62 勇者との邂逅

次の日、ユハの姿が冒険者ギルドにあった。周囲の冒険者はチラチラとユハの方向を見ながら、あの氷の女が何の用でここにいるのかと訝がっていた。ユハはギルド内の50台ほどのテーブルが設置されている待合室で、入ってくる冒険者をじっと見ながら、時間を過ごしていた。


その日から3~4日ほどは勇者パーティはそれぞれが、訓練なり準備なり討伐依頼なりをしながら、思い思いの時間を過ごすことにした。


あの地獄のようなトカゲの殺し合いに参戦するつもりはなく、ある程度の時間をダンジョン外で過ごして収まることを待つこととした。


ユハは冒険者ギルドで情報収集すると、他のパーティメンバーたちに伝え、冒険者ギルドでお目当ての冒険者の獲得の為にその冒険者のギルドへの訪問をじっと一人で待っていた。


その日は空振りに終わった。


自分のお目当ての冒険者は来ることはなく無為に過ごしたと残念な気持ちになりながら、その場を後にした。





その次の日も朝からギルドの待合室で出待ちをすることとした。


冒険者ギルドの扉は日々多くの冒険者たちによって開かれ閉ざされた。ギルドは賑やかな場所でその中で様々なパーティが出入りする光景は、まるで交差する物語の一ページのようだった。


ギルドの中庭では騎士のような魔族の冒険者たちが訓練を行っていた。彼らの剣が鈍い音をたて、盾とぶつかり合う音がギルドの中に響き渡った。


激しい戦闘訓練が行われているようで、鈍い金属の様な音がギルド内に響いていた。その隣では魔法使い中心のパーティが魔法陣を描き、火花と共に魔法が発動する様子を研究していた。魔法使いたちは分厚い魔法書を持ちながら秘術を練習し魔力を操っていた。


テーブルに座っていた冒険者たちパーティは地図を見ながら戦略を熟考していた。彼らは次なる冒険の計画を練り、報酬を求めて仲間と意見を交換していた。時折興奮した笑い声や手を叩く音が聞こえた。どうやら自分達の昔の成功体験に浸っているようだった。


ギルドのカウンターには仲間募集の掲示板があり、様々な依頼が掲示されていた。熟練の冒険者たちは自分たちのスキルをアピールし新たな仲間を募っていた。若干の未熟な冒険者たちも掲示板を覗き経験を積むチャンスを求めていた。


ギルド内のバーでは冒険者たちが冒険の成果を祝っていた。大声で話す者、笑顔で乾杯する者、または冒険の疲れを癒す者。朝にも関わらずバーテンダーは酒を注ぎ、冒険者たちは一息ついていた。夜通しで討伐任務をしていた冒険者たちだろう。朝から飲む冒険者は実はそれほど珍しくないのだ。


ギルドの片隅では、一人の孤独な魔族の冒険者が地図を広げ、何かを思索しているようだった。彼の目は遠くを見つめ、心の中で新たな冒険への夢を描いているようだった。


ギルドの中で様々なパーティが出入りしている中、特に目を引くものがいくつかあった。


一つは、鉄のような筋肉に包まれた戦士パーティだ。彼らの風貌からは力強さと不屈の意志がにじみ出ていた。現在共に3層を探索中のランクA冒険者パーティだ。ギルドの中庭で彼らが訓練を行うと地面が震え、周りの冒険者たちも感心のまなざしで見守っていた。まさかトカゲたちの大乱闘が行われるとは予想外の展開で、そのパーティも足止めを喰らっているのだろうか、そのパーティも朝から訓練に精を出していた。


もう一つの興味深いパーティは、多国籍な魔法使いたちからなるものだった。ダークエルフもいれば、緑色の髪のエルフもいる。彼らは異なる地域からそれぞれの魔法習慣・文化を持ち寄り、一つの力強い魔法陣を形成していた。色とりどりの魔法が交差し、ギルドの中庭には美しい幻想的な景色を創り出していた。ユハたちが以前に大金を払い3層の情報を教えてもらったパーティだ。


冒険者ギルドの中では仲間を見つけたり、冒険の計画を練ったり、冒険の報酬で祝杯を挙げたり、新たな仲間と出会ったり、過去の冒険の思い出にふけったりと、さまざまな出来事が同時に起こっていた。ギルドは冒険者たちの人生と夢の交差点でありそこには常に新たな冒険が待ち受けていた。


