3.イケナイお願い

 レフォードは気付いていた。


 自分が普通ではないということを。





(ん? 嫌な音が聞こえる……)


 鉱山時代、その杜撰な採掘計画により何度も鉱山内で小規模な崩落事故が起きた。ただでさえ過酷な労働環境。常人なら数か月で使い物にならなくなるが、この崩落事故により更に仲間が消えて行った。



「これは、崩れる!?」


 レフォードは何度も経験したその壁や天井から聞こえる異音に気付き、すぐに近くで作業していた抗夫仲間の元へと走る。



「崩れる!! 身を屈めろっ!!!」


 突然叫ばれた仲間が驚き、地面に頭を抱えて小さくなる。



 ドド、ドドドオオオオン!!!!


 レフォードの言葉通り仲間の上の天井が崩れ、巨大な岩が音を立てて落ちて来る。



「ぐっ、ぐっ、ぐぐっ……」


 抗夫が気付くと、自分を守るようにしてレフォードが庇ってくれていた。震えた声で言う。



「だ、大丈夫ですか? レフォードさん……」


 何がどうなって助かったのか分からない。周りには巨石がたくさん転がっている。間違いなく即死の状態だったはず。しかしレフォードは笑顔で言った。



「大丈夫だ。怪我はなかったか? 良かった……」


 抗夫は涙を流しながら何度もレフォードにお礼を言う。レフォードはそれに軽く手を上げて応え、岩の撤去を始める。



(スキルのお陰だな……)


 彼が持つ【耐久】と【回復】スキル。

 それが長年の過酷な労働環境により、それぞれ【超耐久】と【超回復】と言う更にレアなスキルへと進化していた。

 巨石を受けても耐えきるような肉体。痛みこそあれど怪我をしてもあっと言う間に治してしまう回復力。最高の相性を持つこのレアスキルが、レフォードを言わば超人へと進化させていた。





「や、やれ!! お前達っ!!!!」


 アースコードは絶対の信を置いていた奴隷の首輪を壊されたことに動揺し、兵に向かってレフォードを攻撃するよう命じた。



「はっ!!」


 レフォードに対して剣や槍を向けていた兵士達が一斉に襲い掛かる。



「お兄ちゃん!!!」


 兄の危機にミタリアが大きな声で叫ぶ。



「くたばれ、奴隷無勢がっ!!!」


 兵が持っていた剣と槍がレフォードを襲う。



 ガン、バキン!!!!



「え!?」


 誰もがその光景に驚いた。

 鋭利な剣や槍が勢いよくレフォードを攻撃するも、当たった瞬間にまるでおもちゃのように簡単に折れてしまったのだ。



(鉱山で鍛えられた俺の体、そんな軟な剣など効かぬ!!)


 鉱山事故でもびくともしない鋼のような体。さらにスキル【超耐久】がそれを強固にする。焦ったアースコードが引きつった顔で叫ぶ。



「やれ、やれやれ!!!」


 主に命じられ、折れた剣を持った兵士がそのまま藪から棒に突進してくる。レフォードがこぶしを握り小さく言う。



「邪魔をする奴は容赦せん!!!!」



 ドン!!


