25 セバスからのお願い

森からの脱出の為に動き出して、もう既に2ヶ月が経っていた。1ヶ月あれば森を抜けられているはずなのだが少し問題が起こっていた。


「ここもダメだな。大したもんだな。あいつらの執念は」


森の領域とエルフの居住領域との境から、大体10キロほど森の中に入ったところで、俺とセバスは周囲を警戒しながら安全な脱出経路を探っている。問題が何かと言うと、ムラカ派か魔族の警邏隊がエルフの居住領域のところで、俺たちが出てくるのを構えて待っている事だ。こちらが動けば待ち受けている奴らも同時に動いている。


不可解だ。


こちらの動きをこれほど正確に掴める理由がわからない。相手の中には、かなり強力な索敵能力を持っている奴がいるんだろうか。俺でも正確に分かるのは5キロが限界だ。それ以上は、なんとなく何か生物がいるかいないかが分かる程度だ。ある程度並行移動しては俺の索敵範囲に入るまで、森領域と居住領域の境まで近づき敵の配置状況を掴むのだが必ず何人かはいるのだ。しかも森の中には入ってこようとしない。


どうやってこちらを把握しているかも分からないし、何故待つだけなのかもわからない。


本当に不可解だ。


索敵方法はともかくとしても、敵が待ち構えている可能性は少し考えればわかる事だった。エマの護衛隊は元々20名はいたんだ。それを襲撃して森の奥部まで執拗に追いかけ殺しにかかってきたんだから、エマの死体がまだ上がっていなければ隊でも組んで待ち構えるわな。


(何なんだ、こいつらの執念は?何故にこれほど2人の死を望む?)


というか、それほどの影響力のある存在なのか、このエマ・ル・ガルーシュという女の子と、このセバスチャン・ロ・ヴァルアという老執事は。


「なぁ、聞いてもいいか?」

「何で、ございましょうか?」


今、脱出口をセバスと俺の2人で探る為に森領域と居住領域の境を平行して、動いていた。俺がセバスに声を掛けようとした時、1メートルほどの屈強な猿が横の茂みからこちらの様子を確認していたのに気付いた。


1匹しかない。おそらく、こちらの偵察でこの猿はここまで来ているんだろう。この猿に他の仲間を呼ばれても困るので、瞬時に猿の元まで行き首を掴み、首の骨を折った。そのまま体を持ち上げて首を絞め上げた。


「ギャ・・・グゥ・・・ア・・・」


最後の足掻きをするように、手足をばたつかせこちらを掴もうと抵抗をしてきたが、冷静に全てを叩き落とし首を掴んでいる手の握力を増して、首をクビリ切った。


猿の四肢は痙攣して力を失って脱力し地面に落ちた。


完璧に頭と胴体を切り離され頭と体の断面から血がブシュッと吹き出す。血にかからないように頭部を蹴り草むらの中に放っておいた。体の断面を自分たちより遠い方向にして体を倒す。体の表部分がこちらを向いているので体の中心をサッと切り、内臓を取り出した。そのあとはその体の血が垂れ流しになるように、近くの木に掛けておいた。


まぁ他の魔物に取られて無くなってもいいし、帰ってきてまだあったら持って帰って食糧にしようか。今はそれどころじゃない。


と心の中で呟き先程の話の続きをした。


「気になるんだがどうしてこれほど、ムラカ派やら魔族にあんたたちは狙われるんだ?」


「それはおそらくエマお嬢様が提唱される『非暴力』での解決をムラカ派と魔族が脅威に感じているからだと思います」


「『非暴力』?」


「そうです。『非暴力』であくまでも現行のムラカ派が施行する法律に基づいて、言論の力を持って、現行の不平等な社会を是正する、という解決法です。ムラカ派が施行する社会・政治政策も、表面では融和政策の形を取っています。しかし法の執行方法はあまりにサニ派にとって不道理で不平等なものです。お互いの共通項で言論戦をしなければならないというのがお嬢様が起こされている『非暴力』の闘争です。


エマお嬢様は決してムラカ派を恨むのではなく、相手の善性に訴えかけるようにサニ派のエルフたちに訴えております。また同様にムラカ派のエルフたちにもサニ派を恨むことは自分たちの首を最終的には締め付けると訴えかけているのです。元はといえば、サニ派の長年の極度の圧政によりムラカ派は苦渋の日々を送ってきたのです。その恨みを、恨みで返したところで魔族の思う壺であると、エマお嬢様はサニ派とムラカ派に説得に回っておられるのです。ムラカ派から見えれば、何を今更、と思われていますが、エマお嬢様はそれでもサニ派とムラカ派の和解を取り付け、エルフ国の独立を達成させると、どこまでも粘り強く対話に走られています」


「なるほど、大したものだ。まぁムラカ派と魔族にとっては感情的に、不当に弾圧しているのではなく、法を持ってエルフ社会の秩序を保っている、と言った方が、近隣諸国またエルフ国内にも説明がしやすいからな。実情はそんな詭弁とはかけ離れているんだろうが」


「エマお嬢様の求心力は実は徐々に増えており、サニ派からも、また良心的なムラカ派からも支持を拡大しております。もちろんサニ派からは武力蜂起によってのみでした解決し得ないと息巻く輩もいますし、ムラカ派からはサニ派を痛め尽くし恨みを晴らしてからだろうと、門前払いされることも多々あります。しかしエマお嬢様は、それでも忍耐強く対話を続けられております」


