15.ガイルとミタリア
「おい、見ろよ。フォーレさんとレンレンさんがあの男と戦うらしいぜ」
「誰なの? あの男」
「ガイル様が頭領の座を譲ったって聞いたけど、幹部ふたりを倒さなきゃならないって話だぜ」
表に出たフォーレとレンレン、その後にレフォードも続く。新人歓迎会を終えてテーブルなどが片付けられた広場。今そこは新たな戦いの場と変貌する。フォーレが言う。
「俺達が勝てばお前はここを出て行け。いいな」
レフォードが頷いて答える。
「分かった。俺が勝てばお前らは全てを受け入れるってことでいいか?」
「だるいけど、いいわ」
フォーレの隣に立つレンレンが答える。フォーレが言う。
「剣を抜け。真剣勝負だ。手加減など不要」
フォーレはレフォードの腰についたままの剣を見て言う。レフォードが困った顔をして答える。
「いや、これは、その、なんだ……、簡単に使う訳にはいかなくて……」
一向に抜刀しようとしないレフォードにフォーレが苛立って言う。
「くそっ、舐められたものよ。『鷹の風』三風牙を馬鹿にしやがって」
怒りで顔を赤くするフォーレ。
「おーい、始めるけどいいか?」
周りで観戦するガイルが声を掛ける。
「はい!」
「いつでもいいぜ」
「じゃあ、始めっ!!」
ガイルの合図で戦いの火蓋が切られる。
「ウィンドストリーム!!!!」
フォーレの先制攻撃。レフォードの周りにゴオゴオと轟音を立てながら竜巻が現れる。
「スピンラッシュ!!!」
逃げ場を塞いだレフォードに対してレンレンが得意の槍で追撃を行う。
ザンザンザンザン!!!!
容赦ない連続攻撃。レフォードは動けないのか真正面からレンレンの槍の攻撃を受ける。
「ウィンドランス!!!!」
更にフォーレの風の槍魔法。スピンラッシュで埃舞うレフォードに対してフォーレが仕留めにかかる。
ドオオン!!!
無抵抗。すべての攻撃がレフォードに綺麗に打ち込まれる。
「おいおい、あの人大丈夫か?」
「普通なら瀕死だよね……」
観戦していた戦闘員達が心配しながら声を出す。
(行けたのか……?)
攻撃を終え少し離れた場所に立つフォーレとレンレンがじっとその砂埃を見つめる。攻撃力が高いのは理解している。ただ素早さで圧倒すればきっと勝てる。そう思っていた。
「あーあ、せっかくのコートが破れちまったぞ……」
砂埃が収まると、そこには全くの無傷のレフォードが立っていた。着ていたコートが破れた程度。まるでダメージを受けていない。
(ば、馬鹿な!? 俺達の連続攻撃を受けてあんな涼しい顔しているはずが……)
フォーレの額に汗が流れる。レンレンが叫ぶ。
「直接打ち込むのみ!!!!」
昨晩の怪我はあるものの、レンレンは全身の力を振り絞り一気にレフォードへの間合いへと入る。フォーレが叫ぶ。
「やめろ! レンレン!!!」
(これで仕留めるっ!!!)
レンレンは高速でレフォードに対して槍を打ち込む。
ガシッ!!!
「え?」
自信を持って打ち込んだ槍。それをレフォードは片手で掴み力を入れる。
(う、動かない!?)
槍を掴まれたレンレンは、自分の槍がピクリとも動かないことに動揺する。
ドフ!!
「ぐっ……」
そんなレンレンの腹部にレフォードの拳が撃ち込まれる。
「うそ……」
経験したことのない痛み。深く重い一撃。立っていられなくなったレンレンがその場に倒れ込む。
「さて、あとひとり」
レフォードがゆっくりと歩き出す。フォーレが脂汗を流しながら言う。
「ば、馬鹿な!? レンレンがあんな簡単に……、くそっ!!」
フォーレは歩み寄るレフォードに向かって魔法を唱える。
「ウィンドスピア!!!!」
ゴオオオオオ!!!
轟音とともに放たれる風の槍。これまでに見たこともないほど巨大なもの。
「に、逃げろ!!」
このまま周りに衝突すれば怪我人が出ることは間違いない。慌てる蛮族達の前にレフォードが立って右手を差し出す。
「ふん!!!」
ガシッ、ドフ!!!
