24 デス・フィッシュ討伐戦 ※勇者目線

死の森には、死の気配に満ちていた。よくこんな所で狩りをして生計を立てようと思うヒト族がいるものだ、と菅原は思った。森に一歩踏み入れるだけで、そこら中からの視線が半端ない。魔獣か、動物か、植物か、虫か。全て気配から殺気を感じるし、気を抜くだけで襲われる感覚に陥る。


(こんな場所で主を張るような奴は、他の追従を許さないようなぶっち切りの力を持ってんだろうな)


そんな奴らの戦闘能力に思いを馳せると、正直身震いがするが同時にそんな奴と戦えるなら楽しみだと、自然と口角が上がる。


目の前を警戒しながらゆっくりと歩く、ギルドが手配した案内係に目を向ける。若い男であるがさすがこの森を案内できるほどの腕前を持っているのか、所作の一つ一つに無駄がない。


「おい、案内係、ここら辺りの生物の危険度はどれぐらいだ?」


「旦那、勘弁して下さい。森のどの地点でも危険度は高いんですよ。俺たち案内役が、ここで生きられるのは索敵特化と、ここでの経験値があるからだけですよ。決して、旦那らみたいに強くも何ともないんですから。


旦那たちがあのデス・フィッシュの新種を討伐していただけるのは助かりますが、索敵が中途半端ですと、たどり着く前に何かの生物にやられちまいますよ。索敵に集中させてください」


「うるさい。お前は黙って、そのサザンリバーまで俺たちを連れていけばいいんだよ。金払っている分はしっかりと働け」


「へ、へい。分かりました・・・」


案内係は一抹の不安を覚えながら道なき道を進んで行った。


森の中での注意点は多岐に渡っていた。


先に行く案内係からパーティへは、


この木には触らないように

この虫を刺激しないように

この花粉を吸い込まないように

この岩を踏まないように

この蔦には触らないように


など、5歩程度進めば新たな注意点が伝えられていた。死の森は生物たちの化かし合いの場であり殺戮の場であった。注意を散漫にした者から他の生物の餌食になってしまう。このことを長年の知識と経験で熟知している案内係はそれだけで森の中では、歴戦の猛者のようなものであった。


案内の若い男が全員に敵の襲来を伝えた。


「俺の索敵にこちらに猛スピードで接近してくる大きな生物がいます!この大きさ!まさか、巨大狼!!??いったん、皆さん木の上に隠れましょう!!殺されちまう!!」


「これはラッキーだな。ちょうど討伐依頼の出てた奴じゃないか。ここで叩き伏せてランクアップの糧になってもらおうじゃないか!」


菅原はパーティメンバーに臨戦態勢になるように指示した。


「日葵、意識共有。佐々木、前衛で敵の突進を止めろ。千尋、魔法で足止めの泥沼を展開しろ。俺たちの前に広くな。旭、木の上にでも登って周囲を警戒してろ。何かあったらすぐに伝えろ。案内係、お前は俺の後ろに隠れてろ。何かお前の方で分かる事があったら叫んで伝えろ」


「旦那〜、無茶ですぜ!!俺は死にたくない!!」


弱音を吐く男を黙らして、素早く各パーティメンバーに指示を飛ばした。自分は身体能力を50倍くらい上げて、どんな状況にあったとしても対応できるように備える。


10秒ほどすると木がメキメキと薙ぎ倒される音が明瞭に聞こえるようになり、目の前の草がガサガサと大きな音を立てて、揺れ動いた。


息を呑んで待つと、そこから出てきたのは大きさ3メートルぐらいある猪だった。


「デス・ボアですぜ!!!」


「あの狼じゃないんだな。残念」


佐々木がデス・ボアの勢いを明鏡止水のスキルを発動し、究極の冷静さを身にまとい、この巨体を止めるべき弱点を一瞬で見抜いた。


(額!)


額の部分に思い切り剣を振り抜いた。佐々木の攻撃力では、デス・ボアの硬い毛皮に刃を通すことはできなかったが、勢いは止めることだけには成功した。3メートルあるデス・ボアの突進を剣一つで止める、佐々木の技量は、冒険者の中でもトップクラスであった。


さきほどの「額!」との佐々木が心の内に叫んだ言葉が、森の意識共有スキルでパーティメンバーに共有された。


千尋は、素早く風魔法エアカッターでデス・ボアの額を切り刻む。額から血が吹き出し連続して急所に攻撃され凶暴になったデス・ボアは、反撃に出ようと体勢を落とし突進しようとした。しかし、地面が沼状になっており足を取られ、先程のまでの勢いがない状態では簡単に前に進めなかった。


その一瞬の隙を見逃さず、菅原が上空へ跳び出し攻撃力50倍を発動させ、全体重をかけた肘打ちを額に打ちつけた。


ドォォォォオオオン!!!


