69 ネオとスリー

浮遊感があり落下していく感覚がある。


(落ちている!)


スリーを咄嗟に抱き寄せて、自分が下になった。


「キャッ」と小さな悲鳴がスリーから聞こえた。


20秒ほど落下したのだろう、最後はガン!!と地面に叩きつけられた。


「グハっ!!」


背中を強打した。肺の空気が全て吐き出され、一瞬息ができなかった。


「イテテテテ・・・」


気付くと全く明かりの無い真っ暗闇の中にいた。


体の隅々を感じたが、特に大きなダメージはなさそうだ。


(おかしい)


ダンジョン内で何も見えない『暗闇』の中にいたことは一度もない。俺の索敵スキルで周囲の状況は常に分かる。目を隠しているとか目が開いているとか関係ない。しかし、今、俺の周囲の事を感知できない状態にある。これは異常だ。


何度もスキルを発動させようとしても発動しない。体内の魔力は感じるが、外に出たところで霧散していく。また魔力を動かし身体能力を強化したりしようとしても、魔力がうまく固定されない。常に何かに邪魔をされているような感覚だ。おそらくこの場所は魔法発動をキャンセルするような魔法陣が張り巡らせているのか、そういう特質を持っているのか。


「う・・・ん・・・」


衝撃で少し気を失っていたのか、スリーが俺の体の上で起き出した。


「大丈夫?」


「えぇ・・・、なんとか。ネオ君は大丈夫?庇ってくれてありがとう・・・、って今私、ネオ君の上にいるの?」


と言って、スリーはバッと俺の上から跳ね起きた。


「大丈夫ですよ。これでも結構鍛えている方なので」


「本当にありがとうね。ごめんなさいね。怪我していない?」


「大丈夫のようです。体の隅々を確認しましたが、怪我はないようです」


「よかった・・・本当にありがとうね」


「大丈夫ですよ。それにしてもここでは僕の魔力での探知が全くできません。何も見えません」


「ちょっと待ってね。私も見えないけど聖魔法の光を灯すわ」


スリーは魔力を溜めて魔法を発動させるがうまくいかないようだった。


「おかしいな。私の聖魔法シャインが発動しないわ。この魔法で光源を作れるんだけど、うまく魔力が練れないわ。こういう時用に小さいランタンはカバンの中にあるだけど、そもそも火が無いから付けられないわ。こんな事になると想定していなかったわ」


「そうですか。恐らくここは全ての魔法がキャンセルする魔法陣的なものが張り巡らされていると思います」


「なるほど。だから魔法が起動しないのね。ネオ君も周囲の状況は見えないのかしら?」


「はい。実はここに転移する前に、スリーさんが踏んだ虹色の草がありました」


「えぇー!私たちどこかに転移したの?」


「そうです」


「私てっきり足元が崩れたか何かして、穴に落ちたのかと思ったわ」


「そうだったらまだ良かったのですが、あの虹色の草は転移草でしたね」


「見たことあるの?」


(実際見たことは無い。が、一瞬植物鑑定してあの虹色の草が『転移草』と出たからな。効能は踏むとその草の位置から500メートルから1キロ周辺にランダムに転移するとあったから、元の場所から結構な距離にいるはずだ)


そう思いながら、スリーの質問に答えた。


「はい、森の中でも見たことがあります。だいたい500メートルから1キロ周辺のどこかにランダムで転移される性質を持っていだと思います。同じものかどうかは分かりませんが、もし同じならそんな感じです」


「そうなのね。まずいわね。500メートルから1キロの前後左右上下の全方向に飛んでいる可能性があるのね」


「はい。そう通りです」


「あの植物がある7層ではなさそうね。植物らしきものは一つもないし」


「そうですね。平面を移動したというよりも下に落ちた可能性が高いですね。もしかしたら500メートルから1キロ深く潜ったとなると、10層や11層とかぐらいかもしれません」


「なるほどね。おそらくその想定は正しいと思うわ。500メートルから1キロ上に転移されたんだったら、私たちが行ったことがある層に出るわけだから、今まで魔法がキャンセルされるような場所はなかったわ。だから、今までのどこかの階層にいるということはないわね。そう考えるなら、下に潜ってしまった可能性が高いね。けどもそうなると不味いわ。さっきの層でもかなりのリスクのある層だったのに更に下層だと、私たちには荷が重すぎる。早く帰り道を探さないと」


「そうですね。幸い怪我はなさそうですので、歩き出さないと事態が好転しませんから、まずは歩き出しましょうか」


そう言って俺たちは歩き出した。俺は先に進みスリーは俺の腕を掴みながらお互いを物理的に逸れないように、暗闇の中を進んでいった。




            ◇




突然2人が消えた。文字通りその姿が消えてしまったのだ。


その瞬間を見ていなかったほとんどのメンバーはまだネオとスリーがいない事に気付いていなかったが、その消えた瞬間を見ていたスカイは呆然としていた。


しかし、すぐにハッと我に帰りスカイは慌てた。


「き、消えたわ!!私、最後の瞬間を見たわ!ネオ君とスリーが消えてしまったわ!」


勇者パーティのメンバーはスカイが何を言っているのかと思い、周囲を見渡すと確かにネオとスリーがいない。その事実に勇者パーティに緊張が走った。


ライト「どこに行ったんだ!?また何かの植物か?!敵の攻撃か?!」


ユハ「分からないわ。スカイ、何を見たの?」


スカイ「スリーが地面に座ろうとして、ネオが何か『その草は・・』とか言いかけて、スリーの姿が突然薄くなっていったの。それでネオがスリーの腕を掴んで引っ張ろうとしたら、2人が同時に消えてしまったわ」