早朝の時間が過ぎ、討伐依頼を受注して冒険に飛び出すパーティもいれば、少し朝が遅かったのか、ガヤガヤと冒険者たちの第二陣の波が押し寄せてくる。ギルドの中には更に多くの冒険者たちが集まり、その多様性が際立っていた。優れた弓の名手から成る、魔族のアーチャーパーティがギルドに入ってきて次の冒険を議論しているようだった。巨大な弓を背負っており腕や胸襟も肥大していた。かなりの弓の使い手たちであることがわかる。


冒険者の活発な動きを見ながら、また中庭での訓練している様子を見ながら常に忙しなく動き回っているギルド職員たちが目に付く。ギルドの中央にはギルドマスターのデスクがあり、彼は冒険者たちの出入りを見守りながらギルドの運営を取り仕切っていた。彼の目は常に冒険者たちの動向を見逃すことなく新たな依頼やアナウンスメントを掲示板に貼り付けていた。


朝はこれから討伐に行く冒険者の準備と夜の依頼を終えた冒険者でごった返していたが、だんだん昼間に近付いてくると、ギルドは通常の賑やかな様子から一変して閑散としていた。騒がしい冒険者たちはほとんど姿を見せず、中庭の訓練エリアも静まり返っていた。


ギルドの中央に位置するギルドマスターのデスク前では、彼の書類や地図が積まれたままで普段の忙しさが感じられなかった。事務作業を担当する職員たちも書類整理や依頼の受付に追われることなく、のんびりとしていた。


掲示板には依頼が受けられ依頼票は少なくなっていた。受付窓口に待つ冒険者たちはほとんどおらず静謐が漂っていた。


ギルド内のバーも静まりかえり、バーテンダーはカウンターの上に並ぶ酒瓶を整理し、その夜に迎えるであろう冒険者たち特有の活気に備えた。座っている冒険者たちも今は2人ほどいるが、静かに飲み物を楽しんでいた。以前ほどの賑わいは感じられなかった。


冒険者ギルドの昼の閑散とした様子は夜になれば再び賑わいを取り戻すことで知られていた。一時の静寂は次なる冒険のための休息と、新たな挑戦への準備の一瞬だと感じられた。


そして時間は矢のように過ぎ去っていった。夕方に近付くにつれて、ギルドはさらに賑やかになり冒険者たちはバーで語り合い、友情を深めたり、未知の仲間と新たな冒険への計画を練ったりした。冒険者ギルドは一つの大きな家族のようであり、それぞれの冒険者たちが共有する絆が、この場所を特別なものにしていた。


冒険者ギルドの中央に位置するギルドマスターのデスクの周りに冒険者が集まり出すと、職員たちがドタバタと走り回り、活気に満ちていった。職員たちは冒険者たちのために忙しく働いており、その様子はまさに組織の中心としての役割を果たしていた。


ギルドマスターは知識と経験に裏打ちされた風格のある人物で、ギルド全体の運営と組織の方針を決定する責任を負っていた。彼のデスクには新たなクエストの依頼や冒険者たちの報告書が絶えず持ち込まれ、それらを処理し管理するため彼の努力が絶えなかった。


デスクの周りにはギルドの事務職員たちが取り囲んでいた。彼らは書類仕事、情報収集、依頼の受付など、ギルドの日常業務を遂行する大切な存在だった。積まれた書類を整理し、冒険者が依頼完了を伝え、討伐証明を持ってくると依頼主に渡す報告書を作成・分類する彼らの手は絶え間なく動いていた。また新たな仲間を探す冒険者たちに対する登録手続きも彼らの役割の一部だった。


窓際には地図とクエストの依頼が掲示された掲示板があり、これに対応する職員が情報を最新化し続けていた。冒険者たちはここから次なる冒険の目的地を探し、仲間を募ったり依頼を引き受けたりするのだ。掲示板はいつも多くの冒険者たちで賑わい情報が絶えず入れ替わっていた。


ギルドの中には冒険者たちが報告書を提出するための受付窓口も設けられていた。受付係は冒険者たちからクエストの詳細情報を受け取り、報酬の交渉やスケジュールの調整を行っていた。冒険者たちの報告書はギルドの記録に残り、新たな情報や経験が共有される重要な手続きだった。


