70 昔の思い出 ※三原目線

小学校6年生だった頃、私はある水路の横を歩いていた時に落ちたことがあった。昨晩の大雨の影響で増水をして危ないな、と思って気を付けて歩いてはいたが、道路が濡れており不運にも足を滑らせ水路の中に落ちてしまった。小さい街で水路際には柵は設けられていなかった。


川の色は茶色く上流から流れてくる木や枝なども流れており、私は必死に近くの灌木にしがみつき口を水上に出そうと藻がいた。


季節は冬であり冷たい水の中で必死にもがいた。私は水面に浮かび上がったり、沈んだりを繰り返し、水路の流れに押し流されていく自分自身を感じていた。激しい水流が私を揺り動かし、深みに引きずり込もうとしていた。


最初の落ちた瞬間、私はショックと恐怖に襲われ、呼吸ができないほどの水をのみこんでしまった。水路の冷たさが体にしみわたり、筋肉は痙攣し、空気を求める衝動で体も頭もいっぱいだった。しかし、水路の中で叫ぶことはできず、私の声は濁流の中でかき消されていった。


私は必死に水の中で腕を振り、足を蹴りながら浮上しようと試みたが、水路の流れは私の体を容易には逃がさなかった。私の視界は混濁し、水面が遠く感じられた。焦りと絶望が私を包み込み、時間が経つにつれて力が徐々に衰えていったのを感じた。


私の心臓は激しく鼓動し、身体中に冷たさが広がっていた。そんな中、私はふと、家族や友人たちの顔を思い出し、彼らを再び会うことができないかもしれないことに対する深い悲しみに襲われた。しかし、私はまだ希望を捨てなかった。


私は苦闘の末に浮上しようと努力し、必死に呼吸しようとした。波に飲み込まれるたびに、私は再び浮上しようと試みた。私は震えながらも、誰かに助けを求めるために叫び続けたが、風に吹かれて遠くへ消えていった。そして私の意識も途絶えた。


気付けば、どこか分からない遠くの河口の岸辺に打ち上げられていた。後で聞いたら、落ちた場所から約10キロも離れた場所に辿り着いたようだ。水路の荒々しい流れに逆らい、必死で生き延びようと戦ってきた私の体は疲れ切っていた。私の心臓は激しく鼓動し、寒さと恐怖に震えていた。周囲には草花が生い茂っており、その中で何とか這いつくばりながら道路に出ようとした。


周囲に広がる景色は、私にとって完全に未知の世界だった。岸辺のほとんどは増水の為水に浸かっていたが、目の前の土の堤防は高く、今の体力では登れなかった。堤防の向こうには山や雑木林が広がっているのか人の声は聞こえず、はるか遠くの野生の動物たちの騒ぐ声だけが聞こえた。現在の状況では、自分の町に到達することは遥かな夢のように思えた。私は堤防の横に蹲り、力尽きた身体を宥めながら、周囲を見渡した。荒々しい水流がまた水かさを増しており、水しぶきが身体にぶつかり、冷たさを伝えてきた。私は何度も堤防の上に呼びかけた。しかし、誰も現れなかった。私の声は水路の中に飲み込まれてしまったように感じられた。


空が次第に暗くなり、夕日が沈み始めた。寂しさと不安が私を包み込んでいった。私は自分がここで孤独に死ぬのではないかという恐怖に押しつぶされそうになったが、私は諦めずにじっと体力を戻すために休み続けた。体を擦りながら体温を下げないように必死だった。


時折、近くで人々の声が聞こえたような気がしたが、それは何かの勘違いだった。ケタケタケタと笑うような声は、何かの鳥の鳴き声だった。彼女の声は弱く、力も尽きつつあった。夜が更け、星が空に輝き始めると、彼女は心の中で家族や友達の顔を思い浮かべながら、ひとりひとりに向かって呼びかけた。時間が経つにつれて、彼女の希望はますます薄れていた。


しかし、そのとき堤防の上から光が点滅した。ライトがこの辺りを照らしているのだ。彼女は最後の力を振り絞り、手を振って助けを求めた。そのライトはこちらを認知したと思うと消えた。そして、誰かがゆっくりと降りてくる気配を感じた。


そこには伸城がいた。


三原美幸は涙を流しながら、生き延びることができたことに感謝した。彼女の強い意志と希望が、彼女をここまで生き延びさせたのだ。


「の、伸城くん、ありがとう・・・。どうしてここが分かったの?」


「探したんだよ。本当に見つかって良かった。さぁ帰ろう」


高い傾斜のある土の堤防を伸城は登りながら、三原の手を掴み堤防の上に上げていった。


堤防の上から見た風景は、ただ真っ暗だった。もう既に夜の帳が降り一帯は真っ暗闇であったのだ。遠くに少しばかり街灯がポツポツと点灯しているのみで、ここがどこかも全く分からなかった。誰かがここに住んでいることも感じられない陸の孤島であった。


「ここどこなの?」


「さぁ。ここに来るまでに電柱に張ってある町名を見てきたけど、どれも知らないものばかりだったな。1時間前に見た何かの柱には森ノ木町っていう名前が書いてあったよ。わかる?」


