45 誕生日パーティ② ~エマ誘拐~

給仕係が前菜を運び貴族達の前に質素に見えながら、明らかに手が込まれているのが見て取れる料理に、皆感嘆の声があちこちで上がっていた。


確かに見応えから香りからカトラリーの柄や質まで、圧倒的な存在感の料理であった。ノエルもその豪勢さに目を奪われていた。


(さすがムラカ派の大貴族ビリクイカ伯爵の饗宴。全てのスペックが群を抜いている。サニ派のガルーシュ伯爵領でもこれほどの食材や装飾、カトラリーなどは見たことがない。流通や経済への圧迫はやはりサニ派の勢力を徐々に削いでいる)


食器一つ見ていてもその富の莫大さを感じさせるのだ。食材の豊富さを見ていても、この不安定な国家の状況における優雅さとは思えない程だ。ムラカ派が魔族からの優遇を受けているのはこのパーティを見ても一目瞭然であった。


誕生日会はスタートし、周囲の席の人々と語り合った。そこここで会話の花が咲いていたが、カンカンカンとフォークがガラスのグラスに当たる音の方に皆注目し静寂がダイニングホールを覆った。


ビリクイカ伯爵当主は周囲がこちらに注目している事を確認してから、徐に口を開いた。


「本日は皆様御多用のところ、このように我が娘マヘレットの誕生日パーティに御参集くださり誠にありがとうございます。これほど今エルフ族国が安定している時期はなかったと言っても過言ではないででしょう。長きに渡る戦乱も治まり、ここからがエルフ族国新時代の幕開けです。託すことができるのは、全て若者達しかありません。若者達が今後の未来です。未来からの使者です。その未来を大切するのが我々大人の役目であり責務と思います。その思いに賛同していただいている方々が、まさに皆様です。なぜなら、このように我が娘の誕生日を祝いエルフ族の鉄の団結に貢献していただいているからです。まさに皆様こそエルフ族の団結の要であります。礎であります。皆様のご多幸とご健勝を衷心よりお祈り申し上げ挨拶とさせていただきます。それでは皆様、お手元のお飲み物をお持ちください。それではエルフ族また魔族との共存共栄を祈り、乾杯!」


「「「「乾杯!!!」」」


皆が笑顔でお互いの健勝を讃えながら、またエルフ•魔族の共栄治世を祈り、歓談を始めた。しかししばらくして、カンカンカンと誰かがグラスにフォークで叩く音が聞こえてきた。スピーチ要求の合図だ。皆誰がスピーチを希望しているのかと、音の出所に視線を向けた。一人の参加者から発言が聞こえてきた。


「恐れながら、閣下一言お祝いの言葉を述べさせて頂きたく存じます」


「おぉーエマ令嬢。この度はガルーシュ伯爵領よりお出で下さいまして、大変にご苦労様です。サニ派の方々のお口に合うか分かりませんが、是非楽しんで行って下さい」


「平素は格別のご高配にあずかり深謝申し上げます。ビリクイカ伯爵家のご健勝をお祈り申し上げます。またマヘレット様、お誕生日おめでとうございます。益々若く美しくご活躍ください」


そう言うと周囲はエマの静かに発する王者の気迫に圧倒されるのだった。ビリクイカ伯爵当主の皮肉の効果も薄れ、場は一気にエマの掌となった。


「さて私から一言申し上げたき件がございます。ビリクイカ伯爵御当主より『安定した治世』との言及がございました。私も安定した世を切に願う一人でございますが、残念ながら魔族と手を取り合う世界は、その真逆の結果となる事は火を見るより明らか。サニ派貴族だけに関わらず、ムラカ貴族も融和に積極的な活動をする方々には、警察機構が不平等で不条理な捜査が行われ、取り潰しに遭う事案が多発しております。真に共栄を説くのであれば融和を真に進めるエルフ達の保護を訴えたいのであります」


場の空気が凍りついた。政治や宗教への言及は、基本避けられるべき話題ではあるが、そのど真ん中をエマは踏み抜いていった。


「それは異な事をおっしゃられる」


テーブルの向かいに座る、ある男性貴族が立ち上がり口を開いた。


「私の領地では昔のサニ派治世時代の治安部隊は全く機能しておらず、犯罪率が非常に高く領民達は塗炭の苦しみに喘いでおりました。しかし魔族とムラカ派の皆様が治安維持のために警察力向上をして下さり、犯罪率は大幅に改善をしております。不平等や不条理では、このようことにならないと思いますがいかがですかな?」


