第二章「空腹のガイル」
4.妹とデート!?
「さあ、お兄ちゃん、乗って!」
ミタリアはヴェルリット家の馬車の前に来ると、その豪華な扉を開いてレフォードに言った。
さっきまでは鉄格子付きの馬車に乗っていたレフォード。まさかその直後にこのような豪華な馬車に乗ることになるとは夢にも思っていなかった。
「ああ、有難う……」
そう言ってレフォードがゆっくりと馬車に乗る。それをあまり良い目で見ない御者。囚人服のような見ずぼらしい服を着、異臭を放つレフォードに好感が持てないのは仕方のないことだろう。
馬車に乗り込みレフォードの隣に座ったミタリアが御者に言う。
「じゃあ、お屋敷までお願いね」
「かしこまりました」
ミタリアの言葉を受け御者が馬車を走らせる。ミタリアが言う。
「うちまで距離があるから今夜は途中の街で宿泊しましょうね、お兄ちゃん」
「あ、ああ……」
アースコード家に身受けされて十数年。そんなにも長く居るのにレフォードはこの辺りの地理は全く知らない。屋敷の地下牢と鉱山との往復の日々。時事なども含め情報などほとんど耳に入って来ない。レフォードが尋ねる。
「なあ、ミタリア」
「なに、お兄ちゃん?」
心地良く揺れる馬車。窓から入る朝の風が気持ちいい。
「そのガイルの件についてもう少し詳しく教えてくれないか」
「うん、あのね……」
ガイルはレフォードが面倒を見て来た八弟妹の次男。もうひとり同い年の男の子がいるが、彼とは違い腕白だったのがガイル。黒く尖った髪が特長でいつも庭を駆け回り、女の子に悪戯をしてはレフォードに叱られていた。
そして何より食べることが好き。いつもお腹をぐーぐー鳴らしていたので、付いたあだ名が『空腹のガイル』であった。
「黒く尖った髪、色んな所に現れては風のように素早く消えちゃって……。まさに成長したガイルお兄ちゃんとしか思えないの」
「うむ」
「前の主様の時から何度も捕まえようとして頑張っていたんだけど、すぐに消えてしまって全然捕まえられなくてね。神出鬼没っていう言葉が本当にぴったりで……」
「その蛮族のアジトは分からないのか?」
ミタリアが首を振って答える。
「分からないわ。時々アジトの場所を変えているみたいで手掛かりすらつかめない状況なの」
「なるほどね」
蛮族と言えば脳筋ゴリ押しのイメージがあったが、話を聞く限りではかなり警戒し、決して捕まらないように立ち回っている。その頭領のガイルと言う男の指揮が良いのだろう。ミタリアが言う。
「それにね、相当強いの。蛮族って」
「そうなのか?」
「うん。商家の私兵と戦闘になったことがあるんだけど、かなり屈強な人達を雇っていたそうだけどあっと言う間に負けちゃって……」
「手練れを揃えているってことか」
「多分……」
ミタリアは自身の領地で起こっている難しい問題を思いため息をつく。暗い顔になったミタリアの膝をポンポンと叩き、レフォードが言う。
「心配するな。俺が力を貸す。もしそいつが本当にガイルだったら、きちんと躾けなきゃならんしな」
「うん、お兄ちゃん。ありがとう!!」
そう言ってレフォードの腕に抱き着き感謝を表すミタリア。
「お、おい、よせって!!」
やはり大きくなったミタリアに昔の様に抱き着かれるのはどうしても慣れない。レフォードは気付かれないようミタリアと距離をとり座り直す。
その後もふたりは夕方に宿泊する街に着くまで昔話に花を咲かせた。
「お兄ちゃん、ここだよ! 今日泊る街!!」
レフォード達の馬車は夕刻、小規模だが小綺麗な街へと辿り着いた。木々に溢れ、用水路には澄んだ水が豊富に流れている。屋台には香ばしい香りを放つ食べ物や、野菜や果物など物に溢れている。
馬車を降りその風景に驚いているレフォードの腕をミタリアが引っ張りながら言う。
「さあ、行こ! お兄ちゃん!!」
「行くって、どこに??」
ミタリアが赤いツインテールを揺らして答える。
「散髪だよ!」
「散髪……??」
レフォードはボサボサで伸び切った青髪に手をやる。もういつ切ったのか分からないほど伸び放題で荒れている。ミタリアが恥ずかしそうに言う。
