第五章「業火の魔女ヴァーナ」
36.国王謁見
ラフェル王国やヴェスタ公国の北部に位置するガナリア大帝国。
その広大な大地の多くを冷たい大地に覆われた寒さと氷の国。だが豊富な地下資源と鉱石に恵まれたこの国は、南の豊かな国々を凌駕する国力を有していた。
大陸中央、巨大な帝都にある皇帝の居城。その地下にある大きな広間でとある実験が行われていた。
「さあ、では行きますよ。これを越えれば初めての成功です!!」
真っ黒な胴衣に身を包んだ怪しき老人。同じ様な格好の者達がその中央にある少年をじっと見つめる。
「う、うぐっ……」
真っ黒な髪の少年。上半身裸で円形の台の上に両手両足を金属で固定されて寝かされている。老人が言う。
「さあ、始めましょう。最終実験を!!」
同時に周りの魔導士から唱えられる不気味な詠唱。黒い靄のようなものが少年を包み、苦しそうな表情を浮かべる。
「う、うっ、うわぁあああ!!!!」
どれだけ経ったか分からない。
不気味な詠唱と黒い靄に耐え続けた少年が最後に大声を上げて静かになった。老人が興奮気味に叫ぶ。
「成功だぁ!! 成功したぞ!!! ついに
興奮した老人とは対照的に目を閉じたまま動かない少年。老人が言う。
「さあ、目覚めよ。最強兵器ゼファーよ」
そこに居たすべての者が中央台に寝かされた少年を見つめた。
「お帰りなさい!! レフォードさん!!」
ラフェル王国の王都。その中心に聳える巨大な王城門の前で出迎えた騎士団副団長シルバーが頭を下げて言った。馬車から降りたレフォードが挨拶に答えてから尋ねる。
「エルクの様子はどうだ?」
シルバーが首を振りながら答える。
「残念ながら以前のまま変わりません。悪化は避けられているようですが、やはり一刻も早い治療が必要です。で、そちらの方が治療師で?」
シルバーがレフォードに続いて降りて来たピンク色の髪の女性を見て尋ねる。
「ああ、そうだ。俺の、いやエルクの妹でもあるレスティアだ」
「レスティアだよ。よろしくね、ふわ~ぁ……」
長い馬車の移動でうとうとと眠ってしまっていたレスティア。レフォードにコンと軽く頭を叩かれてようやく目を覚ます。
「ミ、ミタリア様!! よくぞご無事で!!!」
シルバーと共に出迎えをしたのは今やすっかり正騎士団となった元『鷹の風』ナンバー2のジェイク。白銀の鎧を身に纏い、トレードマークの
「今戻ったわ、ジェイク。領地や王都は大丈夫でした?」
ジェイクが敬礼して答える。
「はっ! 領地に現れた蛮族を私の指揮で撃破。エルク殿に拝命された『歩兵隊長』の職も全力を持って全うしております!!!」
エルクが呪刃に倒れる前、彼は空席だった騎士団歩兵隊長をジェイクに任せていた。ミタリアが嬉しそうに言う。
「頑張っていますね。本当に頼りになります!」
ジェイクが顔を赤くして答える。
「も、勿体ないお言葉。不肖ジェイク、この命尽きるまでミタリア様の為に働く所存でございます!!」
「……あいつ、元主の俺より先にミタリアかよ。って言うか、ミタリアの為じゃなくて国の為だろ? もう正騎士団なんだし」
それを横で聞いていたガイルが苦笑しながら言う。
「早速エルクの元へ行こう。レスティア、着いて来てくれ」
「はーい、レーレー」
レフォード達はラリーコットから連れて来たレスティアと共に、エルクが眠る騎士団長室へと向かった。
「エルエル……」
レスティアにとっても数十年ぶりの再会。
