60 ネオとスカーレット

「どこに行っていたの?」


スカーレットは、俺がドアを開けて宿舎の二人の部屋に入ってきたのを見て尋ねた。


「冒険者ギルドで情報収集だ。他のエルフパーティは3層だ。魔族パーティだけが7層で突出しているが7層で足踏み状態らしい」


「まだそんなところにいるのね。私たちはもう9層まで潜れているのにね。まぁ私たちの存在は誰も気付いていないでしょうけど」


スカーレットとネオは1ヶ月前にこの地に降り立ち、週1回だけダンジョンアタックをしていた。しかも誰にも見つからないように隠伏しながら計4回しか潜ってはいないが、怒涛の勢いでダンジョンを突破していったのだ。ほとんどの時間はダンジョン外で植物採取をして過ごしているので、街の人々からは『植物ハンター』としての評価を得ていた。


「あぁそうだな。9層はダンジョン内に大きな湖があり魚や水対策で色々と購入しなければならないものもあるから、もう少し時間をかけて準備した方がいいかも。ちなみにギルド内でエルフ族の3層パーティメンバーが魔族の7層パーティの壁役のエゴロヴナに絡まれていたんだ。魔族パーティは本当にガラ悪いよな。エゴロヴナの注意を引いて、3層パーティメンバーは助けておいたよ」


そう、ネオは何でもないように、ギルドであった出来事をスカーレットに説明した。







エマが全て失ったあの日の後、ノブはエマを連れて初めての出会いの場所であり、全てが始まった場所『死の森』に戻った。ノブはエマをあの毒草の洞窟へと連れて行き、その道中で誰にも今まで伝えなかった彼の秘密をエマに伝えた。


その洞窟に転移後、彼の植物鑑定スキルを使い毒草には能力の向上の効果があることを喝破したこと、またその毒草の洞窟の中に、一切の損傷を癒す、万癒の果実を存在していたこと。そしてその毒草はどれも極度に高い致死性がある猛毒を持っており、油断すれば死んでしまうこと、など説明した。


エマは俺の説明を全て信じた。死ぬかもしれないことを伝えながらもエマはノブに全てをゆだねる覚悟でこの森に戻ることを了承していた。


最初の頃は、文字通り死と隣り合わせの生活だった。


ノブが最初に来た時は、彼は死んでもしょうがないぐらいの気持ちで、大量の毒草を摂取し、毒草の洞窟でずっと身を潜めていた。身の安全を守るために洞窟に滞在していたが、いくら万癒の果実を事前に食べておいたからといって、毒草から発生する毒素で死なない保証はないのだ。しかしあの頃は、もう無我夢中だったからしょうがなかった。


ノブは嘆息してエマに説明した。


その説明にエマは驚愕した。まさに死を間近で何度も経験した結果が、このノブの圧倒的な力であることに畏敬の念を抱いた。そしてそれはそのまま自分にもこれから降りかかるのだと思うと戦慄した。しかし、もう自分は一度は死を覚悟した身であることを思い出し、ノブをただ信じる他ないと改めて決意を決めた。





今ノブは、エマがこの洞窟内でもがき苦しんでいる姿を見ると、本当に危うかったんだなと、つくづく思った。


エマが洞窟内に入った瞬間にこれほどの苦しむとは想定していなかったようで、ノブは急いですぐに万癒の果実を口に入れ込んだ。


直ぐに回復をしたのだが、毒素の影響があまりに苛烈なために万癒の果実を食べてから少し時間が経つとすぐにエマは、息苦しさを訴え始めたのだ。


何度も何度も万癒の果実を食べさせながら、洞窟内での生活をするようにした。


身体能力アップの為の毒草もあるが、スキルを得ることのできる毒草もあり、その特異な毒草は更に致命的なダメージを体全身に与えることも伝え、まずは徐々に洞窟の毒素に慣れる所から始めていった。