「私のフィアンセになるんだから、やっぱり身だしなみはちゃんとしないとね!」
「誰がフィアンセだ。俺はお前の兄だろ」
「うふふっ、いいの、そんなの~」
ミタリアは上機嫌で散髪屋へと向かう。
「うわうわうわうわっ、お兄ちゃん、いいよ!! カッコいい!!!」
散髪を初めて数十分、ボサボサだったレフォードの髪は今風の髪型に整えられ、洗髪したお陰でサラサラの彼本来の髪へと戻っていた。鏡を見たレフォードが自分の顔を見て思う。
(少しずつ人間らしくなって来たな……)
アースコード家に来てから自我を捨て、人間であることすら忘れて労働に全うしてきた人生。邪魔でしかなかった髪が綺麗に切り揃えられたのを見て思わず感慨深くなる。ミタリアが言う。
「お兄ちゃん、ここって入浴設備もあるからシャワー浴びて来て。私はその間にお兄ちゃんの服を買って来るから。じゃあ、また後でね!」
「あ、おい、ミタリア!!」
散髪台に座ったレフォードは、代金を支払いそう言って出ていくミタリアを呼ぶが既にその姿は見えなくなっていた。
(ああ、気持ちいい……)
併設されたシャワールームで何年振りかの熱いシャワーを浴びる。普段は地下牢にある桶に貯められた冷水での水浴びのみ。冬場は心臓が止まるほど寒く水浴びしない日も多かった。
「ふう、さっぱりした……」
熱いシャワーを浴び更衣室で体を拭いていると、突然ドアが開けられ大きな声が響いた。
「お兄ちゃん、ここに着替え置いておくね!!」
「わっ!? ミ、ミタリア!?」
全裸のレフォード。咄嗟にタオルで前だけ隠したが、男の着替えに堂々と入って来るミタリアに戸惑う。
「うふふふっ……」
ミタリアは何やら不敵な笑みを浮かべゆっくりとドアを閉めて出て行く。
レフォードは一抹の不安を覚えながらもきちんとした服一式に靴や、護身用なのか剣まで用意してくれたミタリアにやはり感謝せざるを得ない。
「きゃー!! お兄ちゃん、カッコいい!!」
髪を整えシャワーを浴び、きちんとした服を着て出て来たレフォードに向かってミタリアが両手を合わせて声をあげる。粗悪な食事のせいで瘦せこけてはいるがレフォードとてまだ23歳の若者。身だしなみを整えればまだまだいける。レフォードが腰につけた剣に手をやり言う。
「こんな物まで用意してくれてありがとう」
レフォードとて男。剣術の心得は皆無だが憧れはある。ミタリアがレフォードの腕に手を絡めて言う。
「だってお兄ちゃん、護衛の人が付けてた剣をずっと見てたでしょ? 気に入ってくれたなら嬉しいよ!! さ、それじゃあ、ご飯行こ。お兄ちゃん!!」
「いいのか、本当に……?」
幾らミタリアとは言えここまでして貰ってレフォード自身一銭も払っていない。と言うか一文無しだ。ミタリアが言う。
「いいのいいの! さ、行こ!!」
ふたりは腕を組んだまま街中のレストランへと向かう。
「さ、食べましょ! いただきまーす!!」
レストランでミタリアはレフォードの為にたくさんの料理を注文した。
肉料理に温かなスープ、焼き立てのパンにサラダとこれまでの生活では想像もつかないような豪華な食事。並べられた料理を見て固まるレフォードにミタリアが言う。
「お兄ちゃん、遠慮しなくていいんだよ。たくさん食べて」
「あ、ああ……、でも、これはミタリアにあげるよ」
そう言って大きな肉の塊とパンをミタリアの皿に移す。
「どうしたの? お肉嫌いのなの?」
心配そうな顔をするミタリアにレフォードが答える。
「いいや、そんなことない。ただ毎日粗悪な食べ物ばかりで食も細くなってしまっているので、一気にこんなに豪勢な食事は食べられないんだ。これから少しずつ頂くよ」
「そうか……、うん、分かった! ミタリアはお兄ちゃんの分まで食べるね!!」
そう言って涙を流すミタリア。それに気付いたレフォードが尋ねる。
「どうしたんだ? 俺、やっぱり悪いことしちゃったのか……?」
ミタリアの涙にやはり無理してでも食べたほうが良かったのかとレフォードが思う。ミタリアが首を振って答える。
「ううん。思い出しちゃったの、昔を」
「昔?」
