42 旅路②

次の日も、旅の行程を早めにこなすために、昼の小休止以外は、一行は基本走り通しであった。俺は馬車の中で目をつむりながら、自分の魔力を練り魔力増強に努めた。兵士たちと一緒に走るのが一番いい訓練なのだが、そうすると若い給仕としてはあまりに不自然な行為と見なされるので、馬車の中で大人しくしていることにした。


夜が訪れ荒涼とした草原の中で兵士たちは野営を張ることとした。この広大な草原は暗闇に包まれ、星々が高く輝く。火を焚いて温かさを求め一行は食事をとり、疲れた身体を休めることにした。もう明日にはビリクイカ伯爵領都に到着するだろう。しかし、この草原は魔物が歩き回る危険な場所であり、夜の恐怖が彼らを襲うことを予感させるのであった。


火の周りに座りながら、一行の中でクリシュナ兵士団長は、皆に告げた。「兵士団一堂に告ぐ、ここは魔獣たちの領域だ。夜は特に魔獣が現れ襲撃してくるかもしれない。警戒を怠らず交代で見張りを立てる。3人で1時間交代とする。十分に休息を取りつつ、エマ様を必ずお守りするぞ!」


兵士団の者たちは意気高く、見張りに立ち始めた。他の者は防具を点検し、準備を整えた。夜風が冷たく不安が一行を包み込んでいった。


皆が寝静まったころ、しばらくして草原の中から不気味な音が聞こえ始めた。それは遠くから聞こえるような低いうなり声で、歩哨の兵士は直ちに異常事態であることを近くの兵士団に伝えていった。まだ相手はこちらを認知していない可能性があるので、静かに皆を叩き起こしていった。兵士団員たちは静かに魔力で身体能力を上げ、焚火の火を周囲にも灯し魔物たちの襲撃に備えた。


そして闇の中から魔獣たちが一気に突進してくれる音が、周囲から聞こえ始めた。魔獣たちは夜の闇に姿を隠しながら近づいてくるのだった。視認できた時には、もう既に2~3メートル先に魔獣たちはいた。魔獣たちは1メートルほどの狼で、恐ろしい姿を持ち、毛むくじゃらの体に鋭い牙を持っていた、魔狼(マジックウルフ)だ。


戦闘の序盤戦、一行は必死に魔狼たちに立ち向かった。魔力で生成した剣や槍で魔狼の体を突き刺し、魔力の矢が闇の中を射抜いた。しかし魔狼たちは何十匹と数が多く獰猛であった。統制がうまくとれており連携した猛攻が目に付いた。瞬く間に兵士団の一部が陥落し、兵士たちは死闘を繰り広げていった。


俺は馬車から周囲を確認し静かに水魔法を操り魔物たちの口元に水を出現させた。何匹かの魔狼たちを突然現れた水に驚き、超突進している所で酸素の供給が突如無くなり、藻掻き苦しんで溺死していった。1時間ほどの攻防戦の末、魔狼たちを撃退することに成功したがまだ十数匹の狼が後退していくが見えた。しかし魔狼たちの気配は決して消えることなく、こちらの隙をずっと狙い続けているように感じられた。


俺はそっとエマに、魔狼の後ろに待機している人の集団がいることを伝えた。おそらく、魔狼を使役しているのがその集団なのであろう。フィブラーもアルハも場所の外に出て、傷ついた兵士の手当てに大慌てであった。俺はエマに今皆が魔狼を警戒し給仕の人たちも救護で忙しい最中にその盗賊団を殲滅してくることを伝えた。エマは一言「気を付けて」と言い俺が闇の中に消えていくのを見送っていった。闇に紛れて消えていく俺の姿の後ろをエマは見つめながら「無事に帰ってきて」と一言呟いた。


時間が経つにつれ兵士たちは疲労は蓄積していった。しかし、生き延びるためには決して警戒を緩めるわけにはいかなかった。どうして、魔狼たちがこのような長期戦で戦うことができるのかを怪訝に思いながら、見張りを交代させ休息を取った。殺された兵士はいなかったが、重傷の兵士は5~6名ほどいた。他の兵士たちは軽傷であったがこの長期戦の戦いに精神も肉体も疲れ果てていった。しかし兵士団員たちは警戒を緩めることはできなかった。


その時、何故か突如魔狼たちは次第に退散し草原の中に消えていった。兵士たちは勝利を収めたものの傷ついた仲間たちもおり、苦しみと喜びが入り混じった気持ちに包まれた。


エマはノエルの帰りを待ち馬車の入り口で外を見ながら、警戒を解くことはなかった。おそらく魔狼たちが立ち去っていったのも、ノエルが待機していた不気味な集団を追い払ったからだと確信していた。


