86 奈落の底崩落

ネオは目の前の隊員を観察しながら、他の連中が竜たちと交戦している様子を見ていた。魔族の3人だけの殲滅スピードでは竜が生成される増加スピードに追い付いていなかったが、ドレッドノートと、カイロスパーティと勇者パーティが参加したことで殲滅スピードが徐々に上ってきた。


火竜、水竜、岩竜、緑竜、白竜それぞれから発せられる衝撃波と強靭な体から繰り出される破壊的な攻撃が、魔族と冒険者たちを確実に削っていった。もしエゴロヴナとライトに集中するターゲットコントロールと、ダメージコントロールをミスれば一気に瓦解するような状況だった。カギとなるのは、そのコントロールを担う、グライムとアスクと、カイロスパーティの回復要員たちであった。


未だに増え続ける竜たち。

何とか押し返す魔族と冒険者たちの即席合同パーティ。


竜の中でも特にやっかいだったのが、灰竜と毒竜だった。灰竜の恐ろしい点が、衝撃波を放った後の空間と衝撃波が当たった後の空間周辺に漂う霧の中で魔力無効化の効果があることだ。その時は全てのバフがキャンセルとなり、また自分が持っている装備や魔道具、そして発動中の魔法も全てキャンセルとなる。他の攻撃を最悪受けたとしてもいいが、この魔力無効化だけは受ける訳にはいかなかった。ウィングたちはエルフ変装の魔道具の効果が切れることで、魔族との対立が決定的となってしまうため、その攻撃を必死で避けるのだった。


また毒竜に関しても、凶悪な毒を周囲にまき散らしているので、常にクライムとアスクと3人のカイロスの回復要員たちが状態異常回復とダメージ回復を常時し続けなければならず、魔法ポーションの減りが戦いの趨勢を決定すると言っても過言ではなない。この回復がなければ誰かが即死し、そこから全体のバランスが崩れえるような状況にもなってきている。全員が必死の状況で竜の大群と攻防戦をギリギリのところで持ちこたえていた。


その中、カイロスはエゴロヴナに近寄り耳打ちをした。


「はぁ!はぁ!はぁ!竜を殲滅するのは至難・・・エゴロヴナ様たちのメンバーで・・・魔鉱石を奪取する為に突撃されては・・・いかがですか?」


「はぁ、はぁ、はぁ・・・ふん。なるほどな。肉を切らせて骨を断つか・・・いい作戦だ」


エゴロヴナは瞬時にカイロスの少ない言葉で、カイロスが示唆する作戦の大筋を理解した。つまり、カイロスが言っているのは、魔族パーティ以外のメンバーが囮となり、全ての竜の注意を引きつけ、その中を魔族パーティの中の少人数で魔鉱石を獲りに行ってはどうか、という提案だ。しかし・・・


「ドレッドだけで魔鉱石奪取に行かせてみればいいかもしれん。しかし、行かせるには、お前たちは今、竜どもの隙を付いて攪乱するためや止めを刺すために攻撃を加えているが、お前たちも竜たちのターゲットとして攻撃の大半を受けるのが条件だ。今は、俺とあのエルフがターゲットコントロールをしている。しかし、ドレッドを今の状況で行かせれば、あいつはただ竜の群れの中で四方八方からの集中砲火を浴び死ぬだろう。あいつを殺してしまっては、この千載一遇のチャンスはなくなる。お前たちにその交戦力はあるか?」


「おそらく大丈夫かと・・・我々全員が全ての力を振り絞り総攻撃をすれば・・・」


「ふん。分かった。役に立てよ。ドレッド!!!!」


ドレッドノートは竜の群れの中を軽快にすり抜けながら、竜たちの弱点を的確につきながら、次々に竜たちを無力化していた。突然エゴロヴナから名前を叫ばれたドレッドノートは急いで群れの中から飛び出し、エゴロヴナの声の届くところまで戻って来た。


