84 救助チーム

―奈落の底入り口-


「行くぞ」


ウィングたちは役立つと言われた魔道具を譲り受け、また支援としてポーションやランタンなどの諸々の物資を鞄に詰込み準備を終えた。


ウィングたちは伯爵私兵団より、2つの魔道具を譲り受けた。1つは『天帝の聖杖(てんていのせいじょう)』と呼ばれる杖だ。瞬間的に何百倍の魔力出力量を出せる効果を持つ強力な魔道具だ。杖と呼ばれるが手元に収まる木片の様な形状であり、強く握るとその効果を発揮するのだが、効果は3回のみ。破格の効果であるし、戦闘における奥の手となる魔道具だ。


そして、もう1つが『天極の瞳(てんきょくのひとみ)』と呼ばれるペンダントである。この魔道具は持っているだけで自分がまるで高天に到達し目の前の空間を見下ろすような、広大な視野を受けることが可能にする。ミハイル伯爵はこのような効果を生み出す魔道具を多数開発することに成功しており、そのおかげで周辺地域の魔獣対策で大きく成果を上げ、ムラカ派長老やミハイル伯爵家の寄り親であるウムルック侯爵家からも高い評価を受け、ガルーシュ伯爵没落後今の伯爵の地位に収まることができた。まさに軍事増強でのし上がったのが、ノート・ミハイル伯爵なのだ。


相変わらず送受信魔道具は沈黙しているようで、これほど長い期間、作動しないのは初めてだった。伯爵関係のエルフたちにとっては心配が募る一方であったが、ウィングたちには特に関心の寄せる内容ではなかった。とにかく安否だけを確認するべきなのであって、生きていても死んでいても関係ない。ただ送受信魔道具が作動しない為に、魔族たちを発見しにくいかもしれないから困った、ぐらいの心配は感じていた。


ウィングたちと同行するのは、ミハイル伯爵私兵団の精鋭部隊だ。この精鋭部隊の面々は10名いる。


この部隊員たちは鍛え抜かれた精強な体格を持ち、威圧的な外見をしていた。筋肉が引き締まり、体全体から自信と力強さがにじみ出ている兵士団だ。彼らは精神的にも不屈の男たちであった。今までの魔族の圧政、サニ派、ムラカ派の混迷の時代において、傭兵団として様々な地域を渡り歩き、生き抜いてきた。数年前にミハイル伯爵から多額の報酬を得て、ミハイル伯爵領で伯爵直属の私兵として働いている。


彼らも同様に魔道具『天帝の聖杖』と『天極の瞳』を持っていた。それに加え、彼らは元々より持っていた魔道具『玄武の指輪』と『影縛りの指輪』を持っていた。『玄武の指輪』は自分の防御力を大幅に上げる効果を持ち、『影縛りの指輪』は指輪から発する暗い衝撃波で敵の動きを止めたり、自由に動かすことができる効力がある。この魔道具に関しては、ウィングのパーティには支給されることはなかった。


10名の精鋭チームの隊長は、カイロス。厳格さと正確さを求め、非常に厳しい訓練を行い、部下に対して厳格な規律を求めている、いわゆる鬼軍曹のような存在だ。ミスや怠慢を容赦なく叱責し、正確さと規律を重んじている。彼は自身の経験と知識に基づいて指導しているだけではなく、進取の気性に富み、新しい戦術などを広く求めながら最新の戦術や技術を部下たちに叩き込んでいた。その戦場での経験や探究心は信頼に値し、彼が率いてきた50名の傭兵団『鉄拳隊』は確かな存在感を示し、この乱世の中で生き延びていた。


しかし、決してカイロスは厳しいだけでなく公平であり、部下たちが成長し能力を発揮できるように激励をしていた。彼らの指導の下で訓練を受けた傭兵たちは、カイロスに対して深い尊敬と信頼を抱いていた。彼は戦闘に際しては自らが戦いの先頭になって突き進むのだ。その献身的な姿は部隊全体に伝播し士気を高め、精鋭部隊を驚異的な突破力を発揮していた。


