59 エゴロヴナ

4人がカフェから出たのは、夕方になったぐらいの時だった。ユハからそれとなく買い物のことをほのめかされて、スリーとアスク、スカイは、はっとして買い物をすることを思い出した。3人はユハに「そう言えば買い物をしないといけなかったね」と苦笑いをしながら早々にカフェを出たのだった。


4人は急いで魔法ポーションを買いに魔法具ショップを訪れ、高品質の物から低品質のものまで予算範囲で買えるものを買っていった。


その後は自分たちにとって長期間ダンジョンにいる為に必要な品を買い揃えた。


ユハは冒険者ギルドに行き今日中には運搬者の依頼書を出さなければならないと、自分に課せられた課題を3人に伝えた。


それを聞いて、スリーとアスク、スカイは、ユハと共に冒険者ギルドへ向かうことにした。


夕方になると冒険者ギルドはエルフたちで溢れ返っていた。午前から依頼を受け取り午前・午後と仕事を済ませ、夕方には報酬を受け取りに冒険者ギルドに冒険者たちが集まっているのだ。冒険者ギルドのいつもの風景であった。


粗暴な様子の冒険者もいたが穏健そうな者もいた。皆今日の戦いの成果を自信満々に語っていた。


その中にうら若い4人の冒険者が入ってきたので、男の冒険者たちはそちらの方を注目せざるを得なかった。その4人はここ10ヶ月ほど前からこの地を訪れた素性不明の強力なチームのメンバーだった。その美しさと戦士としての腕前で多くの男性の視線を引き寄せていた。


スリー、アスク、スカイそしてユハは周囲に一瞥もせず、ギルド職員がいるカウンターに進んでいった。


しかしある男たちは彼女たちの前に立ち塞がった。


「こんにちは、美しいレディたち。お酒でも一緒にどうですか?もちろん私の奢りです」


アスクはアプローチを受けることは今までも何回もあったので、断り方もだんだん板についてきていた。


「ありがとうございます。けども今は任務に専念しています。お酒の誘いはまたの機会にお願いします」


そこにまた違う男がスリーに近寄ってきた。

「私はギルドのトップランカーだ。私と一緒に冒険すれば君の望みは全て叶えられるだろう。どうだ?一緒に来ないか?」


スリーもこの手の話は何度も受けてきたので冷静に返答をした。


「素晴らしい成果を持つのは素晴らしいことですが、私は今別の冒険に参加する予定です。申し訳ありませんが、お力添えいただく必要はありません」


「スカイさん、あなたの笑顔に惚れました!是非私にあなたを守らせてください!」


スカイはアイドルとして活躍していたこともあり「ありがとうねー。けど、今は大丈夫だよ。また助けてほしい時はお願いね」と笑顔で軽くいなしていた。


そしてある男はユハに熱烈に口説こうとしていた。

「君の美しさと勇気に魅了されました。俺たちのチームに入らないか?素晴らしいチームになれると思うんだ!」


ユハは羽虫を見るような冷徹さで言下に却下した。


「今、私たちは忙しい」


ユハの冷たい目線は逆に男たちを虜にし、「俺もあの冷たい目線を受けたい・・・」などと、訳のわからない会話がそこここでされていた。


男たちは4人の美女たちが、全く取り付く島もないことに落ち込み、しぶしぶ引いていった。しかし1人の男性がスリーに向かって再び声をかけた。


「スリーさん、私はただあなたのことを尊敬しています。冒険者としてのあなたの強さと美しさに、惹かれずにはいられません」


スリーは少し驚きながら、その男に伝えた。

「あなたの言葉、とても心温まるわ。でも今の私は冒険が最優先事項なの。ごめんなさいね」


男は残念そうな表情をしながら、辛そうに言葉を継いだ。


「わかりました。でも、もし私がお手伝いできることがあれば、いつでも言ってください。貴女の為なら何でもしましょう」


スリーはその言葉に素直に返答をした。

「ありがとう。そのお心遣いに感謝します。もし私が助けが必要な状況に追い込まれたら、お願いするかもしれませんね」


男は頭を下げ、スリーを尊敬のまなざしで見つめた。冷たくあしらわれたが4人の存在感は、いつまでも男たちを魅了していた。三原たちは冷静な態度を崩さずにカウンターに向かった。彼女たちは美しいだけでなく、男たちをいなしていく度胸も同時に身に付けていた。それが、全く求めてもいないが、この10ヶ月間での一つの成果でもあった。その素っ気ない態度も、また彼女たちを特別な存在としてギルドの中で際立たせてしまっていた。