「ご意見ありがとうございます、ダータラ子爵次男マッケンジー様」


「な、何故、私の名を!?」


「ご高名でおられますので、よく存じております。恐れ入りますが貴方様にはまだ、ダータラ子爵当主より、統治都市の全ての状況を共有されていないのではありませんか?」


エマは笑みを湛えながらも、眼光鋭くその男性貴族を見据えた。


「私はダータラ子爵の次男として公務を任されている身であるぞ!失礼だぞ!」


「マッケンジー様、確かあなた様のご公務は食料調達であったと記憶しております。マッケンジー様は御在居の台所事情は分かるのでしょうが、現在のダータラ子爵統治都市アータラの政治的情勢はご存知ではないようですので、その都市の状況をお伝えしましょう。確かにダータラ子爵が統治する都市アータラの犯罪率が近年減少傾向にありますが、それは警察機構の強化に起因するというよりも、犯罪の温床となっていた都市外壁内のスラム街の貧困層を全てアータラ都市外へと追放したのが原因です。ご存じではありませんか?スラム街の大掃討が2年前ほど行われ、都市アータラ外壁内がとても清潔感が増した、と話題だったじゃないですか」


「そ、それは都市住民たちの意向もあり・・・公共の場所に不法占拠している者たちを一掃して、法の支配を強化しようと・・・」


「そうです。その中にはもちろん犯罪者も含まれていましたのでしょう。その施策は功を奏し、都市外壁内の犯罪率は激減しました。しかしその代わり、スラムの住民達は都市外壁より外へ追いやられ、何もない平原に追放されたのです。行く当てもなく都市アータラのスラム住民は他都市に移住し、そこで生きる術のない人々は犯罪に手を添えめているのです。または平原で盗賊と化し周辺の商人団を襲っているのです。その為にダータラ子爵の都市は周辺都市や領地より様々な苦情が入っているはずです」


「う、嘘だ。お、俺は、そんな報告は受けていないぞ!!」


「そのご様子でしたから、ご存知ではないようですね。むしろ当代のダータラ子爵の統治政策があまりに選民的であるため、経済基盤は縮小しております。おそらくこれもご存知ではないでしょう。なぜなら、スラム街の貧民層はダータラ子爵の都市アータラにとって、貴重な労働力だったのです。都市内の犯罪率も高くなる分、生活を支える基幹産業を支えていたのは、皮肉にもスラム街の住民だったのです。この歪な依存関係で都市アータラは絶妙のバランスを保っていたのです。誰がゴミ収集をしてくれましたか?誰が道路の掃除をしてくれましたか?誰が各家庭のトイレにある人糞を汲みに来てくれましたか?その必要経費のような犯罪発生に対して目を瞑ってきたのが、ダータラ子爵領の公然の秘密のようなものでした。しかしスラム街の住民の『処遇改善』をするのと真逆の『追放』をしてしまった。悪手でしたね。今、都市アータラの経済や産業やインフラが大打撃を受けているのです。またそのスラム街の貧民たちを追いやるように指示をしたのは、魔族であったとのもっぱらの噂ですがマッケンジー様は何かご存知ではないですか?」


「し・・・知らない!!俺はそんなことは・・・な、何も知らない!!」


「このような事も共有されていない方が、この度の私の発言に関して、とやかくいう資格はございません!!まずは、自身の領地の近隣の子爵閣下や伯爵閣下に深謝し、ご自身の領地が与えた損害への補填などを話し合われたら、いかがですか?!」


「あ、う・・・くっ・・・」


ぐうの音も出ず、マッケンジーは、顔面蒼白の状態でフラフラとその場から退席した。


「すいません。このような場に相応しくない会話でございましたが、是非皆様に知って頂きたいのです。魔族との共存はあり得ないことを」


眼を丸くしてエマを見ている貴族もいれば、よくぞ言ってくれたと、うんうんと頷いている貴族も散見された。おそらく先ほどの迷惑を被っている領地の貴族たちだろう。


「わたくしはただエルフ族の未来に栄光あれ、とお伝えして、私の拙いスピーチは終わりにしたいと思います。マヘレット様、重ねてになりますがお誕生日おめでとうございます。これからも末永くお幸せであられますよう、お祈り申し上げます」