今回の精鋭部隊の構成としては7名の戦闘専門隊員と3名の救助専門隊員となり、魔族パーティの救助を主目的とした。


ウィングたちがミハイル伯爵からの捜索依頼を受けると、洞窟入り口付近で準備をしていた救助チームの隊長と聞いていたカイロスがウィングの元にやって来た。


「お前がウィングか?」


「あぁ、そうだ。お前がカイロスか?」


「そうだ。私が今回の救助チーム隊長となるカイロスだ。冒険者パーティで地下7階層まで行っているそうだが、まだまだだな。足を引っ張るなよ。お前たちはしっかりと周囲を警戒して私の指示通り動いておけばいい。今回の救助ミッションは私が指揮を執る。お互いの力や連携などは擦り合わせる時間がないからな。一緒には行動するが、お互いがそれぞれ固まって分かれて進むのがいいだろう。戦いの際にお互いを攻撃してしまうことが最も怖いからな。我々が先に進む。そして君たちは後から付いて来い。いいな」


「はぁ?!ふざけるな。お前らは地上でぬくぬくやっているんだろうが、こっちは奈落の底の中で死ぬ思いをして冒険者稼業をやっているんだ。俺たちの方がよっぽどダンジョンを知っているんだよ。お前の指示を受けるより、俺が指示をした方が断然いい。俺たちが先頭を行く。文句は言わせないぜ」


場が一瞬で凍り付いた。


しかし、カイロスは肩を竦めて受け流すように言い放った。

「正直言って君では力不足だと言っているんだ。止めた方がいい。自分の実力を知らないエルフの末路を私は何人も見てきた。君たちはこのまま行ったら死ぬぞ」


ウィングは青筋を立てながら歯をギリギリと音を立てながら反論した。

「じゃあ試してみるか?お前たちをこの場で叩き伏せてやってもいいんだぜ」


2人は数秒間無言でお互いから目を離さないで対峙した。周囲にいた冒険者パーティと私兵団の面々は緊張感が高まっていくのを感じたが、何かする気はなかった。ウィングパーティメンバーたちは「あぁ、いつものことか」と思う程度で、私兵団の団員たちは隊長の意向のままに、と静観していた。


カイロスはじっとウィングを見据えて目を逸らさずに言った。

「ふん。その自信がいつまで続く事かな。まぁいいだろう。君の言葉には大きな綾(あや)があるが、君がやりたいと言っているようにやらしてやってもいい。私としても、君たちが一番実力を発揮しやすいようにすることも大切だからな。我々が後方支援をする。君たちが先頭に立ち前衛を任せよう」


「ふん」


そう言って2人はそれぞれのパーティへと戻って行った。


ライトはその様子を見て「まぁ俺たちの方の経験値が高いんだから俺たちが先に行く方が当然だろう」と同意した。

アスクは「後ろの方が安全なのに・・・余計なことを・・・」と溜息をついていた。

ストーンは「兵士団の実力を後ろから見られるチャンスだったのに・・・」と落胆していた。

ツリーはどちらでもよかったので、流れのままに身を任すつもりでいた。

ユハは一人想定される動きを頭の中でシミュレーションし、どんな想定外を全て想定内にできるように頭をフル回転していた。


カイロスはウィングの一連のやり取りを終えて部隊の方に戻っていった。その時一瞬だが、

ユハは、伯爵私兵団の隊長のカイロスがフッと笑ったのが見えた。


(やられた!)


おそらく事前にウィングの傲慢な性格などが知られていたのか、カイロスはウィングを煽るような言い方をして、元々先を行かせるように仕向けたのだろう。


自分たちから「お願いをする」と言えば、指揮権を全て譲渡することとなり、ウィングの様な青二才に何を言われるか分からない。しかし、一度対立することでお互いに対して簡単に指示ができないようにしたのだろう。


指揮権を渡すように見えて、お互いバラバラのグループとして動くことを確認し、そして冒険者パーティを先に行かせ、後ろから様子を見るのだ。


もし、ウィングが楯突かずにカイロスの指示通りにしていれば、後で何かしらの理由を付けて前衛にさせられていたのかもしれない。


この隊長は心理的にも、交渉力的にも、戦術的にも非常にうまい。自分のグループの被害を最小限に留められる結果を優先したのだろう。しかも今回の救助チームは個人の成果を必要としないのだ。通常の戦場なら自分が挙げた成果を主張して報酬をもらうが、今回のミッションはただ魔族の安否の確認のみだ。誰が安否を確認できても問題ない。