「なんだ?!」

「お前はこの群れの中を突っ込んでいき、魔鉱石を獲ってこい」

「ふざけるな!俺を殺す気か?」

「バカが。囮になるのは俺たちだ」

「なるほど、そういうことか」

「いいな。獲ったら叫べ」

「承知」


カイロスはエゴロヴナと意見をすり合わせた後に、ウィングの元へと走っていた。ウィングは無尽蔵の魔力を最大限に活用し、ライトニングウェブやライトニングスラッシュなどを無限に発動させ、広範囲に行動阻害を含む魔法攻撃を乱発していた。ライトニング系の攻撃は竜たちの動きを痺れさせ、動きが少しでも阻害する事を狙っていた。


もう勇者パーティたちにはこれぐらいのことが限界であった。アスクもツリーも広範囲で行動阻害の為の攻撃を乱発していたが、竜の装甲が硬く、それを突き破る火力は持っていなかったのだ。ライトであっても全ての攻撃を一点集中させて、一体の竜を殺すことができていたが、複数を同時に相手するには荷が重かった。


カイロスのパーティも竜たちを攪乱する事だけに成功しており、致命傷を与えるのが限界で、確実に竜たちを殺すことができないでいた。


現在、実質的に竜の頭数を減らしているのは、エゴロヴナとラザロとドレッドノートたちであった。グライムは魔族パーティメンバーのダメージコントロールを一手に担っていたため、攻撃にはほぼ参加していない。それでも、勇者パーティとカイロスパーティの攪乱のおかげで確実に殲滅スピードは上がっていた。


「はぁ!はぁ!はぁ!ウィング殿!」

「・・・なんだ」


カイロスは、急いでウィングの元に行き作戦を提案した。


「このまま・・・一気に攻めよう」

「なぜだ?」

「一旦、竜どもに大打撃を与えて・・・数を大きく減らした方が・・・これからの戦いにも・・・臨みやすいだろう」

「それはいいが、魔族は何と言っている?」

「力を合わせてほしい、と」

「・・・しょうがないな」

「感謝する。ミハイル伯爵からもらった『天帝の聖杖』を・・・我々も一斉に使う。瞬間的に何百倍の魔力出力量を出せるから・・・かなり大きな効果が望めるだろう。しかし、効果時間は3~5秒程度で3回のみだ・・・3連続で使い切れ。終わったら一旦様子を見るぞ・・・」

「・・・わかった・・・くそっ!こんなに力の差があるのか!!」


ウィングは他のメンバーに叫んだ。


「お前ら!!全弾打ち尽くすぞ!『天帝の聖杖』を使っての総攻撃だ!ライト!お前は一旦下がれ!!お前に遠距離攻撃があるなら、それを撃て!」


他の勇者メンバーたちもこのままではジリ貧と思っていたのか、ウィングの指示通りに腰に下げている袋から『天帝の聖杖』を取り出した。


「いけぇぇぇぇぇぇえぇ!!!!!!!!」


ウィングの掛け声を合図にして、魔族チーム、カイロスチーム、勇者チームの魔力が一気に膨れ上がり、一斉にそれぞれが持つ最大火力の広範囲魔法攻撃を発射した。その中をドレッドは竜の大群の中を駆けていった。


ガッ!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


膨大な魔力の奔流が竜全体にぶつかり、真正面から攻撃を受けた竜たちは消し炭になっていった。おそらく100体以上は一瞬で消えただろう。


後方の竜たちは強烈な魔力のうねりが押し寄せていくことを感じて、前方に向かって一斉に衝撃波を放ち対抗していたが、強力な魔力に押されて後方へ吹き飛ばされていった。


轟音が響き渡り多種多様な魔法攻撃が降り注ぎ、地面は激しく揺れ動いた。魔法攻撃の波が過ぎ去った後は壊滅的な光景が広がっていた。地面は抉り取られ、無数の深い穴が広がっていた。所々で炎が上がっていた。竜の死体が焼け焦げ、煙と灰が空中に舞い、空気中は魔法攻撃を終えた後の独特の臭いが漂っている。洞窟内の壁や地面は破壊され、原形はとどめていなかった。


