29.情報収集

「おお、すげえ美味そう!!!!」


 ラリーコット自治区にやって来たレフォード達。最初に訪れた街でレフォードの約束通り、ラリーコット名物『ヤギの焼肉』を食べる為レストランを訪れていた。

 夜の涼しい風が吹き抜ける店内。ガヤガヤと賑わう地元民に混じって、レフォードが運ばれて来た美味しそうな名産のヤギ肉を焼き始める。涎を垂らしながらガイルが言う。



「レフォ兄、早く焼いてくれ! もう待てないよ!!」


 食べ物には目がないガイル。ラフェル王国にいた頃も焼肉はよく食べていたが、本場ラリーコットのヤギ肉は初めてである。


「そんなに焦るな。おい、ミタリア。そこの野菜も焼いてくれ」


「はい、お兄ちゃん!」


 赤いツインテールを揺らしながらミタリアがヤギ肉と一緒に野菜を焼き始める。



「ガイルお兄ちゃんも手伝ってよ!」


「あぁ? 俺は食べ専だぜ」


「もぉ!!」


 そう言いながらも手際よく肉や野菜を焼いていく。脂の乗ったヤギ肉から滲む出る肉汁。香ばしい匂いを放ちながらヤギ肉はこんがりときつね色へと変わっていく。

 レフォードが手際よく皆の皿に焼き上がった肉を乗せるとガイルが大声で叫んだ。



「いただきまーす!!!」


 目にも止まらぬ速さで肉を口に運ぶガイル。


「うめえ!!!!」


 ガイルが至福の表情となる。ヤギ肉を食べたミタリアも幸せそうな顔で言う。



「本当に美味しい~、ね、お兄ちゃん!」


 黙ってヤギ肉を食べるレフォード。ミタリアが言う。



「美味しいよね、お兄ちゃん!!」


「ん、ああ、美味いな」


 レフォードの頭にはやはり先日の隕石メテオの残像が残っている。彼の微妙な変化に気付いたミタリアが尋ねる。



「お兄ちゃん、どうしたの?」


「ん、ああ、何でもない。それよりここらで聞き込みでもするか」


 聞き込み、それはもちろん『治療師の女』についてである。レフォードが隣の席で酒を飲む男達に声を掛ける。



「なあ、すまないが、知っていればちょっと教えて欲しいことがあるんだが」


 声を掛けられた男がレフォードの顔、そしてミタリアの顔を見て言う。



「お、可愛いお嬢さんを連れていいねえ~、で、何だい?」


 可愛いと言われたミタリアが顔を赤くしてにっこり笑う。レフォードが尋ねる。



「ああ、ここらで何でも治せる凄い治療師がいるって聞いたんだが、何か知ってないか?」


 男達が顔を見合わせて答える。



「聖女様のことか?」


「聖女様?」


 意外な言葉にレフォードが聞き返す。男が言う。



「ああ、怪我とか病気とか触れただけで治しちゃうんだぜ。知らねえのか?」


 レフォードが驚いた顔で答える。


「ああ、俺達、旅の者でその聖女様を探しに来たんだ」


「そうだったか。それなら隣町にいるよ。ここから少し離れた」


「マジか!?」


 予想よりもずっと早く手に入った情報にガイルが興奮を隠せない。街の場所を確認したレフォードが男に尋ねる。



「本当にどんな怪我や病気でも治せるのか?」


「ああ、そうだったよ。だけど今はなぜが治療をしていないんだ」


 レフォードの顔が少し険しくなる。


「どうして?」


「さあ。俺達には分からないことだ」


 そう言って男が分からないと言ったポーズで両手を上げる。ミタリアが男達に尋ねる。



「あの、その聖女様って何と仰るんですか?」


 飛びきり可愛いミタリア。そんな彼女を鼻の下を伸ばしながら見ていた別の男が答える。




「名前? ええっとねえ、確か……、聖女レスティア。そう、レスティアって呼ばれてたよ」


(!!)


