85 面倒くさい奴ら
「面倒くさい奴らが来た」
ネオは、心底嫌な気分になり溜息を付いた。
(魔族パーティがその内ここに到達することは想定していた。この領域にかなり近いところまで来ていると聞いていたからな。魔族たちが来るのはまだ良いとして、しかし、なぜ勇者パーティまで来るんだ。本当にどうなっているんだ、一体。このややこしい時に)
ウィングは地下13階層の領域に突入した。
「スリー!スカイ!探したぞ!転移魔法陣でここまで来てしまったんだな・・・本当に可哀想に。こんな階層域に来てしまったら死ぬところだろう・・・」
ウィングは全速力で走る勢いのままに、スリーとスカイを抱きしめようとした。しかし、その企ては敢え無く止められてしまった。スリーとスカイ、ネオ、スカーレットの前に立ち塞がっていた、一人の魔族によって。
短い銀髪の魔族は、筋骨隆々とした体格と広い肩、太い腕をしていた。手にはこのエルフ国ではほとんど見ることのない短剣が光っている。目は赤くギラつき、肌は魔族の特徴である薄い青黒色であった。俺たちの身長180センチよりも大きく、2メートル50~60センチぐらいはあるだろう、その高圧的な態度がまさにこの国の実質的な支配者としての傲慢さと風格を兼ね備えていた。
何度も冒険者ギルドでは見かけたことがあるが、冒険者ギルドでの人を舐めたような態度違って、今の洞窟内での真剣な態度をしていた。しかもこの男、以前に見かけたこともあるが、雰囲気が大きく変わっている。確実に以前よりも一回り大きくなっている。雰囲気がより凶悪になり、より強靭になっている。おそらくここに来るまでの階層で魔鉱石を吸収し大きくパワーアップしたに違いない。
魔族はエルフたちの前に立ちはだかり、ウィングとエルフたちの接触を断った。不思議に見えるのはまるでこの魔族は、このエルフたちを守るかのような立ち位置でいることだ。
「おい、この女どもは俺たちのものだ。誰か知らんが死にたくなければ消えろ」
ウィングは魔族にスリーたちが囚われていると瞬時に判断し、心の底に常にマグマのように沸々としている苛立ちと正義感が一気に噴出した。
「貴様!!!俺の仲間に手を出すな!!」
ウィングは一気にドレッドノートに襲い掛かった。ウィングは上体を低くしてドレッドノートの左足を目掛けて魔力を纏った足で蹴りを放った。しかし軽くドレッドノートは自分の左足を上げて蹴りを軽く避けた。ドレッドノートは上げた左足をそのまま攻撃に転じて、至近距離にまで近づいていたウィングの側頭部に強烈な横蹴りを放った。
ガン!!!
あまりに鋭い蹴りであり、またカウンターで側頭部に強烈な衝撃が走った為、ウィングは錐揉みしながら2、3メートル横に吹き飛んだ。
空中で一瞬意識が飛んだが、瞬間的に回復魔法を施して、地面に激突した。そのまま地面を削るように3、4メートル滑るように飛んでいったが、勢いが止まる瞬間に再び魔族に対して突撃していったが・・・
「待て!!!」
ウィングの目の前にカイロスが現れ、ウィングの前に立ちはだかった。
「何の真似だ?!そこをどけ!」
カイロスは冷静な眼差しでウィングを見下ろした。
「貴様こそ何の真似だ。魔族パーティに攻撃を加えるという事はエルフ国全体への反逆といてもいい。貴様、これ以上攻撃を続ければこの国から追放されるぞ。そして、俺たちは反逆者をここで殺さなければならない」
ウィングは不敵な笑いをして答えた。
「ほぉ。俺を殺すっていうのか?いいぜ。やってみろよ。最初から気に喰わない奴と思っていたんだ。お前から血祭りにあげてやるぜ!!」
と言い終わらず、ウィングはカイロスに向かって突進しようとしたが。
「ウィング!!!!!」
後ろからユハが急いで走り寄って、ウィングの腹部を横から思い切り殴りかかた。
「バカ言わないで!!!頭を冷やしなさい!!」
横からの攻撃に全く気付かず、ウィングは苦悶の表情でその場に蹲った。
「ユハ・・・てめぇ・・・ぐっ・・・」
這いつくばっているウィングを見下ろし、ユハはウィングを背にしながら、カイロスの方に向き直り、深々と頭を下げた。
「私の仲間が大変失礼なことをしました。これは明らかに不幸な事故です。行き違いです。実はそこにいるエルフの女性たちはもともと私たちのパーティメンバーで、そのメンバーの行方が分からなくなっていたのです。まさかこんな奈落の底の最深階層で出会うとは思っておらず、また魔族の方に保護されているとは思ってもおらず、興奮してしまったのです。どうか私たちの感情をご理解いただき、ご容赦願いたいと思います」
カイロスは冷静に説明するユハと、後ろで痛みに苦しみながらも怒りを爆発する寸前のウィングを見比べた。
「君が説明している話は納得がいくが、後ろの我々の隊長殿は違う意見を持っているように見えるが?」
ウィングはすでに戦闘モードになっており、全ての怒りをカイロスにぶつけた。
「俺の仲間を拉致されているんだ!そこをどけ!」
後ろから来たライトとアスク、ツリー、ストーンは事情が分からないが、とにかくウィングを落ち着かせようと近付いた。
ドン!!!ガン!!!バン!!!ガキッ!!!!ガガン!!!ドン!!!ガン!!バキッ!!!ガ――ン!!!ドドドドドドッ!!!!!!
