48 ガルーシュ伯爵領へ① ~愚かな計画の代償~

俺とエマは、ビリクイカ伯爵邸になんとか戻ってきた。フィブラーさんとアルハさん、そして、兵士団の人たちは、青ざめた表情であったが、俺たちを見た瞬間、一瞬で破顔して歓声を上げながら俺たちを迎えた。


「エマ様――――!!!!」

「よかったーーーー!!!!」

「大丈夫ですかーーー!!!」

「エマ様よかった!!!!」

「ノエル!!」


俺たちはこの誘拐の顛末をビリクイカ伯爵や関係の貴族たち、また従者たちに説明した。


説明は以下のようになる。


エマとノエルが誘拐されたが、エマが誘拐犯達の隙を付いて打倒、突破しノエルも同時に救ってここまで逃げ遂せた。また貞操の危機はなかったと説明して、皆命と共に不幸中の幸いだったとの安堵でフィブラーさんとアルハさんはその場に崩れそうになっていた。


貴族令嬢としては処女であることが非常に大切との考えが大勢を占めていた。処女を捧げることが、嫁ぐ先の貴族に対しての誠実と忠誠の表し方との考えが根強く残っていたのだ。古い考えであったが将来のことを思えば、あるに越したことはない。


「本当に、本当にご無事で何よりです。本当に良かったです!!!」


泣きながら、クリシュナ兵士団長は無事を喜んだ。


ビリクイカ伯爵アイロは、エマと俺の帰還の報を聞き血相を変えてエマと俺の元に訪れた。そして、俺たちの姿を視認すると少し顔を引きつらせながら、無事の帰還を喜んだ。


「貴殿たちが無事に帰ってこられて、本当に良かった。最悪の場合、私はガルーシュ伯爵にどのようにお詫びをすればいいかと思い悩んでいました。また他国より不信感を持たれてしまい、ビリクイカ伯爵家の地位は地に落ちたことでしょう。本当に申し訳ありませんでした。平にお詫び申し上げます」


エマはその誠心誠意謝罪をするアイロ・ル・ビリクイカ伯爵を見て少しため息をつき、厳しい眼差しをアイロに向けた。


「誰にでも失敗はあります。これが私であったから良かったものの、このようなことが他の誰かに起こってしまえば、生きて帰ってくることはなかったでしょう。そして、今後誰も二度とビリクイカ伯爵領に人は訪れなくなっていたでしょう。それは非常に不幸なことです。私は私の事やガルーシュ伯爵を心配するのではないのです。ビリクイカ伯爵閣下、あなた様の事を心配するのです。ビリクイカ伯爵はガルーシュ伯爵にとっても大切な友人であり同僚です。エルフ族、皆の共存共栄を望む一人として、是非警備に関しても不備がなかったのか、惰性はなかったのか、甘えがなかったのかなど、きっちりと見直しをされることを助言いたします。死人が出てからでは遅いと存じます。御護衛兵士の警備体制の再度見直しをよろしくお願いいたします」


アイロ・ル・ビリクイカ伯爵は、表情は辛く痛ましいそうにしていたが、胸の内ではエマへの恨みでどす黒く渦巻いていた。



(くそ!!本来であれば、ここにこの小娘が来るまでに片が付いていたはずだったのだ!それが、道中での盗賊の襲撃と宿舎への急襲がすべて失敗。次善策として、この小娘をパーティ会場で隷属化して、意のままに操る予定がこのよくわからんガキが横から出てきて全てを台無しにしやがった!くそ!!!最後の奥の手として頼んでいた魔族どもに誘拐を依頼していたが、変化スキルで周囲の村々をエマの姿で襲撃して、エマが狂乱したということで俺の警備体制の穴ではなく、そもそもエマが出奔を計画していたのだ。これで警備の不備ではないことに、皆納得する予定だったのだ!あの魔族どもが失敗する始末で、俺の評判・信頼はガタ落ちだ!!本当にあり得ない!このエマとかいう小娘は、関わった者たち全てを破滅に導く星の元にでも生まれているのか?これほどの失敗が続くことは、本来あり得ない。もはや偶然の域を越している。何者だ、この娘は?それほどの実力を有しているのか?たしか、今回の魔族は賢魔20位、21位、22位の『謀殺の三悪女』だったはずだ。失敗をすることなど、本来あり得ないはずだったんだ!!!くそ!!!なんなんだこいつは!!??くそ!!くそ!!!くそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!)