「ぐがあああああ!!!!!」


 レフォードの右ストレート。

 それは着ていた頑丈な鋼の鎧を砕き、兵を壁まで吹き飛ばす。



「な、なんで……」


 アースコードが真っ青な顔で震え始める。

 長年に渡る鉱山での作業。粗悪なつるはしが壊れることはしょっちゅうで、そんな時はレフォードは自らの拳で硬い岩盤を砕くようになっていた。

 常人では数か月と持たない環境。そんな過酷な状況で長年耐えてきたレフォードは、自身が思うよりもずっとずっとずっと強くなっていた。




「お兄ちゃん!!」


 恐怖で震えるアースコードからミタリアがレフォードの元へと駆け寄る。


「ミタリア!!」


 走って来たミタリアを抱きしめるレフォード。ミタリアが涙声で言う。



「うえーん、お兄ちゃん。怖かったよ……」


「分かった。少しだけ待ってろ」


 レフォードはミタリアの頭を一度撫で、アースコードへの元へと歩み寄る。



「ひ、ひぃ!? なんだよ、なんでだよ、お前!! どうして奴隷のくせに……、あ!!」


 迫りくる恐怖の中でアースコードは思い出した。



「そ、そうだ。お前と奴隷契約をしたのはボクのパパ。ボクとはまだ契約していない……」


 通常奴隷主が死去した場合、跡を継ぐ者がすべての奴隷と再契約をするのだが、奴隷になど全く興味のなかった彼はその時に屋敷にいた奴隷とだけ契約し、長期滞在で偶然屋敷に居なかったレフォードとは再契約するのを忘れてしまっていた。アースコードが震えながら言う。



「や、やめろ! ボクはお前の主だぞ……」


 腰を抜かして座り込み、レフォードを見上げながらアースコードが言う。


「主? 俺はそこのミタリアに買われたんだろ? じゃあ、あんたとは関係ねえ。それよりも……」



 レフォードが右手を大きく振り上げる。アースコードが真っ青な顔で言う。


「や、やめてくれ!? なんでだ!!!」



「ミタリアを殴ったお礼だ」



 ドフ!!!


「ぎゃっ!!」


 顔面に強烈な拳を食らったアースコードが壁まで吹き飛び、白目をむいてそのまま倒れる。



「お兄ちゃん!!」


 ミタリアが再びレフォードの元へやって来て抱き着く。レフォードが言う。



「これで終わりかな。色々ありがとう、ミタリア」


 ミタリアが首を振って答える。


「ううん、お兄ちゃんがいてくれたから今の私があるの。お兄ちゃん、大好き……」


 そう言ってレフォードに抱き着くミタリア。子供だった孤児院時代とは違い、立派に成長したミタリア。意外に大きな胸が体に当たりレフォードが戸惑う。



「ミタリア様……」


 ようやく目を覚ましたミタリアの護衛が申し訳なさそうな顔でやって来る。ミタリアが言う。



「ちょうど良かった。ふたりはアースコードの件を通報してください。きっと余罪があるはずだから」


「はっ!!」


 護衛達は牢にあった縄でアースコードとその兵士達を縛り上げ、先に地下牢から出て行く。ミタリアがレフォードに言う。



「お兄ちゃん、行こ。もう自由だよ」


「ああ」


 ミタリアに手を引かれ地下牢から地上への階段を上がる。





(眩しい……)


 暗かった空だが東の方はもう明るくなってきている。朝は日が昇る前から屋敷を出て鉱山に入り、夜は真っ暗になってから戻る生活。まともに朝日を浴びたのはいつ以来だろう。レフォードは眩しすぎる太陽に手をかざしながらも、その温かなぬくもりに幸せを感じていた。ミタリアが言う。



「お兄ちゃん、これからはうちに来て一緒に暮らそう。ね?」


 そう話すミタリアにレフォードが尋ねる。



「そう言えばミタリア。お前、領主と言っていたがどういうことなんだ?」


「うん、実はね……」


 ミタリアはヴェルリット家に来てからのことを丁寧に話した。

 やって来た当初から先代当主には良くしてもらった。差別もなく、使用人に対して平等に接する主に対して、ミタリアはレフォードの言いつけ通り一生懸命に仕事をした。いつも笑顔で明るいミタリア。周囲をも笑顔にする彼女のことを皆は『慈愛のミタリア』と呼ぶようになった。