さらにギルド内の中庭の訓練エリアには、新米冒険者やスキルを向上させたい者たちがギルド職員からトレーニングを受けていた。トレーニング担当の指導者たちは、魔法の訓練や冒険に際して基本的なノウハウを伝授し、冒険者たちの能力向上、生存率向上を支援していた。


冒険者ギルドの職員たちは、組織の円滑な運営と冒険者たちのサポートに尽力していた。彼らの努力と協力が冒険者たちが安全かつ成功裡に冒険に挑むための基盤を築いており、ギルドは冒険者たちの信頼と期待に応え続けていたのである。


その様子を一日中眺めながら、モンスターの生態や種類そしてダンジョンの生成の考察などが書かれた書籍を本棚から持ち出し読みながら、ユハはお目当ての人物をずっと待っていた。


明後日には、勇者パーティもそろそろ動き出すことにはなるので、できれば今日には再会し話だけは付けておきたい。そのように思いながら騒がしくなるギルド内で、扉の開け閉めが頻繁に行われる様子を見ていた。






そして、その時が来た。





パタン





ギルドの扉を静かに開けて黒布を目元に覆った160センチぐらいの子供がギルド内に入ってきた。どうやら何かの依頼を達成してギルド職員のカウンターに向かっているようだった。依頼完了報告が終わり直ぐに出て行ったとしたら、せっかくの交渉のチャンスが無くなるので、入ってきたところで彼に話しかけることにした。



「ねぇ、ぼうや。こんばんは」



周囲の冒険者たちは、氷の女が自分から声をかける様子を初めて見たので、誰に声をかけているのかと注目が集まっていた。


そこにいるのは、あの珍妙な盲目の冒険者がいた。そんなやつにあの氷の女は声をかけていたのだ。一体何の用があるというのだろうか、と不思議そうに事態の推移を周囲の冒険者達は見つめていた。そしてどんな話が行われるのか、と二人の会話に耳をそばだてていた。


黒布の青年はユハの言葉に気付かないかのようにスタスタと職員カウンターに歩いていった。


「ちょ、ちょっと、ぼうや!」


ユハはまさか無視されるとは思わず、黒布の少年の腕を掴もうとした。


しかしさっと避けるような形で、ネオは腕を前に出し依頼完了証明の植物をカウンターに置こうとした。


(避けた?やはり、見えているのね)


ユハは疑問が確信に変わり、黒布の青年の横に立ち話しかけた。


「ねぇ、ぼうや、少し向こうで話がしたいんだけど、時間ある?」


「ん?僕に話しかけているのですか?ごめんなさいね、僕は周りが見えないから分からなくて。何か僕に用ですか?ちょっと待って下さいね。依頼完了報告をさせてもらいますので」


「え、えぇ。その後でいいかしら」


「いいですよ。ちょっと待って下さい。はい、職員さん」


ネオは袋に入った採取植物と討伐依頼票をカウンターに置いた。そこには『回復草エルフリーフ』が100束入っていたが、ネオは笑顔で(いつも通り周囲に気付かれないようにね)とのメッセージを暗に伝えながら、ギルド職員に渡した。


「はい。少々お待ち下さい。今から確認させていただきます」


盲目の青年の様子を見てギルド職員は了承の微笑みを示し、植物を確認していった。


ユハがダンジョン内で使う空間把握能力を使い、袋内にある植物の形状を把握した。その中には『回復草エルフリーフ』が100束ほど入っている事が分かった。彼女は正直驚いた。


(これほど採取できるなんて・・・やはり見込んだ通りね)


ユハは気持ちを持ち直してネオに話しかけることにした。


「あなたはよく植物採取に行くのね?」


「そうですね」


「どんな植物を採取しているの?」


「どこにでもある草ですよ。二束三文のような討伐依頼ですよ」


「そうなのね」


なかなか話のきっかけが掴めずユハは少し焦り始めたが、そんな時ギルド職員はもう討伐依頼確認を完了し、お金の入った袋を持ってカウンターに戻ってきた。


「状態は非常にいいです。どうぞこちらが記載されていた報酬になります。少し色も付けておきましたよ」


「ありがとう」


その袋には銀貨50枚が入っていた。銀貨50枚とは日本円にして5万円ぐらいの価値となる。銀貨10枚で一般標準的な宿泊施設に一人一泊泊まれる料金となる。


だいたいの貨幣の価値は以下の様になっている。


銅貨1枚:10円

銀貨1枚:1000円

金貨1枚:1万円

白金貨1枚:100万円


ユハは盲目の青年がどうやって『エルフリーフ』を採取したかに興味が湧き、ここが話の取っ掛かりと判断し、声を抑えてネオの耳元で質問した。


「すごいね。どうやって『エルフリーフ』をこんなに見つけることができるの?」


「なんのことですか?」


「少し見えたからね」


俺は少しため息をついて言った。

「ふー・・・それは秘密です。僕も生きるためには必死なので。教えられないですよ」


「そうよね。ごめんなさいね。そうだよね。軽率だったかな」


(何かスキルでも使って把握したのか?こいつ・・・)


