73 転移草

三原さんを前にして俺は何と答えたらいいものかと思案に暮れた。


もちろん三原さんの気持ちは嬉しい。しかし俺の中には彼女を受け入れる心の余裕がない。


確かに彼女のことは好きだ。しかし、スカーレットに誓った事は本当だ。そんな中で、ここまで彼女が俺の事を思ってくれている事を、俺はどう捉えたらいいのか・・・。


『三原さん、俺は三原さんのことが好きだ。いや、好きだった。昔の青春時代の淡い恋心がなかったと言えば嘘になる。けどもタイミングが悪かった。スカーレットと三原さん、2人のことを同時に好きになるというのは、俺の中で倫理的にどうなんだ、という気持ちはあるんだ。三原さんみたいにスッキリと割り切れない。


もちろん三原さんの言うとおり自分の思い通りにしていい世界だと言うのは分かっているけど・・・」


ああだ、こうだと支離滅裂になっている自分に気付き、一旦ストップした。


『とにかくここから出る事を考えよう。ここで死んでしまえば元も子もない。とにかく動き出そう』


『そうだね。伸城君に突然再会できて今までの想いが溢れてしまって、全部あなたに伝えてしまったわね。驚かしてごめん。伸城君には私の思いは初耳だったけど、私には十数年の思いだったからね』


『いや、ありがとう』


『いいえ。私こそありがとう。聞いてくれて。伸城君の一番いいタイミングで答えを聞かせてくれたらいいよ。


けども伸城君の言い方は変わりないね。とにかく目の前の一歩を踏み出そうというのは、私が小さい頃迷子になった時、貴方にかけられた言葉だったわ』


『懐かしいな。そんな出来事あったね。あの時は俺も死にかけたよ』


俺はランタンを持ち、先を照らしながら歩いていった。


『死にかけたって?』


『あぁ、あの時は言ってなかったけど、三原さん、あの時、靴1つ脱げてたでしょ。実は三原さんが落ちた水路の場所の近くの岸に、君の靴が1つ落ちてたんだ。見つけた俺はすぐに水路に飛び込んだんだ。三原さんが川底に沈んでいるかもしれないと思ったからさ。


冬の増水した濁流の水の中で、俺も溺れかけたんだ。自力で岸に上がったんだけど、川底を見てわかったんだ。ここには人は沈み得ない、そして、かなり遠くまで三原さんは流されたのだろう、ってね』


『そんなことがあったの・・・』


『それで川沿いに歩いていったんだ。本当にあの時は三原さんが見つかって良かったよ。あぁー、なるほど、この世界での三原さんの気持ちはあんな感じだったのかな。誰が何と言おう必ず見つける、そんな感じだったな、俺も』


『そうだったんだね。本当にありがとうね』


三原は伸城の横まで走り寄って、伸城の腕に自分の腕を絡ませて、ダンジョンの奥に向かって一緒に進んで行ったのだった。





                  ◇




「これは?」


勇者パーティは地上に転移し、冒険者ギルドに急いだ。そこでギルド職員に虹色の草をユハはカウンターに置き、ギルド職員に検分してもらうように頼んだ。


「ダンジョンの7層で見つけた草です。おそらく転移草なんじゃないかな、と思います。この上に乗ったパーティメンバーが突然消えてしまいました。何か分かりますか?」


「んん・・・・。パッと見ただけでは分からないですが、見たことはありません・・・。虹色というのは珍しい。他の文献にも照らして見てみますので、少々お待ちください。ちなみにこれはもう、その転移の効果は無いですよね?触って何か発動することは無いですか?」


「はい、大丈夫です。何度か試してみましたがもうその虹色の草の効果は何もありません。おそらく効果は一回だけかと」


「分かりました。では少々お待ちください」


スカイは暗い顔をして結果を待っていた。

ライトはもしネオとスリーが死んでいた場合この埋め合わせはどうしたものか、と思案をしていた。

アスクはどうかこの草の情報が何かしらの救助活動の手掛かりになればと、祈っていた。

ストーンとツリーは、所在無げに討伐票を眺めていた。

ユハは、カウンターから草を持っていった職員の後ろ姿をじっと見て帰ってくるのを待っていた。

スカーレットは、二人はどういう風に帰ってくるのかしら、と頭の中で色々と想定をしながら待っていた。

そして、ウィングは・・・。


「なんで戻ってきたんだ!俺が気絶している間にどうして帰ってきた!」


と騒いでいた。誰もそれに取り合うような気分ではなく、それぞれの関心事を頭の中で考えていたのだ。


誰もが暗い顔をしたり考え事に集中しているようであり、『お前は気絶していただけだろう』と若干の空気の冷たさも感じ、誰も話を聞いてくれなかったのでドタバタと冒険者ギルド建物の外へとウィングは出て行った。


