40 執事としての仕事

俺はエマの専属執事見習いとして、エマの行くところ全てに付いていった。エマは、村の視察から近接するムラカ派、サニ派に関わらず貴族たちとの対話に精力的に取り組んでいた。


ある日、ガルーシュ伯爵家にある使者が訪ねてきた。その使者は、ムラカ派のアイロ・ル・ビリクイカ伯爵からの手紙を携えて訪問をしてきた。2か月後にビリクイカ伯爵長女のマヘレット令嬢の誕生日パーティが盛大に挙行される予定となっており、そのパーティへの招待状を届けに来たのだ。その誕生日パーティには、ガルーシュ伯爵の寄り親であるウムルック侯爵家と共に周辺伯爵家、子爵家、男爵家が招待を受けているようであった。ガルーシュ伯爵家訪問後には、『行程距離1週間ほどでビリクイカ伯爵邸に到着しえる』子爵家などにも声をかける予定になっているとのこと。またビリクイカ伯爵と懇意にしている貴族にも訪問する予定になっている。ビリクイカ伯爵とガルーシュ伯爵とは同じウムルック侯爵を寄り親とする、同じ侯爵領内の伯爵として同僚のような関係であった。ガルーシュ伯爵家としては血縁者を出席者として派遣しないことは、礼儀に悖る行為として見なされる為、誰か血縁者を派遣しなくてはならない。今の時代において魔族が裏で支配する警察機構、ムラカ派のサニ派への増悪感情、またサニ派のムラカ派への遺恨。社会情勢はあまりに不安定である。またビリクイカ伯爵はムラカ派であったため、ビリクイカ伯爵当主が危険な行動を起こすことはないかもしれないが、他のエルフたちの予測できない行動もあるかもしれないと考えると、何かしらの危険が伴うことが容易に想定されていた。ムラカ派からの怨恨と魔族の襲撃など。話が来た段階で黙殺することも可能だったが、エマがその招待状を見た時に即座に「私が出席します」と答えたために、拒否そのものが不可能となった。そしてエマがガルーシュ伯の名代として誕生日パーティに参加することとなったのだった。


  

         ◇

 


その晩ノエルは、エマに呼ばれてエマの私室を夕食後に訪れた。


コンコン


静かにドアをノックする音が部屋に響いた。


「ノエルです。エマ様」


「どうぞ」


ドアを開けて、ノエルはゆっくりと部屋の中に入った。エマは自席に座りながら机で何かの作業をしている所であったが、手を止めてノエルの方を向いてノエルを歓待した。エマのみがいることを視認すると、ノエルは後ろの手でドアを静かに閉めた。


「どうなされました、お嬢様」


「ありがとうね。来てくれて。今は周囲に誰もいないから楽にしていいわよ」


その言葉を受け「ふー」と息を肺からゆっくりと吐き出して、近くの椅子を引き寄せて俺は座った。


「そうか。執事の話し方にも慣れたから問題はないが。まぁこっちの方が気兼ねなく話せるから、正直楽と言えば楽だな」


そういってノブは胸元に付けている蝶ネクタイを緩めた。

「それで、今日俺をエマの私室に呼んだ理由は?」


「2か月後にあるビリクイカ伯爵長女のマヘレット令嬢の誕生日パーティへの招待状が送られてきたの」


「なるほど。確かガルーシュ家の西に隣接する伯爵家だな。ムラカ派か・・・。ビリクイカ伯爵家邸で行われるのか?」


「そうみたね。かなり多くの貴族も呼ばれるようだわ。サニ派もムラカ派もね」


「確かビリクイカ伯爵は、マーカス子爵が担当していた管理地域に入っていたな。裏で手が回っていた可能性もあるだろう。あまり行きたくない場所ではあるが、誰が行くんだ?」


「私が行くわ」


「エマも本当に、命知らずだな」


「火中の栗を拾いに行くのよ」


「その栗って何なんだよ?」


「もちろん、そのようなパーティで出会う、遠方から来ているムラカ派貴族をこちら側に引き込むことよ。面と向かった膝詰めの対話の中でしか、人の心を変えることはできないわ。この地道な繰り返しの中でしか、時代の潮流を変えることはできないのよ」


「凄いな。殺されるかもしれないんだぞ」


「その点は、全く心配していないわ。だって、ノブが一緒に来て、守ってくれるんでしょ。ノブの傍が世界で一番安心だって、私は思っているわよ」


「まぁ、それは否定はしない。エマの事は命に代えても守るよ」


「そ、そうね。ありがとう。ノブ、それって、何て言うか・・・、その・・・、今の言い回しは・・・遠回しなプロポーズだと思うんだけど」とゴニョゴニョと尻すぼみになっていく。