今は、ただ静寂が支配し荒れ果てた景色だけが残っていた。


「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!やったか・・・」


カイロスは全魔力を使い切りこの攻撃を行った。勇者パーティも魔力量が残っておらず、自分が所有していた魔法ポーションを次々と飲みながら、魔力補給をした。


魔族たちは「ふん」と鼻息荒く、壮絶な攻撃の余波を見ていた。これで竜の全体を殲滅したことにはならないが、かなりの部分を殲滅したことにはなるだろう。そう思いながら、エゴロヴナとラザロ、グライムは魔法ポーションを片手にぶら下げ、更なる追撃を加えるつもりで、ゆっくりと前に歩いていった。ドレッドがどこまで竜の群れの内部まで入れたかが若干心配だったが、あの攻撃に巻き込まれ死んでいるとしたら、それはそれでしょうがないな、ぐらいで考えていた。


ウィングは「へへへへ・・・ざまぁみろ・・・」と言いながら殲滅された大量の竜の死骸を見て微笑んでいた。煙で戦場は覆われていたが、3メートルもの巨大な魔族たちが荒廃した戦場を前進していく姿を見て驚いた。(もう行くのか・・・くそっ!お前に魔鉱石は渡さんぞ!!)


そう心で叫び、自分もこのチャンスに『超高純度魔鉱石』を奪取すると決意し、魔族に遅れずに自分も前進しようとした。魔法ポーションを取り出し飲みながら出発しようとしたのだが、一瞬、後ろのスリーやスカイはどうしているかと気になり、後ろを振り返った。スリーもスカイも同じ場所でぼぉとしながら座って佇んでいた。


(おそらく洗脳か何かされているのだろう・・・くそっ!!ネオ!貴様は絶対に許さない・・・はっ?!)


前に進もうとしていた勢いの中で、踏み込んだ一歩を止めて、もう一度振り返ってよくスリーたちを見た。


(ネオがいない!!!どういうことだ!?逃げたのか?!どこだ・・・あ、あいつめ!!!???)


ウィングは自分が持つ『天極の瞳』で広大な視野を見るとネオが竜の中を走っている様子が目に映ったのだった。





                   ◇

 




ネオは戦況をじっと観察し、ここにいる全メンバーの行動の意図、目標を把握していた。


(ジリ貧だな。しかし、なるほどカイロスも思い切ったことするな。総攻撃をするつもりか。魔族に先を越されて、魔鉱石を奪取されると困るかなら・・・俺もそろそろ動くか)


ネオは横にいたスカーレットに耳打ちした。


(行ってくる。みんなはここにいてくれ)

(行ってくるって、どこに?)

(魔鉱石を獲ってくる)

(けども・・・どうやって?)

(今から総攻撃が始まりそうだ。その中に紛れて行ってくる)

(・・・無事に帰ってきてね)

(もちろんだ)


スリーとスカイも、ネオとスカーレットが話している内容が分からず近付こうとした。ネオはスリーとスカイの頭をポンポンと優しく撫で、スカーレットに聞け、というジェスチャーをして一瞬で消えた。


ウィングが「いけぇぇぇぇぇぇえぇ!!!!!!!!」と叫ぶ声が聞こえた。


その時は、ネオはすでに竜の群れの中を超高速で疾走していた。あまりのスピードで竜たちはネオの存在を見つけることができなかった。ネオは進行方向に竜たちの隙を狙い、避けながら走っていったのだ。


(こうやって最初からぐずぐずせずに、奥の魔鉱石だけを奪取すればよかったのか・・・いや、竜を無視して奥に行ってしまえば、スカーレットがいたとしても、スリーやスカイが殺される可能性もあった。今が魔鉱石を奪取できる唯一のチャンスだ!)