と、毒づいていた。もし目の前に、アイロ専属の奴隷たちがいたならば、その奴隷たちを心ゆくまで叩きのめしていたことだろう。その奴隷たちも今は給仕に勤しみまた厨房での調理に精を出している。今はまだ錯乱するわけにはいかない。自制心を最大限に活用して、アイロはそんな感情をおくびにも出さずに、エマに謝罪を続けたのだった。


エマは今回の一連の襲撃誘拐事件の首謀者がアイロであることは察していた。そもそも、ここにエマが来ていることを知っているのはアイロ・ル・ビリクイカ伯爵だ。パーティへ呼んだ張本人だ。また毒を仕込み隷属化するカトラリーまでも用意した。そしてエマが座る席に魔族が襲わせた。これはパーティ主催者が音頭を取らなければ不可能な計画であり、主催者が主導しなければ絶対に成功しない。エマはそのことをビリクイカ伯爵邸への帰路の途中でノエルと話をし、その結論に至っていた。


このままビリクイカ伯爵を潰すことも考えた。しかしこれが一つの貸しになり、ビリクイカ伯爵に一つの楔を打ち込む機会となればと願い、ここで矛を収めることとした。周囲の貴族たちのビリクイカ伯爵に対する心証はもう十分最悪だ。このまま生かしておいて地獄に落ちてもらう方が、将来の為にもなるかもしれない。また心入れ替えエルフ族の為に貢献することも可能性がないわけではない。どちらに転んでもエルフ族の為になると考えここで一旦の手打ちとした。


それよりも正直早くガルーシュ伯爵領に帰りたかった。あの魔族が言っていた、『ガルーシュ伯爵領が取りつぶしになる』との話がずっと気になっていた。


とにかく今回のビリクイカ伯爵領でパーティで話すべき貴族たちと、話すべき内容は全て話せた。今回の誘拐事件でビリクイカ伯爵の地位は地に落ちた。ここでのエマの使命は終わったと言っていいだろう。思った以上の戦果だ。


アイロ・ル・ビリクイカ伯爵は苛立つ気持ちを抑えながら、エマに話しかけた。

「エマ令嬢。申し訳ありませんが一度こちらでもう少し詳しい話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?今回の件に関して詳細に状況を把握し警備体制向上につなげたいのですが・・・」


エマはここに残ることのメリット・デメリットの大きさを考え、その必要性を全く感じることは無かったので言下に拒否した。

「いえ、その必要はありません。必要な情報はもう閣下にお伝えいたしました。これ以上必要であれば、今後は書簡でのやり取りで対応しましょう。こちらからも書簡を送らせていただきます。私にはすぐに本領地に帰還しなければならない案件が惹起したようです。大変に申し訳ありませんがご容赦ください。さぁ皆さん帰りますよ」


「「「は!!」」」


「お、お待ちください。それでは今回の事件の顛末が分からなくなります。重要参考人であるエマ令嬢がいなくなりましたら、話が進まないのではないでしょうか?警備体制の再検討はエマ令嬢の証言なしではできないです」


「それは閣下が調べることです。大切な友人である閣下を助けたいのはやまやまですが、友人を甘やかさず見守り自立を促すのも良き友人の務めでございます。そもそも、そちらの警備体制再検討は私の話を基にするよりも、そちらが自分たちの警備体制を精査して考えて行ってください。私には助ける義務もなければ責任もありません。これ以上言わないと分からないのでしょうか?私は閣下の誠意を見ているのです。これ以上ガルーシュ伯爵家のビリクイカ伯爵家に対する印象を下げさせないで下さい。それではここで。失礼いたします」


取り付く島もなくエマはその場を去っていった。


アイロは血が出る程固く拳を握りしめながら、屈辱を噛みしめてエマの辞去を容認するしかなかった。


エマたちは早々に兵士団に付き添われ帰途についた。


「こんなところで無駄に時間を取られている場合じゃないわ。早く!!早く帰りましょう!!」


エマは馬車に乗り込み兵士団も魔力を最大限に発現させ、ほぼ魔力なしの成人男性の全力疾走と同じ速度で走り始めた。おそらくこのペースでいけば、3日間ほどでガルーシュ伯爵邸に着くだろう。


焦る気持ちを抑えながら、エマは切に家族と領地の人々の安全を祈った。

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