後数歩でカウンターに着こうとしている所で、大柄な魔族の男が4人に近付いてきた。


「よう、そこの美人さん方。素っ気無い態度だな。少し向こうで一杯ぐらいどうだ?ダンジョンの事も色々と教えてやってもいいぜ。へへへ」


その魔族は、現在ダンジョン7層まで潜っている、魔族チームの一員だった。今この界隈で知らない者はいない程の実力者だった。身長は2メートルを超す大男で、筋肉もはち切れんばかりの体躯を持っていた。Tシャツに短パンと軽装でいたが戦場では大きな鎧と兜を被り、サイクロプスやオークと素手で戦っても軽く圧勝する力を持っている、とは冒険者たちの中でのもっぱらの噂だ。そして背中には魔族だけが所持を許されている、武器である斧を背負っていた。これほどの強者。また顔も凶悪な顔をしており、顔に深いしわと無数の傷跡があり、鋭くとがった目が垂れ下がっていて、血走ったように光っていた。薄くてほとんど眉毛のない額に太くてくすんだ色の顔髪が乱れて生えている。また、鼻は歪みひどく鈍い角度で曲がっており、喉元には暗い青紫のあざが広がっていた。口は歪んでおり、いつも陰湿な笑みを浮かべているかのようで歯は黄色く、いくつかは欠けているところも見て取れる。顎は不規則な形状をしており、まるで野獣のように突き出ていた。耳は不自然に大きく不均一な形状をしており、表面には不気味なほくろや瘢痕がある。顔の肌は荒れており魔族特有の青黒い色であったが所々が爛れており、今まで彼が経験してきた戦いの激しさを物語っているようだった。


ダンジョンの情報は魅力的であったが、その卑猥な笑いが4人を大いに警戒させた。


スリー「どうする?」

アスク「ダンジョンって言っているし・・・?」

スカイ「むむむ・・・」

3人は一瞬逡巡したがユハは厳と「有り得ないです。行きましょう」と言って先に進んだ。


3人はそのユハの言葉に我に返り「忙しいので」と一言添えて行こうとしたが、魔族の男が4人の前に再び立ちはだかった。


「まぁ待てよ。俺はエゴロヴナっていうんだ。あんたたちにとって損な話じゃないだろ?ダンジョン攻略をしている仲間だ。仲良くやろうぜ」


スリーとしては、正直魔族たちと事を構えるつもりはない。ヒト族としては敵対しているが今は4人共にエルフ族の姿をしている。ここで悶着が起こることで、無用な刺激を魔族側に与えてしまい、今後の活動に支障が出てしまうのは火を見るより明らかだ。戦闘になり変装が解けでもしたら大事件だ。


周囲のエルフの冒険者も強力な魔族の冒険者達に何か言える事はなく、ただ遠くから状況を静観するしか無かった。


スリーはチラッとアスクとスカイ、ユハを順に見た。後の3人もだいたい同じような思考をしていることが分かる。スリーは(仕方ない)と心の中で呟き、口から了承の言葉を出そうとした。その時。


「すいません。トイレはどこですか?」


素っ頓狂な質問が場違いなタイミングと調子の外れたトーンで、魔族エゴロヴナにかけられた。エゴロヴナは後ろを振り返り、誰が質問をしているかを見ると、小さな160センチぐらいのエルフが、エゴロヴナに向かって話しかけていた。そのエルフの顔には大きな特徴があった。金髪の髪をしているが、目の部分が黒の布で覆われているのだ。このエルフはどうやら盲人であることが分かる。タイミング悪く魔族とスリーたちの会話に入ってきてしまったようだ。


