31.魔族襲撃

「サキュガル様。あれが治療師がいる屋敷でございます」


 レフォード達が滞在する街。それを見下ろすような丘の上に立った魔族サキュガルに配下の者が言った。全身タキシードの姿のサキュガル。腰につけたレイピアに触れながら答える。


「ありがとう。警備は厳重そうだけど、まあ大丈夫ですね。ではこれより作戦を開始する。皆の者、気を引き締めよ!!」


「はっ!!」

「ギャグウ!!」


 サキュガルの周りに集まった上級魔族達が敬礼してそれに答える。魔族長の腹心でもある精鋭部隊が、治療師の捕縛の為に動き出す。






 一方のレフォード達。自由行動を終えた夕刻過ぎに約束の宿屋に集まって来る。沈みゆく夕陽を見ながらガイルが言う。


「さー、メシ食べに行こうぜ!!」


「そうだな。何を食べる?」


 そう尋ねるレフォードにガイルが言う。



「え? 何ってヤギ肉でしょ!!」


「えー、またヤギ肉食べるの!? 昨日も食べたじゃん!!」


 さすがに二日続けて重い焼肉は女の子であるミタリアにはやや辛い。ガイルが言う。



「大丈夫だって美味しいし」


「違うの食べよーよ、お兄ちゃんもそう思うでしょ?」


「ん? んん、まあ、俺は何でも……」


 ガイルがミタリアに言う。



「ヤギ肉食べるんだよ!! じゃないと手伝わないぞ!!」


 ミタリアとレフォードの応援をしてくれる約束のガイル。それができないとなればミタリアにとって大きな問題だ。


「わ、分かったわよ。仕方ないね、全く……」


 そう答えるミタリアだが、実は食べる物などなんでも良かった。ミタリアはポケットに忍ばせた小さな小瓶を握りながら思う。



(今日こそはお兄ちゃんを私の魅力でメロメロにして、念願の既成事実を作って見せるわよ!!)


 一刻でも早く自分に振り向かせたいミタリア。この先兄弟達を探しに行くのだが、強力なライバルとなりうる姉妹らに会う前に何とか攻略しておきたかった。ガイルが言う。



「じゃあ、行こうぜ!!」


 そう言ってガイルがヤギ肉専門レストランへ飛び跳ねるように向かって行く。




「ああ、うめえうめえ!!!」


 昨夜同様、ヤギ肉に夢中になるガイル。レフォードもここのヤギ肉が気に入ったのかガイルと一緒になってモリモリ食べている。

 ミタリアはポケットに忍ばせた小瓶を取り出すと、レフォードが飲むグラスにすっと流し込み何食わぬ顔で言う。



「はい、お兄ちゃん。お水どうぞ!!」


「ん、ああ、ありがとう」


 そう言ってミタリアから渡されたグラスの水を一気に飲み干す。ガイルが尋ねる。



「そう言えばレフォ兄。今日貰ったあの瓶の薬ってどうしたの? もぐもぐ……」


『瓶の薬』と聞いて一瞬驚くミタリアだが、レフォードが食べながら答える。


「ああ、王城に送って置いたぞ。多分明日には届くだろう。もぐもぐ……」


 の瓶の話だと分かり胸をなでおろすミタリア。そんな彼女がにこっと笑ってレフォードに尋ねる。



「ねえ、お兄ちゃん」


「何だ? もぐもぐ……」



「ミタリアって可愛い?」


 またいつもの質問かと思ったレフォードが答える。


「ああ、可愛いぞ。妹として」


「うふふふっ、そう、そうよね。うふふふっ……」


 いつもならここで怒るはずのミタリアが不気味な笑みを浮かべて答える。一瞬嫌な感じがしたレフォードだが、次の瞬間それが現実のものとなる。



(あれ……、なんか眩暈が……)