洞窟の奥では激しい戦闘が行われていた。魔族パーティメンバーたちが奥で巨大な竜との戦闘を行っているのだ。ウィングを含めた勇者パーティたちは、目の前のスリーとスカイが魔族に囚われている状況に驚いていたが、横の方でこの地下13階層で展開される異次元の激しい戦闘に驚愕した。
3メートルもの巨大な魔族を先頭に、同じような巨漢の魔族たちが、5メートルほどある竜の群れの中に飛び込み、竜との攻防戦を繰り広げられていた。
一番巨大な魔族エゴロヴナはその強烈な膂力と全身の筋肉を使い、竜の体や頭部に打撃を連打していた。正面の青竜はボロボロになり地面に平伏したが、その隙にその背後にいた赤色の竜がエゴロヴナの肩辺りに噛みつき、エゴロヴナの体に鮮血が飛び散った。
エゴロヴナは体に突き刺さった牙を気にせず、竜の頭を抱きかかえて跳び上がり地面に叩きつけた。その衝撃でたまらず赤竜は口を開いてエゴロヴナを離してしまった。エゴロヴナは赤竜の首に馬乗りになり、無防備の頭部に地面も響くような鉄槌打ちを何度も撃ち込んだ。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
赤竜の頭部は粉砕され、そこに既に原形がとどめられていない竜の頭部があった。血がそこら中に散らばり、赤竜は絶命していた。
エゴロヴナが鉄槌を下している、その後ろから2体の白竜が口から白色の衝撃波を放ち、エゴロヴナを吹き飛ばした。白い衝撃波は聖属性であり、魔族にとって一番のダメージを通す属性である。衝撃波が接触したエゴロヴナの体表は、爛(ただ)れ落ち、大きな火傷をしたようになっていた。エゴロヴナは地面をゴロゴロと転がり、直ぐに竜に相対するようにして立膝をしながら竜たちに向き直った。
グライムは後方より回復魔法を発動させ、一瞬でエゴロヴナの傷を癒した。エゴロヴナはニヤリと笑い、彼自身のスキル『ペインリザーブ』を発動。『ペインリザーブ』は自分が受けた痛みを何十倍にも増幅させて敵に与える反撃魔法だ。巨体でありながら俊敏に動き、瞬く間に2体の白竜の元に辿り着いた。
「おら!!!!!!」
両手を出して2体の白竜の腹部辺りにペインリザーブを乗せた打撃を繰り出した。その白竜たちの体に風穴が空き、鮮血が舞った。その白竜たちがその場で静かに倒れていくが、その後ろから巨大な水の竜巻が白竜も巻き込み、エゴロヴナに向かって巨大な水竜巻を放っていた。
エゴロヴナはスキル『魔神の門』を発動した。巨大な異様な門がエゴロヴナの正面に突如出現した。その門は開いており、その中は亜空間へと繋がっている。竜巻はその中に吸い込まれていき何事の無かったかのように消えていった。
「お返しだ!喰らえ!」
その門から同じ水の竜巻が発生し、竜の群れを襲った。何十体の竜が巻き添えになり、後方へと吹き飛んでいった。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!へへへへへ。ざまぁみろ」
エゴロヴナは息を切らしながら自分に群がっていた竜たちを一掃し、一瞬の間の休憩を取った。
エゴロヴナが全ての竜のヘイトを集めていたため、他の魔族パーティメンバーたちに竜たちから注意を払われていなかった。否、注意を払えなかったのだ。魔導師グライムは決して前衛で戦えない魔族ではないが、パーティの構成上、バフ・デバフ・回復を担当することがほとんどであり、ダメージコントロールを後ろで司っていた。
剣士ラザロはエゴロヴナに集まろうとする竜たちを横から、また後ろから斬撃を与え、確実に無力化していった。ラザロが振るう剣は魔力を纏い、通常のミスリルの剣の10倍以上は切れ味が増している。またラザロが最も得意とするスキル『間の支配』より、相手の呼吸などの前動作が全て読めるのだ。筋肉の動き、目線(竜たちには目が無かったが、どこに注意を払っているか)、攻撃や防御する意志(攻撃する意志は赤色、防御する意志は青色)、そして弱点が見えるのだ。
ラザロの目の前には何十体もの竜がスキル『叫び』を使うエゴロヴナに群がろうとしていたが、ラザロはその竜たちを横から後ろから切り倒し続けていった。