そう黒布の少年は心の中で毒づいて、早々に立ち去ることとした。


「僕も色々と頑張っているということです。じゃあまたね、お姉さん。また会えたらいいですね」


「ちょ!!ちょっと待って。実は少し君にお願いがあってきたの」


「僕は少し急いでいますので・・・何ですか?」


「ごめんなさい。私の名前はユハ。実はあなたの力を見込んでお願いがあるの。一緒にダンジョンに潜ってくれないかしら?あなた前にエゴロヴナと対峙して、彼を巻いたわよね。その力を私は借りたいと思うんだけど、可能かしら?」


「無理です。あの魔族の冒険者さんの時のことを言っていると思いますが、僕は単純にトイレを聞きたかっただけです。対峙したとか、巻いたとか、誤解です。


それに僕は怖くてダンジョンなんかには入れないです。ダンジョン外で植物採取している方が性に合っていますので。とにかくそういう話だったらお断りです。さようなら」


「ちょ、ちょっと待って!あなたも冒険者なら一度はダンジョンへの探索を憧れるんじゃないの?」


「ダンジョン探索は危険すぎます。常にいいものが得られるとは限らないじゃないですか」


「それはわかるわ。けどもなぜそんなに拒否的なのか理由を聞かせてくれない?」


黒布の少年はため息をつき答えた。


「見て下さい、僕の目を。見えません。そんな僕にダンジョン探索は自殺行為です。怖いし仲間が危険にさらされるのも嫌なんです」


「仲間ってもう一人のお嬢さんね。それは理解できるけどリスクを最小限に抑える方法はあるから聞いてほしいの」


黒布の少年はユハの発言の意図が読めずに段々とイライラしてきた。


「なぜ僕なのでしょうか?別に他の多くの冒険者の人たちもいるでしょ?僕が何かの役に立てるとは思いません」


ユハは限りなく声を落として、再びネオの耳元に近付き囁いた。


「気を悪くさせたらごめんなさい。守秘義務があるのは重々承知しているんだけど、私も背に腹は代えられなくて、色んな方面の伝手を使ってあなたのことを調べたわ」


俺は一瞬ギルド職員の方に意識を回した。ギルド職員が関わっている話ではないような気がする。ギルド職員もこちらの話を聞いているのだろうが今のユハの発言に反応した様子はない。


ユハは実は諜報部隊の『根』を使い、ここで活動する冒険者や関係者の事は洗いざらい調べ尽していたのだ。ユハは『根』の存在をネオに言うわけにもいかないので、かなりボカした形でネオの今までの依頼達成実績は調査済みであることを伝えた。


「場所を移した方がいいかしら?」


(こいつ・・・かなり危険だな・・・俺の実績情報を知っているのはごく一部のギルド職員だけだ。なぜこいつは知っている?ここでペラペラと喋られるのも面倒だ)


そう俺は判断して、一旦話をすることに決めた。


「わかりました・・・そうですね」


ユハに連れられてネオは冒険者ギルドの奥にある個室に入った。この10カ月でユハはここウォルタの冒険者ギルドでは名の通った冒険者としてその地位を築き上げていた。奈落の底の探索を成功させている数少ない冒険者パーティの一員なので、ユハの『個人部屋を借りたい』ぐらいの要望には、ギルド職員も問題なく応えてくれるのだった。


俺たちは個室のソファにターブルを挟んで対面になって座った。


「さて、あなたの能力について調査させていただきました」


「それはどうやって?」


「それは言えないわ。私もあなたと同様、生きるためには必死なのよ」


ユハは俺と意趣返しのように同じようなセリフを吐いてきた。


(なるほど・・・ではお手並み拝見と行こうか。どれほど俺の情報を得られているのか)


