30.レスティアと言う名の女性
翌朝一番の馬車でレフォード達は隣町へと向かった。
まだ冷たい風が吹く早朝。少し寒さを感じたミタリアがレフォードに密着する。正面に座ったガイルが昨晩のヤギ肉を思い出しながら言った。
「いや~、やっぱりラリーコットのヤギ肉は最高だな~!! また今夜も食べようぜ」
「あ? また食べるのか? 昨晩あれだけ食べたのに」
『空腹のガイル』の異名通り周囲も驚くほど焼き肉を食べたガイル。ラフェルの正騎士団副団長シルバーから貰った支度金があったから良かったものの、あの調子で食べ続けられるとこの先少々心配になる。
「え? だって美味かったもん。別にいいだろ? その分ちゃんと働くからさ!!」
そう言ってガイルがぐっと握りこぶしを作る。ミタリアがぼそっと言う。
「帰ってもいいのに……」
「は? 何か言ったか? ミタリア」
「何でもないよ~、ね、お兄ちゃん!」
そう笑顔で言うミタリア。
「知らん」
いつも通りのレフォード達。ガイルが話題を変えるようにつぶやく。
「でもさ、本当にレスティアだったらいいよな……」
隣町にいる凄腕治療師。彼女の名前がレスティアだということは判明した。孤児院時代からみんなの治療を手伝ってきたレスティア。その可能性は十分にある。
「でも、治療を止めちゃってるんだよね。どうしてなのかな……?」
レフォードに密着するミタリアが心配そうな顔で言う。
「さあな。それも含めて会ってみればいい。もし本当にレスティアなら話が早いだけだ」
無論、それとは別に心配している弟妹達に会えるのは嬉しい。ガイルが言う。
「あ~、次の街でもヤギ肉あるのかな~?」
「もぉ、ガイルお兄ちゃん!!」
食べることにはやはりマイペースなガイルをミタリアが叱りつけた。
半日ほど掛けて辿り着いた隣町は、最初に訪れた街よりも大きな街であった。
たくさんの商店が並び、行商人らしき人が荷物を担いで右から左へと流れていく。規模の割に活気があるのはここが交易の拠点のひとつになっている為であろう。
「レフォ兄、あれだよな?」
街に到着したレフォード達。すぐにその目に映ったのは街の中央で幾重にも重なる壁に守られた豪邸。周りを警備兵が歩き、交易が盛んな平和な街に似合わない建物だ。
「だろうな。じゃあ、行くか」
レフォードがその中心にある厳重な警備がされた建物へと歩き出す。ガイルとミタリアもそれに遅れないようについて歩く。
「ちょっと聞きたいのだが、ここが聖女レスティアがいる場所で間違いないか?」
入り口の門に立つ守衛にレフォードが尋ねる。彼らはここで聖女面会にやって来る者の対応を行っているのだが、腰に剣を携えたレフォードを見て眉間にしわを寄せて答える。
「そうだが、なんだ? お前達は」
守衛がレフォードやガイル達をじろじろと見ながら言う。怪しい者は一切通さない。それが彼らの仕事だ。ミタリアが前に出て言う。
「ラフェル王国正騎士団の遣いとしてやって参りました。これが副団長シルバー様からの書面です」
そう言ってミタリアが鞄の中からラフェルの国印が押された封書を手渡す。
「これは……」
幾人もの来客に会って来た守衛でさえあまり経験のない隣国からの正式な使者。驚いた守衛のひとりが書面を持ち言う。
「しょ、少々お待ちを」
そして小走りに館内に行き、しばらくすると高価な服を着た若い男と共に戻って来た。男が言う。
「俺が自治区長の息子ジャセルだ。中に入んな」
長い髪を後ろで縛った目つきの悪い若者。自治区長の息子だというその男の後に付いてレフォード達が屋敷の中へ入る。
(厳重な警備だ……)
外から出は分からない屋敷の中の警備体制。分厚い壁やドア、武器を持った警備兵達が至る所に立っている。屋敷の構造自体も迷路のようになっており簡単には攻略できない作りである。
「座んな」
ジャセルはレフォード達を客間のような部屋に連れてくると、部屋にあったテーブルの椅子を指差しながら言った。
レフォード達が礼を言いながら椅子に座る。その間ずっと腕を組んだままのジャセルにガイルが既に怒り心頭である。ジャセルが立ったまま尋ねる。
「ラフェル王国騎士団が直々に依頼してくるとは、相当ヤバいんだね。騎士団長さん」
シルバーが準備した書類には、騎士団長エークの治療を依頼する内容が書かれている。国家機密にもなる重要事項なので口外厳禁だが、目の前の軽そうな男を見るとやや不安になって来る。ミタリアが言う。
「ええ、それでここまで来ました。聖女様にはお会いできますか」
「聖女ねえ。まあ、いいさ。会うがいい」
それでもまだ腕を組んだままのジャセルを見てガイルが怒りを顔に出す。ジャセルが尋ねる。
「それで騎士団長さんは今どこにいるんだ?」
「ラフェル王城です」
そう答えたミタリアにジャセルが笑って言う。
「あはははっ、なーんだ、ここに来ていないのか?? そんなに酷いのかよ」
さすがのミタリアもイライラし始める。ジャセルが言う。
「まあ、いいや。何とかなるだろう。おーい、レスティア! こっちに来い!!」
ジャセルが奥の方を向いて大きな声で呼ぶ。レフォード達の顔が緊張に包まれる。そして髪の綺麗な中年の女性に手を取られ、ピンクの衣装に身を包んだ美しい女性が現れた。ミタリアが思わず声を上げる。
「レスティアおね……、ちゃ……」
嬉しそうだった表情が一瞬で曇って行く。現れた女性が頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、レスティアでございます」
物腰柔らかな態度、優しい声。女性としてとても魅力的な人である。だが皆の表情は険しい。ガイルがレフォードに言う。
「レフォ兄、これって……」
「ああ」
顔はよく似ている。瓜二つと言う表現がぴったりであろう。一見レスティアのようだがまるで別人。家族のように育って来た三人にはすぐ分かる。レフォードが言う。
「お前、誰だ?」
(!!)