弱点を一瞬で見極め、一太刀で弱点を突いていく。ある竜は首だったり、胸部だったり、頭部だったりと、弱点はそれぞれの個体において違っていた。それぞれの弱点を正確に切り裂き、効率よく無力化していった。暗殺者のように竜の合間を縫いながらどんどん戦闘可能な個体を的確に減らしていくのだが、弱点を突かれ無力化されていった竜は、ととどめを刺さない限りは何分か経てば回復し、動けるようになり再び戦線に戻ってきた。
ラザロの力と威力を増した斬撃でも、竜たちを一太刀で殺すことはできなかった。エゴロヴナを攻撃する竜たちを見て、更に後ろを見ると、何百体もの竜たちが所狭しとひしめき合いながらこちらに向かっている。そしてその奥には、強烈な魔素を発する『超高純度魔鉱石』の存在を感じる。
(くそ!『超高純度魔鉱石』が奥にある!感じるぞ!あれさえ手に入ればここから脱出だ!)
おそらくあの『超高純度魔鉱石』の魔素からこの竜たちが生成されているのだろう。ここを何とか突破できれば、手に入る!
焦るラザロであったが、斬っても斬っても減らない竜に辟易しながら、突破口のチャンスを来るのを待っていた。
その様子を見た勇者パーティたちは、目を見開きゴクリと唾を飲み込んで、壮絶な死闘の様子を横目で見た。
ウィングもその様子を見てはいたが、ウィングにとっては魔族よりも目の前のスリーとスカイの方がよっぽど重要だった。
「おい、カイロス。魔族の連中はかなり厳しい状況じゃないのか?このペースであればあの魔族たちはあの膨大な量の竜たちを全部対処できないだろうな。準備が足りないんじゃないのか?お前たちも加勢しなかったら、魔族たちも今は大丈夫かもしれないが、後々にヤバいかもしれないぞ」
カイロスは、何人かの攻撃専門用意のメンバーを2名呼び、ウィングと相対するように伝えた。そのようにしてから、カイロスはエルフ4人を保護している魔族の方に近付いていった。
「すいませんが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ドレッドノートだ」
「ありがとうございます。ドレッドノート様、今の状況を見ていましても非常に厳しい状況であると愚考いたします」
ウィングは自分を無視してカイロスが魔族と話している事に苛立っていた。
「おい、カイロス!てめぇ!舐めんなよ!」
ウィングの対応している隊員たちは、ウィングから一定の距離を取りながら下手に刺激しないように穏やかに話しかけた。
「ウィング殿、少し落ち着いて下さい。今のあなたのここにいる理由は何ですか?」
「うるさい!俺はずっとスリーとスカイを探していたんだ!これ以上に大切なことは無い!」
「分かりました。ウィング殿にとって大切な人たちなのですね」
「そうだ!分かったんだったら、そこどけ!邪魔だ!」
「少し冷静になって考えてみましょう。今の魔族パーティの状況を見て下さい。もう少しで魔族パーティもここから退避することは目に見えています。あの量の竜の群れを殲滅するのはかなり難しいでしょう。どこかで退避する判断は下るはずです。しかし、その判断ミスは、魔族パーティの死に繋がります。そうなると、私たち含め、あなたたちはこのエルフ国中から追われる身となります。このミハイル伯爵領から追い出されるでしょう。それでいいのですか、と私は問いたい」
「なんで、お前たちも俺たちも伯爵領から追われるんだ?」
「おそらく魔族からの要請が来るからです。報復行為です」
「くだらねぇな。そうだったとして俺には関係ない。そうなれば俺はこの領内から出て行くのみだ」
「そうですか?本当にそうですか?あなたもここの洞窟の探索をしているのではないですか?おそらくウィング殿も感じているでしょう、凄まじい魔素の奔流を。確実にこの階層に
『超高純度魔鉱石』があるのは確実です。これほどの魔鉱石を得る為にここで探索に命を懸けていたはずです。ウィング殿、あなたにはその情熱があったのでしょう。その目的が目の前です。あそこのお仲間との邂逅はとても嬉しかったと思います。しかし、ここで魔族パーティを支援して、あの魔鉱石を獲得するのが最も大切ではないのですか?」
ウィングは悩んだ。