冒険者パーティが自分から前衛に行きたいと言わした方が、後腐れなく前衛を任せられる。うまくこちらの経験値の無さを突かれた。


老練な隊長だ。


こちらはもうウィングたちが前衛になることに満足している。もうこの陣形は崩れないだろう。失敗した・・・。


ウィングはそんな水面下の攻防戦が行われていたことなど知る由もなく、「俺がリーダーだ」と息巻いて皆に指示を与えた。


「よし!行こうか。カイロス、お前たちの準備は良いか?」


「いいぞ。必要なポーションなど一式は先程渡した鞄に入っている。確認したか?」


「分かっている!確認している!いちいち言ってくるな。ここは俺がリーダーだ!」


「分かった分かった。お前の好きなようにしろ。さぁ隊長殿、出発準備は整っておりますよ」


後ろのカイロスの隊員たちは同様に子供をあやすような雰囲気を醸し出しているカイロス隊長の様子に苦笑していた。


隊長殿と呼ばれて若干機嫌の良くなったウィングは「さぁ、出発だ!」と意気揚々と叫び、転移魔法陣を起動させた。


視界は暗転し、一瞬で地下11階層と12階層の狭間に到着した。


「ここが狭間か。ライト!」


ウィングは光魔法ライトを起動させ光源を前に移動させていった。光魔法ライトの光源が照らす壁の色が茶色から灰色に変わっていき、地下12階層の区域に入ると、光源は掻き消された。


「なっ!?」


「隊長殿、おそらく事前に報告のあった、魔力キャンセルの可能性だと思うぞ」


「わ、分かっている!うるさいから黙っていろ!総員待機だ!」


ウィングは苛立ちながらも、これが本当にただの魔力キャンセルの階層かどうかはわからないと考え、アスクに火魔法や聖魔法など、光源となり得る魔法を撃つように指示した。


「了解!最近出番がなかったからね!一気に行くよ!」


ライトははぁ、とため息を吐いてアスクを止めた。


「お前、まさか全力で撃つつもりはないよな?中に魔族が死ぬぞ。軽いやつでいいからな」


アスクは慌てたようにして言い返した。

「わ、分かっているわよ!け、けどもウィングぐらいの弱い魔法なら消えてしまうかと思ったから、すこーし強めにはするつもりだから、だ、大丈夫よ!」


ライトは「分かった分かった」と笑いヒラヒラと手を振って下がっていった。


そしてアスクは火魔法と聖魔法を同時に発動させて、地下12階層に放った。殺傷能力はかなり抑えているのだろうが、凄い勢いで魔力の奔流が暗闇の中に迸った。しかし、全ての魔法は地下12階層の区域に入ると全てキレイに掻き消された。


「あれー!?消えちゃった!」


(やはりそうか)


カイロスは内心で確信した。


(やはり魔族パーティの身に何かあったというより、単純に魔力無効化区域に入った為、送受信魔道具が作動しなくなっただけ、と考えた方が合理的だろう。決して何か危険な状況に陥った訳ではない。そしてここで魔族たちが魔獣と遭遇をしているのなら、この場所からすぐに退避をするはずだ。魔力を前提としている戦いが基本の俺たちだからこそ、魔力を前提としない魔獣との戦闘はできるだけ回避したいはずだ。しかし、この区域から退避をしなかったということは、魔獣に直ぐに遭遇せず、この階層の踏破を目指したい何かしらの目的ができたのだろう。しかし、どんな目的だとしても、伯爵が魔族パーティの安否を気にしているこの状況は魔族たちも分かっているはず。奴らめ、その事でこちらが慌てふためいているのを楽しんでいるのかもしれないな。本当に魔族どもはふざけた奴らだ・・・)


内心苛立つ思いを抱えるカイロスであったが、そのような感情を一切出すことはなく、冷静に今の状況を静観していた。


「ではそれぞれの鞄にランタンが入っているから、それで先に進む事にしよう」


そうカイロスはウィングに提案した。


「おい、カイロス。俺は今から言おうとしていたことだ。ガタガタ言うな」


ユハは不思議に思っていた。


(ウィングの機嫌を逆撫でするような行為をするのは、このグループにおいて全く価値がないわ。なぜカイロスはこんなやり取りをするのかしら?いや、むしろウィングやこの勇者パーティの未熟さを指摘せざるをえない苛立ちからの指摘?いや、それとも何か画策しているのかしら?)


