28 決死の交渉

「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」


エマとセバスは全力疾走で境界線に向かって走っていた。


(もしかしたら、ノブはあの場所をすでに離脱しているかもしれない。それはそれでしょうがない。私たちは森脱出の為に助け合うとの約束をしてここまで来た。エルフ国でのサポートも約束はしたけど、命が最優先。居住地帯と森との境界線さえ見つかれば、あとはエルフ国を一人で生き抜くのは、大変ではあるかもしれないけど、ここで逃げたとしても約束不履行とはならない。恨みもない。軽蔑もない。むしろ、ここまで連れてくれただけで感謝の思いでいっぱいだわ)


走りながら森の様子を観察していると、とても静かであることに気付く。ここら辺りの魔獣たちも森の異常事態を察して避難しているのだろうか。周囲の警戒をそれほどしないでも、今はただ全力で森を突っ切ることに集中することができる。まさに異常な雰囲気が森を覆い包んでいる。


だんだんと森の境界線が見えてきた。木々の間が明るい。青空が見えている。光が横溢している。


そして、とうとう木々が途切れた。


久しぶりに青空の元に出られた。広大な開放的な空間だ。最高の気持ちだ。久しぶりに太陽が燦々と降り注ぐ草原に出られて、気が晴れた今だからこそ分かったが、私は鬱蒼とした森の中で気分が鬱々としていたのだ。


さて、ここからが正真正銘の生きるか死ぬかの正念場だ。


目の前を見ると、100名程のエルフの兵士たちが並んでいた。その中央には今までも何度も見かけたことのある、身なりを綺麗に整えた背の低い太ったエルフがいた。たしか、あいつの名前は、ケンス・メ・マーカス子爵。私たちの伯爵領を含む広大な地域を担当する警察組織の幹部だ。なるほど奴がここの捜査の指揮を執っていたのか。


ケンスは大げさな手振りと何か嘘くさい口ぶりでこちらに大きな声で叫んでいた。


「良かった!!無事でおられて!!お怪我はありませんか??!!お迎えを寄こしましたので、どうぞこちらへ!魔獣の暴走が始まっております。ささ、早くこちらにお越しください!!」


エマはケンスの元へ警戒をしながら、ゆっくりと歩いていったが、少し張り上げた声が届くぐらいの距離まで来たら足を止めた。


エマは思う。


(まずは話をしなければ。いつこの兵士団が襲ってくるか分からない。暗殺者たちは間違いなく、この男から仕掛けられた。捜査権を使って私たちを追い込んでいたに違いない。またこの男は自分の私兵を使い、私を捕えようとしているのだろう。どうこの局面を切り抜けばいいのか)


エマは慇懃に挨拶をすることから始めた。


「マーカス子爵。お出迎え誠にありがとうございます。私はガルーシュ伯爵家次女、エマ・ル・ガルーシュでございます。この度は魔獣の暴走の中、このように救助の為に駆けつけていただいたのだと、拝察いたします。この通り私は無事に森を出ることができました。ご心配おかけいたしまて、大変に申し訳ありませんでした。では私を心配する父上、母上が本家で待っておりますので、ここでお暇をさせていただきます。護衛などは御心配ございませんので」


「エマ・ル・ガルーシュ令嬢。お待ちを。貴女には市民への襲撃の疑いが掛かっております。御令嬢の保護の為にもこのまま、我がマーカス子爵家においてお越しいただければと思います。そこでゆっくりとお話を頂きたいのです。これも捜査の一環でもございます。警察組織も頭が固い。取り調べの為連行せよ、との命令が下っております。大変ご迷惑かと思いますが、ご同行願います」


ケンスの横にいる兵士たちは動かない。ケンスも動かない。誰も動かない。


これはこれで非常に異常な状況だ。ケンスはエマとセバスに語り掛けるが、誰も取り押さえようとする者がいない。


エマが動かないのに痺れを切らしたのか、ケンスは一歩後ずさり半身となり、後方の馬車を指し、こちらに来られるよう促した。


(何を企む)


エマも同様に、一歩後ずさり拒否の姿勢を示した。


「申し訳ありませんが、一度父と母と話をさせていただきたいと思いますので、同行には応じかねます。申し訳ございませんが、ここで失礼させていただきます。では」


と言い、エマが右方向に2,3歩歩いた時に、ケンスは叫んだ。


「今だ!!!」


その叫び声が聞こえた瞬間に、エマの立っている地面が赤く光を放った。


(まずい!!!)


