81 最深層階へ

スカーレットとスリー、スカイの3人は洞窟へと走り出した。草むらや露店にはこちらを興味深そうに見ている一般冒険者やこちらの動向を注視ている商人たちもいる。おそらくこの中に諜報部員たちがいるのだろう。


スリーは思った。諜報部員たちがこちらの様子を見ているだけなのは、まだユハとの連携がうまく取れないからだろう。もし先ほどのスリーとユハたちの戦闘の情報がここで待機している諜報部員たちと共有されていたら、すぐに洞窟へ向かう彼女たちを拘束するために動いているはずだ。まだ静観の構え。いや、戸惑っているとも判断できる。


このちょっとした連係ミスを突いて3人は走り続けた。


洞窟にもう一歩で入ろうとした時に、後ろから「止めろーーー!!!!」とユハの叫び声が聞こえてきた。その声が聞こえて人混みの中に突然動き出す人々がいた。諜報部員たちが一斉に襲い掛かってくる。


あぁ~、あぁ~♪

風がそっと吹く

心が穏やかになる

暖かな光が

闇を包み込むように


スカイが魔力を乗せて歌を歌いだした。敵意のある者たちを沈静化する歌だ。諜報部員たちはその歌を聞くと、力が抜けたようにその場で立ち尽くした。


(くそ!スカイの『沈静化』にやられた!あの女め!)


ユハは胸中で毒づいた。そして3人の姿は洞窟の中に消えていくのをただ見ているしかなかった。視線を動かすと、ネオとウィングが交戦状態に入っている。


(せめてネオだけでも拘束しないと!)


女の子たちが洞窟へ入っていった様子を見てネオはそろそろ動こうかと考えた。


その時、ウィングの強烈な一撃がネオの右肩を捉えた。


ザシュッ!!!!!


ネオはその一撃の勢いで大きく横に吹き飛んだ。


「これでとどめだ!!」


ウィングは追撃を加えようとしたが、ネオは人ごみに中に吹き飛ばされたことを利用して、人ごみの中を縫うように走り続けた。見ればネオの右腕が無くなっている。今のウィングの一撃でネオに致命的なダメージを与えていたのだ。ネオは冷や汗をかきながら、無くなっている腕の部分を押さ、何とか止血しようとしながら、かなりのスピードでその場から脱していた。


「捕まえて!!!!泥棒よ!!!」


ユハは周囲の人々にネオを捕まえてもらえるように叫んだ。しかしネオは人の目に入る間もなく高速で動いていた。


ウィングはネオの後を追うように迫ったが、ネオが人ごみの中をかなり器用に動き回り、他の冒険者の後ろなどに入り込んだりして、ウィングやユハの死角に入っていった。


「逃げても無駄だ!その傷では死ぬぞ!!ネオ!!逃げるな!!!」


ネオはそんなウィングの叫び声など意に介さず、素早く人混みをすり抜けていき、洞窟へと入っていった。


ネオはすぐさま3人の女の子たちを見つけ合流した。


「みんないるな?」


スリーはネオを見ると血だらけのネオを見て叫んだ。

「ネオ!!大丈夫?!すぐに治療するわ!」


「いや、治療は後だ。先に転移魔法陣で地下11階まで一気に行くぞ!この転移を見られる方が致命的だ。急ごう!」


後ろからウィングやユハたちが入って来てこちらの動きを見る前に、ネオは自作した転移魔法陣を使って素早く洞窟の深層へと転移した。






「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」


ウィングは何とか追いつこうと走ったが、ネオの素早い動きに追い付けずやっと洞窟内に入ることができた。周囲を見渡しても、ネオたちを見つけることはできなかった。血の跡を見ると、洞窟の中に入ったところで無くなっていた。ここでスリーの治療魔法で治して走って奈落の底に入っていっているのか、転移魔法陣を使って奈落の底の自分たちが記録しているチェックポイントへと行ったのか・・・判別がつかない。


