43 領都到着

エマ一行はこの旅路の中で山を越え、川を渡り、魔獣の群れと遭遇するなどの予期せぬ事象もありながら紆余曲折を乗り越え、全行程を踏破し切り、無事にビリクイカ伯爵領都に到着した。皆、旅の疲れもあったが、これは所詮序章が終わっただけとの認識でいた。今後に待ち受けるであろう、パーティが本章であり、その本章こそが最難関であると思い直すと、その激闘に向けて自分たちをもう一度奮起していかねばならない、と心に期するのだった。


領都の高壁の門をくぐり、古代の石畳を踏みしめる時、エマは社交の場に向けて心を高ぶらせながらも、心と心をつなぐ対話の為に入念な準備を始めなければならないと決意した。エマ一行は二手に分かれた。一方はエマと給仕3名と若干名の護衛で宿舎に身を寄せた。もう一方は街の安い宿泊所を拠点として何か有事があった時の為に、待機をすることにした。これからの一週間の間、エマと給仕たちで身だしなみから護衛体制の確認、他の招待客への挨拶まで、完璧を求めて精巧な計画を練らなければならなかったのだ。


エマと給仕たちの衣装は慎重に選ばれた。彼らのために特注されたドレスやタキシードは最高の仕立て師によって縫われ、特にエマのドレスは宝石や装飾品で飾り立てられていた。髪型や化粧もまた重要で、美容師と化粧師が一丸となってエマを美しく仕上げる手筈を整えた。


次に招待客の把握に着手した。相手を知ることで何の話題を出すのか、何をガルーシュ伯爵家として援助できるかなど、を事前に打ち合わせ、シミュレーションをした。エマはビリクイカ伯爵領内にいる協力者に連絡を取り、他の名家からの招待客リストを入手し、自分たちのゲストリストと照らし合わせ、誰が出席するのかを確認した。これによって社交界の重要な人物や潜在的な同盟者を見逃すことなく、適切なアプローチや配慮ができるようになる。


このパーティは社交界における重要なコネクションを築く機会でありガルーシュ家にとっても、他の名家にとっても千載一遇のチャンスでもあったのだ。


護衛体制の確認も欠かせない案件であった。エマは自分たちの安全を確保するために、兵士たちとの入念な打ち合わせを行った。兵士たちはパーティの会場や周辺のセキュリティを確認し、緊急時の対応策を共有した。


一週間の間、エマ達はパーティへの期待で胸を高鳴らせながら、また不安に心を悩ませ、完璧な準備に取り組んだ。この社交会における成功は、今後の魔族との抗戦に置いて不可欠であり、エマは細心の注意を払い、一週間後の伯爵邸のパーティに臨む準備を整えていったのだった。




                              ◇




エマ一行は日々の準備、また事前に他の名家と接触をし、情報共有と事前打ち合わせを行っていた。


そんな、ある夜。


エマは執事3名とクリシュナ兵士団長を含む3名の護衛兵を自室に呼び、今後の打ち合わせを行っていた。


「アリア子爵とも話ができ、シャーロット男爵にも事前にコンタクトが取れているわね。ムラカ派の貴族の中にもサニ派に対して同情的な方々もおられますし、エルフ族の団結が強くなっているのが実感できて本当に嬉しいわ」


顔を綻ばせながら、総副執事長のフィブラーさんが応えた。


「大変おめでとうございます。全てエマお嬢様が血路を開いてきたご努力の賜物と存じ上げます。どこまでも、私たち執事はガルーシュ家と共に、エルフ国の独立に向けてお役立てることに使命と喜びを感じております」


「本当にありがとうね。今後、魔族に対してエルフ族が一斉蜂起をするときに、全てのエルフたちの足並みが揃っていないと、逆にエルフ族の滅亡に招いてしまうわ。粘り強く対話を重ねるしかないわね」


クリシュナ兵士団長は、口を開いて現在の警備状況を伝えることとした。


「実はこの宿舎付近に不審な人物が7名確認されています。この宿舎のエマ様が宿泊されているだろう部屋を探ろうとしている4名の人物と接触しました。皆、声をかけると直ぐに離れ去りました。他の3名は声をかける前にこちらの接近に気付き、去っていきました。現在ホテル周辺の警備を補強しておりますので、エマ様は外出される際は、必ず護衛を同伴していただき、細心の注意を周囲にお払いください」