後ろで様子を見ていたセバスは急いで駆け寄り、エマを後ろから突き飛ばした。


エマは突然、前に前に押し出され地面に突っ伏した。


その瞬間にセバスの足元に魔法陣が光り輝いた。


(何だ、これは??!!動けない・・・。自分の魔力も感じれない。これは・・・魔力無効と物理拘束の魔法陣・・・しかも・・・)


「ぐがががががががが!!!!!!!」


「何が起こっているのですか?!!」


地面に倒れていたが、上半身だけ起き上がり、ケンスを咎めるように問い質した。


「拒否された場合に備えて、事前に設置した魔法陣で拘束させていただきました」


エマは目だけを動かし、ちらりとセバスを見た。


セバスの目は血走り、体全体から血が吹き出ていた。口からも歯噛みを強くし過ぎているのか、血が流れ出ていた。雷撃がセバスの体全体を覆っているように見える。セバスが苦悶の表情を浮かべている。


エマは怒りの表情で視線をケンスに向け直した。


「止めて!!!!これは、どういうことですか?!私たちに嫌疑が掛かっているからと言って、現行法で警察が容疑者をこのように拘束することはできないはずです!どこまでも任意同行のはずです。このような魔法陣で拘束し、尚且つ攻撃魔法で意図的に苦痛を与えるのは、法を逸脱した行為です。法を執行する警察が法を無視するような行為をしていいはずがありません!今すぐにこの拘束の魔法陣を解きなさい!」


「エヴァ・・・おじょうざま・・・」


必死で体を動かそうにも全く動けない。全身を電撃が走り、激痛で顔がゆがむ。


(息が・・・できない。これほどの・・・拘束力のある・・・魔法陣を組める・・・とは、なんと・・・いう魔法陣か・・・)


「いやいや、あなたが同行を拒否するのなら、強権発動も止む無しなのです。現場判断でいかようにもなるのですよ。さてこのネックレスをお二人には付けていただきましょうか」


「それは?」


「これは『魔力無効ネックレス』です。これを装着して、同行していただきたいと思います」


「それを拒否すると言えば・・・どうなるのですか?」


「拒否した場合は単純に強制的にこのネックレスを付けていただくだけです。そして強制連行です。手荒に連れて行くか、丁重にお連れするか、この2択しかございません、エマ令嬢。それかセバス殿が息絶えるのを待って、その2択を選ぶかを選択肢に入れると、合計4択の選択肢があることになりますね」


「・・・承知いたしました。そのネックレスを付けて同行いたしましょう。私もマーカス子爵とは以前より、お話をさせていただきたいと思っておりました。このエルフ国の未来について、ムラカ派とサニ派の不幸な過去について、マーカス子爵とは心ゆくまで対話をいたしましょう。さぁ早くセバスの拘束を解いていただいてもよろしいですか?」


「エヴァおじょうざま・・・・・ダベで・・・ず」


「それはとても良いことです。私もあなたとは、この件に関しては不幸な行き違いが原因だと考えております。我が邸宅に丁重にお迎えいたします。それでは、お二人にこのネックレスを装着させていただきましょう」


と伝え、隣の兵士がエマに魔力無効ネックレスが付けられた。


セバスの方にもネックレスが付けられるはずが、兵士の誰もそのような素振りがない。むしろ兵士に渡したのは一つのネックレスのみ。


(なぜ、私だけに?)


と訝し気にエマはケンスに問うた。

「セバスのネックレスはございませんか?早く、セバスにもそのネックレスを付けて、彼の拘束を解きなさい!!セバスが死んでしまう!」


「いえ、セバス殿には違う拘束具がございます。おい!!」


ケンスは後ろの兵士に合図をし、大剣を持った屈強な男が前に一歩踏み出した。


「ど、どういうことですか?」


「セバス殿には多くのエルフたちを殺害した凶悪犯として、捕縛即処刑の許可がすでに裁判所で決まっております。なのでここで拘束ができましたので、セバス殿にはネックレスは必要ございません。おい、やれ」


「マーカス子爵殿下!!お待ち下さい!!!待ってください!セバスを殺せば、私もここで死にます。そうすればここまでの貴君の努力は徒労と化すでしょう。しかしセバスを同様に連行し、何かの行き違いであるかの捜査継続していただければ、私は何でもあなたの言う通りにします!協力いたします!どうか、ご慈悲を!どうかご再考を!どうか・・・、ご慈悲を・・・」


涙ながらに訴えかけるエマの様子を見て、にやりと笑いケンスは次に続く言葉を、喜悦を持って吐き出した。


「バカめ!!!!お前のそのネックレスは、『隷属の首輪』だ!お前は、もうすでにここで俺の奴隷になっているんだ!ハハハハハ!!!!自死することも、黙っていることも、何もできないんだよ!!バカが!そのネックレスを装着した時点で、お前の命運は尽きたんだ!!!!お前を後でたっぷり可愛がってやるさ!死の方がマシな扱いをしてやるよ!この日を、どれほど待ちわびていたか!!!エマ、お前はそこで跪け!!!さぁ、セバスを始末しろ!」