周りの者は目を疑った。
大きな風の槍がレフォードの目の前に迫ったが彼はそれを素手で掴み、そして殴って破壊した。レアスキル【超耐久】によるもっとも簡単だが、最も効果的な対処。
傷ひとつ負わないレフォードを見てフォーレがへなへなと座り込んで項垂れて言う。
「……降参だ」
力の差ははっきりしていた。
こちらの攻撃に全く動揺せず余裕を持って対処している。剣すら使わず素手であしらわれた。彼は間違いなく実力の一部しか出していない。さすがにもう認めざるを得なかった。
「はい、終わり~!! これでみんな異議はないよな?」
試合終了と同時にガイルが皆の前に出て言う。黙り込む蛮族達。その多くが小さく頷いている。ガイルが言う。
「じゃあ決まり~!! これからうちの頭領はこのレフォードな!」
ガン!!!
「痛っえ!!」
レフォードがガイルにげんこつする。
「だから俺は頭領になるなんて言ってないだろ」
「え、だって頭領にならなきゃみんな言うこと聞かないよ」
ガイルが頭を押さえながら答える。
「だからお前が皆に指示しろ。ここに居る全員お前に忠誠を誓っているんだぞ」
「そんなこと言ってもさ、俺がこのまま頭領だったら同じこと続けるぜ」
「この野郎~」
終わらない問答にようやくレフォードが折れる。
「分かった。臨時で俺がなる。でも騎士団に入ったらお前がちゃんとこいつらを導け。いいか?」
「んん、まあいいか。いいよそれで」
「やれやれ……」
レフォードがため息交じりに言う。
「それでレフォ兄。これからどうするの?」
そう尋ねるガイルにレフォードが答える。
「とりあえず一旦ここの全員『ヴェルリット家預かり』とする。そこで別の蛮族や魔物の対応を手伝って貰おう」
「え? マジで? 俺達、ミタリアの部下になるのか??」
レフォードが笑って答える。
「そうだ。俺もあいつに買われた雇われ部下だ」
「はあ!? レフォ兄が??」
兄弟の長兄で絶対的信頼を集めるレフォード。その彼が一番末っ子で泣き虫だったミタリアの部下になっているとは信じられない。
「レフォ兄、それマジで言ってんのか?」
「ああ、マジだ。ちょっと助けて欲しいこともある……」
レフォードはミタリアから『結婚しろ、子作りしろ!』と言われていることを思い出しため息をつく。ここでガイルが来てくれれば何か良い変化が起きるかもしれない。
「分かった。俺もミタリアに早く会いたいから協力するよ。で、どうする? これから」
「今から行こうか、ミタリアの所へ」
レフォードの言葉に黒髪のガイルは笑顔で頷いた。
「ミタリア!!!」
「ガイルお兄ちゃん!!!」
領主ミタリアの館に戻ったレフォード達。首を長くして帰りを待っていたミタリアだが、玄関を開け目の前に立っていた兄のガイルを姿を見て迷わず抱き着く。
「ガイルお兄ちゃん、お兄ちゃん!!!」
「ミタリア、本当にミタリアなんだな……」
ガイルの目に涙が溢れる。
幼い頃毎日のように悪戯して遊んだ妹。仕方ないとは言え離れ離れになっていてもう会えないと思っていたガイルにはこの再会が未だ信じられない。ミタリアがガイルのおでこを叩きながら言う。
「もぉ、ガイルお兄ちゃんったら悪いことして!!」
おでこをげんこつされたガイルが笑って答える。
「悪い悪い。まさかお前が領主になっていたなんて夢にも思わなかったんでな」
ガイルは悪事を働いていた豪商とは言え、非合法で彼らを懲らしめていたことの意味をようやく理解する。レフォードがミタリアに言う。
「ミタリア。約束通りガイルを連れて来たんで、後は焼くなり煮るなりしてもいいぞ」
「ちょ、ちょっと、レフォ兄!? 何だよそれ!!」
ミタリアが不気味な笑みを浮かべて言う。
「そうね~、ガイルお兄ちゃんには子供の頃からの恨みもいっぱいあるから、とりあえず火炙りから始めましょうか~」
「や、やめてくれよ!! 悪かった、ごめん。ミタリア!!」
皆が笑いに包まれる。ガイルがミタリアに紹介する。