 そしてその日、領主と言う地位と財産を狙って多くの者が近付いて来ていた中、死ぬ直前に主は領主の座を自分に譲ると言って亡くなったことを話した。



「そっか。ミタリアは頑張ったんだな……」


 レフォードはそれを聞いて嬉しくなって答える。ミタリアが首を振って言う。


「ううん。全部お兄ちゃんのお陰だよ。一生懸命仕事できたのも、こんないい場所に送ってくれたのも、全部お兄ちゃんの……、ううっ……」


 突然泣き出すミタリア。驚いたレフォードが尋ねる。



「ど、どうしたんだ!? ミタリア??」


 ミタリアが涙を拭きながら答える。



「あのね、最初の頃はどうして私が一番先に出されたんだろうって、ずっと分からなくて……、お兄ちゃんは私のこと嫌いだったのかなって思ったり……」


「そ、そんなことは……」


 困った顔で答えるレフォード。ミタリアが言う。



「でもね、お兄ちゃんがそんなことするはずないって思って。それでね、一生懸命頑張ったの。頑張るうちに分かったんだ、こんないい場所を私の為に選んでくれたってことが」


 無言で小さく頷くレフォード。ミタリアがレフォードの瘦せた腕に触れながら言う。



「お兄ちゃんはみんなの代わりにこんなに大変な場所に来て、私はとても幸せな場所に行けて、それが分かったの。全部お兄ちゃんのお陰だったんだって……」


「いや、今の環境はミタリアが頑張ったお陰で……」


 そう話すレフォードをミタリアが強く抱きしめる。



「これからはミタリアがお兄ちゃんの傍にいるから。ずっと一緒にいて色々お世話をしてあげるから」


 少し困った顔をしたレフォードが言う。



「い、いや、それは有り難い話だが……、あ、そうだ。他の兄弟達は??」


 ミタリアが思い出したように言う。



「あ、そうそう。お兄ちゃん大変なの」


「なにが?」


 ミタリアが真剣な顔で言う。



「あのね、うちの領地の近くで蛮族が出て困っているの。領民の家を襲ったりして盗みを働いたり……」


「そうか。それは問題だな」


「それでね、お兄ちゃんに協力して欲しいの」


「俺に?」


 レフォードが意外そうな顔で言う。



「うん、その蛮族の頭領って言うのが、って言うの」



「ガイル!? ガイルって、まさか……」


 その名を聞き驚いたレフォードが尋ねる。ミタリアが答える。



「うん、まだ会えてはいないんだけど、特徴がガイルお兄ちゃんにそっくりで……」


 少しだけ考えてからレフォードが答える。



「分かった。そいつが本当にガイルなのかも含めて協力しよう。もしガイルだったらぶん殴ってやる」


「本当? お兄ちゃん」


「ああ、長兄であり、見守り役としての務めだからな」


「良かった、お兄ちゃん」


 ミタリアが心から安堵した表情となる。そして今度は少し顔を赤くして言う。



「あのね、お兄ちゃん。実はもうひとつお願いごとがあって……」


 朴念仁的なところがあるレフォード。ミタリアの微妙な変化には気付かない。



「なんだ? 俺にできることなら喜んで協力しよう」


「本当!? お兄ちゃんにしかできないことなんだよ!!」


 ミタリアが嬉しそうな顔で言う。



「分かった。で、何をすればいい?」


 ミタリアがその赤い髪同様、顔を真っ赤にして言う。



「あのね。先代主様より領主を引き継ぐ際に言われたんだけど……」


「うむ」


 ミタリアがレフォードを見つめて言う。



「早いうちに次のを作ってくれって」



「ん? 跡継ぎ?」


 その言葉の意味がいまいちい理解できないレフォード。ミタリアが言う。



「簡単に言えば~、好きな人と結婚してを作れってこと」


「は? 子供!? それが俺に何か関係……、ひぃ!?」


 ミタリアがとろんとした目で自慢の巨乳を押し付けながら言う。



「お兄ちゃんと子供作りたいの。ミタリアが好きなのは後にも先にもお兄ちゃんただひとり。ね、いいでしょ~??」


 レフォードが慌ててミタリアを離し、言う。



「ば、馬鹿言うな!! 俺はお前の兄だぞ!! そんなことが……」


 再びレフォードに密着したミタリアが言う。



「兄って、血が繋がっていないでしょ? 孤児院で偶然兄弟のグループにされただけ。全然問題ないよ。主様の命令なの、早く子供を作れって……」


「や、やめてくれ!!!」


 思わず逃げ出すレフォード。



「あぁ、待ってよ~、お兄ちゃん~!!」


 ミタリアはそれを笑顔で追いかけた。

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