ほんのり血の香りがエマの鼻孔に届いた。エマの馬車の下にノエルが少し血で汚れた姿で立っていた。「終わったよ。だいたい60人ぐらいいたかな。全員間違いなく皆殺しにした。索敵で半径5キロ地点ぐらいまで確認しておいたが、たぶん大丈夫だ。眠いから寝る」と言って、自分の馬車の中に入っていった。


「ありがとう」とエマは小さくノエルに感謝し、自分も同様に夜を徹して警戒をしていたことを思い出し、強烈な眠気が襲ってきた。エマもノエルと同様に自分の馬車に戻り、少し睡眠を取ることにした。


フィブラーとアルハは、ノエルが見当たらなかったので、どこに行ったかと少し心配していたが、帰ってみると誰よりも先に寝ているノエルを発見し「まぁまだ子供だしな」と目を細めて幼い寝顔を見るのであった。




          ◇




その深夜の戦闘から1週間が経ったある日の出来事。


その時は、エマはビリクイカ領都に到着して、すでに1週間ほど経っていた。


暗闇に包まれた草むらに、盗賊団の無残な姿が放置されていた。月明かりが淡く地面に降り注ぎ、その冷たい光が残酷な光景を浮き彫りにしていた。


エマ達が一泊した村の狩人が早朝より、狩りに遠方まで出かけることにして出発した。最初は何も気に留めずに草むらを歩いていた彼は、地面に広がる血の跡と無数の死体に目を奪われました。彼の心臓は激しく鼓動し、口から驚きの声を漏らした。それは村人が予想もしなかった出来事で、驚きと恐怖が彼の顔に浮かんだ。村人は日々、村での平穏な生活を営んでおり、このような恐ろしい場面とは無縁の存在であったからだ。


そして、村に戻り他の村人たちにこの恐ろしい発見を伝えた。驚きと喜びの声が広がり村人たちは集まり、その場所へ急いで向かった。彼らは、盗賊団の残骸が無残に広がる様子を目撃したのだった。


ほとんどの死体は腐食しており、原型を留めているものはなかった。しかし盗賊たちの衣服は血に染まり、武器は地面に散乱していました。一部の顔が残っていたが苦痛や怒りの表情が凝固しその姿はまるで死の中で永遠に閉じ込められたようだった。村人たちはこの光景に固まり、恐ろしい現実を受け入れるのに時間がかかっていたのだった。


村人たちは静かに、でも怯えた目で互いを見つめその場に立ち尽くしました。何が起こったのか、どのような戦闘がここで繰り広げられたのか、彼らには答えがなかった。誰も答えてくれなかった。答えを持っている人たちは声を出せない骸となり冷たくなっていたからだ。ただ、血の匂いと死の静寂がその場を支配していた。おそらく、1週間ぐらい前にこの村を訪れた兵士団とこの盗賊団との熾烈な戦闘があったことだけが予測された。


特に彼らを驚かせたのは、その盗賊団が、周辺地域において絶大な力を持ち、最強と謳われる存在であったからだ。


その盗賊団は優れた戦術と戦闘技術が有していたのだ。襲撃や闘争において常に圧倒的な優位性を保ち、緻密な作戦でどんな敵をも殲滅してきた。団員たちは戦闘の熟練者ばかりで、その技術は他の犯罪組織や地元の軍隊ですら挑戦しにくいものだったのだ。また盗賊団は組織内での連携が非常に優れており、団員たちは緊密な協力体制のもとで行動していた。この組織力は迅速で効果的にどんな犯罪活動も可能にしていたのだ。カリスマ的なリーダーが指示を発し、犯罪行動を計画的に実行していた。そして盗賊団は情報収集とスパイ活動においても優れた能力を持っており、警察や敵対的な組織の動きをいち早く察知していた。この情報の優越性は、彼らが行動を調整し、逮捕や攻撃を回避するのに役立っていたのだ。また地域の村の人々は盗賊団の暴力的な手法と恐怖によって圧倒され、しばしば不本意な協力を余儀なくされていた。


これらの要因が複合的に結びつき、その盗賊団を周辺地域では『最強にして最恐』と呼ばれていた。その勢力と優越性のため、どれだけ数多くの挑戦者が立ち向かったとしても、すべて無残な死体となって還ってきたのだった。それほどまでに、この盗賊団はここ数年にわたって、周辺地域支配を強めていった存在だった。


それが無残に虐殺されている姿に、村人たちは驚きでその場を動けずにいた。

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