ウィングはストーンに人数分の小さなランタンを鞄から出すように指示し、ランタンを手に取り火打石で火を起こして先頭に立って歩いていった。やはり魔力で身体能力を強化させようとするが全く発動しない。この階層の魔獣が出てきたとしたらかなり危険な状況になるのかもしれない。この場所に適合した魔獣のみがこの階層に棲息しているからだ。


しかしどれだけ進んでも不思議なことに魔獣はおらず、地面には大量の魔鉱石が転がっていた。


「なんだこの階層は??意味不明だな。魔獣がいないじゃないか。こんな楽勝の階層があったのか。それに魔鉱石だけがそこら辺に転がっているボーナスステージじゃないか」


魔鉱石の言葉にカイロスとユハはハッとした。

(そうか、魔鉱石を見つけたから、魔族たちはここに長時間滞在することにしたんだな。魔族は魔鉱石を摂取することで、強化できる。彼らにとってはここが一番のレベルアップの場所だったんだ)


そうなると余計、魔族パーティの安否を気にする必要もないと思うが、しかし罠にかかったかもしれず、また入り込んでしまい、ここの魔獣との予測できなかった交戦に入り、逃走中かもしれない。まだ安直判断はつかない。


ライトは苛立ちならウィングを嗜めた。

「ウィング、油断するな。まだ決まった訳じゃない。お前、先々に進んでいくがもし魔獣がいたら、どんな特性がある魔獣か分からんぞ!」


「分かっている!俺なりに警戒しながら進んでんだ!」


ウィングは周囲から指摘されることがあまりに多く、あまりにイライラが溜まりすぎていった。


(くそっ!全部、あのネオのせいだ。あいつが俺のパーティに入ってから何もかも、うまく行かなくなっていく。スリーもスカイもいなくなるし。このまま戦力が減るようならどうしたらいいんだ!くそっ!)


苛立ちの中ウィングは先に進んでいくのだが、進んでいくにつれて疑問が頭を満たしていく。


(おかしい・・・こんな場所が本当に存在するのか?落ちている魔鉱石を見るに質の良い魔鉱石だろう。先に来た魔族パーティがここの階層の魔獣を全て狩り尽くしたのか?それとも、この魔鉱石を生成するためにこの階層は魔獣が住まないのか?とにかくあまりに不思議だ。洞窟としてはあまりに奇妙な場所だな・・・)


それぞれがそれぞれにこの洞窟の奇妙な静謐を洞察し、嵐の前の静けさを感じながら、警戒を続けながら進んでいった。


魔鉱石を回収したい気持ちには駆られるが今は、自分たちの仕事を優先すべきだと、自分たちの利益になるように魔鉱石を勝手に回収をさせないように両パーティはお互いを牽制し合っていた。ここを通ったのなら、この先に魔族パーティがいるはずなのだから、先を急がなければならない。そうお互いに対して睨みを利かせながら進み続けた。


1時間ぐらい歩き続けたが、魔獣に遭遇することはなかった。ただただ魔鉱石がまばらにばら撒かれた地面を歩き続けていった。


ウィングは後ろを振り返ると、皆も黙々と自分たちのランタンを持ち歩き続けていた。


ウィングはそして周囲を見て、魔獣が出てこないかと警戒を続けていた。光を周囲に当てていても灰色の壁が永遠と続いていくようだ。


そんな時、ウィングの後ろにいたアスクが遠くの方を指した。

「ウィング、あれ、光じゃない?誰かいる?」


ウィングはアスクの指摘に気付き、前方の遠くの方向に集中した。

「たしかに・・・あれは光・・・誰かが出している光じゃない。よく見ると壁の色が違う。おそらくこの階層の出口だ・・・いや、誰かいる?誰だ・・・?」


動く影か5つほどあった。4つほどの影が固まり、1つの影が少し離れているようだ。魔獣か・・・?


だんだん前進する動きが速くなっていき、だんだんと影の輪郭が鮮明になっていく。


アスクは後ろから叫んだ。

「あれは!!!スリーとスカイじゃない??!!」


ウィングもアスクが叫んだのを聞いたのちに、自分もおそらくそうであろうと、半信半疑であったが、自分の見えているモノに確信を持つことができた。


「スリー―――――!!!!スカイ―――――!!!!」


ウィングは何ふり構わず、光に向かって全速力で走り出した。

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