場内は水を打ったように静まり返った。


その重い雰囲気に耐えられず、ビリクイカ伯爵当主アイロは明るく「さ、さぁ皆様、ご歓談をお楽しみ下さい」と顔を引き攣らせて伝え、周囲も努めて何もなかったように繕い食事を始めるのだった。


(あの小娘め。事前に暗殺しようとするも、何故か全ての暗部が撃退されている始末。こいつは相当良い護衛兵を雇っているのか。くそが!用心深いことだ!)


と、心で愚痴っていた。


青筋を立てても笑顔で振る舞うアイロを横目に、エマはテーブルの横の貴族達と談笑して過ごしていた。


ノエルは交渉力、統率力、突破力のスキルを有する圧倒的なエマの演説に唖然としながら、一瞬あのビリクイカ伯爵アイロが不気味にエマの手元を見てほくそ笑んでいる様子が気になったので、エマの手元の料理の鑑定を行った。


料理 トマトと●▲◇(←あれは、おそらく生ハムだな)のブルスケッタ

トマト

●▲◇(←生ハム)

バジル

トースト

にんにく

猛毒のメヒシバ

効果 遅効性の毒 消化後24時間以内程度で摂取者は肺機能麻痺のため、死亡する。


●▲◇は植物ではない為、俺には鑑定できないが、俺の目からしてあれは「生ハム」だと常識的に鑑定できる。スキルでは誤字として出力されるんだな、やはり。ああいう料理は今までも見たことがあるので、俺の知識で補完できるのだが、そんなことよりも・・・


(は??猛毒のメヒシバ??)


なぜエマの食事にそのようなものが混入されているのか?いや、他の招待客の料理にも同様に入っているのか?と思い、他の招待客に振舞われている料理も鑑定してみたが、毒の字は鑑定結果には出てこなかった。植物系の毒であれば、俺で鑑定できるが、動物系の毒であれば、俺ではお手上げた。そうであるかもしれないし、そうではないかもしれない。


しかも、エマの前にセッティングされているナイフやフォークをスキルの金属鑑定をすると驚くべきことが分かった。


抵抗力低下の銀フォーク

効果:所持した者の物理攻撃・魔力攻撃・呪術・毒への耐性を0とする


隷属の金ナイフ

効果:所持している間、奴隷として主人に仕える


猛毒の金スプーン

効果:料理を取る際に使用した場合、使用者は猛毒に侵される。

毒の効果:筋力麻痺


(やってくれるな)


ぼそっと俺は胸の内で呟いた。どうやらまだエマは談笑に興じているようで、振舞われた料理やカトラリーに触ってはいない。しかしエマはスピーチの時に銀フォークには触れている。これで所持しているとの認識であれば、エマの様々な攻撃への抵抗力はゼロになっている。今攻撃を喰らってしまうと、その攻撃の餌食になってしまう。他の招待客のカントラリーも鑑定したが普通の何の変哲もない銀ナイフに金フォーク、金スプーンであった。


俺はエマに近付こうと一歩踏み出るとフィブラーさんが俺の行く手を、手で遮った。


「何をしている?我々はここで待機だ。主人に呼ばれない以上は動かないのが、マナーだ。忘れたか?」


静かにだがそれでもかなりの剣幕で俺に迫ってきた。


そんなことは分かっている。今までも、主人の後ろで待機するようにするなど、執事としての基本動作はあなたやアルハさんから徹底して教育されていますからね。


しかし今は緊急事態だ。エマが絶体絶命だ。隷属させられたら、どんなことを命じられるか分かったものではない。そんなことも分かってもらいたいのだが、まだまだ見習いの為に自由に動くことはできない。どうしたものかと考えていると、フィブリーさんが厳しさに、一筋の温かさを感じさせる声色と視線で俺に話しかけた。


「大切なことか?」


「はい」


「分かった」


そう言うと、フィブラーさんは制止していた手を下げて、俺に移動許可を与えてくれた。


さすが、ガルーシュ家に連なる人たちだ。部下をよく信頼してくれる。フィブラーさんの振る舞いを見ているとセバスを思い出す。ガルーシュ伯爵家の人々は、こんな身元不明の俺なんかを良くしてくれた。その人たちに報いたいとの思いも俺の中では沸々と湧いてくるのだった。その為にもエマを助けなくては。


そう思い一歩前に足を踏み出し、エマの一挙手一投足を注視していると、とうとうエマの両手が動き出した。カトラリーに手を伸ばし食事を摂るつもりだ。


(まずい!)


