37.少女ヴァーナが掛けた魔法

「ヴァーナって、あのヴァーナか??」


 レフォードの思いがけない言葉にガイルが聞き返す。



「ああ、そうだ。あのヴァーナだ」


 その言葉の真意が分からないミタリアが尋ねる。


「お兄ちゃん、ヴァーナちゃんの為になるって、どういうことなの??」


 レフォードは廊下に誰もいないことを確認してからふたりに言った。



「ヴェスタ公国の『業火の魔女』っているだろ?」


「うん……」


 ふたりはまさかと思いながら聞く。



「それは多分ヴァーナのことだ」



「!!」


 驚きで言葉を失うミタリアとガイル。



「レ、レフォ兄。あの敵国で馬鹿みたいに火の玉落としてくる奴がヴァーナなのか?」


 ガイル達の頭に以前エルクの助太刀で戦ったヴェスタ公国との戦が蘇る。強い軍隊に、後方から放たれる炎の嵐。最後は業火の隕石まで落として来てそれをレフォードが砕いて終わらせた戦い。レフォードが言う。



「ああ、間違いなくヴァーナだと思う」


「何でわかるの??」


 素朴な疑問。ミタリアの質問にレフォードが答える。




「あの『隕石メテオ』だよ」


隕石メテオが? どうして??」


 レフォードが言う。



「俺だってあんな巨大な隕石砕くなんて正直体がどうなるか分からなかった。怪我で済めばいいが下手をすれば命すら失っていたと思う。まあ、あの時はエルクを助けるのに夢中でそんなことは考えてなかったが」


 隕石を素手で破壊した兄のレフォード。そう思うのは当然である。



「だがよ、感じなかったんだ、を」


「え?」


 全てを焼き尽くす業火。生を否定するような灼熱の炎の中で、その熱さを感じなかったとは一体どういうことなのだろうか。レフォードが言う。



「俺にはんだ。ヴァーナの炎は」



 驚くふたりを前にレフォードが昔のことを思い出した。






 週に一度の孤児院の休日。

 院内を歩いていたレフォードは、窓から外でひとりで遊ぶヴァーナに気付いた。真っ赤な髪、少し痩せた体。やや大人しかった妹だが、その手に燃える炎を見て驚いた。


「な、なにやってるんだ!? あいつ!!」


 ヴァーナはそのまま近くの枯れ草に炎を移す。



 メラメラメラ……


 ゆっくりと燃え上がる枯れ草。ヴァーナはそれを笑いながら見つめる。



 バシャーン!!!


 そんな枯れ草に突如水が掛けられた。



「何やってんだよ!! ヴァーナ!!!」


 そこには空になった桶を持ったレフォードの姿。驚いたヴァーナが答える。



「私、火が出せるようになって、それでちょっと試してみたくなって……」


 少し前からヴァーナに炎を操るスキルが発現していたことは知っていた。だが子供に火を扱うのは難しい。ひとつ間違えば火事や人の死に繋がることすらある。



「火を使うのはいけないって言っただろ!!!」


 バン!!!


「きゃ!!」


 レフォードは怒りに任せて手にしていた桶を地面に勢いよく投げつけた。驚いたヴァーナが涙目になって言う。



「だって、だって……、レー兄ぃ、そんなに怒らなくても……、うわーん!!!」


 声を上げて泣くヴァーナ。慌てたレフォードが近寄るとヴァーナが強く言った。



「レー兄なんて、大嫌いっ!!!!」



 ボッ!!


