!!」


 魔法隊長としての能力は認める一方、ゲルチは何とか彼女に『普通の女性』としての人生も歩んで欲しいと思っていた。ヴァーナが尋ねる。



「ラフェルへの侵攻はどうなってる?」


 先の戦では引き分けに終わった戦い。ラフェルの騎士団長が現れ、優勢に進めていた戦いが覆された。隕石メテオも何者かによって防がれたヴァーナ。再戦を心待ちにしている。


「準備はできてるわよ。兵士も大丈夫だわ」


 ゲルチとて軍人。戦についての準備には滞りない。



「じゃあ、行くぜぇ。次こそあの騎士団長を焼き焦げにしてやるぅ!! ヒャハははっ!!」


 ゲルチが浮かない顔をして言う。


「あの騎士団長さん、ちょーイケメンなんだけどなぁ~。もったいないわ」


「焼けろ、焼けろぉ、焼けちまえ~!!!」


 ヴァーナの中で始まった業火による破壊衝動を見て、ゲルチは少し溜息をついた。






「お、見えて来たな。あれがヴェスタ公国との国境だ」


 ラフェル王国を出て数日、直接ヴェスタへは行けないのでレフォード達は中立国であるラリーコット自治区経由でヴェスタへと向かっていた。予定よりも時間は掛かってしまったが、ようやくヴェスタ入国ができる。



「やっぱり緊張するな……」


 そうガイルが言うのも無理はない。ラフェルにとってヴェスタは敵国。身元がバレれば処刑は免れない。可能な限り目立たず、穏便に行動しなければならない。


「まあ、大丈夫だ。これがあれば問題ないだろう」


 そう言ってレフォードは偽装された真新しい身分証を手に笑う。



(大丈夫かな……)


 それを不安視するミタリア。直感でこういう時のレフォードは必ず何かしでかす。そしてそれはやはり的中することとなる。




「こんにちは。旅の行商人です。これが身分証です」


 ラリーコット自治区とヴェスタ公国との国境にやって来たレフォード達。交渉上手なミタリアが先に国境警備隊に向かって言った。

 大きな門に夥しい数の兵士。皆武装しており、中立国との国境とは言え現在ヴェスタが交戦中ということを肌で感じる。


「確認する」


 警備隊のひとりがレフォード達三名の身分証を手に確認を始める。



「……」


 無言。緊張の時間。

 ミタリアはどうかバレませんようにと心で祈りながらその男を見つめる。男が尋ねる。



「発行日が数年前なのに何でこんなに新しいんだ?」


 通行証の発行日に対してあまりにも真新しい身分証。経験ある行商人と言う設定にしたかったのだが、確かに違和感がある。ミタリアが答える。



「あ、あの、身分証を無くしてしまって、先日再発行されたばかりでして……」


(ナイス!!)


 咄嗟のアドリブでそつなく対応するミタリアにガイルが心で拍手を送る。男が眉間にしわを寄せて尋ねる。



「三人同時に無くしたのか?」


(うっ……)


 ひとりならまだいいのだが、レフォードを含め三名全て新しい身分証。動揺するミタリアが答える。



「に、荷物を盗まれてしまって。それでみんな無くして……」


 苦しい嘘だがこの状況でミタリアは精一杯頭を回転させて答えた。男が唸って言う。



「う~ん、それで行商人ということだが何を売りに行くんだ? 荷物はそれだけなのか?」


 男は着替えなど普通の旅人の装備しかない三人を見て首を傾げる。行商人なら通常もっとたくさんの荷物を持っており、それを国境でチェックするのも彼らの仕事だ。



(やべっ!! 行商人なのに何も荷物を持ってこなかった!!!)


 レフォードが今更ながら後悔し始める。ラリーコットの身分証さえあれば何とかなると思っていたのだが、冷静に考えれば手ぶらの行商人と言うのもはいかにも怪しい。ミタリアが再度機転を利かせて言う。



「あ、あの、これから買い付けに行くんです。公国で買い付ける予定で……」


「ん、ああ、そうか」


 またしてもミタリアの言葉で窮地を救われたレフォード達。だが別の警備兵が首をかしげて言う。



「長年行商やってる割には見かけない顔だな。本当に行商人なのか?」


 焦る一行。黙り込む弟達を横にレフォードが言う。


「い、いつもは別の場所で行商をやっていて……、あ、それからこいつは実は大道芸人でして……」


 そう言って隣に立つガイルの肩を叩く。



(は!? な、なに言ってんだよ!! レフォ兄!!!)