誰しもが心配だった。誰しもが次の動きを考えていた。何をすべきかを。


ギルドマスターがカウンターに焦った顔をして訪れた。


「こ、この草を持ってきたのは君たちか?!」


ユハは代表して答えた。「はい、そうです」


「ちょっとこっちの個室で話をしても構わないか?」


そう言って、勇者パーティたちを隣の個室に連れて行った。ユハは一旦ギルド建物を出て、外でイライラした様子のウィングを呼び戻し、一緒に個室に入っていた。


皆が座ったり立ったりして話を聞く態勢になったのを確認して徐に口を開けた。


「これは大発見だ!この草が見つかった記録を探していると、約300年前にこのような草が存在したのではないか、との古い記録に残っているのみだ。凄いことだ!これがダンジョン内7層にあったのか?」


ユハは眼を丸くして答えた。


「は、はい。そうです。ちなみにこの草の効果は何なのですか?」


「どうやら君たちの言っている通り『転移草』なのだろう。衝撃を与えるとこの草はその衝撃を与えたモノを500メートルから1キロ先にランダムに転移するようなのだ。この500メートルから1キロ先というは非常に致命的だ。これは前後左右上下を全て含むと書かれている」


「「「「「500メートルから1キロ先!!!!」」」」」


「そうだ・・・。もしその草を踏んだ者が7層から消えたのであれば、前後左右上下の500メートルから1キロ先に飛ばされたことになる。君たちのパーティメンバーには本当に辛い思いをさせている可能性がある」


スカイは少し明るい顔となった。

「そ、それでは、500メートルから1キロ上に上がったということであれば、実は既に地上に出ている可能性もあるわけですよね?」


「あぁその通りだ。しかし逆を返せば500メートルから1キロ下に転移された可能性もある。7層から更に1キロさきであった場合はかなり奥まで行っているだろう」


ウィングは訝しがりながら呟いた。

「・・・。おかしい。じゃあ、なんですぐに転移魔法陣を使って帰ってこないんだ。スリーは持っていたはずだ。ダンジョンのどこに転移しようがチェックポイントは洞窟の入口だ」


「何か理由があって使えないのか、使える場所じゃないのか・・・」


誰しもが最悪の想定を考えてしまう。移動先が以前に見たトカゲの大乱闘の中であったりすれは、転移即死だ。皆、それが現実ではないことを祈り、ギルドマスターの話を聞いていた。


「この草は是非、何としても手に入れたいが・・・記録では採取方法は見つかっていないようだ。だから決して触らないように。これがダンジョンにあるとなると、7層の凶悪さは数段上がるだろうな・・・」


場がどんどん暗くなっていく中で、スカーレットは全く違うことを考えていた。


(なるほど前後左右上下500メートルから1キロね。たぶんだけど、ネオなら植物鑑定をしていて転移草の効能は分かっている可能性は高いわね。まぁ、どこに転移されたとしても戻ってくることは大丈夫でしょうけど、自力で地上階に戻ってくるのならいいけど、もし転移魔法陣を使って帰ってくる時はスリーにはなんて説明するつもりかしら・・・)


スカーレットはおそらくどっかのタイミングで、森の中のアイテム貯蔵庫の洞窟か、街の宿舎のどちらかに二人が帰ってくることを予想したが、スリーへの対処をどうするのかを思案していた。おそらくネオがスリーを見殺しにせず地上階に転移魔法陣で戻ってくるとしたら、スリーを既にこちら側に回るように説得している可能性があることを想定した。


「早速ダンジョンに潜るぞ!!!」


突然声が個室の中に響いた。


ウィングは息巻いて叫んだ。


「スリーが危険だ。ダンジョン内のどこかに転移したことは確実だろう。もし真上に500メートルから1キロ先に転移したとしても、まだダンジョン内じゃないのか。なら地上で待つよりも1層1層くまなく探していくしかない。必ず今、何かのトラブルに巻き込まれている可能性が高い。スリーは基本回復係だ。攻撃魔法も習得しているが、俺の様な攻撃はできない。早く行かないと死んでしまう!」


ユハは若干違う意見を持っているような表情をしたが概ね賛成した。


「そうね。とにかく早くダンジョンに戻るのが先決ね。上から各層を探索しましょうか」


スカイは青ざめながらつぶやいた。

「どうか、上層部の方へ転移されていますように・・・」


それぞれの思いが交錯しながら、救助探索が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る