エマは必死になって、その毒草を食し万癒の果実を喰らい、精神が崩壊するかもしれないぐらいの耐え難い苦痛に悶え苦しんだ。


それでもノブの言うことなら、と彼に全幅の信頼を置いてこの生活をただただ死を感じさせる苦痛に耐えながら、何とか生き延びていった。





その生活も1年が過ぎた。





ノブはその1年間、自身とエマの強化と情報収集に努めた。また空いた時間には死の森で狩りをしながら、ミハルド伯爵領都にも何度も赴き情報収集をした。驚いたことにニコ時代に作った『ニコ血統』がまだ機能している事に驚いた。この組織は衰退するというより、むしろミハルド伯爵の政策に上手く乗り、大きく勢力を拡大している事を知った時には本当に仰天した。実質的な運営のリーダーのトトの手腕に脱帽した。


ノブがこの裏組織の運営を全て託したトトと秘密裏にコンタクトを取り、邂逅を果たすとトトは涙を流して喜んでいた。


ニコの名前はもう使わない、と伝えると「では名前は『闇血統』にします」と軽く言われたので「勝手にしてくれ」と伝えると、トトはノブのお墨付きを得たと思ってか、小躍りをして喜んでいた。


ノブは『闇血統』のネットワークを利用して現状のミハルド伯爵領やエルフ族国の全体の情報を得るようにトトに指示をした。


トトは実はすでに諜報部門を立ち上げ各主要都市に間者を送り、情報を集めていたのだ。


その見事な手腕にノブも開いた口が塞がらずにいた。


その情報を元にして、ノブとエマは現在『超高純度魔鉱石』が眠っているであろう、都市ウォルタ近郊の森にある奈落の底を潜ることにした。ノブが『謀略の三悪女』の一人のメイユという魔族から聞いた情報だ。あいつらがこの魔鉱石を奪取してエルフ国を亡ぼすつもりでいるのだ。何としても阻止しなければならない。まだどの冒険者パーティも最深部へは辿り着いていないとのことだった。この時点でもう既に魔鉱石が奪われていたら、ノブはエマを連れてどこかへ逃げるつもりでいた。


1ヶ月前ほどに都市ウォルタに着いて冒険者として登録をし、冒険者活動に従事している。


エマはガルーシュ家の全てを背負うとの思いで、エマの名前を捨てて、これからスカーレットと名乗ることにした。


俺は元の世界の言葉でスカーレットをアルファベットにして伝えた。


Scarlett


スカーレットの『ス』のSは、母親のサラのSと長男のスィフルのSからもらい、


スカーレットの『カ』のCAは、父親のアルベルトのAからもらい、


スカーレットの『レ』のLEは、自分のエマのEから取り、


スカーレットの『ト』のTTは、長女のティサのTからもらった。


この名前自体に、エマはガルーシュ家の無念と希望と夢を全て詰込み、エルフ族の再興と魔族への復讐を命に刻み込んで、魔族の地で持ってエルフ族の繁栄を勝ち取るとの誓いも込めて、血の色のスカーレットとの名前を選んだ。


ノブにはもともと執事見習いとしてのノエルと冒険者としてのニコとの立場もあったが、ニコは既に魔族やエルフ族の中で、不倶戴天の敵として認知されている為、ニコとしての活動はやめた。そしてエマとの関係がこれからも永遠に続くことを願い、ノブのNとエマのEを取り、NEO(ネオ)と名乗るようにした。


これにエマは、ノブが自分の元の名前である『エマ』を使い、ノブとエマの関係を深く繋げるものであると感じて、この新たな名前をノブが名乗ることにノブのエマへの深い愛情を感じていた。この世界で全てを失ってしまった後にでも、共にいてくれる家族の様な温かさと繋がりをノブから感じるのだった。


今までは護衛としてだけの立場であったが、これからは一生のパートナーとしての立場となり、お互いへの感情や関係が大きく変わったことにより、スカーレットのネオへとの関りもこの1年間で大きく変わっていった。