真面目で正義感強かった少年エルクは、とても立派な青年に成長していた。
弟妹の中で長男だったエルク、そして長女だったレスティア。レフォードがいない時にはきちんと弟達の面倒を見ていたエルクに対し、何もせずゴロゴロしていて彼に叱られた記憶が蘇る。
「レスティア、どうだ? エル兄は治せそうか?」
弟のガイルが不安そうにエルクとレスティアの顔を交互に見る。
「やってみるけど、相当深いね、これは……」
(エーク様……)
部屋の隅では治療師到着の報を聞いて急いで駆け付けたエルクの元恋人のマリアーヌがじっと見つめる。
エルクの体は短剣の呪いで全身黒い斑点ができている。ラフェルを出た時よりもその斑点は黒く、大きくなっているような気がする。レスティアはじんわりと感じる温かくなった手をそっとエルクの体に乗せる。
「……」
無言。静寂。唾を飲み込む音すら聞こえそうな張りつめた空気の中、レスティアの額からは大粒の汗が流れ落ちる。手を震わせながらレスティアが言う。
「……ダメ。これは簡単には治せない。深すぎる」
短剣の傷口は呪いのせいか完全には治っていない。傷口の治療と解呪を同時に行わなければならない高度な治療。体調が完全じゃない今のレスティアにはすぐの治療は不可能であった。
「どうすればいい?」
レフォードの問いかけにレスティアが答える。
「毎日治療するよ。私の体を治しながら続ければ時間はかかるけど、きっと大丈夫」
レスティアはまるで自分に言い聞かせるようにそう言った。初めて見る呪い。解呪の経験はあるが、こんなに深くて暗い呪いは初めてだ。レフォードが言う。
「じゃあ、しばらくお前はここに泊まって行け。いいだろ? シルバー」
シルバーが頷いて答える。
「無論です。直ぐに王城滞在の許可を取りましょう。部屋も別に用意します。だから、是非とも団長をお願いします……」
最後はまるで懇願するように頭を下げて言った。レフォードが言う。
「じゃあ、王城でお前の改造計画を行う」
「改造計画??」
妙な言葉にレスティアが首を傾げる。
「ああ、そうだ。きちんとした食事、適度な運動。睡眠。甘い物は制限する」
「えーーー!! そんな……、ちょーダルいんだけど……」
泣きそうな顔のレスティア。レフォードが言う。
「俺はしばらくしたら出掛ける。だからその間の管理を……」
レフォードは部屋の隅に立つ女性を指差して言う。
「ええっと、あんた名前は……?」
「マリアーヌです」
皆の前へと歩いて来たマリアーヌが胸を張って言う。
「よし、マリアーヌ。お前にレスティアの管理を任せる。こいつは見た目通りぐうたらだ。偏食したりだらしない生活を始めたら厳しく指導してくれ」
「承りました、お義兄様。エーク様の為、全力でその仕事全う致します」
レフォードは適役は彼女以外ないと思っていた。
刺客からの攻撃をその身をもって守ろうとしたマリアーヌ。エルクが倒れてからも懸命に看病を続けてきた彼女。だからこそエルクの回復を心から願っている彼女にレスティアの管理を任せようと思った。不満そうなレスティアがぼやく。
「私だってちゃんとやるから~、そんな管理役だなんて、あぁ、ダルくて死にそうだよ~」
「お前は信用できん」
「酷い〜っ」
本当に死にそうな顔でそう答えるレスティアをミタリア達が苦笑して見つめる。
そこへひとりの兵士が部屋に来てシルバーに報告する。
「副団長、実は……」
(!!)