「どこ?」


「さぁ?とにかく僕たちの町はここからかなり遠いから歩き出そうか。歩ける?」


「たぶん」


「そうか。とにかく休み休みしながら進もうか」


そう言って伸城君は私の手を握って歩き出した。川沿いを歩いている為周囲があまりに暗く、頻繁に「ここに穴があるから気を付けて」とか「ここに石があるから気を付けて」とか手を引っ張って川に落ちないように気を遣ってくれたりとかしてくれた。


川沿いを歩きながら私は不安な気持ちを吐露した。あまりにも暗闇を歩くことだけしかなく、何時間も歩き続け、家に帰れないかもしれないと泣きだしそうになったのだ。


「もう歩けない・・・疲れた・・・もうここで死んでしまうのかしら・・・」


そんな時、伸城君は言ってくれた。


「大袈裟だよ。大丈夫だって。一歩歩けば一歩前進するんだ。歩き続ければ必ず目的地には到着する。僕がここまで来れたんだから、必ず戻れるよ。今は他の事は考えなくていいから目の前の一歩一歩に集中していこう」


「うん、わかった・・・」


そう言って顔を俯かせ、ただ自分の足元の一歩一歩に集中して歩いた。方向は知らない。速度も分からない。ただただ私は手を伸城君に引かれ、私はただ自分の足元の一歩にのみ集中した。


三原はそれでも体力の限界を感じる時があったが、元橋は励ましの言葉を続けた。


「とにかく歩こう。明日の学校の給食はオムライスだって。楽しみだなー。あともう少ししたら着くから今日はゆっくり休んで、オムライスを食べようよ」


「そうね・・・」


伸城君は頑張って明るくなる話題を出して、私を勇気づけようとしていた。その心が嬉しかった。


それから3時間ほど経ち、東の空も白み始めた。見知った街の風景が視界に入ってきた。


三原が迷子になったことは、町中に広まり、地元の住民たちは心配の念を募らせていたのだ。彼女の両親は絶望し、町の人々はすぐに彼女を見つけるために協力した。救助隊が結成され、警察官、消防士、そしてたくさんのボランティアが街中を歩き、三原を探していた。


伸城と三原が町を歩いているのを見つけた大人たちは、叫び声を上げながら近づいてきた。


「おーい!!伸城くん、美幸ちゃんじゃないか!?」

「大丈夫かー!!!???」

「見つかったぞー!!!」


その叫び声が広がり、町の中にいる全員が喜びに包まれました。リサの両親は泣きながら彼女を抱きしめ、町の人々も喜びに満ちた笑顔で彼女を迎えた。町の人々は安心と幸福感で一杯だった。


「おい!伸城くん!どこで美幸ちゃんを見つけたんだ!?」

「お手柄だな!!凄いぞ!」

「どこに美幸ちゃんはいたんだ?!」


「たぶん水路に落ちて、そのまま河口まで流されたんだ。海と川の合流する地点に三原さんはいたよ」


それを聞いた大人たちは絶句した。


「か・・・河口付近って、ここから10キロも先じゃないか・・・。どうやってそこまで・・・?」


「さぁ、分からないよ。水路かもしれないな、と思ってライトを照らしながら歩いていたらそこまで着いちゃったみたい。とにかく見つかってよかった。僕はもう帰るね」


「待って!伸城君!!本当にありがとう!!」


と涙でぐちゃぐちゃの三原は元橋の手をぎゅっと握りしめ、感謝の思いを吐き出した。三原の親も元橋と彼の親に懇切丁寧にお礼を言いながら、帰っていった。


帰宅した三原は、お風呂で温かい水で洗い、その後、お気に入りのパジャマに着替えた。彼女は両親と一緒に食卓につき、温かい食事を楽しんだ後はベッドで死んだように眠るのだった。





                   ◇





そんな昔の思い出が今、スリーの頭に蘇った。


(あぁ昔もこんなことあったわね。あの時も不安で不安でしかたなかったわ。本当に死ぬかと思ったわ)


そう思いながら、洞窟の中をネオの腕を掴みながら進んだ。スリーの胸中を死への恐怖が徐々に支配していのを感じていた。


「ネオ、私たち大丈夫なのかしら?この暗闇の中で先に進んでいる気がしないわ」


「たぶん大丈夫ですよ。一歩歩けば一歩前進します。歩き続ければ必ず目的地には到着しますよ。『必ず戻れる』そう信じて、今は他の事を考えないで、一歩一歩に集中していきましょう。できることはそれしかありませんしね」


私は驚いた。


(まるであの時の伸城君ね。本当に私の事を真剣に励ましてくれたわ。10キロも小学校6年生が歩くのですもの・・・本当に・・・凄いわ)


目の前のネオに感謝しながら、二人は歩き続けた。


陽気にネオはスリーに話しかけた。


「明日のご飯は何ですかね?都市ウォルタに美味しい食堂があるんですよ。4層に棲息するガルアバードを美味しく提供する店があるんですよ。生き延びればそこで勇者パーティのみんなで行けたらいいですね」


「ははは。いいわね。今までネオ君とスカーレットさんと一緒にご飯とか行っていないから、楽しみだな」


(なんか安心する・・・励まし方がとても伸城君に似ているな・・・)


そう思った瞬間、スリーの脳裏に閃きの様な考えが過ぎった。


(も・・・もしかして・・・ネオ君・・・?)


そう思いスリーは「ネオ君って・・・・?」と声をかけようとしたその時。


「ギャギャギャギャギャギャギャギャ」


と周囲に魔獣の声が反響した。

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