たしかにファーダムの依頼で『超高純度魔鉱石』を奪取することを求めてここに来た。あの竜の大群を見ている限りでは、自分たちのみで奪取することは不可能だ。戦力が足りない。今、ちょうど魔族どもが竜どもと交戦中だ。またとない機会と言えば、そうだろう。
そして、この状況を上手く使えば、この魔鉱石を手に入れるかもしれない。そうすれば、ファーダムの滅亡を救える。その貢献をしたウィングは救国の英雄となり、彼の元には、何百何千という花嫁が来ることになるだろう。全てが春日のモノになる。この世の春が来るのだ。全ての望みは叶う。
(しかし、それでも目の前のスリーは俺のモノにしたい。その消えぬ欲望がウィングを簡単に引き下がれないものにしていた。しかも、この魔族は「この女は俺のモノだ」とぬかしてやがった。それを許せねぇ。俺以外の奴で、スリーに触れるなんてことがあってはならない)
まるでウィングの目の前の隊員は全ての苦悩を見透かすようにしてウィングの近くまで近づき、袋の中に入っていた2つのペンダントを見せながら、ウィング以外の誰にも聞こえないように話を始めた。
「私が魔族と話をしましょう。そこで私が『他のエルフの女ならごまんといる。その女を貢ぎます』と言って、スリーさんをウィング殿に戻らせるように仕向けることは可能です。そしてスリーさんが戻ってきた暁には、この隷属のペンダントを首にかけ、この主人のペンダントをかければ、あの女性をウィング殿の意のままにすることも可能です。どうですか?」
ウィングは目を見開いて、この隊員の話に衝撃を受けた。まさかそのような提案がこんな場でされるとは思ってもいなかった。ウィングにとっては全てを手にいれられるような、夢のような話だ。
スリーもスカイも戻ってくる。
朝の食堂で笑顔でスリーが俺を迎えてくれる。
皆で笑いながらその日のダンジョンアタックを話し合い、お互いが気遣いながら今後の事を考える。
(そうか・・・俺はもしかしたらそんなありふれた日常が取り戻したかっただけなのかもしれないな)
そんな考えが過ぎる中で、その隊員の隷属のペンダントはあまりに魅力的過ぎた。一時期はファーダムで隷属のペンダントを渡され、飽きるまでエルフの女を抱き尽したが、それをスリーにかけるという発想が当時は無かった。
(そうだ!あの時代が戻ってくる!あの楽しかった時間が戻ってくるはずだ!)
暗い衝動がウィングを突き動かし、ウィングは隊員の提案に頷き、ペンダントを掴んだ。
「よし、わかった。お前の言う通りにしよう。しかしお前の言う通りの結果にならなかったら、お前は俺の手で必ず殺す。いいな」
その隊員は笑顔で頷いた。
「承知いたしました。では、まずはウィング殿、あなたのパーティで魔族パーティの補助をしてもらいたいと思います。魔族パーティがここで全滅でもしてしまえば、私たちのパーティだけでなく、ミハイル伯爵自体がこの魔族殺害の容疑をかけられるでしょう。良くも悪くも送受信魔道具が今の、映像を送っております。私たちが今、魔族パーティの安否の確認ができたという事で、奈落の底入り口に帰還してしまい、その後魔族パーティが全滅でもしてしまえば、私たちが見殺しにした、と非難されてもおかしくないのです。我々はあのドレッドノートという魔族と交渉をします。それまで魔族パーティの支援をお願いします。よろしいですか?」
ウィングは心の底では魔族の支援はするつもりも考えるつもりもなかったが、先ほどの提案を天秤にかけた時に、あまりに魅力的な世界を想像するだけで、全てを受け入れる心の余裕が生まれた。
「よし、わかった。おい、ライト、アスク、ツリー、ストーン、ユハ!いくぞ!魔族支援の為に、竜との対戦だ!」
まさか、勇者パーティたちは、ウィングが魔族の支援の為の指示をしてくるなんて想像もしていなかった。
「おい!?いくのか?!」
ライトはウィングの指示に疑問を感じながらも、竜との殴り合いの殺し合いは望むところではあった。しかし魔族の支援が主目的となると少し目的はズレるような違和感は持っていた。
「そうね。今後のことを考えると妥当ね!行きましょう!」
ユハも難しい判断であることは理解しながらも、今は魔族支援をする事のメリットが、支援しない事のメリットを上回ると考え同意し、攻撃態勢を取った。