エマは自分の意思に反して、その場で跪かされた。


「やめてーー!!お願いーーーー!!!!やめてーーーーーー!!!!!!!」


エマはその場で跪きながら、後ろのセバスの様子が見れない体勢になってしまった。


「エ・・・エヴァおじょうざば。おぎぎくぐださい・・・いぎでいぎで、いぎぬぐのでず。ぞごにぎぼうが・・・」


ザシュッ


言葉が突然途切れた。沈黙が流れた。魔力無効・物理拘束の魔法陣が解かれ、セバスの体が地面に倒れこんだ。エマは必死に動こうとするが、体がまるで別の人格を持ったかのように、体の全ての細胞が沈黙している。


エマの横に何かが転がってきた。


必死に横目でそのモノを確認しようとすると、それはセバスの頭であった。


転がる、そのセバスの顔は苦渋に満ちた顔をしていた。


エマは跪きながら、頭だけになったセバスを横目で見、泣きじゃくなりながら、セバスの名を連呼した。


「セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!セバス!!!!!!!」


「エマ、立て」


ケンスが命令をすると、エマはすっと立ち上がった。


ケンスが命令を発した瞬間に、体が動き出した。


「さて、お前の自死を禁止する。魔法を禁止する。他のエルフを殺すことを禁止する。発言を禁止する。さぁ、エマこちらへ来なさい。」


(しまった!!この禁止事項発出の前なら、まだ死ねたんだ・・・けども・・・)


ハタと思い直し、エマは自らに言い聞かせた。


(セバスは言ったわ。生き抜けと。これから尊厳も何もない、地獄の日々が始まるのね。けど、セバス私は生き抜くわ。生きて生きて生き抜くわ。私の体はこの男に屈服したとしても、私の心は誰にも屈服しない。私のこの犠牲がエルフ国の独立につながるならば、私は本望だわ)


そう思い、涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、ケンスの元へとゆっくりと歩き始めた。


「うはははは。とうとうこの瞬間が来た。待ちに待ったこの瞬間だ。さぁエマ令嬢。どうぞ、一緒に後方の場所に乗りましょう。さぁさぁどうぞ」


甲斐甲斐しく、ケンスはエマの歩みを促していった。エマは抵抗することもできず、ゆったりとした足取りで馬車に向かうのだった。


その時、ある疑問がケンスの脳裏に浮かんだ。


「待て。何かおかしいぞ。何故、魔獣が森から出てこない?ダーチ!!ダーチ!!どこだ?!」


「へい、ここにいますぜ」

粗暴そうな大柄の男がケンスの横に素早く来て、跪いた。体に動物の毛皮を巻き、パッと見て熊か何かと勘違いしてしまう風貌だ。ケンスの2倍ほどの体躯をしていたので、跪いていもダーチの顔は、ケンスの顔の正面にあった。


「ダーチ。魔獣暴走は起こっているのか?随分時間が経っているが、どうなんだ?」


「さて、どうしたものなんでしょうかね?結構、森の奥の方で魔獣臭をばら撒いて魔獣どもの意識を混濁させ、魔獣玉を炸裂させて暴走の方向性を決めて、こちらに走ってきているはずなんですがねぇ。そろそろ森から飛び出してくる個体が数十体はいてもおかしくないとは思いますが・・・。絶対にうまくはいっているはずですがねぇ・・・」


「『はず』、とか『思う』、とか、そんな言葉はいらん!!!じゃあ、何故一匹も森から出てこない!私はこのような計画通りに進まない不測の事態が、一番嫌いなんだ!何が原因か調べてこい!」


「分かりましたよ。そう怒鳴らなくても直ぐに動きますから。俺も何故こうなっているかわかんねぇですよ。おい、お前らちょっくら森の中を見てこい!」


「「「へい!!」」」


ダーチのパーティメンバーである、獣使い達が森に近付き、暗い森の中を覗き込み、中へ入ろうとした。ちょうどその時に一匹の魔獣が森から出てくるのが確認された。


「いましたぜ!!移動が予想より遅かったようです!!地形のせいか、魔獣内の殺し合いが激しかったか、原因は分かりません!!!」


と、後方のケンスに聞こえるように状況を報告した。


「ん??」


ダーチのパーティメンバーは、魔獣の動きに不自然さを感じ、魔獣に警戒をしながら近づいていった。魔獣を見ると、その魔獣はダチョウであった。しかし不自然に左前足と右肩部位が、千切られていたのだ。何か途轍もなく強力な握力で、握りつぶされたような感じだった。


数歩前進したダチョウは森に出た瞬間に、逃げ切ったことに安堵したかのように、緊張の糸が切れて、その場で倒れ伏した。様子を見るとダチョウは絶命していた。


「これほどの争いが、魔獣内で?」


「よう」


森の中から顔を毛皮で覆った謎の人物が、魔力を通して声をかけてきた。

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