「僕には何のことか分かりません。僕の何を知っているのですか?」


「他の冒険者の人たちにもあなたたちの事は聞かせてもらったわ。あなたたちはここのギルドに登録したのは約1カ月前。名前はネオ。もう一人のお嬢さんはスカーレット。ここではダンジョンへの探索をしないで、ずっと植物採取のみの依頼を受け取る。あまり合点の行かない行動歴だけど、採取された植物の質が非常に高くて評判。


中にはドラゴンローズ、シャドウリーフ、グリフォンの羽根草を採ってきている。


ドラゴンローズは美しい花を咲かせ、その花弁から炎を放射する危険な草。花びらから得られる炎は火を起こすために使われ、火の魔法の材料として重要な役割を持つ。けどもその美しい花弁から放射される炎によって採取は極めて危険。通常、冒険者は特別な防具や魔法の保護を必要としているけども、それをあなたは平気で採取してきた。驚異だわ。


またシャドウリーフは夜になると葉が透明になり、周囲の光を吸収する。この植物の葉は夜間の隠密行動に役立ち、夜の闇に隠れるのに使用される、非常に有用な植物よ。シャドウリーフの葉は夜にしか透明にならず、夜に透明のままの葉を採取しないと効果をはっきしない。そのため夜間に採取する必要があるわ。またこの植物は闇の中でしか育たないため、見つけるのが非常に困難。それをあなたは何十本と採取したことは調査で判明しているわ。これも神業ね。


他にもグリフォンの羽根草。グリフォンの羽根草は空を飛ぶ生物であるグリフォンから採取された羽根を模倣した葉。この葉は一時的に飛行能力を付与し、高い場所へ跳ぶことを可能にするわ。けども、この葉は高い崖や山の頂上にあることが多いため、グリフォンの羽根草を採取するためには危険な登山が必要なのよ。それをあなたは何本も採取してきている。これが取れるあなたは本当に不思議よ。


それにゴブリンのザクロ、ドレイクファイアの花など、かなり希少な植物の採取をしているわね。


この採取結果を見ていると、私にはあなたの危険回避能力が非常に高いと見ているの。あなたは盲目なのか知らないけど、どうやってそのような危険地帯にあるような植物を簡単に採取できるの?」


一気に喋り切って、ユハは黒布の少年の反応を全て見逃さないと決心したかのように、じっとネオを見た。


(なるほど。俺の討伐実績をどこからか盗み聞いた、か。おそらくこれで全部ではないよな・・・こいつ・・・俺が秘密にしている事を暴露して俺に迫ってきている。大丈夫か?今俺たちは何が起こっても誰も何もできない密室で二人きりだ。ここで俺がユハを殺しても誰も気付かれない・・・いや部屋の外に何個か護衛の様な雰囲気の気配があるな。部屋の中の様子を見ているな。ユハを守っているのか)


俺は慎重に周囲を索敵しながら、ユハの発言が脅迫的になっていくのを感じた。


(これぐらいの戦力で俺が屈するとでも思っているのか?舐められたものだ・・・。いや、ユハは先ほど、俺は『ずっと植物採取のみの依頼を受け取る』、と言った。おそらくだが俺の戦闘能力を正確には把握できていないだろう。もし俺がもう既に9層まで達している実力の持ち主ということを把握しているのなら、そもそもユハは密室で俺と2人で話し合いはしないだろう。おそらくユハは、俺の戦闘能力を一切把握していない。何が起こっても俺を制圧できると思っているのだろう。


俺ならこの場で一瞬でユハの、その細い首を折ることができる。


俺の戦闘能力をかなり少なく見積もっているのだな。ユハ、甘く見たな)


今まで自分の戦闘能力を絶対に正確に測らせないように、自分の行動には細心の注意を払ってきた。その甲斐あってユハの諜報能力であっても、正確に俺の力を把握させることに失敗させている。


そこまで考えると頭がすぅ、と冷静になってきた。とにかくこいつと関わらないのが一番だな。会話をすればする分だけ、より多くの俺の情報がこいつに把握されていく。


(さぁどうしたものか・・・)


頭の中で考えを巡らしながら、ユハの質問には答えておくことにする。

「それは秘密です。それを言ってしまうと僕の生きる術が無くなりますよね?