「貴様、俺を誰だか分かっているのか?」

「はい、魔族の方ですよね?会話の内容から、このギルドで長い間おられているのだと分かりましたので、この建物のトイレの場所を聞かせていただきました。教えてもらってもよろしいですか?」

「今俺は取り込み中だ。お前と話す時間はない。邪魔だ。他の奴らに聞け」

「周囲の人たちは何故か貝のように口を噤み、声が出せないようです。ここで一番話をされている方なら答えてくれるかと思いまして。すいません、トイレはどこですか?」


エゴロヴナはイライラしてそのエルフの胸倉を掴んで、空中にあげた。


スリーはその様子を見て、咄嗟に叫んでいた。

「待って!目の見えない子供に本気にならないであげて!!!一杯ぐらいなら話なら聞いてあげるから!!」


「お姉さん方、僕はこの魔族の方に話をしているんだから大丈夫ですよ。僕はとにかくトイレがどこか知りたいだけなんです」


そう言って、その盲人の子供はエゴロヴナの指を掴んで、服から剥がして何事もなかったかのように床に降りたった。エゴロヴナは驚愕の表情をしてその盲人を見つめた。


「まぁトイレの場所は他の人に聞けばいいか。お邪魔しました。さようなら」


「き、貴様!!俺の指に何をした!てめえ!!待ちやがれ!!」


と叫び、エゴロヴナはギルドをそそくさと出て行った盲人のエルフを追いかけて、ギルドを出て行った。他の魔族たちも「エゴ!どこに行く?!」と後を追って出て行った。


アスク「な・・・なんか分かんないけど、助かったわね」


スカイ「ふー。良かった」


スリー「そ・・・そうね。誰だったんだろうね、あの盲人の子供?って!!!大丈夫じゃない!あの子、大丈夫かしら!!??エゴロヴナに掴まったら危ないわ!」


ユハ「それもそうね。後を追いましょう」


と4人はギルドの建物から飛び出たが、そこにはいつもの活気のある街の賑わいがあるだけで、あの盲人とエゴロヴナ、そして魔族たちの姿はどこにも見られなかった。


アスク「大丈夫だったのかしら・・・?」


スリー「次に会う機会があったら聞きましょう」


スカイ「大丈夫かな~」


ユハ「・・・そうね」





          ◇





エゴロヴナは盲人を後ろから追いかけていた。


(あのガキは人の波を巧みに避けながら進んでいく。盲いた目を持つはずなのに、全く人の混雑を苦にすることなく巧みに人の間を縫うように進んでいる。あの布から本当は先が見えているのか。ふざけた奴だ。しかも、この俺から逃げ果せようとするなど、小賢しい)


その盲人はエゴロヴナから付かず離れずの距離を保ちながら、先頭を走って逃げて行った。エゴロヴナは人の群れを「どけ!」「邪魔だ!」「失せろ!」と叫びながら進んでいくので、エゴロヴナの周囲から人は距離を取りまるで川を割ったかのように、人の波がエゴロヴナから離れていく。視界には盲人の背後は見えているが、常に一定の距離を保っているようにも思う。こちらがスピードを増せばあちらもスピードを増し、こちらが少しスピードが落ちればそれに従いあちらもスピードが落ちていた。


(まさか調整している?いや何の理由で?どうやって?)


そう思っていると盲人のエルフが建物の角を曲がり、狭い路地に入っていった。エゴロヴナもすぐさま角に駆け寄り、路地を見たがそこには誰もいなかった。


「俺から逃げられると思うなよ!うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


敵の注意を引く、壁役にとって必須のスキルの叫びを放った。


(これであの盲人もこちらに寄ってこざるを得ないだろう)


と思って放ったスキルだが、周囲には何の変化もなかった。


「ちっ逃げ足が速い小僧だ。くそ!」


そう毒づき、ドスンドスンと大きな足音を立てながら、不満そうにエゴロヴナはその場から立ち去っていった。


その様子を、盲人の青年は建物の上からじっと見つめていた。

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