「わかりました。ムラカ派か、サニ派か、魔族か。とにかく警戒しながら準備を続けなければなりませんね」


その後も、エマ達は引き続きパーティへの準備の討議を夜更けになるまで続けるのだった。




                             ◇




夜1時頃か。


俺は目を覚ました。この世界の時の測り方は俺の元の世界と同じだ。もう既に俺の愛用の腕時計は存在しない。電池切れで捨てざるを得なかった。魔力で時を刻む魔時計を見た。農村部には存在しないが、都市部になると人々の活動が複雑、高度になり、時間の正確な把握は経済活動に必須になる。その為、この宿舎の各部屋には魔時計が設置されていた。さすがビリクイカ領の宿舎だと心の中で感嘆した。ここまで見てきた宿泊所には存在しない設備だ。俺としてはこの世界で時計のある生活は正直久しぶりで新鮮だ。こんな生活を俺は元世界で18年間過ごしてきたのにな。


火魔法を発動させ、指先に小さな火を灯した。その火で時計を確認すると1時を指している。隣にはフィブラーさんとアルハさんがそれぞれのベッドで寝息を立てながら就寝していた。


俺が目を覚ましたのは、俺の索敵で10個ほどの不審な動きを感知したからだ。確実にクリシュナ兵士団長や他の護衛兵の警備巡回の動きではない。四方向からそれぞれが数人のグループで、エマの部屋を目指して周囲を警戒しながら近づいている。


一群は外の一階。

一群は屋上。

一群は隣接する建物の部屋の中。

一群は大通り。


おそらく、こちらの警備巡回のパターンを把握しているのか、その巡回の間を縫ってこちらに接近してきている。


まぁ、単純に考えれば、エマの行動に賛同しない人物の指示で、こちらに来ている輩だろうな。こんな夜更けにエマに挨拶に来たいわけではないだろう。


「どこに行くんだ?」


俺がベッドからこっそりと出て部屋の外に出ようとすると、後ろから声をかけられた。フィブラーさんが上体を起こし、こちらに顔を向けていた。よく俺の動きの気配を感じられたな。少し驚きながら「トイレです」と小さな声で返答した。


「あまり部屋から出ないようにしなさい。周囲を警戒しながら、すぐに帰ってきなさい。外は危ないぞ」

「承知いたしました。すぐに帰ってまいります」


そう言って、そそくさと部屋から出て行った。


(んんん~。これではあんまり部屋の外で長居はできないな。ここからトイレまでは1分ほどの距離か。トイレでの時間を長くとも5分と考えて、帰るのに1分。約7分で帰ってくるか。四方向から不審者たちが来ているので、一群への対応時間は約1分だな。速攻で対処しなきゃな)


超高速でホテルの廊下を移動し、廊下の窓から外に飛び出し、気配の方へ身を翻した。こちらの部屋が5階に位置しているが、黒装束の3個の影が1階の地上階に目視できた。


そのまま5階から地上まで飛び降り、1つの影の上に着地した。グチャッ!!と、俺の足の下で音がした。首辺りを狙って落下したので、そいつの首の骨が折れていた。体は痙攣していて、体の周囲には赤い液体が染み出していた。


1個片付いた。


突然俺が現れたので、後2つの黒装束達は驚き、攻撃の構えをしてきた。構えていてもそれに構わず、素早く首にジャブを放ち、折り曲げた。ヒューヒューと呼吸音していたので、足払いをして、2人の足を切断した。これで逃避行動を阻止したので、後は静かに失血で死ぬのを待つばかりだ。これでこの一群への対処は終わりでいいだろう。今でだいたい30秒ほど。



5階建てのホテルの屋上にまで一足飛びで到達。そこには4つの黒装束が回りを警戒しながらゆっくりと移動していた。俺を視認した1人の黒装束が、一緒にいるメンバーへ声をかけようとした。


残像だけを残して、その最初の気付いた黒装束にタックルを食らわした。


ガン!!!


吹っ飛ばされた黒装束はその後ろにいた黒装束も巻き込んで、ホテルの屋上から地上へと落ちていった。こちらの攻撃で、我彼の実力差を一瞬で察したのか、それぞれが別方向へ逃げるような態勢になった。


逃がすか!!