それを聞いたシルバー驚く。部屋の空気の変化。それを察したレフォードが尋ねる。
「どうかしたのか?」
シルバーが頷いて答える。
「ええ、国王陛下がレフォードさん達に会いたいと……」
さすがのレフォードも驚きに言葉を失った。
「本日は拝謁の栄誉を賜り、誠に恐悦至極に存じます」
国王謁見の命を受けてからすぐ、レフォード達は正装に着替えラフェル王城謁見の間にやって来た。片足をついて頭を下げるレフォードにミタリアとガイル。一番場慣れしているはずのミタリアですら挨拶だけで体が震える。
鮮やかな赤い絨毯が敷き詰められた謁見の間。大臣や守護兵達が立ち並ぶ中、ラフェル王が声を掛ける。
「面を上げよ。楽にしてよいぞ」
「はっ」
その声で頭を上げるレフォード達。玉座には白い髭を生やした国王と妃が座っている。国王が言う。
「先の戦、ヴェスタ公国との戦いで我が軍を助け敵を退けた話、誠に見事であった」
「恐縮にございます。有難きお言葉」
ミタリアがそれに答える。妃が尋ねる。
「とてもお強いと聞きましたわ。そうにはあまり見えませんが、外見では分からないものですね」
そう言ってレフォードを見つめる妃。ミタリアが言う。
「はい。わたくしのフィアンセでございますから」
「!!」
謁見の間に参列していたシルバーの額に汗が流れる。レフォードが小声で言う。
「こら、ミタリア! こんな時に……」
「まあまあ、そうでしたか。とても仲の良いことで」
そう口に手を当てて笑う妃を見てレフォードが焦る。
(やべっ、少しずつ外堀を埋められている気が……)
不気味に笑うミタリア。既成事実へ向かって着実に計画は進んでいる。国王が言う。
「レフォードと申したな。今後もラフェルの為に働いてくれ」
「かしこまりました」
すぐに答えるレフォード。国王が続けて言う。
「何か褒美を取らせよう。所望するものはあるか?」
少し考えたレフォードが答える。
「欲しいものは特にありませんが、ひとつ質問をしても宜しいでしょうか」
珍しい発言に参列者達が少し騒めく。レフォードの性格を段々理解して来たシルバーはまた別の意味で油汗をかく。
「許可する。どんな質問だ?」
国王が真っ白な髭を触りながら答える。レフォードが尋ねる。
「はい。ラフェル王国はこのままヴェスタ公国との戦争を続けるおつもりでしょうか」
「!!」
誰もが想像していなかった質問。
一介の平民であるレフォードが国王に面会、言葉を交わすだけでも畏れ多いことなのに、その国王に対して国策について問うている。溜まりかねた大臣が声を出す。
「貴様っ、国王陛下に対したなんと失礼な!!!」
「言葉を慎めっ!!!」
大臣達から発せられる怒りの声を聞いたミタリアが顔に手を当てて「あちゃ~」と言う表情をする。
「静かにせよ!」
しかし謁見の間に響いたその王の言葉に大臣達が一斉に口を閉じる。国王が言う。
「今は余とこの男の会話の最中だ。質問をすることも許可しておる。静かにしておれ!」
「も、申し訳ございません」
「ぎょ、御意……」
大臣達が慌てて背筋を伸ばして答える。国王が尋ねる。
「して、レフォードよ。その真意は何だ?」
レフォードが答える。
「はい。現在我が国は北にガナリア大帝国の脅威を抱え、各地に現れる蛮族、魔物の襲撃も確認されております。騎士団長も呪いで倒れた今、このままヴェスタ公国との争いを続けるのは得策には思えません」
大臣達は無礼なレフォードに対して怒りを表すのを通り越し、体の震えを抑えることができなかった。平民でありながら国王に異を唱える男。この男の処刑だけで済むだろうかと皆が震える。
「……」
黙り込む国王。
レフォードと一緒に居たミタリアやガイルも青い顔をしている。
「……その通りじゃな」
意外な国王の言葉に皆が驚く。
「その通りじゃ。これ以上の戦は民を困窮させ無駄な死者を増やす。とは言え始めてしまった戦。簡単にやめる訳にはいかぬのじゃ」
誰もが思いもよらなかった国王の本音。和平交渉をするにしても互いの損害を考えれば莫大な補償金が必要。交渉次第ではさらに悪化させることもあり得る。レフォードが尋ねる。
「国王の真意はヴェスタ公国との戦いはこれ以上望まない、それでよろしいでしょうか」
「そうじゃ。それでお前に何か策でもあるのか?」
レフォードが小さく首を振って答える。
「いえ、策はありませんが、そのような機会が訪れればそう致しましょう」
「はははっ、そうか。分かった。お前の好きにするが良い」
「はっ」
レフォードが頭を下げてそれに答える。周りの皆は本人の緊張以上にそのやり取りを見つめた。
「お、お兄ちゃん、心臓止まるかと思ったよ!!!」
国王との謁見を終えたレフォード達。日差しの明るい廊下を歩きながらミタリアが言った。
「マジでマジマジ!!! 俺もどうなるかと思ったぜ、レフォ兄!!」
さすがのガイルも冷や汗でベタベタだ。レフォードが頭に手を当てて言う。
「すまねえすまねえ。まあ、すべては妹の為なんだ」
「妹?」
そう聞き返したミタリアにレフォードが答える。
「ああ、ヴァーナの為だ」
レフォードと一緒に歩いていたガイルとミタリアの足が止まった。
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