「ん?なんか言ったか?」


「な、何でもないわよ」とエマは赤面した顔をしながらかぶりを振った。


「とにかく俺の命はエマの為に使う。地獄の果てまで一緒だ。必ず魔族どもを潰してみせるよ」と意気軒昂にノブはエマに話しかけた。


「そ、そうね。ありがとうね」と顔を赤らめながらノブの言葉に嬉しさを感じていた。


「じゃあ俺も今その話を聞いたから準備を始めるとするよ。色々と関係各所に話をしなければならないと思う。今からの日程と、パーティ参加の為の全行程の日数はどれぐらいだ?」


「ここから向こうまでがだいたい1週間。向こうでの準備と滞在で約1週間。そしてこちらに帰ってくる道中に約1週間。というところかしら。2か月後だから、今から1か月後ぐらいの出発になるかしら」


「了解。準備万全で望むとしよう」


と言って、ノブはエマの部屋を辞しようとしたが、エマから「待って」との言葉がかかった。


「ちょっと。最近、あんまり話をしていないんだから、少し話をしましょうよ」


「まぁ、そうだけど・・・。けども、男性執事がこんな夜遅くに、独身令嬢の部屋にいるのも、若干気が引けるが・・・」


「まぁあなたは自分が男性、との認識があるのね。女性と男性が夜の部屋で一対一って思うの?」


「一般論だ。当たり前だろ。気を遣っているんだよ」


「まぁ、まだ夜もそれほど遅くはないわ。少しぐらいなら問題ないでしょ。さぁ、聞きなさい、私の最近の英雄譚を」


と言って、エマは普段から溜まっている愚痴やら何やらを全てノブにぶつけていった。やれ、最近来た子爵の目がいやらしかったとか、やれ、村の視察では監督責任者が数字を胡麻化しているとか、やれ、長男のスィフルが25歳なのにまだ独身なのは私のせいか、などと話題は多岐にわたり、とても『少しぐらい』にはならなかった。


俺も仕事後に先輩執事のアルハさんと遊びに行こうとすると、俺にだけに仕事が突然入ったりすることを愚痴ると、何故かエマからは「アルハとどこに遊びに行くつもりなのかしら?」とエマからの圧が増したように感じた。「いや・・・、ちょっと酒場とか?」というと、「年齢的にまだ早いわよね?」と言下に否定してきた。「エマが何か用事を増やしているのか?」と聞きたかったが、エマの圧に耐えかねて話題を変えた。


2~3時間ほど談笑をしてしまい、夜も既に11時頃になっていた。執事の仕事があったが全てアルハさんが代わりにやっているのではないかと反省しながら、部屋を辞した。その後俺は夜の闇に姿を紛らし街に繰り出していた。




          ◇




ノブには秘密があった。彼は執事として日中働きながら、夜中や休日には裏で冒険者ギルドの討伐依頼を受ける冒険者としての一面を持っていた。


ノブは若い年齢だったが、その才能はすでに冒険者ギルドで評判になっていた。彼は冒険者として活動する際に仮面を付けながら活動をしていた。名前も変えて『ニコ』との名称で冒険者ギルドに登録し、順調に冒険者ランクCまで上げていた。彼の正体と素顔を知る者は誰もいなかった。


ある日伯爵家に異変が起きた。夜不気味な影が庭園を這う音が聞こえ、窓ガラスが割れる音が聞こえたのだ。ガルーシュ伯爵家は警察組織に事態の収束を訴えたが、事態は全く改善することなく、伯爵家の人々は不安に駆られる日々を過ごしていた。ニコはすぐに冒険者ギルドに連絡を取り、侵入者の情報を探り始めた。


数ヶ月が経過し、ノエルはニコとして捜査を始め侵入者たちを特定、駆逐した。侵入者たちはムラカ派の貴族が嫌がらせに行っていたことが分かったが、結局自白以外の証を得ることができなかった為、そのムラカ派貴族を潰すことはできなかった。なのでその侵入者を全員厳しい拷問の後、近くの平野に解き放った。後数度そういうことはあったが全て撃退、拷問、解放を繰り返すと、生き延びた襲撃者が依頼主に報告したのか、同様の嫌がらせは起こらなくなった。彼は執事としての仕事も疎かにしなかったが、同時に伯爵家の安全を裏から守るための日々の奮闘を両立させ、裏の立場といての自分の素性を持っておく大切さを痛感していた。