回し蹴りをして、飛び出した一つの影の頭を蹴り飛ばした。頭と胴体が切り離され、その頭をもう一度蹴り飛ばし、逃げる影の背中に激突させた。頭蓋骨が猛烈なスピードで逃げる黒装束の背中にぶつかり風穴を開けた。


これで約30秒。あと6分か。


屋上からもう一群の団体に突貫した。隣接する建物内に固まって動いている奴らだ。屋上から飛び出し、その部屋の窓から部屋の中に飛び込んでいった。


ガッシャー―――ン!!!!


寝静まる街の静寂を切り裂くような音が、周囲に鳴り響いた。


2つの黒装束が、鳴り響いた破壊音に驚き、身構えた。


ゆっくりと立ち上がっている場合でもなく、転がりながら、黒装束を目視することなく、索敵で相手の位置状況だけを確認して、倒れこむようにそちらに俺は駆け出した。


黒装束の連中もこちらに向かって走り出してきた。正直助かる。逃げられると殺すのに時間がかかるからな。1つの黒装束が短剣を隠し持つようにしながら、素早くノーモーションで突きを放ってきた。おぉ!武器を持っている。一般人の所持は違法だが、警察が所持することは合法だ。警察関連の奴らか?


その黒装束の動きを一瞬だけ見たが、いい動きだ、と心で感嘆した。俺じゃなきゃ、反応できないだろう。そんな感想が脳裏を掠めたが、紙一重でその突きを避け、腕をつかみ、体全体を窓の外に放り出した。俺の後ろから襲い掛かろうとする黒装束が1つあったが後ろに回し蹴りを放って、体を一刀両断。体は二つに分かれていた。


残りの一群の索敵をすると、別方向へバラバラに大通りを全力疾走で逃げて行っていた。追いかけるのも可能だが時間が無かったので断念した。


大きな破壊音のしたこの部屋に、おそらくこの建物の住民か、護衛兵たちが集まり出しているのか、多くの気配がこの部屋に向かって集結してきている。一階の方にも4つの動かない体が転がっている為、護衛兵たちが、その黒装束の死体を確認していると思う。窓からホテルの屋上へ飛び、屋上から宿舎内に入る為のドアを探した。ドアはすぐに見つかったので、まずは自分の体の血糊を確認し、体全身を水魔法で濡らし、全ての生成した水を服から取り除き、屋上にバラまいた。少し血がついた水たまりが屋上にできているが、誰も俺の関与を疑う者はいないだろう。それからすぐにドアから宿舎内に侵入し、自室へと戻った。これで総経過時間はだいたい5分ほどだろうか。ドアの前で息を整えて、ドアの前で小さな声で「フィブラーさん、ノエルです」と言って、ドアを小さくノックした。ゆっくりとドアを開いて、ドアの手前で警戒していたフィブラーさんが俺を素早く中に入れてくれた。


「大丈夫だったか?外で大きな音がして、心配だったんだ。何があったか分かるか?」

「いえ、何か窓が壊れるような音がして、ビックリして戻ってきたんです。僕も分かりません」

「そうか。とにかく部屋の中で待機しておこう」


とフィブラーさんが話すと、ドタドタドタと廊下を走る音が聞こえ、ガンガンと乱雑にドアが叩かれた。


「大丈夫ですか??!!みなさん無事ですか?!」


これは兵士団員の一人の声だ。フィブラーさんは、そっとドアを開けその兵士に無事を伝えた。その兵士団員は、ドアの前で歩哨をすることを提案し、夜明けまでドアの前で警戒してくれることとなった。


エマの部屋にはおそらくクリシュナ兵士団長が行っているのだろう。エマの部屋に急いで近寄る気配が2つ確認できた。エマが対応し2つの気配がエマの部屋の前で立ち始めた。


黒装束たちの素性を確認することはできなかったが、今頃兵士団が死体を確認しながら、現場検証を行っているだろう。


護衛の兵士団はどう判断するだろうか?ムラカ派内の抗争と判断するか?魔族とのトラブルと判断するのか?まぁエマが襲われた訳じゃないから、この誕生日パーティ絡みの貴族間のトラブルと判断するんじゃないかな。とにかく、俺が原因であることは想像もつかないと思う。


そう思いながら、少し歩哨をしてもらっている兵士団員たちには申し訳ない気持ちを持ちながら、俺は再び眠りにつくことにした。

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