十数分走り切ると、竜の群れが途切れて少しスペースのある場所に出てきた。


「これが・・・超高純度魔鉱石・・・」


目の前には、虹色に輝く直径1~2メートルもある魔鉱石が洞窟の奥に転がっていた。その魔鉱石からは悍ましい程の魔素が漏れてきており、その魔素から次々に竜が生まれていっていた。


「こいつを取れば・・・」


と呟き、ゆっくりと魔鉱石に近付いていった。


「貴様!!」


後ろからドレッドノートが到着し、俺に向かって叫んできた。


「魔鉱石を獲りに、お前も、あの攻撃の中をすり抜けてきやがったのか!!多少頭は回るのだろうが、お前にそれを回収することができまい!」


そう言ってドレッドノートは、魔鉱石に向かって飛び出した。しかし、既に俺はもう数歩したら魔鉱石の元に辿り着く。


(回収することができない?どういうことだ?)


俺はドレッドノートの話を聞き流し、魔鉱石に手を伸ばした。


「これを手に入れれば終了だ。エルフ国も救われるな」


そう思い、俺は魔鉱石に触れよう手を伸ばしたが・・・


ブン!!!


掴もうとした右手が魔鉱石の濃厚な魔素に触れて消し飛んだ。右腕の肘ぐらいまでしかない状態になり、その切断面からは出る鮮血が空中を舞った。


(なっ!!!???)


俺の手もかなりの魔力を纏わせ、防御はしていたのに。


(なるほど・・・この魔鉱石・・・かなり不安定な状態なんだな。猛烈な魔素の力が周囲に飛び出している・・・)


そう思い、後ろから近づいてくるドレッドノートを見た。そして自信満々の顔をしているのが見える。


(こいつは分かっているのか?いや、分かっていたのか?!こいつには回収方法を持っているということか!)


俺は魔力を詰込んだ左手を伸ばし魔鉱石を掴んだ。しかし今回は魔鉱石に触れることはできたが、近付いた体の部位が消し飛んだ。触れた手を含めた肩辺りまで左腕も無くなっていた。


「ぐぁ!!!」


俺は強烈な痛みを感じその場でしゃがみ込んだ。両腕からの大量の血がボタボタと垂れ落ちていく。


高速で後方から近付いてきたドレッドノートは俺の腹部を横から思い切り蹴り、横に俺を吹き飛ばした。俺はゴロゴロと地面を無様に転がっていった。


「バカが。邪魔なんだよ。『超高純度魔鉱石』を素手で触るなんざ、無知すぎる。自殺行為だ。お前はそこで死んでいろ」


ドレッドノートは瀕死の状態の俺を見下ろし、自分が持つ腰の袋から一つの棒を取り出した。そして、棒に魔力を通しサッと空中に棒で振ると、その棒の切っ先が通った後に、一本の線が空中に出現した。まるでその棒が空間に一線の傷をつけたように見える。その一線にドレッドノートは手を入れ、その一線はグワッと開けた。そうすると穴が開き、まるで空間が開いたように見える。


(まるで・・・別次元の空間みたいに見えるな。あれが、以前にスカーレットから聞いた『次元の心臓』を使う、伝説級のアイテムポーチなんだろうか??)


ドレッドノートはその開けた不思議な空間を自由に動かし、大きな袋で超高純度魔鉱石を覆いかぶせる様なしぐさで、その空間内に魔鉱石を獲り込んだ。その行為をした後には、魔鉱石は元々そこにはなかったかように、今までの濃厚な魔素も消え去った。うっすらとその残滓は残ってはいたが。


その瞬間、大轟音が洞窟内に響いた。


ドン!!!!!!!!!ドン!!!!!!!ドン!!!!!!!!ドン!!!!!!ドン!!!!!!!!!ドン!!!!!!!!!ドン!!!!!!!!!ドン!!!ドン!!!!!!!!!ドン!!!!!!!!!ドン!!!!!!ドン!!!!!!ドン!!!!!!!!!