他のパーティメンバーも攻撃態勢になった。
まずはツリーが目の前の竜たちに魔力で生成した弓矢を乱れ打ちした。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
顔面を狙い弓矢での攻撃を連続で行った。大きなダメージが通るわけではないが、若干の衝撃を与える程度であり、竜たちの苛立ちを増すだけとなった。
注意がツリーに集まる中、ウィングは竜たちに向かって全属性の斬撃を飛ばした。竜たちの体表に傷が増えていった。ツリーからの魔力矢の乱れ打ち、そしてウィングからの広範囲に渡る大量の全属性斬撃が飛んでくることに動揺が竜たちの間で広がっていった。
中には属性が優位属性の斬撃が入った場合、大きなダメージが入るケースもあり、竜たちにも攻撃に対して攻めあぐねている様子が見えた。
ライトは大きく跳躍し竜の群れの中に突っ込んでいった。一体の竜の頭部に着地して、何度も打撃を放った。あまりの苦痛に竜が前後左右上下に振り回しライトを引き剥がそうとするが、ライトも必死に竜の頭部を掴みながら攻撃を続けていった。それに巻き込まれ、周囲の竜たちにも苦痛で大暴れしている竜の頭部が激突していき、混乱を生じさせた。
アスクは色の違った竜に対して優位性のある属性を見極める為に、赤竜に対しては水魔法を、緑竜に対しては土魔法を、また紫竜に対しては聖魔法を放ってみた。大きな効果もあれば、全く効果のないケースもあった。アスクは素早く攻撃魔法を同一の竜に連発して、見極めていった。
ストーンは斬撃や弓矢、魔法攻撃が嵐のように飛び交う竜の群れを見ながら、ツリーとアスクの近くに移動し、いつでも来ても防御できるように待機することにした。
エゴロヴナ、ラザロ、グライムたちは突然入ってきた冒険者パーティに困惑しかなかった。
ラザロはエルフ語で近くに来たウィングに尋ねた。
「お前たちは何なんだ?何者だ?」
ウィングは第一声が感謝の言葉と思ったが思った以上にネガティブな反応だったので驚いた。
「見たらわかるだろ?お前たち魔族をサポートしてんだよ。お前たち押されてただろ」
「邪魔だ。俺たちはお前らの様な奴らからサポートはいらん。早く消えろ」
「はっ!よく言うぜ!お前たちが死んだら困るのはこっちなんだよ。ひと段落したら早く退避しろ」
「黙れ。殺されたいのか?邪魔するなら、この竜共々殺すぞ」
「お前頭狂っているな。俺たちは勝手にやってんだよ」
「勝手にしろ。攻撃に巻き込まれても知らんぞ」
ラザロはエルフのサポートなど要らないと言いながらも、しかし邪魔しない限りは許容せざるを得ない状況にはあった。ラザロは今の状況をかなり深刻にとらえていたのである。
ライトは、エゴロヴナの近くに降り立った。
「よぉ。えらく苦戦しているな」
エゴロヴナは突然の出現に驚きながら、これぐらいの実力程度でどうやってここまで来たかに驚いた。
「なんだ、貴様らは?お前たちの様なゴミが来て、俺たちの寄生虫になるつもりか?」
ライトはエゴロヴナを口を半開きにしながら見つめた。
「意味不明だな。これだけ苦戦しているのに、そんな減らず口を叩けるとはな」
エゴロヴナは不機嫌そうにライトに言い放った。
「お前たちが竜と戦うのは勝手だが、俺たちのやっていることに邪魔してくるな」
ライトは肩を竦めた。
「お前を殺したい気分でいっぱいだが、良かったな、エルフ国に守られたな」
「なに?」
エゴロヴナはライトの発言の意図が見えずに、青筋を立てて聞き返した。
「申し訳ありません!!!」
その間を、カイロスが急いで盛り込んできた。
「さっきから鬱陶しい奴らだ。次は何だ?殺すぞ」
エゴロヴナは近付いてくる竜たちを見据えながら、闖入してきた冒険者たちをどうするかに思いめぐらせた。
「我々は伯爵家のものです。ご支援いたします」
「伯爵家か。分かった。邪魔はするな」
「はっ!」
そう言ってエゴロヴナは再び竜たちに正面からぶつかっていった。
ライトはカイロスを睨みつけた。
「魔族の犬だな」
カイロスはライトの軽い侮蔑の言葉を無視し、自分も魔族のサポートに回っていった。それに続いて他の隊員たちも魔族のサポートをするように散っていった。