「うん。やっぱりね、お兄ちゃんはみんなにそうやって自分の食べ物をあげるんだなって」
「……」
無言になるレフォード。ミタリアが言う。
「お兄ちゃん、いつも笑顔でみんなに自分の分あげていたでしょ。あの頃は食べられて嬉しかっただけだけど、大きくなってから思うときっとお兄ちゃんだってお腹空かせていたはずだったんだろうなぁって」
「そんなことはないよ。俺は少食だし」
ミタリアが涙を拭いて言う。
「そうだね。そう言うことにしておこう。ありがと、お兄ちゃん!!」
「あ、ああ……」
その後ふたりはゆっくりと十数年ぶりの食事を楽しむ。
「ミタリア、悪いな。何から何まで……」
もちろん食事代も出して貰ったレフォード。さすがに妹にここまで払わせると居心地が悪い。ミタリアが首を振って言う。
「いいの。そんなのいいから! お兄ちゃんにはもっと元気になって貰って、たーくさん子供作って貰わなきゃならないからね!!」
「いや、だからお前とはそう言うのは無理だって。妹だし」
「妹じゃないよ。可愛いミタリアだよ」
そう言って自慢の巨乳をレフォードの腕に押し付けるミタリア。それをやんわりとかわすレフォードにミタリアが言う。
「あ、今日の宿はここね!」
街中にある中規模な宿。既に予約済みだそうだ。早速受付をし、部屋へと向かう。
(え、えっ……)
歩きながらレフォードが思う。渡された鍵はひとつ。そして腕を組んで歩く若い男女。ミタリアが鍵でドアを開け部屋に入る。そして笑顔で言った。
「さー、今日は一緒に寝ようね。お兄ちゃん!!」
「おい!」
見るとベッドはひとつ。もはや確信犯としか思えない。レフォードが言う。
「満室だったんで一緒の部屋は仕方ないとして、俺はそこのソファーで十分だ。ミタリア、お前がベッドで寝なさい」
その言葉にあからさまに不満そうな顔でミタリアが言う。
「えー、一緒じゃなきゃ子作りできないじゃん~」
「だからしないって」
「しようよ~」
「ダメ」
「いつになったらいいの~??」
「いつになってもダメ。お前にはもっと相応しい男がいるはずだから」
「お兄ちゃんじゃなきゃイヤ! ミタリアの相手はお兄ちゃんだけなの!!」
「そんなこと言われてもな……」
ふうとレフォードがため息をつく。妹として一緒に過ごした孤児院時代。時が流れたとはいえ、その女の子と子作りなど想像もできない。
「お兄ちゃんの意地悪っ! 意気地なしっ!!」
「おいおい、それは何か意味が違うような気がするが……」
そんなレフォードにミタリアが言う。
「じゃあ、手繋いで寝よ。お願い」
「無理だろ。それじゃ一緒のベッドに入るしか……」
「ソファーをベッドの横に移動させれば大丈夫だよ!」
「ああ、そうだな……」
部屋の中心にあるソファー。それを壁際にあるベッドの横まで移動させれば手は届く。ミタリアが甘えた顔で言う。
「ね、いいでしょ? お兄ちゃん……」
これ以上断るのも悪いと思ったレフォードが渋々承諾する。
「やったー! じゃあ、早速寝よ! ね、ね!!」
「ああ、分かった」
レフォードがソファーを移動し、ふたりはそれぞれ横になる。
「お兄ちゃん、お手」
「俺は犬か?」
「嫌なら私がそっちに行くよ」
「わ、分かった……」
レフォードがミタリアのベッドに手を差し出す。
「お兄ちゃんの手だ~、あったか~い!!」
そう言って手を握るミタリア。その柔らかく力を入れれば折れてしまいそうな華奢な手にレフォードが戸惑う。
「お兄ちゃん、大好きだよ……、すぅ……」
安心したのかあっと言う間に寝息を立て始めるミタリア。昔と変わらないなと思いつつレフォードが起き上がって布団を掛けようすると、昔とはずいぶんと違い成長した胸の谷間が目に入り思わず目を逸らす。
「おやすみ、ミタリア」
レフォードはミタリアの頭を優しく撫で、ソファーで横になった。
「あの屋敷だな」
「ああ、そうだ。抜かりなくやるぞ」
「分かってる」
レフォード達が宿泊した街。
そこへまさに例の蛮族の一味が牙を剥こうとしていた。
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