後ろからユハとライト、そしてアスク、ツリー、ストーンも追い付いてきた。


ユハ「はぁ!はぁ!はぁ!間に合わなかったわね。あの子たち入っていってしまったわね」


ウィング「くそ!逃げられた!逃げ足だけは速い!ここで転移魔法陣を使って奥へ入っていったな!」


ライト「しかし、どうするつもりだ。スリーとスカイの力は俺が想像していた以上だが、それでも奈落の底に逃げ込むなんていうのは理屈で合わんぞ」


ツリー「そうだね。おかしい。袋小路に入ったようなものだからね。逃げ場はないよ」


ウィング「ネオとスカーレットは、スリーとスカイを洗脳しているんだ!彼女たちを人の盾にしてここを突き進むつもりだ。ネオは全く戦闘能力はないが、そんな特殊スキルがあるに違いない!あいつ、スリーとスカイを犠牲にするつもりだ。そうに違いない!」


ストーン「追い詰められてここに来たのか?」


ユハは冷静にネオと彼に付き従う3人の女たちのことを分析した。


(ネオやあの女たちはそんなバカじゃない。スリーとスカイがネオの元に行って、その2人が勇者パーティに戻らない時点で、私たちから追われるのは分かっていたはず。だから何とか私たちから逃げる方法を考えていたはずよ。その結果が奈落の底への逃避。あの子達が逃げる行動には一切の迷いはなかったように見えるわ。どうして奈落の底へ・・・)


ストーンは思案していたが、おもむろに口を開いた。

「ウィング、もしかしたらあいつらはここの転移魔法陣を狙っているのかもしれない」


「なぜ!?危ないだろ!?」どこに行くか分からないのに!?」


ユハは真剣な眼差しでストーンを見た。


「いえ、十分に考えられるわ。それを使って奈落の底に入ったと見せかけて、一か八か奈落の底から脱出して私たちを捲くつもりかもしれないわ」


「なるほどな」


ライトも合点がいったように興味深そうに笑った。


「転移魔法陣か、もしくは地下7階の転移草を狙うつもりかもな。それにあいつだったらそこで戦闘用の植物を採取しに行っているのかもしれん。あいつの攻撃力はゼロだからな」


(私もそう思う。しかしそれでもおかしい。ならわざわざ奈落の底なんて危険な所へ逃げる必要があるの?私たちがここで魔物と交戦し全滅する事を狙っているのかしら?分からない。自分たちが全滅するリスクもあるというのに・・・)


ユハも考えがまとまらなかったが、とにかく洞窟入り口周辺には諜報部隊を待機させ、自分たちはいつでも戻れる転移魔法陣を持ち、奈落の底を潜っていった。





『さぁここら先が地下12階層だ』


俺は魔力が使えない為にエルフ語で皆に話しかけた。スカーレットとスカイは、全くの魔力の使えない階層に突然転移したことに驚いていた。


『本当に使えないわね。ネオ、早くあなたの治療をさせて』

『あぁ・・・頼む。すぐそこに・・・地下12階層と11階層の狭間がある・・・そちら側に移動すれば・・・魔力は使えるんだ・・・そこでお願いするよ』


魔力が使えない為、彼らはエルフ語で会話をした。スカーレットはすぐさま手元のランタンに火を入れて周囲を見渡せるようにし、周囲の灰色の色をした岩の壁を照らした。深層へ向かう道ではなく、上がる方向に火を向けると壁の色が灰色から茶色へと変わっていく箇所が見えた。


スリーはその狭間を見た。

『あそこから地下12階の魔力キャンセルの区域から地下11階に変わるわ。あそこなら魔力が使える!』


そう言って3人は急いでネオを連れてその地下12階と11階の狭間に移動してネオの治療を始めた。


『まだ、全然・・・大丈夫だから、そんなに急がないで』

『ネオ!腕一本無くなっているのよ!早くしないと失血死しちゃう!早く!』


11階層に入った瞬間に、スリーはネオに回復魔法キュアを与えた。その威力は凄まじく、ネオの腕が直ぐに再生した。


スカイは眼前の地下12階を見て冷や汗をかいた。

『この下の12階で襲われたら私だったら一巻の終わりね~』

『私もよ。ここでネオは無数の魔物と対決をしたの。そして魔物たちをばっさばっさと倒したのよ!凄いでしょ』


スリーは胸を張って言った。といっても真っ暗なので誰も見えていないが。スカーレットはジト目をしながら『あなたはそこで寝ていただけよね?』と鋭いツッコミを入れた。ネオは肩を回しながら新しい腕の様子を確かめていた。