「ぎゃっ!!」



 ヴァーナの手から現れた小さな炎。それが近寄って来たレフォードの腕に放たれた。驚いたレフォードが後ろに尻餅をつく。



「レ、レー兄!?」


 ヴァーナは後ろに倒れて腕を押さえる兄の姿を見て呆然とした。服は焦げ、肌が露出し火傷している。幸い大した火傷ではなかったがヴァーナは自分が犯した罪に体を震わせた。



「大丈夫だって。ちょっと冷やせば治るよ」


 既に【回復キュア】のスキルを発現していたレフォード。この程度の火傷は大したことはない。

 火傷を水で冷やすレフォードの隣に座ったヴァーナ。大好きな兄に怪我をさせてしまった。そう思うだけで涙が止まらない。



「もう火は使うなよ」


「うん、ごめんなさい……」


 レフォードの言葉にヴァーナは素直に答えた。そして言う。




「あのね、レー兄」


「なに?」



「あのね、私の炎が効かなくなる魔法があるんだよ」


「炎が効かない?」


 意味が分からないレフォード。



「そう。その魔法をかければ多分私の炎が効かなくなるの。やったことないけど、多分そう」


 炎を操る才があったヴァーナ。そんな特別な魔法ですら無意識で習得していた。


「本当にそんなことができるのか」


「うん、やってみる?」



「え、どうしうよう……」


 兄とは言えまだ子供のレフォード。得体の知れない魔法にやや戸惑う。そんなレフォードをよそにヴァーナが笑顔で言う。



「大丈夫。もう終わったよ」



「は? 魔法かけたのか??」


「うん!」


 全く気付かなかった。何をされたのかも分からないほど速くて静かな魔法。この頃から彼女の魔法の才能は強く輝いていた。ヴァーナが言う。



「試してみる?」


「試すってどうやって?」


 戸惑うレフォードの前にヴァーナが手を差し出し、そこにボッと音を立てて炎を出す。



「触ってみて」


「え、触るって……」


 真っ赤に燃える炎。触れただけで火傷をする。



「大丈夫だから!」


「あっ!」


 躊躇うレフォードの手をヴァーナが無理やり掴んで炎に当てる。



「あ、熱くない……」


 視覚的には炎に焼かれる自分の手。熱いと思い手を引っ込めようとするが、不思議なことに熱さを感じない。



「凄い、どうなってるんだ……」


 まるで何か綿毛にでも触れているような感覚。いや、この感覚は初めてだ。レフォードが炎を掴もうとすると小さな音を立てて炎が散るように消えた。ヴァーナが言う。



「でしょ?」


「うん。凄い。ヴァーナ、本当に凄いな!」


 純粋に驚いた。ヴァーナの才能に素直に驚いた。嬉しそうな顔をするヴァーナが言う。



「えへへ~、そうでしょ、そうでしょ? 私、凄いでしょ~」


「ああ、凄い」


 そう言って頭を撫でるレフォード。嬉しそうな顔で応えるヴァーナに言う。



「でも火遊びはダメだぞ。本当に火事になる」


「大丈夫だよ。ちゃんと気を付けるから。火で悪いことなんかしないから」


 そう笑顔で言ったヴァーナの顔が未だにレフォードの頭に焼き付いている。






「……と言う訳だ。俺にはヴァーナの火魔法は効かない」


 ガイルとミタリアに孤児院時代の逸話を話したレフォード。


「そんなことがあったのか」


 素直に驚くガイル達。



「ああ。それで先の隕石メテオ。あれを殴った時、全く同じ感覚があった。俺に炎無効魔法をかけたのはヴァーナだけ。つまりそう言うことだ」


「ヴァーナちゃんが、敵国に……」


 動揺するミタリア。レフォードが更に言う。



「それにヴァーナの身受け先って言うのは不明なんだ。ヴェスタの可能性も十分ある」


 もはやすべてを覚悟したような顔のガイルが言う。



「じゃあもう間違いねえじゃねえか。すぐにでも行こうぜ、ヴェスタへ!!」


「ああ、そのつもりだ」


 レフォードも同意して答える。ミタリアが尋ねる。



「でもどうやってヴェスタへ……?」


「ああ、それについては問題ない。ジャセルに頼んで『行商人』の身分証明書を作って貰う。これで敵国にも入れる」


「あ、ラリーコットの……」


 交戦中のヴェスタ公国にラフェル国民として入国はできない。よって中立を宣言しているラリーコット自治区の住民として潜入する。既に舎弟同然のジャセルならそのような依頼喜んで受けるだろう。



「お兄ちゃん、凄いと言うか、怖い……」


 戸惑うミタリアとは対照的にガイルが言う。


「あ? なに言ってんだよ、利用できるもんは何でも利用する。ヴァーナのことが心配だしな!」


「ああ、そうだ。できるだけ早く準備をしてここを出よう」


 レフォードの言葉にふたりも頷いて応えた。






 その数日後。無事にラリーコットの行商人の身分証を手に入れたレフォード達。出発を前に居まだ眠ったままのエルクの部屋を訪れた。



「エルク、ちょっと行って来る。早く起きろよ」


 そう言ってベッドで横になる弟の金色の髪を撫でる。一緒に立つミタリアも悲しげな顔で言う。



「エルクお兄ちゃん、行ってくるね。またお話しようね」


「エル兄、行って来るな。また一緒に飯食おうぜ!!」


 ガイルもできるだけ明るく眠ったままのエルクに言う。同席した副団長シルバーや歩兵隊長ジェイク、元恋人のマリアーヌも悲し気な顔をする。レフォードが言う。



「マリアーヌ、レスティアのことは頼んだぞ」


 レフォードにそう言われたマリアーヌが目を輝かせて答える。



「は、はい! お義兄様っ!! エーク様の為、全力を尽くします!!」


 その横で聞いていたレスティアがウザそうな顔をする。


「レスティアも頼んだぞ」


「は~い。気を付けて行って来てね~」


 管理が厳しいマリアーヌとの生活で既に疲労気味のレスティアが軽く手を上げて答える。



「じゃあ、行くか」


「おう!」

「はいっ!!」


 ガイルとミタリアはそう言って部屋を出るレフォードの後に続いた。

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