53 ガルーシュ伯爵領へ⑥ ~銀髪の魔族~

銀髪の魔族は戦慄した。


(さすが『謀殺の三悪女』を瞬殺した男だ。この数の魔族と魔獣に対峙して、圧倒している。僕にもまだ隠し玉が無いわけではないが、こいつの強さは異常だ。こんな奴がまさか冒険者にいるとは。ランクCのはずだが、全く当てにならない。これはまずい・・・)


一匹の魔獣の獅子が、ニコに襲い掛かった。ニコから高速で打ち出される打撃が、獅子に空中で炸裂し獅子は地面に叩き落とされた。すでにニコが放つ一発一発が致命傷になりうる力を帯びていた。超濃密な魔力の奔流が彼の体から流れでいた。その魔力で纏われた拳撃や蹴撃が、的確に一体一体の魔獣や魔族に叩き込まれ猛烈な勢いで魔獣達が屠られていく。魔獣の蛇が死角を狙い、ニコの足に噛みつこうとしたが、瞬時に足を上げて蛇の噛みつきを避け、頭部へ強烈な蹴撃を与えた。頭部を潰された蛇はなすすべなくその場で潰れた。


毒蛙が毒の霧を発生させ、ニコの動きを止め捕食しようとするが、全く意に介した様子が無く、毒霧を吐き続ける毒蛙にすたすたと余裕を持ちながらニコは歩き近付き、蛙の頭部を掴んで握力のまま潰した。ニコには毒が効かない。


銀髪の魔族は後方支援として、ニコの隙を見つけては雷魔法を叩き込むが、先ほどの初撃が当たった以降はどれもすんでの所で避けられる。むしろ、雷の一閃がニコが避けた先の魔獣に当たり、感電死させてしまっている。


(くそ!まるで同士討ちを狙わされているのか。こいつは化け物か?!)


ニコは周囲の索敵を怠らず、目の前の攻撃を回避する前に次の回避先の魔獣か魔族の位置を確認して、避けた体の勢いをそのまま次の攻撃の勢いに変えて周囲の魔獣と魔族を危なげなく蹂躙していった。ほとんどの魔獣はほぼ討伐されつくした。残っているのは魔族たちだけだ。それも後10体ほどだ。


傍から見れば、ニコは緩慢な体の流れなのだが、あまりに体の動きが的確過ぎてニコを取り巻く魔獣と魔族たちは、ニコの攻撃を自分から受けに行っているかのような動きをして一体一体がニコの攻撃に沈んでいった。


ニコは背後の魔族の首を掴み潰し、他の魔族が攻撃してきたのを利用して瀕死の魔族を盾にして止めを刺した。


後ろから襲ってくる蝙蝠型の小さな魔族が不規則な動きをしながらニコに迫った。この蝙蝠型の魔族は、鋭利な爪と牙を持ち噛撃を喰らわすと、魔獣はその爪や牙を獲物の体内に残し切り取り爆発させる。その魔族の牙と爪は凶悪な武器となっている。不規則な動きであるが故に普通のエルフであれば、視覚でとらえられず出遭ったが最後、死を覚悟しなければならない賢魔30位の魔族だ。ニコはうまくタイミングを取り、体のど真ん中を正拳突きを食らわし、体の真ん中にこぶし大の穴が開けた。蝙蝠型の魔族はあっけなく地面に倒れていった。


(まずいな。だんだんとこちらの動きにも慣れてきている。どれほどの威力での打撃であるなら、一撃で屠れるのかを分かってきている。なるほど、これは相手にならない。一旦、ここは退避するべきだな)


そう銀髪の魔族は判断し、退避用の転移魔法陣を準備し始めた。その行為を目敏く視認しニコはこちらへの目を切ったその銀髪の魔族に、その一瞬の間に高速移動し、銀髪の魔族の背後に立った。


「しまっ・・・」


「遅い」


手刀で側頭部を斬り付け頭を半分にカチ割ろうとしたが、銀髪の魔族の防御力はかなり増しているようで切断することは能わず、地面に頭を激突させるだけになってしまった。


「固いな」


銀髪の魔族は恐れ慄いた。


(どうやって、あの激戦の中で、こちらの一瞬の隙を見逃さずに近接して攻撃ができるんだ?!おかしいだろう!!)


銀髪の魔族は何とかその場から離れ、ニコから距離を取ろうとした。既にニコの姿は先ほどの場所にはなかった。


(どこだ?!)


と振り向くと、視界の下から何かが迫る気配がした。ガン!!!と当たり、銀髪の魔族は空中に投げ出された。ニコの強烈なアッパーが魔族の顎に炸裂した。


その後は、無防備の魔族の体に強烈な打撃の連続が全身を襲った。顔から首、肩、両腕、胸部、腹部、背中、足部、全ての部位への強烈な衝撃と激痛が走る。


ボロボロになりながら遠くの壁に激突し、ズルズルと地面に落ちて動けないでいた。


「お前、本当に固いな。さすが1桁台の賢魔だ」とニコは止めを刺すために猛スピードで銀髪の魔族に向かって走り出した。


(まずい。転移魔法陣を起動させる呪文を口に出さないといけないのに、口が開かない)


焦る銀髪の魔族はほとんど見えない目で周囲を確認すると、ニコは自分に群がっている魔族を屠りながら、こちらに向かってきた。


(早く!早く!逃げないと殺される!!!まずい!!!)


口の周りが血で膨れ上がっているので口が開かなかったが、その血こぶを切り裂き口を開けられるようにした。


「エスケー・・・」


「逃がすか!!!」


鋭利な剣型の魔力弾が銀髪の魔族の喉元を切り裂き、大量の血が流れ出た。


パクパクパクパク(貴様、何を?)


もう声がでない。もう魔法陣の起動ができない。薄れる意識の中で、最後に見た光景は、ニコが飛ばした魔力弾が目の前にあったことだった。


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