ライトはその光景を見て、隷属しなければならない、このエルフの関係に吐き気を覚えながら、自分も魔族の生き死にが今後のエルフ国に滞在しているのなら大きく関係している面倒さに顔をしかめ、自分も竜の中に飛び込んでいくのだった。
今、ネオたちの目の前には、一人の隊員がいる。
魔族と話をして、支援をするという話だ。それで、目の前にいた魔族のドレッドノートが、奴の代わりに俺たちを保護するという名目で監視しておくことに隊員に指示をした。そしてドレッドノートも同様に竜の大群の中に消えていった。
(困ったものだ・・・)
なぜ魔族が竜たちと交戦中であり、俺たちが監視されている状況になっているかというと、1時間前ぐらいに遡るのだが・・・
「マーーーーー!!!!」
スカーレットが俺の後方から叫んだ。
これは俺たちの中の隠語で、魔族パーティが近付いてきたら「マ」、勇者パーティがもし万が一来ていたら「ユ」、その他の何かだった場合は「ソ」と叫ぶようにしていた。それから俺は永遠ともいえる無限に湧き出てくる竜たちを屠っていた。
俺は何百、何千という竜を殺しまくった。正面から十数体の竜が俺に一斉に衝撃波を放ってきた。それに対して、俺はそれらを自分が生成した水魔法で巨大な津波を起こして迎え撃った。全ての衝撃波はその津波に飲まれ、その竜たちも津波の勢いに押されて後方へと流されていく。俺は水に流され倒れている竜の頭部の上に着地し一体一体の頭部をもぎ取っていった。中には心臓を破壊しても、頸部を貫いても、まだ動く竜たちも一部にはいた。そして致命傷出なかった場合は、しばらくすると回復して立ち上がってくるのだ。おそらく違う部分にバイタルパートがあるのだろうと判断し、また再生能力が半端なくなることが分かり、確実に殺せる頭部を捥(も)ぐことにした。それで全ての竜がその瞬間に絶命していったのだ。
何体かの竜が超高速で四方八方から突っ込んできた。奴らは俺を足で踏み潰そうとしてきたが、俺は大きく跳躍して火魔法で火炎の竜巻を起こし、その竜と、その周辺の竜たち何十体をまとめて一瞬で灰にしていった。俺が腕を一薙ぎする度に、数体の竜を片付けていった。
それでも、とにかく奥から無限に竜が生成されていっている。こいつらがこの階層のボスではないだろう。一瞬はこの竜の大群が『ボス』という存在に認識されるのかと訝しったが、それでもボスというには弱すぎる。何時間もすれば必ず全ての竜どもを殺し尽すことは可能だ。
奈落の底の全ての階層には例外なく、その階層のボスと言えるような魔獣が必ずいた。この階層にしても例外はないだろう。どれだけこんな雑魚竜を殺したところで、何の前進にもなり得ない。必ず奥にボス竜がいるはずなのだが、全くそこまで辿り着かない。
竜の生成スピードより、俺の殲滅スピードが上回っていく。俺の周囲には竜の残骸が死屍累々たる山となっている。だんだんと俺が前進するスピードが上がっていく。
そろそろか、と思った矢先に、スカーレットから「マーーー!!」との叫び声が聞こえてきた。
(魔族か・・・さて、どうするか・・・)
魔族の扱いは極めて面倒だ。今この場で殺してやってもいいが、その後は奴らが持つ送受信魔道具でこちらの様子が見られてしまえば、俺はネオとしての活動が全てストップだ。目の部分は隠しているから、特に大きな問題はないかもしれないが、それ以上に魔族が俺の行動を盾に取り、エルフ国の本格的な滅亡に梶を切るのかもしれない。エマの故郷、ガルーシュ伯爵家を亡ぼしたように。
だから魔族を殺すにはかなり綿密な準備が必要だ。
スカイの『魔力遮断』が使えると思うし、また地下12階層に奴らがいる間に、そこで殺すのも有りだ。しかし、どこまで奴らの送受信魔道具が動作していないかを確認するのは俺たちでは分からない。地下12階層にいたとしても、奴らの送受信魔道具が動いていたらアウトだ。下手に動くよりも様子見をする以外にない。とにかく自分たちの存在を全てなくしている状態で奴らの息の根を止めないといけない。
今更、魔族の言いなりになっているエルフ国がどうなってもいい、なんて気持ちもおそらくスカーレットの中にもあり、揺れ動く時があるだろう。しかし、エルフ国の復興は絶対に成し遂げたいとの強い思いをスカーレットは持ち続けている。俺がガルーシュ伯爵家を亡ぼす理由を与えてしまったようなへまは絶対にしたくない。