「まぁ、サニ派の奴らに自由に憂さを晴らしたいムラカ派の連中にとっては、恨みを忘れろと言って物事を解決しようとしているエマは煩い羽虫のような存在だろうな。魔族にとっても、サニ派とムラカ派がこれからも恨みがあってくれていないと、今の統治が上手くいかないだろうし、エマのような存在はたしかに一番邪魔だ。そして、この統治の一番の味噌は他国からの批判があったとしても、全ての非難の矛先がムラカ派に向くことになる、ということだろうな。魔族はムラカ派の積年の恨みを上手く利用して間接統治をしている。魔族はえげつない作戦でエルフ族国セダムを支配しているな。これを考え出した奴は悪魔のような奴だ」


「よ、よくそこまで理解されていますな。はい、私どもはそのように話をして、ムラカ派の説得に回っているのです」


「結局、ムラカ派の悪感情をどうするかが先決なのか、魔族の悪辣な内政干渉をどうするかが先決なのか、難しい問題だな。しかし仮に全てがうまくいったところで、結局魔族と抗戦できるぐらいの力がエルフ側にないと、魔族による完全直接統治になるんじゃないのか?あ、そういえば現サニ派は、300年前の法王ナーリア37世の『太陽神の神託』は取り下げているのか?サニ派以外は全て邪教だろ?まさか、今もこの教義がサニ派の中で生きているなら、エマの革命の行脚も徒労に終わるだろうが、どうなんだ?」


「実は、まだサニ派としては、否定はされていません・・・。愚かな事です」


「なるほどな。サニ派のトップもまだ歩み寄るつもりは無い。それでもムラカ派に恨みを忘れろ、というのは難しいな。宗教上の教義は、なかなか変えるのは難しいしな。サニ派の上層部も大局が見えない、愚か者の集まりだな」


(本当に、この少年の理解力・洞察力・発想力は圧巻の一言だ。実力もさることながら、人格も実直で、よく人の心の機微を理解している。口は悪いが、性格が悪いわけではない。この環境の中で人との関わりが断絶され、殺伐とした生存競争の中で培われたものであるので、十分理解できる。人と関わっていくごとに直っていくだろう。見た目では、13歳ぐらいだと思うが、以前の会話で、本人は18歳とか言っていたが・・・。不思議な少年だ。彼の話の中には嘘はない。しかしまだ全部、話をしていないようにも思う。慎重な性格なのだろう。


この少年になら、全てを託してもいい)


セバスは神妙な面持ちで口を開いた。


「ノブ様に、一つお願いがございます」


「ん?何だ?」


「実は、エマお嬢様のことでございます。この世界の中で、信頼できる人を探すのは至難の業でございます。表面上を繕い、腹の底では悪意を持っている輩は非常に多い。人心ほど頼りないものもございません。いくら表面的に善意の振る舞いがあっても、自分が不利になった時には簡単にその善意を覆す輩も、巷に溢れかえっております。そんな中でノブ様は死と隣り合わせの、この森の世界で私たちを救って下さっています。そしてこの絶望の世界で、自分の信念を貫いておられます。そんなノブ様に、折り入ってお願いがあるのです」


「えらく前置きが長いな。エマの何を頼みたい?」


「エマお嬢様を助けていただきたいのです」


「今も助けているぞ」


「いえ、これからも、という意味です。私の身に何があっても、これからもエマお嬢様の側に立ち、エマお嬢様を助けていただきたいのです。もちろん、頼みすぎているとは思っておりますが、あなたのような方とで出会えるのはこの世界では本当に稀なことなのです。どうかこの老骨の一生で最後のお願い、と思い、引き受けていただけませんでしょうか?」


「俺も状況が厳しくなったら、約束を違えるかもしれないぞ」


「この2ヶ月間あなたを見ていましたが、そんなことをする御仁ではないことは分かっております。全幅の信頼を置いております。是非、お願いいたします」


「セバス、俺をそんなに信頼してくれて悪いが約束はできない。俺には俺のすべきことがある。ヒト族国への復讐だ。その復讐の中で、方向性が違えない限りでは、エマを助けてやってもいいがな」


「それで十分でございます。ご尽力、感謝いたします」


「ふん」


俺も、この2人の事情を聞いている限りでは、この2人には死んでほしくない。だから、2人の森脱出を助けているし、これは俺の脱出にも関わっているので、単純に2人だけのことを思っての行動だけではない。


エルフ国再生の為には、2人の存在は希望の光なんだろう。手が届けば救える不幸は救いたい。が、それ以上のことはできない。いや、やろうとすれば俺が自滅する。セバスには悪いが、俺のできる範囲だけの助力しかできない。エルフ国のことは本当に可哀想だ。同情する。聞けば聞くほど、エルフ国は泥沼の状況だ。解決するにはあまりに多くの関係者が、手を合わせるしかないのだが、あまりに不可能のようも感じる。


国一つを救うのは、俺の手を余る。エマとセバスを個人的に助ける。それが限界だ。2人のこれからの努力が身を結ぶことを祈るばかりだ。

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