第三章「正義のエルク」

16.正騎士団長エーク

 ラフェル王国、騎士団長室の前にやって来たシルバーは、その重厚なドアをノックする前に深くため息をついた。



 コンコン……


「副団長シルバーです。入室許可を願います」


「入れ」


 シルバーは手にした数枚の書類を確認してからその重厚なドアを開ける。




「失礼します。エーク騎士団長」


「シルバーか。何用だ?」


 広い部屋。重厚な家具、真っ赤な色鮮やかな絨毯。歴史的にも価値のある調度品が飾られたラフェル王国軍トップの騎士団長部屋。

 その部屋の奥にある大きな机の椅子に座っていたエークにシルバーが答える。



「はっ! 先日行われた新規団員募集の最終候補者の書類をお持ちしました」


「そうか。それはご苦労」


 エークはシルバーから書類を受け取る。

 領主ミタリアもその一角を務めるラフェル王国。ただ現状は厳しく隣国ヴェスタ公国と長きにわたり戦争をしており、神出鬼没の蛮族にも苦しめられている。また北にある巨大なガナリア大帝国の南下に怯え、最近では魔物の襲撃も報告されている。


 つまり今は国の防衛で手一杯になり、皆から信を集める正騎士団ですら慢性的な人手不足に陥っていた。そしてその人手不足の原因は、数年前に就任した騎士団長エークも大きな要因のひとつとなっている。



「ミスティア卿のご子息が志願されているか。卿には多大なるご指導を頂いている。そのご子息が加わってくれるならば心強い」


 エークはそう言って最終選考へ進むことができる自分の印を、バンと大きな音を立てて押す。正騎士団、単に騎士団とも呼ばれる国の最高部隊への加入は誉れ高き栄誉。国を守る彼らに国民皆が敬意を示し、最大の祝辞が送られる。



「で、シルバー。これは一体なんだ?」


 エークは一枚の書類を直立不動のシルバーに見せる。シルバーの表情が引き締まる。



「それは、大変優秀な候補者で、単身で村を襲撃した魔物を撃破し、人柄も良く皆から好かれ、文武両道の……」


「そんなことを聞いているのではない」


 真剣な顔のエークにシルバーが固まる。



「なぜ出身の者が含まれている?」



「……」


 黙り込むシルバー。エークは手にした書類を彼に投げつけて尋ねる。



「尋ねる。ここはどこだ?」



「……ラフェル王国、誇り高き正騎士団です」


 シルバーが目線を落として静かに答える。


「そうだ。我らは誇り高き正騎士団。高貴な貴族による精鋭部隊。お前はそこに平民を混ぜよと言うのか? 手違いならその咎は問わぬ。答えよ」


 シルバーはぐっと歯を食いしばり顔を上げて言う。



「エーク団長、僭越ながら私の愚考を申し上げてよろしいでしょうか」


「許可する」


 シルバーがエークを見つめて言う。



「今、我々ラフェル王国は四方を敵に囲まれております。ヴェスタ公国との戦闘は長引き、蛮族の襲撃を受け、北にはガナリア大帝国が虎視眈々と南下を目論んでいるとの噂もあります」


 エークが無言でそれを聞く。



「更には領地内に魔物が出現したとの報告も受けております。我々正騎士団は国の防衛線。国を脅かす全ての敵に対処しますが、現在団員が足りなくなっているのが現状です」


 シルバーが流れ落ちる汗を感じながら続ける。


「故に例えその身分が貴族でなかろうと、有能な人材は登用すべきと愚行致します。平民とて国を思う気持ちは我々と同じ。是非、以前の騎士団のように彼らの力も活用すべきかと」



 話し終えたシルバーが額に流れる汗を拭く。

 エークが騎士団長に就く前は、数こそ少ないものの平民出身の団員も在団していた。特に有能な平民を集い、貴族と共に活躍していた。


 それをエークは就任とともにすべて解雇した。純粋な貴族の集団として生まれ変わった正騎士団だったが、やはり戦力低下は否めない。貴族限定で追加募集するも集まりは良くない。温室育ちの貴族にとっていくら栄誉ある騎士団とは言え、命を懸けて戦うことに賛同する者は少なかった。