洞窟全体が揺れ始めた。


そして、目の前のドレッドノートは叫んだ。


「帰還だーーーーーー!!!!」


どこから声を出しているのか分からないぐらいの大音量でドレッドノートは後方に向かって叫び、地面に何かの魔道具を叩きつけた。巨大な金切り音が空間を走った。おそらく、この音で他の魔族たちに魔鉱石確保と帰還の合図を送ったに違いない。そして、ドレットノートはチラッと地面に転がる死に体の俺の方を見た。


「惜しかったな。もうちょっとでこの魔鉱石が手に入ったのにな。お前はもうここで死ぬだろうから、冥土の土産に教えてやるよ。俺たちは今からこの転移魔法陣で本国へと帰還し、エルフ国をこの魔鉱石で潰す準備をするんだ。その末路を見られない事が、お前にとっては幸運だと、俺は思うがな。へへへへへ、ははははは!!!!!」


下卑た笑いをし、ドレッドノートは勝ち誇ったように、これからの事を想像して光悦した表情をしていた。そしてすぅっと消えていった。


(逃げたか・・・)


周囲の竜たちも今までの魔素の供給が無くなり、糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちるように地面に倒れていった。倒れた後はもう一瞬も動かく気配はなかった。


「やめろーーーー!!!!」


遠くの方から悲鳴にも近い、男の叫び声が聞こえてくる。


何があったか分からないが、向こうは向こうで大混乱の状況になっているのだろうな。


すぐに俺は立ち上がり、スカーレットやスリー、スカイのいる場所へと駆け出した。洞窟全体が大きく揺れ、ガラガラと天井から巨大な岩が落ちてきている。地面も割れて始めた。気を抜くと地面の割れ目に落ちてしまう。もうここには長居できない。


俺はアイテムポーチに入っている万癒の果物を口に入れ、即座に両手を再生させた。


周囲が落石などで粉塵舞う中であったが、俺は索敵をしながら状況を把握していく。


どうやらエゴロヴナがスリーとスカイ、スカーレットを拉致しようと迫ってきているのをウィングが守っているような絵面だ。エゴロヴナは、ウィングを掴んで遠くへ放り投げた。もう数歩進めばスリーとスカイ、スカレーレットに届く位置になる。


(面倒臭せぇな)


「お前らは俺と一緒に連れて行ってやるよ!ここにいたらお前らも死んでしまうだろうからな!」


エゴロヴナは左手の中に紙を持っていた。この紙がおそらく転移魔法陣で、ここからすぐに脱出するつもりだ。そして俺の女たちに近付いている。


俺はスリー、スカイ、スカーレット、とエゴロヴナの間に降り立った。


「なんだ貴様!!」


「うるせぇよ。お前は魔族国ガリウッドに帰るなら帰りな。俺たちは関知しない」


「な!!!何故知っている?!」


「さっき、ドレットノートが冥土の土産に教えてくれたよ。どうせ死ぬ身だってな」


「余計な事。まぁいい。どけ。このエルフどもは俺の土産としてガリウッドに持っていく。もうここも長くはない。ここで死にたくなければ、そこをどけ」


強烈な視線が俺を射抜く。


遠くでウィングが「止めてくれ!!!!」と叫びながら消えていった。その横では、ユハが「あなた死ぬわよ!!早く行きなさい!!」とのおそらくユハや他のパーティメンバーがこの洞窟が崩壊していくこの状況下で、魔族に狙われたスリーもスカイも救えないと判断して自分たちの命を優先して退避したのだろう。


ここにいるのは、もう俺とスリー、スカイ、スカーレットとエゴロヴナしかいない。索敵しても他の魔族どもはいなかった。もう先に転移魔法でガリウッドに退避したのだろう。

「エゴロヴナ」

俺はいつもと変わらない調子で声をかけた。


「お前は送受信魔道具を持っていないな」


エゴロヴナは小さな虫でも見るような視線で俺を視界に入れた。

「貴様、見覚えがあるな?ちょっと待て・・・お前はあの時の・・・?」


「まぁお前たちを長い時間観察する時間があったからな。あの魔道具を持っているのは魔導師の奴しか持っていなかったからな」


「貴様・・・前も舐めた真似しやがったな・・・」


「こういう状況を持っていたよ。なぁ、スカーレット」


「えぇ・・・血が沸騰するぐらい怒りが込み上げるわ」


スカーレットは、今までじっと地面に座っていたが、立ち上がりエゴロヴナに向かって歩いていった。


「なんだ?俺と一緒に行きたいのか?いいぜ。ここから脱出させてやる俺は、お前の命の恩人だ。ガリウッドでは俺の奴隷として一生俺が遊んでやるよ。命だけは助けてやるから安心しな」


