39.監獄の再会

「ヴァーナちゃ~ん、準備OKよ」


 レフォード達が密入国をしていた頃、ラフェル王国との国境近くでは、ヴェスタ公国の魔法隊を中心として編成されたラフェル討伐軍がその進軍の時を待っていた。

 魔法隊の鎧はすべて赤。これはヴァーナの強力な魔法の巻き沿いを食らわないように、魔法耐性が付与された特別な鎧である。


 タイトで真っ赤な戦闘用ドレスに身を包んだヴァーナが、同じく赤いつばの広い帽子の下から言う。



「いいわいいわ~、ぜ~んぶ壊しちゃうぜぇ~!!」


 早く業火魔法をぶっ放ちたい。既にヴァーナの体からは強い魔力が溢れ出している。戦闘用ビキニパンツを履いたゲルチが言う。



「どうでもいいけどぉ、魔力切れには気を付けてね」


 ヴァーナの数少ない弱点。魔力切れ。強大な魔法を後先考えずに放つ彼女特有の弱点。それでも長い時間あれほど強力な魔法を放ち続けられるのはさすがとしか言いようがない。ヴァーナが言う。



「大丈夫大丈夫ぅ!!! 最初から全力で、ブッパーンってやって、ドカーーーン!!! で終わりだぁ!!! ヒュハハハアッ!!!!」


 既に興奮状態のヴァーナ。ゲルチがため息をつきながら兵達に叫ぶ。



「全軍、出陣っ、よ!!!!」


「「おうっ!!!」」


 ゲルチの言葉に全兵士が大声で答えた。






「ヴェスタ公国って初めて来たけど、中々お洒落な街よね」


 ヴェスタ公国首都に潜入したレフォード達。

 ガイルの風魔法で追っ手を撒き、初めての敵国首都を見上げる。レンガ造りが多い建物。至る所に整備された用水路の水は透明で、芝や木々も優しく風に吹かれている。

 交戦中の首都とは思えないほど平和な光景に、やや拍子抜けするレフォード。ミタリアだけが建物や街並みを見て感激して言う。



「うちの領地の建物も、こんな風にお洒落にしたらいいかもね!」


「ああ、そうだな……」


 家などに全く興味のないレフォードが適当に答える。



「ああやってお花とかいっぱい植えたら本当に素敵よね!」


「ああ、そうだな……」



「私達のもああ言うのがいいよね!!」


「ああ、そう……、って今なんて言った!?」


 適当に流していたレフォードがミタリアの言葉にうまく乗せられそうになる。



「ちっ」


 小さく舌打ちをするミタリアをガイルが苦笑して見てから言う。



「それで、これからどうする?」


 ミタリアが答える。


「とりあえず変装のかつらとか買いましょう。私達の顔はバレているのでできるだけ分からないようにするために」


「そうだな。まあ念には念を入れた方がいい」


 ミタリアの言葉にレフォードも同意する。



「じゃあ行くか。かつら屋さん」


「ああ」


 一行はお洒落な首都に来てかつらを探しに歩き始める。






「ぶぶっ、きゃははははっ!!!!」


 ヴェスタ公国首都でかつらを探していた一行。すぐにお店は見つかり無事にかつらを購入して店外へ出る。それまで笑いを堪えていたミタリアが外に出ると同時に大声で笑い出した。



「な、なにそれ!? あはははっ、お、面白くてお腹痛い~!!!」


 ミタリアはガイルの髪を指差して笑う。

 一番安かったので皆同じ金髪のかつら。レフォードは以前、武闘会に出場した際にかつら被っていたので問題はなかったが、ガイルはトレードマークの黒く尖った頭にそれに合うようなかつらを被ったのでまるで金色の塔のようになっている。ガイルがむっとして言う。