彼の名前であるニコは次第に冒険者たちの間で有名になり、彼自身も冒険者としてのスキルを磨き続けていた。


ある日、彼は街の裏で何か大きな変化が起きつつあることを感じた。


街の裏社会には数々の組織が存在し、権力と富を巡る争いが絶えなかったのだ。争いが激化し始めると街の一般庶民への被害も広がり出した。ニコは伯爵家の安全を守る一方で、裏社会の動きにも注目していた。そしてある日彼は偶然、街の最大の犯罪組織である『暗黒血統』の一員としての仕事を引き受ける機会を手に入れた。


彼は暗黒血統のメンバーとしての振る舞いを始めた。汚い仕事も任されたが、やったように見せかけるだけに留まり、組織内部の情報を集め暗黒血統の支配を打破するために徐々に準備をしていた。


1カ月ほどが経過した。ニコは圧倒的な武力と潜伏スキルを用い、全ての任務を完璧なまでに完遂していった。組織のリーダーであるドミニク・ブラックウッドからも全幅の信頼を置かれ、組織内で重要なポジションを手に入れた。彼は組織の裏の仕組みを探り、その腐敗と悪行に対抗するために計画を練り始めた。彼らは街の浄化を目指し、暗黒血統の支配を打破するために立ち上がった。


ニコの計画は大胆不敵だった。ニコは掴んだ情報網を元に組織内部の裏切り者を特定し、彼らを説得して自分の側に引き込んだ。そしてついに決戦の日がやってきた。


彼は嘘の情報を流しライバルの抗争団体が、暗黒血統の本部に強襲しにくるとの情報を流し、組織構成員が全員建物内に状況を作り出した。組織のリーダーであるドミニクがいることも確認。そして完全武装した組織全員相手に掃討戦を仕掛けた。


強襲してくるはずのライバルの抗争団体の代わりに、ニコが部屋に入ってきた。


「ニコ、やつらはもう来ているのか?」


「いや、ここにはあいつらは来ない。ここに来るのは俺だけだ」


「どういうことだ?」


「お前たちはやり過ぎた。ここで潰す」


「貴様!!何を言っている!!??」


そうして有無を言わさず戦闘は開始され、ものの数分で全ての組員たちはこの世から消えていた。


街の裏社会は新たな時代を迎えたのだ。ニコはその後、暗黒血統のボスとなり、裏から街の安全と秩序を守ることとした。彼は冒険者として裏社会を浄化し、新たな情報網を得る伝手を手に入れたのだった。そして彼は執事としての務めと、裏社会のリーダーとしての役割を両立させながら、街の平和を守り続けることを自身の使命と課した。





その夜ノエルはその組織運営を任しているトトの元を訪れた。裏社会を牛耳る「暗黒血統」は無理な形での金の貸付を辞め、合法的な金の貸し付けをし出した。また非合法の売春娼館を取り辞め、合法的な娼館を営業することとした。給料もしっかりと出し街のスラムの住民たちを取り込んでは彼ら彼女らの更生と自立を助け、ニコは『暗黒血統』の勢力を増していった。市井の人々への暴力は許さない。暴言も許さない。不正も許さない。警察機構が正常に機能しないこのご時世だからこそ、正義を元とした自警団として活動をした。そしてその収益で社会の隅に取り残され、『暗黒血統』なんて裏組織に拾われるゴロツキ達を養うこととしたのだ。


ニコはトトに今後の彼の動きを説明した。一か月後に近接のビリクイカ伯爵領へ行く。おそらく1カ月間はこの街から居なくなるから留守を頼む、と伝えた。


トトは興奮した面持ちで、ニコに応えた。


「はい、大丈夫でゲス!!とうとう、遠征をし出す時が来たんでゲスね!『ニコ血統』もこの街では手狭になってきていたと思っていたところです」


「いや、遠征じゃない。野暮用で行くだけだ。それに何だ、その『ニコ血統』というやつは?」


「いえ、『暗黒血統』は、もう前のリーダーがおっちんでから、もうその意味もなくねぇりゲスしたので、今みんなで『暗黒』なんてオドロオドロシイ名称をやめてニコ様の名前を冠しようと話していたんでゲス」


「あ・・・そ、そうか。わ、分かった。まぁ、名前何て気にしないからお前たちの好きにしてくれ。俺は、一か月後にはこの街を出るからな。後は頼むぞ」


「了解でゲス!!」


何か釈然としない思いに駆られながら、ニコはまた伯爵邸に向かって踵を返したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る