ユハ「な、なんていう事・・・。もしかして、転移魔法陣か何かだったかもしれないわね。ネオは『その草』って言ったのね。たしかスリーはこの辺りにいたわよね?ちょっと待ってね」


と言いスリーが最後にいただろう地面辺りを探ると、鮮やかな虹色の草があった。


ユハは注意深く警戒してその虹色の草を観察した。


「もしかしたら、これがその問題の草かもしれないわね」


横から、スカイは恐る恐るその草を触ろうとしたがユハは一喝した。


「止めなさい!!絶対に触らないで。あなたも同じように飛ばされる可能性があるわ」


スカイはビクッと驚き体が硬直して触る直前に手を伸ばすのをやめた。


「代わりに何か違うものを草の上に落としてみましょう。これで消えるのなら、まだ転移の効果が残っていると思うわ」


と言ってユハは近くの石を手に取り、草の上に落とした。しかし、石は何事もなかったかのように草に当たり地面を転がった。


「もっと重い何かの方がいいのかしら。もっと大きな石とかはどうかしら」と言って、ライトに近くの石を持ってきて草の上に落とすように頼んだ。


ライトは一抱えある石を持って草の上に落としたが、その石はガン!と地面のゴツゴツした岩に当たり何の変化もなかった。ライトは石をどかして再びその虹色の草をつぶさに見た。


「もう効果はないんじゃないか?人に効果があるなら無機物にも効果はあるだろう。何も変化が無かったのは、この草は一回だけが利用回数なのかもしれないな。この草を知っている奴はギルドかお前の組織の人間にいるか?」


「可能性はあるわ。一旦ここは地上階に戻ってこの草の正体を突き止めないといけないかもしれないわね」


スカイはそのユハの発言に驚いた。


「ちょ、ちょっと待って!もう戻るの?!スリーとネオ君は探さないの?!転移したのなら今どこかで助けを待っているかもしれないよ?早く探しに行ってあげないと!」


ユハはスカイを見て努めて冷静に話しかけた。


「スカイ、落ち着いて。今この虹色の草がどのような効果を持っているかを知ることが先決だと思うの。これ以外にスリーとネオが消えた理由が思い当たらないわ。もしかしたら違う理由もあるかもしれないけど、この草の効果をまずは解明しないと、二人がどこに行ったか全く分からないわ。彼らが消えたと言ったのはあなたよ。この階層を無暗に動いたら私たちが危ないわ。一旦ここは退かせて。お願い」


「スカイ、私もそう思うわ」


「アスク・・・」


「ここの突破だけでも大変なのに、この階層で人命救助の為の探索をしてしまうと、私たちが二次災害に遇ってしまうと思うわ。それにネオがいないとここの層は危ないと思う」


「ス、スカーレットはどう思うの?すぐに探さないといけないと思わない?」


スカーレットは至って冷静に返答した。


「今は焦って探すよりもその草を良く調べて転移の先が分かるようなら、そっちに注力した方がいいと思うわ。ユハに賛成よ」


スカイはスカーレットのあまりに冷静な反応にたじろいだ。


「そ・・・それはそうなんだけど・・・」


実際、スカーレットはネオの事を全く心配していなかった。どこに飛ばされようとも飛ばされて近くにネオがいてしまうモンスターの方に憐憫の情を抱くほどであった。またどうせ自分で転移魔法陣を使って宿舎に戻ってくることも可能なので、心の底から安心し切っていた。


しかし、ふとスカイの反応ぐらいが本来の大切な人がこんな凶悪な場所で姿を消してしまった時の自然な反応であることを思い直し、言葉を継いだ。


「スカイ、私もとても心配なの。直ぐにここから動いてネオとスリーを探したいわ。けども全くどこにいるかもわからない2人を探すのは、このパーティ全員の全滅を天秤にかけてしまうようなものだと思うの。あなたたちパーティを全員を犠牲にして探すのを頼みたい気持ちも正直あるのよ。けどもそれは無理なのは分かっているわ。だから早急に2人を探すためにも、この草の事情を知っている人を探しましょ。ユハさん、大丈夫よね?」


「正直分からないわ。7層自体がもう未知の世界の様なものだし、ここに生きる植物は人知を超えているわ。けども他の箇所にもこのよう草があるものなのかもしれないし、誰かは知っているかも。とにかく、早く戻りましょう。いい?スカイ?」


「わ、分かったわ。みんな同じ思いなのね。そ、それじゃあ私の転移魔法陣を使うから、早く戻りましょう」


「ちょっと待ってね」


そう言うとユハは虹色の草を素手で採取して、採集用の袋に入れた。スカイは転移魔法陣を起動し勇者パーティは地上階へと戻っていった。

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