「話しはそれだけか?」


 エークが静かに尋ねる。


「はい、以上です」


 そう答えたシルバーにエークが尋ねる。



「シルバー、お前はランズリー家の出身だったな」


「はい」


 ランズリー家。ラフェル王国の中では最下級の貴族。シルバーはその実力で副団長まで登り詰めていた。



「貴族の中でも実力さえあれば副団長だってなれる。ただ、それは貴族だからだ。貴族だからこそなれたのだ」


「団長……」


 シルバーが少し悲しげな表情となる。



「平民はどう足掻いても平民。平民では、ダメなのだ……」


 シルバーは少し戸惑った。最後はまるで何か団長自身に語り掛けるような口調。エークが言う。



「団員の鍛錬を怠るな。貴族だから強くなれる。貴族だから耐えられる。最終選考の書類は後で持って行かせる。以上だ」


 エークはサラサラな金色の髪に手をやりそう告げる。シルバーが直立不動で答える。



「はっ! それで失礼致します!!」


 そう言って頭を下げ団長室を退出する。

 ひとりになったエークはすっと立ち上がり、窓の景色を見ながら呟いた。



「貴族、そう貴族であらねばならぬのだ……」


 少しだけ悲しげな表情をするエークに後日、歩兵隊長ヴォーグが公金横領で拘束されたとの連絡が入る。エークは即時退団を通告。またひとり貴重な戦力を失うこととなった。






「セバスさん、それでは行ってきますね」


 領主ミタリアはそう笑顔で言うと、レフォードとガイルが待つ馬車に乗り込んだ。

 ガイル率いる『鷹の風』を預かったミタリア。最終的な目的が騎士団加入と聞いた時は驚いたが、蛮族が逆に平和を守る立場になるのならば異論はない。ヴェルリット家当主として騎士団に会う為これより王城へ向かう。



「お気をつけて、ミタリア様」


「うん、留守よろしくね」


 ミタリアは馬車から軽く手を振りそれに応える。

 留守中の守りはセバスとジェイクに一任。ヴェルリット家の兵士達は最初、蛮族と共に戦うと聞かされて驚いたが、そこは皆を笑顔にするミタリアの説得で無事共闘となった。能力的に優れたセバスとジェイク。留守を任せても心配はない。



「お兄ちゃん、初めてだよね? 王都」


「……」


 馬車の中でミタリアがレフォードに尋ねる。


「王都についたらお兄ちゃんと一緒に美味しいもの食べて、お兄ちゃんと一緒にお買い物して、お兄ちゃんと一緒に……」



「……なあ、ミタリア」


「ん、なに?」


 レフォードが自分の腕にしがみ付いて巨乳を押し付けるミタリアに言う。



「なぜ狭い馬車の中で、更にこんなに密着するのだ?」


 ミタリアが顔を赤らめて答える。



「だってぇ、お兄ちゃんのことが好きだから」



「なあ、レフォ兄。やっぱ俺、留守の方が良かったんじゃねえか?」


 並んで座るレフォードとミタリアの向かいに座ったガイルが呆れた顔で言う。馬車が出発してからずっと目の前でミタリアのいちゃつきを見せられている。レフォードが首を振って言う。



「いや、お前は必要だ。と言うより席を代れ、ガイル」


 そう言って立ち上がろうとしたレフォードの服をミタリアが強く引っ張る。



「あ、お兄ちゃん! どこ行くのよ!!」


「ば、馬鹿!? よせ、危ない!!!」


 揺れる馬車。ただでさえ不安な足元なのに、ミタリアが急に服を引っ張ったのでレフォードがバランスを崩す。



「うわっ!?」

「きゃっ!!」


 レフォードがミタリアに覆い被さるように倒れる。



「やだー、お兄ちゃん!! こんなところで~」


 倒れたミタリアに抱き着くようになったレフォード。大きな胸に顔を埋め、柔らかい彼女の体を全身で感じる。慌てて置き上がってレフォードが動揺して言う。



「ち、違う! 今のは事故だ!! ごめん!!」


 ミタリアが嬉しそうに答える。



「えー、いいのにぃ~。お兄ちゃんならもっと触ってもいいんだよ~」


「ば、馬鹿なことを言うな!! お前は俺の妹……、うぐっ!?」


 そんなレフォードの口を人差し指で押えてミタリアが言う。



「私はお兄ちゃんの可愛いフィアンセだよ」




(まったく何やってんだか……)


 ガイルは完全に手玉に取られる兄レフォードの姿を見て、今日何度目か分からないため息をついた。

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