「う、うるさいな! 笑うなよ。仕方ないだろ」


「ご、ごめん。でも、面白くて……、ぷぷっ、くくくっ……」


 そう言うミタリアも勿論金色のかつら。赤のツインテールが今は金のツインテール。全く興味のなさそうなレフォードに尋ねる。



「ねえ、お兄ちゃん。どお??」


「どおって、何が?」


「何がって、私だよ。綺麗?」


「ああ、そうだな……」


 全く興味がなさそうに答えるレフォードだが、肯定されたミタリアは満足そうに笑顔となる。

 予定通り変装ができた一行。早速今夜の宿を探しに歩く。





「三部屋お願いします。全員別々です」


 適当な宿を見つけフロントで空きを確認。レフォードと一緒の部屋が良かったミタリアだけ不満そうな顔をしていたが、問題なく偽の身分証で宿を確保できた。



「あー、疲れた……」


 朝から色々なことがあった。

 国境を無理やり突破したり、変装をしたり。長い距離を移動して来たので既にくたくただ。ガイルが言う。




「なあ、今夜は美味しい物いっぱい食べようぜ!」


「は? 無理だ。俺達は追われる身。目立った行動は控えなきゃならん」


 冷たく言い放つレフォードにガイルが食い下がる。



「ふざけんなよ! せっかくヴェスタまで来たんだぜ。名物食べようぜ。ええっと確か、ヴェスタうお!!」


「ほんとガイルお兄ちゃんは食べることばっかだよね」


「当たり前だろ。その土地土地でその名物を食べる。ラリーコットのヤギ肉も美味かったなあ~」


 レフォードが困った顔をして言う。



「まあ、仕方ないか。近くの店で目立たずにこっそり食べるだけだぞ」


「分かったよ!」


 ガイルは心から嬉しそうな顔でそれに答えた。






 その夜、宿屋近くの居酒屋風の店にやって来たレフォード達。金髪の三人組が珍しいのか入った瞬間注目を浴びたが、皆すぐに酒を飲みガヤガヤと話に戻る。

 テーブル席に案内されたレフォード達。注文を聞きにやって来た店員にガイルが尋ねる。



「ここって、ヴェスタ魚の料理っておいてる?」


 一瞬店員がメニューを開けながら説明する。


「これと、この辺りの料理がそうです。おすすめは『ヴェスタ魚焼き』ですね」


「おお、そうか! 焼きがいいのか!! じゃあ俺、これな!!」


 そう言って『ヴェスタ魚焼き』を注文するガイル。レフォードとミタリアも同じくヴェスタ魚料理を注文し、先に運ばれてきた酒で乾杯する。



「とりあえずここまでの成功に」


「乾杯っ!!」


 そう言ってガイルはガブガブと酒を飲み始める。これまで全く酒を飲む機会がなかったレフォードは実はあまり得意じゃない。少し口をつけてから、弟の豪快な飲みっぷりに苦笑する。



「うほぉ、うめえうめえ!!!」


 そして暫くして運ばれてきた焼き立ての『ヴェスタ魚焼き』を堪能するレフォード達。香ばしい匂いに油滴る魚肉は、深い味がするのにあっさりしていて飽きることがない。ガイルが何度も声を上げてヴェスタ名物を頬張る。


「本当に美味しいね~」


 ミタリアも予想以上に美味しい魚に頬を緩める。


「うむ、美味い」


 レフォードも素直にヴェスタ魚の美味さを認める。



「ああ、幸せだな~」


 たらふく魚を食べ幸せそうなガイル。だがそんな幸せは長くは続かなかった。




「あ、あの人達です!!」


 突如店内に現れた武装した男達。店員はレフォード達の方を指差して不安そうな顔をする。その異変に気付いたガイルが言う。


「レフォ兄! これは!?」


「……囲まれたな」


 あっと言う間に店の中に入って来る大勢の兵士達。皆、ヴェスタ公国の鎧をまとっている。兵士達は他の客を移動させレフォード達の元に来て言う。



「貴様らが密入国者だな」


(なぜバレた!?)


 黙り込むレフォードが考える。兵士が近くに来た店員に尋ねる。



「こいつらで間違いないな?」


「ええ、ラフェルなので間違いないです!!」



(そうか、言葉か……)


 レフォード達が話すのはラフェル訛りの言葉。言語は同じだがここヴェスタにはヴェスタの発音がある。



「レフォ兄……」

「お兄ちゃん……」


 不安そうなふたりがレフォードを見つめる。一瞬強行突破をしようかと思ったが、酔いで足元がふらつくガイルを見て逃亡は不可能と判断。



(まあ、しゃあねえか)


 酔いが覚めれば牢屋でも何でも最悪破壊して脱出できる。両国の関係を考えればそんなことはしたくないのだが、とりあえずここで抵抗するのは得策ではない。レフォードが大きな声で言う。



「俺達はラフェル王国の!! 丁重に扱え!!」


「!!」


 ヴェスタ兵はその名を聞いて一瞬たじろぐ。ラフェルの正騎士団と言えば周辺国から敵なしと恐れられる最強兵団。下っ端兵ではその名を聞いただけで震えあがる者もいる。レフォードが言う。



「抵抗はしねえ。さ、連れて行け」


「レフォ兄……」


 心配そうな顔をするガイル達にレフォードが大丈夫と言う顔で応えた。






「あーあ、また捕まっちまったな~」


 ヴェスタ公国の居城地下にある暗い牢屋。ガイルが以前ラフェル王城に行った際に同じように捕まりかけたことを思い出す。レフォードが言う。


「あの時は捕まってはいないぞ」


「どっちでもいいだろ、そんなこと……」


 ガイルがため息をついて答える。



「で、どうするの? お兄ちゃん??」


 不安そうな顔でミタリアが尋ねる。敵国ラフェルの人間と分かれば問答無用で処刑されてもおかしくない。しかも正騎士団と名乗った以上、拷問されて情報を聞き出すとか幾らでも悪いことは考えられる。レフォードが言う。



「なーに、ここにヴァーナも居るんだろ? 丁度いい。直接彼女に会わせて貰うか、それとも公爵に面会でも申し込むかな」


「……」


 不安でいっぱいのミタリアでは想像もつかないほど呑気な兄。だが逆にそれが不思議と安心をもたらす。



「全部ダメなら、最悪だ」


 そう言って顔の前で拳を握る兄の顔を見てミタリアが苦笑して思う。


(やっぱそうだろうね……)




 カツンカツンカツン……


 そんな三人の耳に、地下牢の階段を誰かが下りてくる音が聞こえる。付き添いの兵が言う。


「あちらです!!」


「ありがとう」


 女の声。その声を聞いたレフォードの体が一瞬固まる。牢の前にやって来たその女に兵士が説明する。



「こちらがラフェルの密入国者です。様」



(ミーア、ミーアだと……!?)


 降りて来たのは孤児院時代、『見守り役』だったレフォードに弟妹達の行き先をこっそり教えてた主任使用人ミーア・マルシェであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る