 突然襲い掛かる強い睡魔。全身の力が抜けていく。



 そしてそれが同時に起こる。




「た、大変だーーーーっ!!! 聖女様の家が魔物に襲われているぞ!!!!」



「!!」


 食事をしていたガイルの顔つきが変わる。姉レスティアの可能性がある屋敷。このまま見過ごす訳にはいかない。



「レフォ兄!! 急いで……、って、あれ!?」


 ガイルがレフォードの方を見るとテーブルの上に頭を乗せ眠ってしまっている。その横でおろおろするミタリア。


「おい、レフォ兄!! どうしたんだよ、起きろよ!!」


 呼んでも叩いても全く反応がないレフォード。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!!」


 ミタリアもどうしていいのか分からずにレフォードの体を揺り名前を呼ぶ。明らかにおかしい。ただ単に眠っている訳ではない。眠らされているようだ。ガイルが言う。



「ミタリア、俺はレスティアの家へ行く。お前はレフォ兄を頼む!!!」


「え、でも、ガイルお兄ちゃん!?」


 ガイルはその声を聞くより先に風のようにその場から消え去っていた。レフォードと共に残されたミタリアが泣きそうな顔で言う。



「お兄ちゃん、起きてよ。お願いだよ……、ううっ……」


 どれだけ呼んでも揺すっても反応がないレフォード。ミタリアの涙は止まらなかった。






 レフォード達がヤギ肉レストランに入る少し前、街の中央に建つ治療師の豪邸に異変が起きていた。守衛の兵士が空に浮かぶ幾つもの黒い点に気付き言う。


「おい、あれってなんだ?」


 隣にいた兵士に尋ねる。見上げた兵士が答える。


「お、おい、あれって、まさか……」


 次第に大きくなる黒い点。そしてそれはあっと言う間に悍ましい姿をした魔物となって館に飛来した。



「敵襲っ!! 敵襲っ!! 魔物が来たぞーーーーーっ!!!!!」


 守衛の声が屋敷中に響き渡る。

 直ぐに迎撃態勢を取る警備兵。周辺国と肩を並べるような軍隊を持つラリーコット自治区。重要人物である治療師レスティアもその厚い警備の中、しっかりと保護されていた。

 だが今回の相手は魔物率いる上級魔族。しかも屋敷の守備責任者が無能のジャセル。最初から苦戦が予想された。



「迎え撃て!! 我等はラリーコット最強兵団っ!! 負けるはずがない!!!」


 声ばかり大きく具体的な指示がないジャセル。対する魔族側は魔族長側近の有能なサキュガル。味方が孤立しないよう各個撃破させていく。



「ぐわああああ!!」

「ぎゃああ!!!」


 ラリーコット兵も善戦した。元々有能な兵士達。個々の能力は高く、適切な指揮があれば堅固な館を有する彼らが簡単に負けることはなかった。上空から優位に戦いを進める自軍を眺めながらサキュガルが笑って言う。



「脆い脆い。さすが我が精鋭部隊。惚れ惚れしますね」


 サキュガルは自身が出陣せずとも勝てそうな戦況に満足そうに頷く。一方のジャセルは館の最奥で苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。



「む、無能な奴らめ……」


 次々と入る敗北、撃破の報に苛立ちを隠せない。隣の部屋、ピンクの内装に柔らかなソファベッドで横になるピンク髪のレスティアを睨みながら言う。



「あんな役にも立たない女を守らなきゃならないなんて。くそっ!!!」


 そう言って近くの壁をドンと音と立てて蹴り上げる。

 父である自治区長に命令されての治療師の護衛。だが彼にしてみれば治療もできない役立たずの女にこれほどの護衛と贅沢をさせなければならない意味が分からない。

 ジャセルがレスティアの元へ歩み寄り、その髪を掴んで怒鳴る。



「お前みたいな役立たずの為になんで俺達がこんな目に遭うんだよ!!!」


「きゃあ!! や、やめて……」


 全身の強い倦怠感で体に力が入らないレスティア。髪を引っ張るジャセルのされるがままに床に落ちる。中年の女が言う。


「お、おやめください、ジャセル様!!」


「黙れっ!!」



 パン!!!


「きゃあ!!」


 ジャセルが止めに入った中年の女を殴りつける。倒れる女。



「やだ、やめて、やめてよ……」


 髪を掴まれたままレスティアが涙を流し懇願する。そこへ守備兵が急ぎやって来て報告する。



「ジャセル様、魔物が中庭までやって来ました!! ど、どう致しましょうか!!??」


 中庭。それはここからすぐの場所にある広い庭。もはや屋敷が落とされるのも時間の問題である。ジャセルは不満そうな顔をして言う。



「くそっ、お前らはこの女と共に地下道から逃げろ。残った奴は俺と来い!!!」


「はっ!!」


 最後の最後でジャセルは父である自治区長から言われた『治療師の安全最優先』を思い出し、兵達に指示する。そして自分は側近と共に中庭へ向かう。



「あなたがここのボスでしょうか?」


「なっ!?」


 ジャセルが中庭へ着くと、そこには既に多くの兵士が倒れ苦しんでいた。個々で善戦していた兵士達もその多くが苦戦している。

 そしてその中央に建つ黒いタキシード姿の男。明らかに周りの魔物達とは違う存在。戦う前からジャセルにはその圧倒的な邪気を感じていた。サキュガルが言う。



「私達の目的はここに居る治療師の捕獲。素直に渡してくれればこれ以上は何もしませんよ」


「うぬぬぬっ……」


 ジャセル自身としてはあんな女など渡しても良かった。治療もできず役に立たない女。ただただ怠惰を貪り何もせず寝てばかり。すぐにでも渡してこいつらと離れたかった。だが絶対である父の顔がそれを止める。



(こいつをれば俺達の勝ちだ……)


 そんな状況で辿り着いた彼の答え。頭を取れば勝てると安易に考えた最も短絡的な答え。ジャセルが手にした剣でサキュガルに斬りかかる。



「うおおおおおっ!!!!」



 ドフッ!!!


「ぎゃあああ!!!!」


 ジャセルの剣を軽くかわしたサキュガルが、強烈な右拳をその腹に打ち込む。悲鳴を上げて吹き飛ばされるジャセル。口から血を吐き横たわったまま動かなくなる。サキュガルが言う。



「ヒト族と言うのはとても繊細な生き物ですね。このような素晴らしい服を作り上げる感覚は称賛に値します」


 そう言ってお気に入りのタキシードに手をやるサキュガル。



「でも、残念ながら頭の悪い種族でもあるようですね」


 ゆっくりと館の方へ歩き出すサキュガルの耳に、塀の向こう側からいくつもの叫び声が聞こえる。



「ギャアアア!!」

「ギュガアアアア!!!!」


 歩みが止まるサキュガル。やられているのは間違いなく魔物の方。


「おかしいですね。私の精鋭部隊があんなにもやられるはずが……」




「ウォークウォーク」



(!!)


 突如サキュガルの周囲に黒髪の男が複数体現れる。周りを見ながらサキュガルが言う。



「訂正しますね。ちゃんとしたのもいるようです」


 黒髪の男の一体が短剣を手にサキュガルの前に立つ。



「てめえがかしらだな」


『風のガイル』と魔族長側近サキュガルが今ぶつかり合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る