67 ある子ザルの物語

ある一匹の子ザルが死の森の中にいた。


凶悪なモンスターに跋扈するこの森の中で、体長30センチほどの子ザルは物陰に隠れ木の実を食べ必死に生きていた。


ある日、森の中の丘に小さな半径1メートルほどの穴を見つけた。中を見ると何か重厚な空気が充満しているように感じた。子ザルは捕食してくるモンスターが入り口付近にはいなかったので、この穴の中は安全かと思い穴の中に入っていった。中は複雑に道が入り組んでおり隠れる場所も多くあった。大型のモンスターも跳梁していたが子ザルの隠伏技術は死の森で生き抜く中でかなり上達しており、穴の中のモンスターに見つかることはなかった。モンスター同士の壮絶な闘争を隠れて見て、死骸となった魔獣たちを危険が去った後に喰らい付いた。


子ザルは穴の中にいればいる程、体に力が漲っていくことを感じた。また偶然にもモンスターの死骸の中にあった鈍く石を間違って口に入れてしまった時、体の中に何とも言えない力の奔流が吹き出るように感じた。


(この石には何かある)


そう思った子ザルは他の大型モンスターに見つからないように逃げ回り、死骸となったモンスターの肉を喰らい、体内にある鈍く光る石を砕いて食べていった。






1年が過ぎた頃、気付くと子ザルももはや子ザルではなく、2メートルを越える大型モンスターとして成長していた。他のモンスターたちを砕き折り千切り締め上げ、肉を喰らい石を飲み込んだ。もはやこの穴の中に彼の敵はいなかった。同種の同性のサルは全て殺していき、メスのサルを見つけては犯し尽し、自分の子供たちをどんどん増やしていった。


大一団を築き上げた大猿は更に穴の奥へと進んでいった。そこには竜がいた。火を吐くものもいれば、強烈な勢いで水を吐き出すもの、風や土を操るもの、光る何か恐ろしい破壊光線を発するものや闇を纏い姿を隠すものもいた。恐ろしい場所であったが大猿は一団を率いてその竜たちに戦いを挑んだ。俺たちがここのボスであることを証明するために。







結果は惨敗であった。大猿以外は全て皆殺しにあった。這う這うの体で逃げ切り、竜がいる地点から離れた場所でまた再起を誓うのであった。







それから50年の時が過ぎていった。







                 ◇

     






勇者パーティは今日も順調にダンジョンを攻略していた。


ネオとスカーレットが勇者パーティに参加してからすでに1カ月が経った。


以前に乱闘していた1メートルの大トカゲたちは既にいなくなり、そこの場所も突破。


同じ3層で足踏みしていた他の5つ冒険者パーティもいたが、それらも順調に潜り続けていた。


4層 1パーティ

5層 5パーティ

6層 0パーティ

7層 1パーティ

8層 1パーティ(魔族)

11層 ネオ・スカーレット


現在、上記のような状況だ。魔族パーティ以外で一番深く潜れているのが、なんとウィングのパーティであった。その原動力は圧倒的な索敵能力を持つネオとスカーレットのおかげであった。10カ月経ってやっと3層に辿り着いた勇者パーティは怒涛の進撃で、1カ月のダンジョンアタックで7層まで降りることができていた。冒険者ギルドでは大躍進する勇者パーティに対して様々な感情が渦巻いていたが、ほとんどはポジティブなものであった。しかし、もちろん一部妬みや嫉妬の感情も惹起していた。


魔族パーティが勇者パーティの一層下にいる状況で、魔族パーティとの接触はややこしいな、と議論になった。


その議論の中で、俺もスカーレットも魔族に対する憎悪は計り知れない程熱く滾っていく。


そして、やはりスカーレットとしては肉親を直接殺されたことで、俺以上の思いがある。


ダンジョン内を気配を消して俺とスカーレットのツーマンセルで移動している時に、何度か魔族パーティにも出くわしていた。


濃厚な殺気が空気を漂い、魔族パーティもダンジョン内で身構える程だ。


(一体、この殺気はどこからだ!?)