俺はこの竜を屠っている状況を隠すために、一旦スリーとスカイ、スカーレットの元に戻って来た。竜の返り血で全身血だらけだったが、すぐに汚れを水魔法でキレイに洗い流した。
しばらくすると、昔見た魔族パーティよりもより巨大なっている魔族たちが地下12階層から出てきた。
(ほぉ、でかくなっているな)
昔、冒険者ギルドで絡まれた時の魔族の姿では全くない。もしかしたら、ここまで来るときのレベルアップしてきたのだろう。今までのあいつらは2メートルぐらいの巨体だったが、今こいつらは全員3メートル近い体格になっている。精強な肉体を持ち、その表面には血管が浮き立っていた。肩から腕にかけての筋肉はまるで鋼鉄のような光沢を放ち、その強靭さが一目で分かる。胸は広くその上には厚い筋肉が盛り上がっている。奴らの足は一段と太く、力強く、地面にしっかりと根を張っているように見えた。魔族たち姿はまさに巨塔のように完璧に鍛え上げられた肉体の典型であった。
「お前たちは・・・冒険者だな。なんでこんな所にいるんだ?」
魔族パーティの中で先頭に立っている、少し小さ目の魔族が俺たちに声をかけてきた。手には短剣を持ち、姿勢をいつでも動けるような前傾となっており、周囲に視線を送っていた。こいつの装備と姿勢を見ると確実に、斥候タイプだな。
こいつの質問・・・とにかく、一番相手を騙すのに最適なのは真実を語り、真実に嘘を上手く織り交ぜていくのが大切だ。そしてどの情報を伏せるかをしっかりと判断するのが大切だ。もしこいつに嘘を見破る力があれば最悪だからな。
俺は皆の前を一歩出て話始めた。
「僕たちは、ダンジョンアタックをしようとして転移魔法陣に入ってしまって、そこの魔法が使えない階に飛ばされたんです。何とか出口と思って真っ暗の中を来たら、恐ろしい場所に来てしまい、怖くてここで蹲(うずくま)っていたんです」
こいつは俺たちの上から下まで舐めるように見ていた。俺のこの状況が本当かどうかを見定めているのだろう。
ドレットノートは考えていた。
確かに転移魔法陣は存在する。こいつらが地下12階層に来てしまい、突然魔力が使えなくなったことは正しい。奈落の底は地獄だ。地下1階層の準備しかしていない者たちが地下12階層に飛ばされた時の恐怖は想像に余りある。
しかし不可解なのが、普通なら少しでも生存率を上げようと思えば、上に上がろうとするのが自然な流れのはずだ。何故、下にいる?潜れば潜る程危険になる事は分かっているはずだ。
解せん。
「おい、なぜこの階層に来ている?普通なら上位階層に行く方がいいだろ?死ぬようなもんだぞ」
「はい・・・、上に行ったら竜がいましたので上がるのを止めました。上がダメなら下、と思い潜ることにしましたが・・・大きな間違いでした。この竜たちがお互いを死んでいる光景を目の当たりにし、ここで茫然としていたのです」
ネオは自分の本当の発言を以下の様になると感じていた。
『はい・・・、上に行ったら竜がいましたので、(上に上がる意味もないので、)上がるのを止めて、(奈落の底の攻略を目指して)、下、と思い潜ることにしましたが・・・(竜の数が多くてなかなか前に進めなくて、予想より速く進むことが出来なくて、自分の予想が)大きな間違いでした。この竜たちが(俺が全てを殺して)死んでいる光景を目の当たりにし、ここで(休憩して、お前たちがここに来ているに驚いて、)茫然としていたのです』
ネオは心の中で、(まぁ、ほぼ嘘は言っていないな)と確信していた。
なるほど。筋は通る。この先に死んでいる竜の数はあまりに異常だ。まるで山のようになっている。よほど竜同士の殺し合いが激しかったのだろう。この竜を捕食するような魔獣がいるとは思えない。この閉鎖空間でお互いを殺し合い、強いモノだけが生き残る『蟲毒』のようなことをしているのだろう。恐ろしいな。
「分かった。が、お前たちは俺たちと一緒に来てもらう」
「ありがとうございます!こんなところで魔族パーティの方に出会えて本当に助かります。どうか助けてください!」