失礼な言葉。レフォード達からすれば当然の言葉だが、言われたの前の女性やジャセルにとっては失礼極まりない言葉である。ジャセルが大きな声で言う。
「なに言ってんだよ、てめえ!! レスティアに会いたいって言うから連れて来たんだろ?? ふざけてんのか!!」
「ふざけてんのはそっちだろ!! 誰だよ、こいつ!!!」
それまで我慢していたガイルの堪忍の緒がついに切れる。突然怒鳴り出したガイル。元蛮族頭領の威嚇は目の前の男を委縮させるに十分の迫力があった。
「だ、だから、レスティアだって言ってるだろ……」
ガイルの迫力に押され急にトーンダウンするジャセル。レフォードがいきり立つガイルの肩を持って言う。
「大きな声を出すな、ガイル」
「だ、だけどよぉ……」
レフォードに言われたガイルが大人しくなって後ろに下がる。
(こいつの方が上なのか!? 全然強くなさそうだが……)
ジャセルはレフォードの顔を見て考える。そのレフォードがジャセルに言う。
「愚弟が失礼をした。それで騎士団長の治療の依頼は受けて貰えるのか」
ジャセルはようやく少し落ち着き、少し前の口調に戻って答える。
「あ、ああ、別にいいけど、貰うもんは貰うよ」
「構わない。請求はラフェル王国に送ってくれ」
「分かった。じゃあ、レスティア」
名前を呼ばれたピンク髪の女が、手にしていた鞄から液体の入った瓶を取り出す。それを渡しながら説明する。
「これは治療水と呼ばれる奇跡の水です。これを騎士団長様に飲ませてください。きっと良くなります」
瓶を受け取るレフォード。一見ただの水。だがもし本当に効果があると言うのならば有難い。ミタリアが尋ねる。
「ちょっとお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい」
ピンク髪の女が笑顔で答える。
「以前は患者に触れて治療されていると聞きましたが、今はどうしてこのような水を使うんですか?」
(!!)
笑顔だった女の顔が一瞬凍り付く。
彼女とてそんな理由は知らない。ただただ『本物のレスティア』にそう言われただけの話。返答に困る女を見てジャセルが助けに入る。
「なんだよ、お前。俺達が信じられねえのか?? だったら返せよ!!」
ミタリアが堂々と答える。
「そうは言っていません。聞きたいのはどうして治療方法が変わったのかと言う点です」
「だから言ってるだろ。そう変わったんだよ!!」
まともな会話が成り立たない相手。ミタリアが諦めたような顔をするのを見てレフォードが言う。
「分かった。これが効くかどうかは実際に飲ませて見れば分かる。何も変わらなかったら、偽物だ」
そう言ったレフォードがぎろりとジャセルを睨む。焦ったジャセルが上ずった声で答える。
「だ、大丈夫だよ。心配するな。さあ、もういいだろ? 次の予約もあるんだ。帰ってくれ」
煙たがられるように屋敷を退出させられたレフォード達。謎は残るが幾つかの収穫はあった。歩きながらガイルが言う。
「絶対レスティアに関係があるだろ、あれ」
「まあな。何か隠してるのは間違いない」
ガイルの言葉にレフォードも同意する。ミタリアが言う。
「レスティアお姉ちゃん、ちょっと心配……」
それは皆も思うところ。無事でいて欲しいと願う。ミタリアが言う。
「じゃあこれからは宿を決めて、それからは……」
そこまで言ったミタリアの目にある物が映る。
「それからは、えーっと、夕飯まで自由行動ね!!」
きっと『お兄ちゃんと一緒に買い物する!!』とか言うと思っていたガイルは意外な言葉に驚く。
宿を決めて自由行動になったミタリア。すぐにその場所へと向かう。
「あ、あの、これって本当に効くんですが!!??」
街中あった小さな露店。そこ看板に書かれた『惚れ薬』と言う小さな文字。ミタリアは目をキラキラ輝かせながら尋ねる。露店にいた白髪の老人が答える。
「ああ、効くよ。この瓶の薬をね……」
そう言って手にした小瓶に入った透明な液体。ミタリアが尋ねる。
「いくらですか!!」
「え、ええっと……」
ミタリアは老人が言った額をそのままテーブルの上に置き、彼が持っていた惚れ薬を掴んで笑顔で言う。
「ありがと!! いい買い物ができたわ!!」
決して少なくない金額。それをポンと出せるのは彼女が領主である証。立ち去るミタリアの背中を見ながら老人が言う。
「説明が、まだ、お嬢ちゃん……」
意気揚々と宿に向かうミタリア。
だが説明も聞かずに買った惚れ薬がまた問題を起こすなど、この時は夢にも思ってもいなかった。
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