「反吐が出るわ」


俺はエゴロヴナから目線を外さずに、スカーレットに声をかけた。

「手伝おうか?」


「たぶん大丈夫よ。私一人で」


「へへへへ!!!俺は気の強い女は好きなんだ!!!そそるぜ!!!」


「お前らの為に、どれだけのエルフが血の涙を流したか!!!!!!!!!死んで償いなさい!!!!!!!」


「私怨か!!いいねいいね!!!お前らのような奴を返り討ちにするのが俺の一番の楽しみなんだよ!!」


スカーレットは3メートル近いエゴロヴナの顔面に届くように大きく跳躍した。


「バカが!!!撃墜してくれと言っているようなものだ!!」


エゴロヴナは右手を大きく開いて、スカーレットを地面に叩き落とそうとした。しかし、スカーレットはその高速で放たれた巨大な右手に対して打撃を撃ち放った。


バン!!!!


エゴロヴナの右手は後方へ吹き飛ばされた。エゴロヴナは目を大きく見開いて正面のクルクルと空中を回り始めた小さなエルフの少女を見た。


(まさか自分の右手がこんな小さなガキに弾き返されるなんて!ちっ!後での楽しみを考えて手加減しすぎたか?)


エゴロヴナは心の中で毒づいた。


スカーレットは空中でコマのように回転しながら、エゴロヴナの顔面に蹴りを放った。


本来はこんな貧弱そうな蹴りをなどを防御する必要も躱す必要も感じないのだが、先ほどから感じるこの少女からの鋭利な魔力に微妙な違和感を持つので、顔面に迫る蹴りを顔面で受けることはせずに左腕で防御しようと、左腕を出したが。


ザシュッ!!!


防御した左腕が抉られた。少女の放った蹴りに接触した左腕の部分が消えてなくなっているのだ。


「なっ!!!???」


「今のは私のお兄さんの分」


スカーレットは空中で自身の後ろに風魔法を放ち、前方への推進力とした。そして、そのままエゴロヴナの胸部当たりに強烈な拳打を打ち付けた。


「グフッ!!!!!!」


胸部が陥没し、後方へと2メートルほど吹き飛んだ。バランスを崩しエゴロヴナは地面に背中を叩きつけられたが、地面に倒れている暇はないと判断した。体に与えられているダメージを無視して、その落ちる勢いをそのままうまく利用し回転した。エゴロヴナは割れ始めている地面の上にすぐに立ち上がった。エゴロヴナの口からは血が吐き出ており、胸からも血が噴出していた。


「で、でめぇ・・・」


「今のはお姉さんの分。まだまだあるからな、覚悟しなさい!エルフたちが味わっている屈辱はこんなものじゃないのよ!!!」


(なんなんだ、この女・・・まずい・・・こんなガキがこんな戦闘能力を持っていたとは予想外だ・・・いや、先ほどまでの竜との戦いの後だったから力が思う存分でていないだけだ・・・くそっ!万全であれば!!!)


と何とか自分が押されている理由を考え付くが、あまりに圧倒的な力で押してくる少女に苛立ち、魔力を全開にした。


(間違いなく強敵だ!)