僕がダンジョン探索に参加しない理由は何度も言う通り怖いからです。とにかく危ない。それが一番の理由です」


「じゃあ、もう少し私のパーティの話を聞いてもらっていいかしら。この国の事また将来の世界の事」


「だから僕はもう忙しいから無理です。さようなら」


(とっととここから退散だな)


そう思い席を立とうとしたが、次のユハの一言で俺は動きを止めざるを得なかった。


「お願い!もう少しだけ聞いて。実は私たちはある遠くの国から来ているの。その国の名前は言えないけど、このダンジョンの中にある『超高純度魔鉱石』を必ず確保しなければならないの。そうしなければ私たちの国は滅びるわ」


(遠くの国・・・?)


俺は一瞬ある国が脳裏を掠めた。


(まさかな)


と心の中で一笑に付した。


「私のパーティメンバーはウィングというリーダーと、ライトとツリーの壁役、そしてスリーとスカイと私の支援役、そして後衛のストーンがいるわ」


(奇妙な名前だな。全員が英語・・・隠語かコードネームなのか?本名とは思えない)


「私たちは何とかこのダンジョンを踏破しなければならない使命があるの。けどもどうしても3層で足踏みをしていて、このままいったら永遠に踏破できないんじゃないか、と心配で・・・。私たちの国が終わってしまうかもと・・・」


ユハは涙ぐみながら言葉を継いだ。


「それにあなた常に魔力で周囲を探っているでしょ。私には魔力探知の力があるからわかるの。あなたは相当の実力者だと思うわ」


(この涙は嘘だろうが・・・なるほど俺の索敵スキルの存在が分かっているのか。面倒だな・・・では、外に護衛がいることも俺が分かっていることも分かっているのか。


しかしそんなことより、このパーティメンバーの名前。


ウィング、ライト、ツリー、スリー、スカイ、ストーン、ユハ・・・。何か引っかかる・・・。


ウイングは翼。

ライトは光。

ツリーは樹木。

スリーは、三。

スカイは、空。

ストーンは石。

そしてユハは・・・、ただの名前か・・・?


翼、空、光、樹木、三、石・・・。遠い国から来た・・・)


これらのピースがハマっていく毎に、一つの驚異的な事実が俺の頭に浮かび上がってきた。


(ま、まさか、ヒト族国に残っていた勇者たちなのか?いやいやあり得ない。こんな偶然にこんな所で会うわけがない)


俺がそんな疑惑を胸に秘めているのを知らずに、ユハは話を続けていた。


「私たちははっきり言って非常にバランスの取れた力を持っているわ。


スリーは回復魔法に特化しているから、どんなダメージにも対応できる。


またライトはどんな敵にも即対応できる適応能力を持っているわ。壁役として彼ほど適任者はいない。彼は物理攻撃と防御力を100倍にする力があるの。


それにリーダーのウィングは全ての属性の攻撃に耐性を持っている稀有な存在よ。


ストーンもツリーも、とても有能な人材ばかり。


先日三層に入ったけど安全策をしっかりと取っているから、決して無謀な探索はしていないわ。命が最優先でここまで来たの。私たちはまだこの地域に来て10カ月しかたっていないのにも関わらず3層まで一人も欠けずに来ているのよ。これはこれで凄いことよ。


他のパーティは何人か犠牲者が出ているといのは聞いているわ。私たちだけよ、死傷者が出ていないのは。


安全第一でありまた非常に力のある証拠だと思うわ。是非私たちと一緒に来て欲しいの。どうかしら?」


俺は今のユハの言葉で、疑惑が確信に変わった。


(確実にヒト族国ファーダムの勇者たちだ。


ここまで魔鉱石を奪取しに来たのか。相当ファーダムでの魔族との戦いに苦戦しているんだろう。


で、なければここまで来ない)


むしろ驚くべきことは、ファーダムからエルフ国セダムへの来る道があることが分かったことだ。


(知らなかった。できることならこいつらから、ヒト族への帰り道を聞き出したい。おそらくこのユハという女が、勇者たちへのファーダム王族から派遣されている案内役なんだろう。そしてこいつは確実にファーダムの何かしらの諜報部隊員だ。でなければ、俺の秘匿している情報を得ることは不可能だからだ。


ウィング、ライト、ツリー、スリー、スカイ、ストーン。だいたいさっきのユハの話を総合すると、誰かが分かった。


ウィングは翼。春日翼だ。

ライトは光。菅原光輝だ。

スリーは三。三原美幸だ。

スカイは空。赤石そらだ。

ツリーは木。誰だ・・・?おそらく、柏原樹だろう。

それに、ストーン・・・???あ!立石のことか?!)