「ああ、そうだ。紹介するぜ。俺の部下のジェイクとライド。ふたりともマジで頼れる部下だ」
そう言ってガイルの後ろでずっと黙って立っていたジェイクが頭を下げて言う。
「初めまして、領主様。このような形でお会いするとはいささか不思議な気持ちですがこれも何かの縁。これからはどうぞよろしくお願い致します」
「うわ~、すっげえ美人じゃん!! おっさんの妹って聞いたからもっとごっついのを想像したけど、うわー、こりゃびっくりだよ!!」
ライドは挨拶そっちのけでミタリアの可愛さに目を奪われる。ミタリアが顔に両手を当て恥ずかしそうに言う。
「あら~、私ってばそんなに可愛いのかしら~!! ねえ、お兄ちゃん、私って可愛いの~??」
それを黙って見ていたレフォードにミタリアが尋ねる。
「知らん。そんなもんは人によるだ……、ひゃっ!?」
興味なさそうに答えるレフォードにミタリアがすすっと近付いて言う。
「私はお兄ちゃんの口から聞きたいの……」
大きな胸をぎゅうぎゅうと押し当て甘い顔でレフォードに尋ねる。ライドが顔を赤くして言う。
「うわ、なんかスゲエ!! 大人じゃん、大人!!」
ガイルも改めてミタリアの変貌ぶりに驚いて言う。
「お前、随分成長したな。マジでいい女になったぞ。で、やっぱりレフォ兄のことが好きなのか?」
ミタリアが顔を真っ赤にして答える。
「当然でしょ!! 私の相手は先にも後にもお兄ちゃんだけ! 私の目的はお兄ちゃんと結婚して、早く子供を作ることなの!!」
「は!? なんだそりゃ!!??」
ミタリアのレフォード好きは知っている。だがそれがどう跳躍して結婚とか子供とかになったのか。レフォードが頭を抱えてガイルに言う。
「と言う訳だ。助けてくれ、ガイル」
初めて言われたであろうレフォードからの助け。ガイルは面白くなって答える。
「いいじゃん、結婚しなよ。お似合いだぞ!」
「ば、馬鹿なこと言うんじゃない!!」
レフォードが大きな声で言い返す。ガイルが思い出したように答える。
「ああ、そうだよな。ミタリアがレフォ兄とくっついたら、ルコやヴァーナとかが激怒しそうだな!」
皆が孤児院時代の弟妹達の顔を思い出す。仲良く過ごした兄弟達。冗談を言って笑い合った幼き頃。それぞれの胸に懐かしき日々が蘇る。
「これからみんなに会いに行くよ。まあ、どこにいるのかは知らんがな」
「ミタリアも一緒に行くよ~!!」
元気に手を上げてそう言うミタリアにガイルが言う。
「お前も行くのか?」
「そうだよ!! 早くお兄ちゃんを口説かないとね~!!」
「なんだよそりゃ」
みんながくすくすと笑う。レフォードがミタリアに言う。
「そうだミタリア。お願いがある」
「いいよ。子作りでも既成事実でも」
「違う。実はガイル達蛮族を一時的でいいんだが『ヴェルリット家預かり』にして欲しい。他の蛮族襲撃や魔物との戦闘、領地内の治安維持にでも使って欲しい」
「いいよ」
「え?」
あまりに軽い返事。領主であるミタリアにはその権限があるのだが、仮にもガイル達はここらを荒らしていた蛮族。それを領主が雇うなど通常ではありえないことだ。ガイルが不安そうに尋ねる。
「いいのか、ミタリア?」
「いいよ。ガイルお兄ちゃんが頑張るなら、ミタリアは全力で応援するよ!!」
ガイルが目頭を押さえながら言う。
「ありがとう、お前は本当に可愛いやつだな。レフォ兄との件、俺に任せろ」
「本当ぉ!? やったー!!」
ミタリアが両手を上げて喜ぶ。
「おい、ガイル!! なんでそんな約束する!!」
味方だと思って連れてきたガイルの翻意にレフォードが焦る。ガイルがちょっと偉そうに答える。
「領主様のご命令だぞ! 頭が高い、レフォード!!」
「ぷっ、きゃはははっ!! おもしろーい、ガイルお兄ちゃん!!」
「はあ……」
レフォードはここにガイルを連れて来たのが本当に正解だったのか、ちょっとだけ自信が無くなって来た。
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