「このくそ小娘が!!!死ぬのはお前だ!」


そう叫び、強大な体には似つかわしくない動きで上下左右に俊敏に動き、スカーレットに接近してきた。エゴロヴナの両手は不気味な光で覆われている。エゴロヴナの壁役と攻撃役を兼任を可能にしてきた、最強の反撃魔法『ペインリザーブ』を発動させていた。


「そして、これが!!!」


スカーレットは一本の指を立てて、エゴロヴナを指差した。


「お父さんの分」


空気中に一線、超高速で発射されたレーザーのような水が襲いかかるエゴロヴナの右肩に直撃し、エゴロヴナの超硬装甲の魔力で覆われた肉体を貫いた。強烈に焼けるような痛みが全身を走ったが気にしている場合じゃない。


エゴロヴナは痛みを無視して、それも『ペインリザーブ』で痛みを受け取り、更に手を覆う光の密度が濃くなった。

「お前は死ね!!!」


スカーレットは一本の糸のように空間に留まっていた水のレーザーを上下に動かし、れに当たっていたエゴロヴナの体の部位は全て切り取られた。上下に動かしたのち、エゴロヴナの右腕は地面に落ちていった。


(くそ!!!なんて威力のレーザーだ。どんな魔力を込めたら、たかだか水が俺の装甲を貫通するんだ!!しかし!死中に活あり!俺を即死させられない奴らは、全て俺に殺されてきたんだよ!俺の勝ちだ!)


エゴロヴナは、スカーレットの全ての攻撃を受けながらも前進をすることを止めなかった。既に満身創痍のエゴロヴナであったが、起死回生の一撃を左に込めた。スカーレットもこれほどの攻撃をしても迫りくるエゴロヴナの勢いを止めることができずに一歩後退した。


(逃がすか!!!)


右に左に下にと、超高速で動いて迫り、エゴロヴナの左手がスカーレットに触れそうになる、その瞬間。


シャッ!!!!!


スカーレットの後ろから同じような一線の水がレーザーのように発射され、超高速で動くエゴロヴナの額に直撃し、頭蓋骨を貫通した。信じられない物を見るような眼をしてエゴロヴナはその水線を見て、体を小刻みに震わせた。


「グェ・・・ギャ・・・バ・・・」


ネオは静かに言い放った。

「これは全てのエルフたちの苦しみの分だ。地獄に堕ちろ。お前ら全員同じように送ってやるから、淋しくもないだろう」


エゴロヴナの体は脱力しその場に崩れ落ちた。そして崩落していく地面の割れ目の中に落ちていった。


「ありがとう」

「たぶん大丈夫と思ったけど、あいつの魔法を受けたら受けたで心配だったからな」

「予想以上に速くて、仕留め切れなかったわ」

「あぁ、さすが奈落の底踏破の魔族だけあるしな。こいつは強かったよ」


うしろでスリーとスカイは(それでもそれを瞬殺するネオって・・・)と心で呟いていた。2人はネオとスカーレットに叫んだ。


「ネオ!!早く私たちも行かないと、ここで死んじゃうよ!!」

「危ない!!岩が落ちてくる!!早く脱出しよー!」


「あぁ、すまん。早く行こうか」


ネオは皆のところへ走り寄っていった。皆、腰に吊るしていた袋から転移魔法陣を取り出して、魔力を通した。そして、4人の姿は洞窟から消えていった。





                  ◇




一瞬の暗闇の後、ネオが眼を開けるとそこは鬱蒼した森の中だった。そこは奈落の底のある都市ウォルタの付近の森の中だった。


周囲を見渡すと、同じように転移してきたスリー、スカイ、スカーレットが安堵した表情でネオを見ていた。


しかし、スカーレットは安堵の表情をしてからすぐに唇を噛んで、泣きそうな表情になっていった。


「私たちが生きていればチャンスはあるけど、これでエルフ国は終わりね。魔鉱石を手に入れられた魔族は手を緩める必要は無くなるでしょう・・・。あの魔鉱石があれば、地上にあの竜達を何十万と生成する事も可能だわ。私たちが竜の殲滅に動けばいいけど、私たちの手から溢れるエルフ達は多くいるわ・・・どうしよう・・・」


スカーレットは涙を流しながら、今後のエルフ国の行末を絶望した。


スリーもスカイも先程の最深階層での光景を思い出し身震いがした。あの魔獣達が人為的にどこでも発生させられたら、何かを守るところではない。ネオやスカーレトのいない場所以外では、どの地上の戦力も全て破壊し尽くされるだろう。