『ううぅぅぅ・・・しょうがないじゃない・・・魔力が使えない状況になるなんて想定していなかったのよ・・・』


『それはあなたの準備不足よ。勇者としても色んな魔族と対決をしなければならない立場で、魔力なしの戦闘も想定していなかったあなたが悪いわ』


『スカー、そんなにスリーを責めてやるなよ。俺もあの状況は紙一重だったからな。今後の事も考えて、この奈落の底での戦いが終わったらまた死の森に行こう。けどもさっきもやってもらったがスリーの治癒魔法は絶大な威力だな。本当にありがとうな』


そう言ってネオはスリーに感謝をした。その発言よりも死の森に訪れる件の方が衝撃的で、スリーとスカイは驚いたようにネオの方を見た。


『そこでネオの原点があるのね!?』

『ネオが強くなった秘密を見てみたいわ』


『あなたたち、ネオのことを知れて嬉しい気持ちでいるのは分かるけど、あの場所は生半可な場所じゃないのよ。私も連れて行ってもらったけど死ぬかと思ったわ』


『はははは。そうだな。まぁそういうことだから、みんなで強くなろうな』


その後もスリーとスカイからは毒草の洞窟の様子に関する質問が相次いだ。ネオとスカーレットはそれぞれの質問に答えながら歩き、更に最深層階を目指していった。


『そういえば、ネオはどうやってヒト族国へ行くつもりなの?その死の森を抜けるとファーダムに到達できるけど、行き道は分かっているの?』


『いや分かっていない。どうやら山脈を越えたらファーダムなのは分かっているが、どの山脈かも分かっていない』


『じゃあ私たちに任せてほしいかな。だいたいならファーダムへの行き方は分かるから』


『『えっ!!??』』


ネオとスカーレットは驚いてスリーとスカイを見た。


『分かっているのか、行く道を・・・それはそうだよな。確かに2人はファーダムから来たわけだから。どうしてそんな事に気が付かなかったのかな?』


『おそらく諜報部隊があなたたちを連れてきているから、諜報部隊にしか分からない秘密のルートだと勝手に思ってしまっていたのね。凄い事ね!これだったら、ユハたちからそのルートの情報を得る必要が無くなるわね。あの女と一緒にいるのは本当にリスクが高かったから、離れられるのは本当に良かったわ』


『本当に良かった!ありがとう!スリー!スカイ!』


そう言ったネオの顔は満面の笑みであった。スリーとスカイはネオの屈託のない笑顔を見て、裏表のない好意を向けられて赤面した。スカーレットは少し複雑な気持ちであったが。


ネオはゆっくりと口を開いて話始めた。


『ユハの部隊はかなりエルフ国内に入り込んでいる。奴らの諜報部隊はあまりに危険だ。エルフ国に住みつく吸血鬼のような存在だ。エルフ国再建の為にも、ヒト族の諜報部隊は何とか潰しておきたい。あいつらの持っている変装魔道具を無効化する方法が分かればいいが・・・』


スカイはうーんと唸りながら口を開いた。

『だったら、おそらくだけど私の魔力遮断のスキルを強化したフィールド内だったら大丈夫かもしれないわね』


『『『!!!』』』


3人は驚いたようにスカイを見た。スカイはそんな様子を気にしないで話を続けた。


『わからないよ。わからないからね。けども私の魔力遮断は最近覚えたスキルだけど、これを更に進化させていけばフィールド内を魔力を全て無効化できる予感がするの。その中で魔道具も使えないようにできるかどうかは分からないけど・・・』


『いや、一つの方向性としてはとても良いと思う。とにかく色んな事を試していこう。ありがとう、スカイ』 


『テヘへへ』


そう言いながらスカイは顔を赤らめながら照れていた。


スカーレットとスリーは、スカイの情報は良かったのだが、複雑な気持ちでこの会話を聞いていた。この一連の会話の中で、(私って最近ネオの役に立ってないわね・・・)と若干落ち込んだスカーレットであった。


そうこうしている内、4人は下の階層に続く穴を見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る