スカーレットは少し半眼になりながらネオを見た。


「へーたしか、エゴロヴナって女好きで有名な魔族だったと思うんだけど?」


「あぁーたしかにそんな噂もあったかな」


「それでそのエゴロヴナが絡んでいた冒険者たちって女の子たちだったの?」


「あぁそうだ。エルフ族の3層パーティの女性陣だったな。何の用事か知らないが、夕方のあんな時間帯に女性4人で男性抜きで来ていれば、『絡んでください』って言っているようなものだからな」


「そうね」


「あのエゴロヴナは厄介な奴だから、あの4人が悲痛な顔をして困惑していたから、エゴロヴナの注意を引いて逃がしてあげたんだよ」


「えらく優しいわね」


「優しいって。俺は基本誰に対しても優しいんだよ。ヒト族の王族と魔族との関わり合いと、死の森での強烈な経験のおかげで、俺は体裁を取り繕うことのバカバカしさに気付いたから、言葉遣いを気にしなくなってはいるが、だからと言って俺の本来の気質は、誰に対しても優しいんだよ。スカー、どうした?えらく、変な質問が多い気がするが?」


「何でもないわよ、別に。あなたは、誰に対しても優しいのね」


「あぁ。何かスカーの言葉の端々に険があるんだが・・・?気になることでもあるのか?」


「別に何も気にならないわ」


頬が膨れているスカーレットを見ながら、ネオはスカーレットを抱き寄せて、言った。


「何を気にしているのか知らないが、俺はスカーがここにいてくれて本当に幸せだ。これからのことが本当に楽しみだな」


「よ・・・、よくそんなことを平気で言うわね・・・。私も、あなたと一緒にいれて幸せよ」


「スカー、まさか焼きもちでも焼いていたのか?」


「ち、違うわ!!」


そう言って、ネオはスカーレットの手を取り、部屋から一緒に出て行こうと誘った。


「わかったわかった。これからご飯でも食べに行こう。もう夕飯時だからな」


「だから、ネオは何か勘違いしているじゃない・・・?」


とスカーレットが言うか言わないぐらいで、ネオはスカーレットの唇を奪い、キスをした。


「さぁ、ごちゃごちゃ言わないで、行こうぜ」


「ネオの、私への扱いがなんかだんだんと雑になってきていると思うんだけど・・・」


二人は目元に黒の布を巻き、ネオはスカーレットと一緒に街に繰り出していった。


黒の布を巻いているのは、もちろん自分たちの素性を隠す為だ。ここにエマとその執事のノエルがいる事が誰かにバレてしまえば、予想のつかないトラブルに発展し得ないと話し合い、この方策を取っている。


また視覚をなくす事で、索敵能力の向上を図る為でもあった。スカーレットとネオの索敵能力は今や格段に上達し、もはや視覚からの情報が無くても索敵スキルで普段の生活をすることが可能になっていた。索敵で周囲の視覚的な情報は全て入ってきて、またそれ以上の情報も覚知できていた。2人の索敵能力は洗練され、既に常人の域を大きく逸脱していたのだ。


1ヶ月程前から、奇妙な黒の布を巻いた、二人の盲人冒険者が街を歩いていることは多くの人たちに目撃され、街では少し話題になっていた。


曰く、親を亡くして、健気に生きている兄弟だろうか。


曰く、身なりはこざっぱりとし口調が非常に丁寧なので、どこかの貴族の子供たちだろうか。


曰く、奴隷として逃げてきたのかのではないか。


など、様々な憶測が流れては消えていった。街の人たちも人の事を気にしている余裕はなく、人々はこの一時期の大好景気の都市でのつかの間の幸せを享受しながら、今後これからどうやって生きていくかということで精一杯だった。


そんなことを噂されていることを知る由もない二人は、悠々と街のメインストリートを仲良く手を繋ぎながら歩き、その日の夕食は何が良いかを楽しく話し合っていた。

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