ネオはスカーレットの元に近付き、肩に優しく手を置いた。


「スカーレット心配するな。おそらく大丈夫だ」


「え?どういう事?」

スカーレットは涙で赤くなった眼でネオを不思議そうに見た。


「俺がなんとかするよ」


「どういうこと・・・ま、まさか・・・それはダメ!」


「あ、いや、そっちじゃない。俺はガリウッドに乗り込まないよ。おそらくそれよりもっと効率的で破壊的な事ができるんだ」


「ど、どういうこと??」


「あぁ、あの時な、俺が超高純度魔鉱石に左手で触れた時、遠隔操作型魔法陣を魔鉱石に設置したんだ。あいつらがあの魔鉱石をそのままガリウッドに持っていく、と言っていたから、俺があの魔鉱石を破壊した時にその余波で壊滅的ダメージを魔族国ガリウッドに与えられる」


「・・・」


スカーレットや他のメンバーも驚き、声を失った。まさかそんなことが可能になるのだろうか、と。


「も、もし、彼らがガリウッドに直接行っていなくて、このエルフ国に潜伏していたら・・・?」


「おそらく大丈夫だ。俺は自分の設置した魔法陣の位置は大体だがわかるんだ。はるか遠くにかすかにあるように感じる。前に行ったビリクイカ伯爵領よりも更に向こうだ。距離的に、おそらくこの国内にあるようには思えない。どうする?たしかにガリウッドにあったところで、エルフ国セダムにも影響はないとは保証はできない。そして、まだそれでもこの国内に存在している可能性もあるしな。だから、スカーレット、君にこの決断を託したい。君がエルフ国の命運を決めればいい」


「・・・」


スカーレットはこの重大な決断を深く考えた。もしまだ超高純度魔鉱石が、エルフ国セダム内にあれば、エルフ国はネオの説明によれば壊滅的な打撃を受けるだろう。もう復興ができるできないかは問えるレベルにもないぐらい破壊されるかもしれない。しかし、もし魔鉱石が魔族国ガリウッドにあれば、今のエルフ国の問題の根本原因が解決しえるかもしれない。魔族の影響が無くなれば、おそらくエルフ国の復興に希望はある。あの激烈な魔鉱石の魔素を考えれば、その魔鉱石が破壊されれば、その余波で魔族国ガリウッドは灰燼に帰すだろう。その解決しえる歴史的分岐点に私はいるのだろう。私の決断で決まる・・・


「・・・」


俺もスリーもスカイも、スカーレットを見ていた。


「スカーレット、俺はどちらの決断も支持するよ。どちらの決断だったとしても、俺はエルフ国の復興に全力を尽す」


しばらく沈黙が続いた後、スカーレットは口を開いた。


「・・・させて」


「ん?」


「ネオ、魔法陣を発動させて」


「いいのか?」


「えぇ・・・。もしガリウッドが破壊させることが出来たら、このエルフ国セダムの国内問題は大きく解決の方向に向かうわ。千載一遇のチャンスよ。もし仮にセダム国内にあれば、もうセダムもそこまでだったということよ。遅かれ早かれ、魔族が魔鉱石を使い、セダムを蹂躙するわ。セダムは既に詰んでいるのよ。この大陸の事を考えても、魔族に超高純度魔鉱石が手に渡っている状態は、どう考えても最悪の方向にしか進まないわ。だからセダムの事を考えても、これからのこの大陸に住む全ての者たちにとっても、魔族の手にある超高純度魔鉱石は破壊すべきよ。だから・・・、ネオ、やって」


そう言ったスカーレットの体は震えていた。


俺はそっとスカーレットの体を引き寄せ強気抱きしめた。


「分かった」


スカーレットは目を閉じた。俺は周囲に水魔法を展開し、絶対零度の強固な壁を俺たち4人の周りに出現させた。


「エルフ国セダムに栄光あれ!」


俺はそう言って、魔法陣を作動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る