34 林凜という人

春日は城内の一室にいた。隷属主人の首輪を付けて汗だくでベッドの上で、ある女性の体の上で上下に動いていた。春日の周りには隷属の首輪を付けた裸体の美女達が、5人ほどおり、皆、床やベッドの上で気を失って倒れていた。今、春日の前には1人の隷属の首輪を付けた女が喘ぎ声を数時間もあげ続け、そしてとうとう体力、気力の限界に達して気を失って倒れた。


春日はベッドの上で気絶している女達を睥睨し、1人暗闇の中で思案に暮れていた。


(俺はこんなもんじゃない。俺は必ず出来るヤツだ。俺のスキルは最強なんだ。俺の戦闘センスは俊逸なんだ。ポテンシャルも桁外れだ。そんな俺がこんな所で燻っていいはずがない)


春日翼は北部戦線で60位の賢魔に敗北を期し、辛くも転移魔法陣で逃げ帰ることができた。その後は酷かった。周囲の物は手あたり次第破壊し、周囲の人々に罵声と八つ当たりを繰り返した。それが数週間続くと、とうとう部屋に閉じこもってしまったのだ。サリア姫がせめてもの精神安定にと、春日に隷属主人の首輪と奴隷の美女達をあてがった。春日は数週間その女達に全ての憂さを吐き出した。その後、やっと春日が部屋から出てきたと思えば、「俺は強くなる!」と言い出し訓練を強く希望。今では過酷な訓練に励み、夜は自室に篭り新しい美女達を所望し侍らしては、精神安定を図る日々を送っている。


他の第一パーティメンバー達もかなりのショックを受けていた。『不動の壁』の柏原樹は一切力が通じなかった魔族への恐怖で体が竦んだ。『詩歌の姫君』の赤石そらはヒト族の希望としての期待に報えず、自分に失望していた。『狩人の牙』の立石悠真は、絶対的自信のあった弓矢スキルが通じないことへの苛立ちで、心を悩ましていた。そして『聖女の癒し』の三原美幸は今までお世話になっていたアダムが、自分たちの身代わりとなり死んだことに、やるせなさと情けなさと責任などの負の感情に苛まれていた。


それぞれがそれぞれに大きな傷を心に受けていた。茫然自失とした生徒たちを見て、カウンセラーの称号を持つ凜先生がすぐに訪れた。一人ひとりは生死の境を経験したことで、心的外傷後ストレス障害になっていないか、や、フラッシュバックをして苦しんでいないかや、自分自身を責めていないかなど、詳しく話を聞き、生徒たちの心理的負担を軽減させていった。彼女はスキルを使い、適切な傾聴、助言、指導をしていったのだった。


悲嘆に暮れていた多くの生徒たちは彼女の献身的な関わりのおかげで、再び立ち上がっていった。


そして、時は過ぎ去っていった。


生徒たちがこの世界に転移してから、もう2年の歳月が経った。


春日たちがあの屈辱の北部戦線での大敗北を期したのは、もう1年前の出来事になっていた。あの日より、あまりに濃密した日々を過ごしていたので、もう遥か昔の出来事であったかのように各々が感じていた。


今では他の勇者グループは実地任務の中で死亡したり、行方不明になったり、精神に異常をきたしたり、戦闘不能になってしまった生徒たちも少なからずいた。元々生徒35名、教師1名で転移されていたが、今では生存している勇者たちは、生徒たち25名、教師1名となり、25名の生徒の内でも、戦闘可能な生徒たちはすでに18名に減ってしまっていた。異世界転移した直後の最初の説明では1名のみが死亡したとの話であったが、よくよく話を聞いてみる、その大半が苛烈な戦闘の中で戦闘不能になり、保養地で生涯を閉じる者や戦闘以外の分野で王国の発展に寄与したりする勇者たちが、実はほとんどであったことが分かった。それほどこの世界での戦闘は過酷を極めていたのだが、王国の説明が不足していたことに少し不満感はあるものの、その後の生活の保障がしっかりとなされていることには凜先生は、安堵していた。


凜先生は戦闘に加わることなく後方支援として、城内で過ごしていた。大陸のあちこちへ派遣され、戦闘に従事する生徒たちの無事を祈らない日はなかった。戦いに打ちひしがれて帰ってくる生徒もいれば、手や足を無くした生徒たちもいた。凜先生は彼らを抱きかかえる様に全力で受け入れ、直ぐに関係各所に掛け合い義足、義手の手配や今後の生活についての相談とアドバイスをするのであった。


戦闘不能になった生徒やそのお世話を甲斐甲斐しくする林凜に対して、王や王女はどこか冷めた目で見ているように、三原には感じていた。


春日のパーティメンバーたちは凜先生の「ありのままでいいのよ」との言葉を受けながら「絶対に地球に帰るんだ」との深い決意を思い出し、また今のヒト族が陥っている絶望的な状況を目の当たりにし、自分たちに課せられた大きな使命と期待に触れては倒れても倒れても立ち上がり、戦いの日々を過ごしていくのだった。

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