俺はエマの元に走り寄った。


「毒だ!!!」と叫ぶと、何故俺が分かったのかとなる。貴族でない者が場を乱した場合その者は死刑に値するだろう。そうでなくても、俺は強制退場が言い渡されるのは確定だ。これ以降護衛が続けられないのはかなりの痛手だ。説明の時間も何もない。このままエマからカトラリーを奪う以外にもう時間の猶予がない。


しかし俺がカトラリーを手に持ち所持者と認定されれば隷属される可能性がある。それはそれで大きな問題だ。しかし俺にはなんとかなくだが、隷属されない自信がある。この膨大な魔力量の人間を隷属するためにはかなりの強度の隷属の魔法陣を組まなければならない。組んでいたら詰みだが。


と思いながら、俺は一瞬でエマの横に立ちさっと隷属の金のナイフを静かに手に持った。エマは空中で手が止まり訝しながら俺を見た。


「どうしたの?何かありましたか?」


エマが振り返って俺を見た。とにかくこの凶悪なカトラリーの除去が最優先だ。


俺はそっとエマの耳元に顔を近づけ伝えた。


「毒と呪いだ。周りの物に手を付けるな」


それだけを伝えると、エマはビクッと体が硬直し、目の前の料理に目が釘付けになってしまい動けなくなってしまった。エマの隣の座っていた女性貴族が周囲の誰にも聞こえないような声量で俺の方に体を近付け俺の耳元で囁いてきた。


「その金のナイフをここに置きなさい。そして全てを忘れてここから立ち去りなさい」


(なるほど。あんたがこの隷属ナイフの主人か。ここで俺がこの金のナイフに支配されないぐらいに、魔力量が圧倒的にあることが相手方に判明した場合これからの俺の活動には支障が出るかもな。もしくはここでこの女性貴族を制圧してしまうか。いや、他にもちろんこの毒入りの食事を手配した奴らもいるわけだから、協力者もいることは明白だ。今は下手に動くべきではない)


そう判断し、静かにナイフをエマの料理の皿の右側に置き、一礼をして静かに後ろに下がった。女性貴族は満足げに俺が後ろに下がったのをいいことに、エマに親し気に話しかけてきた。


「あの執事はあなたの所の?どういうつもりであなたのナイフを取ったのかしら?早く食べないとせっかくの食事が冷めてしまいますわよ」


「私が金属に触れると手が荒れることを心配していたようです。私の皮膚はあまり強くないのです。見習いの執事でありながら、よくできた執事であることにとても感謝いたしますわ」


「あなたの指示なしでここに来ているのは、あまり褒められた行為ではないですね」


「緊急事態の時はいいと思いますわ。私がこのパーティの雰囲気に興奮してしまって、金属への注意を忘れてしまっていましたわ。少し失礼いたしますわ」


と言って、エマは席を立とうとした。


その女性貴族は一瞬、ビリクイカ伯爵アイロに目配せをした。アイロは後ろの執事に手で何かを合図をした、その瞬間。


パーティ会場が暗転した。


「キャー!!!」「何が起こったの?!」「明かりを付けろ!!」


など会場内はパニックなっていた。その中で、高速でエマに近付く気配に俺は気付いていた。


その気配がエマに向かう進路に俺は立ち塞がった。暗闇の中でどうやって俺が進路を阻んでいるのか、一瞬気配はたじろいだ。そして俺の索敵の中で有り得ない状況が起こった。


シュッ!


(消えた!?)


その気配は消えたと思うとエマの横に新たな気配が出現した。


(なんだ!?瞬間移動か!?俺が認知できないほどの超高速移動の何かの類か!?)


エマはその気配に連れられ、二人の気配が消えた。

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