と警戒するが数秒後には霧散していく。このような経験が3~4度はあった。スカーレットはこのダンジョン都市に来て魔族を見る度に怒りが込み上げていた。スカーレットの支えだった全てを崩壊させた魔族。許せない。絶対に許せない。このような現実が多くの人々にとっての日常である事も知っていた。


奴隷として生きる人々。

戦乱の中で放浪する人々。

突然理不尽な暴力を与えられる人々。


ダンジョン内を高速でネオと疾走する中で、初めて魔族の冒険者パーティを見かけた時、奴らは7層を攻略中だった。凶悪な植物が繁茂する死の世界を探索していた。


「スカー、奴らはまだ殺せない。待ってくれ」


スカーレットは自然と魔族達の方向へ動こうとした時、俺はスカーレットを止めた。


「アイツらは今エルフ族国を滅ぼす為に動いてるのよ。殺す事でエルフ族国は救われるわ。ネオ、止めないで」


「スカー、分かっているだろう。今の魔族達を殺すなら、関係者全員殺すしかないんだ。そこまで同時にやるのは至難だ。やるからには徹底的にするが、まだ準備が整っていない。一旦堪えてくれ」


1年前のガルーシュ伯爵領滅亡の時、魔族達は戦慄した。ガルーシュ伯爵領のシンボルであった、巨大な白亜の伯爵邸は燃やされ、地下には大量の魔族達の死体が発見されたからだ。魔族が仕掛けたガルーシュ伯爵と特にエマ・ル・ガルーシュの謀殺に対する、ガルーシュ伯爵に連なる者達の必死の抵抗が如何に熾烈であったかを物語るに十分であった。実際に抵抗をしたのはネオとスカーレットのみであったが。


しかもまだ誰がこの殺戮の首謀者かは判明していない。軽く魔獣100体、魔族50体はこの一連の計画で殺されていた。


魔族たちはエルフ国王や各公爵家などに激しく詰め寄った。これが魔族に対するエルフ族の対応か!?と。


このままではエルフ族を全滅に追い込む切っ掛けを与えてしまいかねないと、特に政権にいるムラカ派のエルフたちは全力でエマとニコの捜索することを約束。そして魔族への全面的な援助と保護をすることになった。具体的には、武器や防具の開発と供給。エルフ国内の移動の際の補助、そして魔族を守るためのシステムの構築だ。


魔族たちは傍若無人にはエルフ国内で我が物で警察機構としてか冒険者として移動しているが、それぞれの伯爵領地に入った場合、その魔族の援助と保護はその領地の伯爵が責任をもって行う取り決めとなった。


つまり、現在ミハルド伯爵領で活動している魔族パーティは、ミハルド伯爵への通達を行い、全面的な保護を得ている。申請のあった魔族に対して、メイユが開発した映像記録魔法具が渡され、それを通して魔族を守る義務が伯爵家にあるのだ。もし何か事件があり、最悪、魔族パーティが殺されることとなれば、その領地の伯爵とその侯爵の首が飛ぶこととなる。故に必死に伯爵と侯爵は魔族たちの保護を供与している。


もしネオとスカーレットが保護下の魔族たちを殺すと、また映像記録魔法具で殺人者が特定され、ネオとスカーレットがその領地全体と敵対することとなる。それは、ひいては国全体と魔族全体と敵対しえない状況にもつながる。自分たちの存在を完璧に隠し、不意打ちを放つところに完全な勝利があることを確信するネオは、何とかスカーレットを宥めるのに必死であった。


まだ早い、とネオはどうこれから魔族を駆逐していくかを思案に暮れた。


そんな時にダンジョン内で魔族パーティと遭遇するとネオもスカーレットも平常心ではいられないが、何とか理性を最大限に発揮し、自制するのだった。まだ時期尚早である、と。





                   ◇




ライトは上機嫌にネオに話しかけていた。

「今度は俺に先頭に行かせろよな。お前の索敵スキルは、まじで半端ないぜ。俺の空気砲で7層の植物共を粉砕してやるよ」


7層は今までの層とは違い、動くモンスターよりも静かに佇みながらも毒素などで攻撃してくる植物が繁茂しており、今後の潜伏をどうするかを、勇者パーティのメンバーは冒険者ギルド内の個室で話し合っていた。