今の俺の脳内は超高速で回転している。とにかく、この状況を踏まえると今からの俺が取れる選択肢はざっくり3択ある。


1つ目は、ユハをここで殺し、速攻で超高純度魔鉱石を奪取しこの地を去る。メリットは諜報部隊の力を少しでも削ずれる。デメリットは、今部屋の外の諜報部隊に俺の存在が認知され、今後そいつらとの全面的な敵対が始まる。俺の元々の戦いである、魔族と魔族寄りのエルフ族との戦いに諜報部隊と勇者たちも入ってきて三つ巴になる可能性がある。また俺の存在がファーダムに知られ警戒される。



2つ目は、ユハとの関係をここで断ち、即、超高純度魔鉱石を確保しこの地を去る。メリットは諜報部隊には俺の存在は分からずじまいで終わり、諜報部隊の連中が俺の魔族たちとの今後の戦いに支障をきたすことはなくなる。デメリットは、俺が勇者たちとファーダム諜報部隊を野放しにしてしまい、俺の復讐の機会が無くなる。また今後の魔族との戦いにおいてファーダム諜報部隊と勇者たちがどう関わってくるか分からなくなる。そしてファーダムへの行き道はわからずじまいとなる。


3つ目は、ユハの依頼を受ける。そしてその依頼の合間に超高純度魔鉱石を確保しこの地を去る。メリットは諜報部隊と勇者の情報を得ることができ、またファーダムの状況が知れる可能性が高まる。ファーダムへの道も分かる可能性も出てくる。そして俺のファーダムと勇者たちへの復讐ができる機会を持てる。デメリットは、俺とスカーの情報が漏れる可能性があり、今後のファーダムとの闘争に支障ができる可能性がある。


俺は、この驚愕の事実に気づいた事を悟らせないように、ユハの言葉に努めて冷静に反応するようにした。


「ユハさんは、あの三層に進出したパーティだったんですね。名前までは知りませんでした」


(ん??)


ユハは黒布の少年の声の変化に気付いた。何が黒布の少年の琴線に触れたのか謎だが、青年の言葉のトーンに変化があったのを、ユハは目敏察知した。


(なに?この子は今何に反応したの?各パーティメンバーの名前?パーティの数?パーティ構成?私たちの目的?安全性?とにかく私のメッセージがこの子には届いてるのかしら?何かしらの脈はあるようね)


そう思いながら、ダンジョン内の危険を強調している目の前の少年に『安全策がある』事で、説得しようと胸の内で結論付け、言葉に力を入れて話し始めた。


「資金も十分にある。道具も豊富にある。誰も死なせない。これが私たちのモットーよ。どうかしら?」


(これでどう?!あなたが心配していることは全て塞いだわ!それに私にはあなたの情報は筒抜けよ。バラされたくなかったら、私に協力しないとあなたは困るんじゃないのかしら?!周囲にあなたの採集能力が知れると、どっかの冒険者か荒くれ者に搾取される可能性が出てくるわよ?それでもいいの?)


とユハは心の中で笑いながら叫んだ。


(これで詰んだわね)


俺は脳内で3つの選択肢をよく吟味していた。


(しかし、これはこれで、もしかすれば千載一遇のチャンスなのかもしれない。


俺はこいつらに絶対に復讐すると誓った。あの時殺されそうになったことを俺は片時も忘れてはいない。わざわざ向こうから来てくれていることは幸運と考えられないこともない。


ユハのこいつの交渉のやり口は、やはりヒト族国の使者らしい。やり方が卑劣だ。俺の情報漏洩をチラつかせながら、脅して協力させようとする。こいつの頭の中では俺の戦闘能力は低い。つまり有能な採集能力が公になるということは、俺の命の危機にもなり得るのだ。


ヒト族国の王族どもと本質は同じだな。あいつらは拉致して協力させようとした。こいつは脅して協力させようとする。


やはりユハ、お前は殺す。ファーダム戦への前哨戦だ。だが、こいつを殺すのは今は時期尚早だ。諜報部隊の規模も能力も分からない今、こいつらと敵対するのは危険だ。


だから、まずはこのまま一緒に行動しながら、ヒト族国への行道を吐かせ、今のヒト族国の状況も知る。


よくよく考えたら、こいつらは魔族と敵対はしているが、エルフ族と敵対しない、という意味ではない。むしろこいつらの考え方は基本、自分さえよければいいとの考えだ。エルフ族を利用することも考えるだろう。であれば、ファーダムの諜報部隊を潰した方が、絶対にエルフ国の為になるだろう。魔族との戦いの中で、こいつらの余計な動きが入るのを事前に潰すのは妥当な選択だ。