ネオは内心でほくそ笑みながら、自分の本当の発言を以下の様になると感じていた。
『ありがとうございます!こんなところで魔族パーティの方に出会えて(お前たちをここで殺すことも可能になるので)本当に助かります。どうか(俺たちが本国にお前たちを殺したことを伝わらないように)助けてください!』
「ふん。まぁここで待っていろ」
(助けるのは、そこの2人のエルフのみだ。たしかスカイとスリーだったな。それに・・・もう一人の女は盲人か?まぁ見目形も悪くなさそうだな。こいつも一応は連れて行くか。俺たちは4人もいるからな、女は多い方がいい。後で男は殺しておこうか)
ドレッドノートはそう思いながら状況の整理をした。後ろの他の3人の魔族たちはドレッドノートに「何がどうなっている?俺たちがここに到達する最初のパーティじゃないのか?」とエゴロヴナは不満そうに声を上げたが、ドレットノートは「どうやら転移魔法陣で飛ばされたようだ」と事情を説明していた。
3人の魔族たちは竜の死体が多く転がるこの階層を見て、「『蟲毒』か・・・」と呟いた。
「ドレッド、お前はここでこいつらを監視していろ。逃がすな」
「はいよ」
「さぁて、この魔素の濃密度だ。この奥だな」
「けっ!そうだな」
「この階層が最深層階なのは確実だろう」
「この奥の竜どもの奥に行くか」
「はっ!これで俺たちも本国に帰れるぜ!」
「この転移魔法陣で一瞬で本国に帰れるしな」
「俺たちは本国での英雄だ。『超高純度魔鉱石』を持ち帰り、獣族もヒト族も全て蹂躙できるようになるだろう。長い探索だったぜ」
(まぁ帰る前にこのエルフたちで景気づけに一発やるのもいいが・・・、竜どももこちらに来ているからな。後のお楽しみにしておこうか)
エゴロヴナはエルフパーティの女たちを舌舐めずり見ながら、ラザロとグライムに声をかけて、「いつも通りだ」と伝え進んでいった。
グライムはエゴロヴナとラザロにバフをかけ、身体能力、攻撃力、防御力、俊敏性、魔力を向上させた。大きな力が五体を漲るのを感じて、エゴロヴナとラザロは口角を上げた。
ラザロは『間の支配』を発動させ臨戦態勢になり竜の大群に突っ込もうと思ったが、一瞬チラリと貧弱なエルフパーティが眼に入った。
全員防御態勢でいた。体を縮こませていた。呼吸も速く心拍数も速くなっている。恐怖で体が動かないのだろう。そう思ったが、しかし、不思議な事にエルフの男だけが攻撃態勢でもなく防御態勢でもない、平常時の体のコンディションになっており、最もニュートラルな姿勢になっているのだ。
(気味の悪いガキだ)
上体を屈め全力疾走しようとした時に、昔、ラザロに剣術を教えた魔族の師匠が言っていた言葉が電撃のように脳裏に浮かんだ。
「戦闘時の理想の姿は『無』なのだ。『殺気』を抑え『気配』を殺し『存在』を消す。そして一気に敵を叩く。敵というのはお前の殺気に反応し、気配を察知し、存在に攻撃しようとする。それをさせなければ、お前を殺すことはできなくなる。お前は無敵になるのだ」
「いやいや、意味が分からん」
と当時の俺は言った。今も意味が分からない。
どうやって戦闘時に自分の力を底上げする『殺気』を抑える必要があるのか?
どうやって戦闘時に自分の全力を出す為の『気配』を消す必要があるのか?
どうやって戦闘時に相手を圧倒するための自分の『存在』を消す意味があるのか?
俺には分からなかったが、この小さな子供のエルフはまるで俺の師匠が言っていた『無』を行っているようだった。いや、単純に現状の恐ろしさに思考停止になっているだけなのかもしれない。しかし・・・
(気味の悪いガキだ)
思考としては0.5秒間ぐらいか、俺は直ぐに戦場に飛び出し、目の前の竜の大群の中に飛び込んでいった。
そして、ネオたちはドレッドノートの監視の元、エゴロヴナたちが大量の竜たちと戦っている光景を見ていた。
何十分か経つと、勇者パーティたちが他のエルフたちを連れて地下13階層に闖入してきた。
どんどんと、この場は大混乱をしていったが、ネオはこの状況をどう転換させていくかを静かに考えていた。
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