アスク「ネオ、全部を火で焼いてしまうのはダメなのかな?」

ネオ「おそらく止めた方がいいでしょう。火を燃やすと有害な煙が発生します。洞窟内で植物をアスクさんの賢者の火魔法で広範囲で焼き始めると、燃える植物から出る煙が洞窟内に充満し、僕たちが死にます。空気が無くなります。洞窟内は通常、空気それほど十分あるわけではないので、大きな火を燃やすと、空気が急速に消耗し、窒息の危険を引き起こすことがあります。植物だから焼いてしまえばいいのですが、これはなかなかそういうわけにもいきません。」

アスク「そうか。たしかに・・・」

ツリー「俺が全部の植物の蔦を一手に受けてその隙に皆が突破するのは?」

ネオ「そうすれば、ツリーさんはそこから脱出する手段が有りませんので、ツリーさんを犠牲にする覚悟がこのパーティにあるのでしたらいいですが。それは無茶な計画でしょう」

ツリー「そうか・・・」

スリー「以前にネオ君が使った毒草は使えないかな?水魔法か風魔法でその毒を運んで、植物を枯らしてしまうとか?」

スカーレット「それもいいと思うけど、そもそも毒を吐く植物には効かないと思うわ。試してもいいけど、あまり効果は期待しない方がいいかもね。それにそんなに多くの毒草があるわけじゃないから、仮に効いたとしても全ての植物を枯らすに足る量はないわ」

スリー「そっか。その場凌ぎの方法じゃなくて、もっと抜本的な突破方法を考えなくちゃね」


と、皆押し黙って頭を唸らせていた。


そんな中ウィングだけが苛立ちながらこの状況を見ていた。


(どうしてネオがこのパーティの中心的な立場になっているんだ!?俺がここのリーダーだ!俺が意思決定をするんだ!俺が作戦を考えるんだ!俺が指示をするんだ!皆、ネオばかりに意見を聞いて、俺にも聞けよ!)


とイライラが溜まるウィングを尻目にネオは言った。


「一般論として植物が近くの生物を認知する方法は4つあります。


まず1つ目は光感知です。植物は光を感知し、光の方向や強度を認識します。植物は光の中を好む性質がありますので、他の生物の存在を光の変化から察知することがあります。これはダンジョン内なので関係ないでしょう。


2つ目は触覚感知です。植物は触れられると、振動を感知することができます。これにより、風や動物による接触を感知し、攻撃反応や防御反応を取ることがあります。


3つ目は温度感知です。温度の変化を感知し、季節や天候の変化に適応します。温度変化は種子の発芽や開花のタイミングなどに影響を与えることがあります。


そして4つ目は、空気中の物質感知です。植物は空気中の臭いなどを感知し、他の生物や環境の変化を把握します。これは防御メカニズムや生殖のタイミングを制御するのに役立っています。


なので、植物の感知を掻い潜りこちらを感知させずに通ることが、7層突破の鍵になると思います」


ライト「なるほど。確かにな。洞窟内は光はないから洞窟内の植物には光合成ではなく魔素をエネルギー源として生きているのだろう。だから1つ目の光関知は関係ない。2、3、4つめの触覚関知と温度感知と物質感知でこちらを認知させないようにするのが上策のようだな」


ストーン「じゃあ植物を触れないように、か」


アスク「じゃあ、私が水魔法で私たちの周りを氷で覆うか、だね。それとこっちの体臭や空気の変化を気付かせないように風魔法で空気の遮断をするのも大切なのかな」


スリー「それか、他の熱源を用意するかして、そっちに注意を引くのもいいかも」


ツリー「とにかく毒を吐く植物が繁茂しているんだから、解毒用ポーションはいっぱい買っておくことが大切だね」


ワイワイとネオの考察を元にして皆作戦を立てていった。一人ウィングはその議論の中に入らず、じっと聞いているだけに終始していた。

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