しかし、一緒に行動したからと言って、簡単にこいつらは自分たちがヒト族であることは明かさない。いや、明かせないだろう。なぜならここが魔族支配領地だからだ。ヒト族が魔族領にいたとなれば皆殺しだ。


一緒にいる中で、こいつらの様子見をしていく。この勇者パーティとユハを殺すのは一旦引き延ばしだな。


下手にここで今ユハを殺してしまえば、ネオと接触した事もファーダムには伝わるだろう。その場合、ファーダムはネオという少年に警戒をするだろう。


将来ファーダムを叩き潰す時に少しでも俺の情報が伝わるのは避けたい。


しかし、このユハという女は危険だ。絶対守秘義務を守るギルド職員しか知らない俺の情報を得られた情報収集能力。さすがファーダムから選ばれた精鋭だ。こいつらと一緒に行動する時は、情報共有には細心の注意が必要だろうな)


俺はユハの前で熟考していた。ユハは俺が考えている姿を見て、俺がパーティ参加するかどうかを悩んでいると思っているのだろう。それはそれで正しいが、若干違う。


(やはりここは、このパーティとは付かず離れずのスタンスでいるのが無難か。時期を見て行動すればいいか。今は様子見だな)


そう心に期して、少し間をおいて俺は答えた。


「確かに貴女の言うことは分かりました。けども僕がどのように貴女のパーティの手助けになるかは、今もって分からない。あまり期待しない方がいいです。ちなみに報酬はどうするのですか?」


(やった!!食いついた!!)


と心の中で叫んだが、その表情をあまり出さないようにしながらユハは言葉を継いだ。


「あなたの収入を保証するわ。一日で銀貨50枚得られるのでしたら、一日銀貨50枚でどうかしら?そして、もう一人の方も付いて来ていただけるなら、その方にも銀貨50枚を支払うわ」


「ダンジョン内の素材と転移魔法陣の負担は?」


「素材は全員の頭数で割るわ。その報酬は上乗せにする。転移魔法陣はこちらで用意するわ」


「回復薬や備品などはそちらのパーティ負担?」


「回復薬と備品はいったん自前のモノでお願いしたいわ。あなたたちのスキルでどんな道具が必要かはわからないわ。あなたたちの力は今までの採取依頼の実績でなんとなくわかるけども、まだ確信は持てない。2~3回ダンジョンアタックを一緒にし終わって、あなたたちの功績と動きを見てから考える。それでいいかしら?」


「まぁ妥当ですね。僕がパーティに参加する頻度は?」


「力が分かったら毎回のダンジョンアタックには参加してほしいわ」


「それは無理です。僕も姉もそれほど体も強くありません。2週間に1回、その1回は2~3日ぐらいが限界です」


「・・・分かったわ。一旦はそれでいきましょう」


「それと僕と姉の身の安全の為にも、貴女が知り得た僕たちの情報は一切口外しないで下さい。これが僕たちが貴女たちのパーティ参加する最低条件です」


「分かっているわ」


「では、姉とも話をしなければならないので、今この場での即答はできません。みなさんの次のダンジョンアタックはいつですか?」


「2日か3日後にする予定よ。」


「では明日にまたここで、僕たちが会った時間帯、夜8時頃ですかね、それぐらいの時間帯で冒険者ギルドで落ち合う、でいいですか?もし僕たちの返答を待てなくて、先にダンジョンアタックにするなら、それはそれでいいと思います。その次のアタックの時に参加するならするでいいか、と。まぁ、まだ参加するかどうかは分からないですが」


「ありがとう。了解よ」


それがこの交渉終了の合図となり、俺はユハと別れた。


ユハは俺がギルドの建物から出ていく後ろ姿を見ながら交渉の手応えを確かに感じ、ほくそ笑んだ。


俺はスカーレットが待っている宿舎に向かった。スカーレットがどのような反応をするのか、とあれこれと考えていると、気付けば俺は走っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る