 突然の無茶振りにガイルの顔色が変わる。ミタリアも驚いた顔でふたりを見つめる。警備兵が言う。



「大道芸人?? 本当なのか??」


 行商人とか大道芸人とか傍から見れば怪しさ満点。レフォードが肘でガイルをつつきながら内心言う。



(何かやれ! ガイル!!)


 そんな無茶な視線を感じ取ったガイルが苦し紛れに言う。



「じゃ、じゃあとっておきのを……」



(ウォークウォーク……)


 心の中で唱える風魔法。同時に周りに滑稽なポーズを取る複数の幻影ガイルが現れ踊り始める。それを見た警備兵が感嘆の声を上げる。



「おお、こりゃ凄い!! 本当に大道芸人もやってんだな!!」


(もぉ、何やってんだか……)


 そんなふたりを見てミタリアが呆れながらため息をつく。



「行っていいぞ。通過を許可する」


「ありがとうございます」


 かなり危なかったが何とか国境通過を許可されたレフォード達。門を出て歩きながらガイルが怒って言う。




「レフォ兄ィ!! 何だよ、さっきの無茶振りは!!!」


 さすがのガイルも怒りを隠せない。


「悪い悪い。まあ、お前なら何とかしてくれるだろうと思ってな」


「ぷぷっ……」


 思わず笑い出すミタリア。実際ガイルは大道芸人の期待に応えて、滑稽に踊り続けてくれた。ガイルが言う。



「もう、あんなことやめてくれよ!!」


「ああ、分かった。悪かった」


 そう答えるレフォードだが全然反省した様子はない。きっとまたやるんだ、と思っていたミタリアだが、後ろから誰かが走って来るのを見て振り返る。



「おーい、お前ら!! ちょっと待て!!」


 それは先程の国境警備兵。上官らしき男と一緒に息を切らして駆けて来る。



(な、なんだ、一体……)


 上手く誤魔化せたはず。そう思って立ち止まったレフォード達に警備兵が言う。



「やはりお前達はどうも怪しい。きちんと取り調べを行うので来て貰おう」


「いや、ちゃんと身分証もあるし問題ないだろ!!」


 そう言うレフォードに上官らしき男が大きな声で言う。



「普通な、そう言う態度はとらないんだよ!! 行商人は!! 早く来い!!!」


「きゃっ!!」


 そう言ってミタリアの腕を掴み無理やり連れて行こうとする。レフォードが右手を上げて言う。



「何やるんだよ!!! 俺の妹に!!!」



 ガン!!!



「ぎゃっ!!!」


 顔を殴られ倒れる上官。我に返ったレフォードが叫ぶ。



「走れっ!!!」



 その声と同時に駆け出す三名。



「ま、待てっ!!!」


 警備兵は倒れた上官に手を貸しながら叫ぶが、あっと言う間にその姿は視界から消えた。応援に来た警備兵に言う。



「密入者、密入者だ!! 緊急警備態勢を取れっ!!!」


「はっ!!」


 警備兵達が慌てて駆けていく。






「おい、レフォ兄!!! 何で殴るんだよ!!!」


 国境からヴェスタ公国内に走って逃げて来たレフォード達。ひとまず安全な場所であることを確かめてからガイルが怒って言う。


「いや、悪かった。カッとなっちまって……」


 珍しく反省するレフォード。弟妹達のことになると自分でも信じられないような行動をとる。ガイルがミタリアに言う。



「おい、お前からも何か言えよ。ミタリア」


 そんなガイルの目に、顔を赤くしてうっとりするミタリアの顔が映る。



「……ミタリア??」


 ミタリアはレフォードを優しく抱きしめて言う。



「嬉しいよ、お兄ちゃん。ミタリアを守ってくれて……」


 密入国がバレてしまった事より、真っ先に自分を守ってくれた兄への想いが彼女を支配する。



「い、いや、何というか、そう言う意味でもないような、違うような……」


「うふふっ、お兄ちゃん。大好き……」


「お、おい、こら離れろ! ミタリア!!」


 そう言いながら抱き着くミタリアに慌てるレフォード。ガイルは潜入と言う難しい仕事がこの先ちゃんと務まるのか段々不安になって来た。

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