 その名前を聞いたレフォード達が驚きの表情となる。ガイルが小声で言う。



「レフォ兄、それってレスティアのこと??」


 ガイルのひとつ上の姉レスティア。ミタリアも目を大きく開いて言う。


「そうだよそうだよ! レスティアお姉ちゃんの可能性大だよ!! だってお姉ちゃんいつも怪我とか治してくれてたじゃん!!」


 レフォードも腕を組んで言う。



「確かにあのレスティアなら考えられなくもない。もしそうならこれは助かる」


 何やら仲間内で話を始めたレフォード達に男が尋ねる。



「え、聖女様と知り合いなの?」


「さあ、分からんがとりあえず尋ねてみる」


「へえ~、気を付けてな。警備、厳重だから」


 思わぬ言葉にレフォードが尋ね返す。



「警備? 警備されているのか、彼女は?」


「ああ、そうだよ。ここの自治区長の屋敷、別荘だったかに住まわせているよ」


「どうして?」


「どうしてって、そんな凄い能力があれば誰だって欲しがるだろ? 他国とか」


「なるほど……」


 治療の力。それは裏を返せば誰もが欲しがる稀有な力でもある。レフォードが男達にお礼を言う。



「ありがとう。非常に参考になった。これはお礼だ」


 そう言って店員が運んできた酒の瓶数本を彼らのテーブルに置く。



「お! これは嬉しいねえ!! 兄さん太っ腹だね!!」


 男達はレフォードの酒を喜んで飲み始めた。




「お兄ちゃん」


 ミタリアがレフォードを見つめる。


「ああ、分かってる。明日の朝一で隣町へ向かう。エルクが心配だ。急ごう」


 ジュウジュウと肉が焼けるのを見ながらガイルが尋ねる。



「でもとりあえず今夜はここでゆっくりしていってもいいよな? レフォ兄??」


 レフォードが笑って答える。


「ああ、好きなだけ食べろ」


「やったー!!」


 レフォードとガイル、そしてミタリアは明日からの仕事に向けて名物のラリーコットヤギ肉を腹いっぱい堪能した。






 ラフェル王国やヴェスタ公国から離れた魔族領。

 生命を否定するような黒い瘴気が立ち込める大地の中央に聳え立つ魔王城。その城内最上階にある魔族長の間。魔王に次ぐナンバー2の座に座るのは紫のボブカットの可愛い少女。



「ルコ様」


 そこへ全身黒ずくめの魔族がやって来て深々と頭を下げた。隠しても隠し切れない強い魔のオーラ。人間用のタキシードを好んで着るお洒落な彼が、右手を胸に当てながら言う。



「ヒト族の治療師襲撃の準備が整いました」


 椅子に座ったまま報告を聞いたルコが言う。



「そう、それは良かったの。早く捕まえて来て。サキュガル」


「はっ」


 サキュガルと呼ばれた魔族が声を上げて答える。

 魔族はヒト族襲撃に当たって厄介な役目を果たす治療師の捕縛を計画していた。拘束してあわよくば魔族の為に働かせる。言うことを聞かなければ処刑。その準備は着々と進んでいた。ルコが言う。



「治療師以外はみんな殺していいの。どんどんやって」


「承知しております。では」


 サキュガルは再び深々と頭を下げて魔族長の間を退出。それに入れ替わるように彼の数倍はあるような巨躯の男が現れた。



「ルコちゃ~ん。元気だった??」


 全身鋼のような筋肉。見上げるような巨躯で発するオーラは間違いなくこの城最強。ルコが面倒臭そうな顔で言う。



「カルカル、どうしたの? がそんな暇そうに歩いていていいの?」


 魔王カルカル。魔族領のボスにして最強の魔族。魔族を束ねる圧倒的支配者。だが唯一の弱点が目の前に座る少女。カルカルがルコの前にスキップしながらやって来て言う。



「大丈夫だよ~、ルコちゃんの可愛いお顔を見るのもボクの仕事!」


 ルコがため息交じりに言う。


「分かったの。それより襲撃作戦が間もなく開始するの」


 カルカルが頷いて言う。


「いいよ~、ルコちゃんの好きなようにすれば。ルコちゃんを悪い人間なんて……」


 魔王より強烈な邪気が放たれる。



「……滅べばいい」


 周りにいた上級魔族達がその恐るべき邪気に体を震わせる。ルコも無表情になって言う。



「そうなの。人間は滅べばいいの」


 静かな言葉。

 だがその言葉には何かもう絶対に取り返しのきかない強い思いがあった。

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