幕間

33 『根』と呼ばれる人々

『根』と呼ばれるヒト族たちがいる。『根』の使命とは間者となり、他国へ潜伏し、長い間その土地に根を張り生きていく。そして、その土地の情報、その国の情報、その住んでいる人々の情報など、全てを本国に送っていくのだ。その情報には現在の政治状況や勢力地図、魔族侵攻などの高度に価値のある情報もあれば、井戸端会議の中で語られる庶民の何気ない愚痴や文句、流行や隣の家の教育方針などのほとんど価値のないような情報も含まれる。その情報の一切合切を文章でまとめ一カ月に一回ほど本国に定期報告を送るのだ。


この任務期間は非常に長く、一生涯かけて行われる。『根』の人々は現地人と結婚し子どもを生み、家庭を持ち、最後にはその生涯をその土地で閉じていく。『根』としての任務を遂行することのみを人生最大の喜びと噛みしめ、この任務を最高の使命と捉え、日夜情報収集に徹するのだ。配偶者にも伝えず、また自らの子供にも伝えない。周囲にも伝えず、ただただその土地の一部と化していく。『根』としてその土地に根付きながら本国にもその根は深々と張っているのだ。


『根』の人々の出自は基本スラム街。物心つく前の子供たちを誘拐し、洗脳教育を行っていく。全ては国の為。王の為。王女の為。ヒト族の為。その生き方の中に真の幸福は存在するのだ、と幼少期より繰り返し繰り返し叩き込まれていく。『根』を育成するのに特化した学園も存在する。外部よりの影響は組み込まず、そこで行われる高度なスパイ教育。戦闘術、交渉術、多数の言語習得、政治学、経済学、数学、天文学など、万般の学問が詰め込まれていく。そしてヒト族の国を情報収集を持って支える『根』として、誇りに燃えて他国に送り込まれるのだ。任務の内容、期間は多様に富み、どのような任務にも対応できる力が求められていた。特に忠誠心の高く、最優秀の『根』たちに任されるのが現地同化任務だ。それはその国の骨の髄まで全て、洗いざらい知り尽くし、情報を入手する任務で、その国の事は『お前に任せた』と言われているのに等しい最も誉れのある任務であった。


何故なら現地での裁量は100%、本人に委ねられている。抜群の創造性と順応性、適応性、社交性など、その世界で成り上がる為に必要な素養は基本全て要求される最難関にして、最高に名誉な任務と『根』たちの間では思われていた。否、思わされていた。


エルフ国セダムのガルーシュ伯爵領の領都サーダンの近くにある、小さな一地方都市ウォタルに『根』の一家3人が派遣されていた。彼らが来たのは今から50年前。若い夫婦と小さな女の子。3人とも最高峰のスパイとしての素質を兼ね備えていた。小さな女の子は当時たったの5歳。全員変装の魔法陣を体内に埋め込み、自分をエルフの外見へと半永久的に変えていた。任務が始まった段階で、彼らは永遠に故郷の土を踏めないことを十分理解していた。全員エルフ語も流暢に話した。みるみる内に成長していった女の子は、理知的な魅力を持つ女性へと成長していき、現地のエルフの男性と巡り合い18歳で結婚。子宝にも恵まれた。生まれた子供たちにはヒト族の特徴が色濃く出ていた。エルフ族は基本、金髪であったがその子供は黒髪。エルフ族の瞳は青色や緑色などが多いがその子供は茶色であった。耳も小さかったが、「これも個性さ」と夫は笑い飛ばしてくれた。


(単純な人で良かった)と、その『根』は心の中で安堵した。


『根』は深く夫を愛し、子供たちにも溢れんばかりの愛情を注ぎ、子供たちはすくすくと育っていった。到着当時は小さな女の子だったのが、今では55歳となり社会の中心として周囲の信頼を勝ち得ていた。その『根』は深く深く、エルフ社会に張っていた。





                   ◇




「はぁ!はぁ!はぁ!」


王城内を走る一人の兵士がいた。その兵士の手には一枚の紙が握りしめられていた。


「待て!!!」


王の間に通じる巨大扉の前に到着し、いきなり開けようと兵士がいるのだ。衛兵が何事かと思い、その行為をすぐさま止めた。


「どうした?!そんなに急いで。緊急か?」


「はい!至急王様にお伝えしなければなりません。私は兵士団第800部隊隊長パブロです。王様へのお目通りを希望いたします」


兵士団第800部隊とは、諜報部隊『根』の表での名前だ。兵士団の中では特に第800部隊は異色の兵士と恐れられていた。その常に冷静でインテリぶっている部隊の部隊長が何ふり構わず、王の間への立ち入りの許可を欲しているのだ。それほどの緊急性か。


目の前にあった槍が取り払われた。パブロ隊長は目の前の王の間へと繋がる巨大扉に手をかけ、ギィー―――と大きな音を立てて開けた。


「王様!!王女様!!至急報告させていただきたい情報がございます!報告の許可を賜りますよう、お願い申し上げます!」


と跪きながら、パブロ隊長は報告の許可を乞うた。


トーマス王とサリア姫は、ちょうど討議を行っていたところであり、討議を中断されることを嫌うサリア姫は少し不満げにその兵士を見た。中肉中背のどこにでもいる、平凡な風貌の、どこか頼りないナヨナヨした兵士が一人跪いていた。


イライラ感を隠さずサリア姫は言った。


「なんだ!さっさと用件を言え!」


こちらを向いた、眼光はあまりに鋭かった。あぁ、この眼光はあの第800部隊の隊長ではないか。ファーダム国最優秀の『根』の軍団をまとめ上げる、正真正銘の化け物のような存在だ。隊長が息を切らしながら、報告を持ってきたのだ。


驚いてトーマス王は言葉を投げかけた。


「ど、どうした?パブロ?そんなに急いで。何か重要な情報が『根』から入ってきたか?!」


「はい。王様、王女様が長年渇望しておられた『魔鉱石』が見つかりました!」


「『魔鉱石』?パブロ。回りくどいぞ。『魔鉱石』では、わからん。何の事じゃ?」


「あの『魔鉱石』でございます!!」


「ん・・・?パブロ・・・、ま・・・まさか・・・。あの『魔鉱石』か??!!」


「その通りでございます。この国の救世主になりえる、あの『魔鉱石』でございます!!『奈落の底』がエルフ国セダムの一都市ウォタル近郊で発見されたとの報告が上がってまいりました!!!」


「でかした!!!!早速、派遣隊を組まねば!」とトーマス王は、興奮気味に答えた。


「とうとう、『奈落の底』が見つかったのね。問題は最下層の『超高純度魔鉱石』にどうやって辿り着くか、ね」


と思案気に、先ほどの不機嫌さはとうに吹き飛び、サリア姫はトーマス王とパブロを見て、頭の中で人選を始めた。

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