鋼鉄と鋼鉄が激しく打ちつけたような、凄まじい衝撃音が森中に響いた。脳天を貫いた衝撃で足元がフラつくデス・ボア。菅原は攻撃50倍の反動で右腕が動かないが、すかさず、その鼻の上に立ち乗り額に攻撃力30倍の追撃の踵落としを喰らわした。天高く頭上まで上げられた足は一直線に、デス・ボアの額に吸い込まれるように綺麗な一線を引いた。


バキッ!!!!!!!


骨が割れる音がした。デス・ボアの額の骨が割れた音だった。菅原の踵も反動でかなりのダメージが与えられてしまった。すかさず真木は回復魔法を菅原の体全身に放ち、菅原の右筋と踵にあった痛みが消えていった。


半狂乱になったデス・ボアは菅原を振り落とし前方に走り出した。不運なことに、その進行方向には先ほど回復魔法を放った真木がいた。もし、真木にデス・ボアの突進が直撃すれば致命傷になることは誰の目にも明らかだった。


真木はありったけの魔力を練り、最も効果的にデス・ボアの進行方向を変える衝撃を与え得る水魔法のサイクロンをデス・ボアの側面から発動させた。渦となった水が大きな本流となりデス・ボアを横に押し流していった。


近くの木に激突したが、それでも前方に動くことを止めなかったデス・ボアは叫び声を上げ狂乱しながら、そのまま走り続けた。気付けばデス・ボアは菅原の後方へ走り去っていった。


去り行くデス・ボアの後ろ姿とデス・ボアの突進で薙ぎ倒されていく木々の音を聞きながら、菅原たちは呆然としていた。


「何ていう化け物なの。私の魔法が全然致命傷にならないなんて・・・」


真木は呆然としてその場でへたり込んだ。


「俺の肘鉄と踵落としを攻撃50倍と30倍でそれぞれ喰らわしたが、普通の魔物なら最初の一撃で沈んでいる。が、あの猪は別格だな。なるほど、ここの森の魔獣に魔族どもが手を焼いているはよくわかるな」


「あんたたち凄いな。いやいや別格なのはあんたたちだよ。普通デス・ボアに遭って交戦に入ったヒト族なんて聞いたことがないですよ。さすがランクA冒険者パーティですね」


案内係の男は驚愕の表情で、今の戦闘の一部始終を見ていた。デス・ボアはここの森では交戦をしてはならない部類の魔獣であったが、このパーティはそのデス・ボアと交戦して、あまつさえ1人の犠牲者もなく撃退している。このバーティであれば最近現れた新種のデス・フィッシュもなんとかなるのではないか、と心が弾んだ。


歩くこと1時間。途中小さな猿の魔獣や、巨大な蛇の襲撃は遭ったが何とか全て撃退し、それぞれの魔獣は逃げ去っていった。なかなか討伐することができずにいるのが菅原としては歯痒かった。最後の止めが届かない。菅原は必死になって自分たちの戦力を考え、戦略を練り直していた。


歩いた距離は2キロ程度だっただろうか。目的地のサザンリバーに着いた。


「気をつけて下せぇ。この魚はもうすでに川に近付く陸上の生物にも襲ってきますので」


「なんで、水生生物を襲わないんだ?」


「いえ、もうすでに近くの水生生物は喰われております。なので、ここに漁師としてくる漁師たちにとって深刻な状況になっているんです」


案内の男は切実に今の悲惨な状況を説明した。


「なるほどな。ここまでくる漁師の連中も大したものだな。さて、どんな魚が出てくるか見ものだな。まずは相手の様子を見てみるか。佐々木」


「もう、こういう役は直ぐに俺に飛んでくるしなぁ。はいはい、やりますよ。」


「何度も言うが、嫌だったら・・・」


「いえいえ滅相もない。是非威力偵察させていただきます!これがしたくて、ここのパーティに入っておりますので!!」


と半分脅されたような気持ちでおそるおそる佐々木は川に近づいて行った。


こんな長い川だ。何匹そのデス・フィッシュがいるか知らないが、まさかこんなピンポイントで近付いてくる人間を襲うなんて、どれぐらいの確率だ、と思いながら佐々木はゆっくりと川辺に近づいて行った。


川辺まであと一歩というところまで来た。何も起こらない。


(なーんだビックリさせやがって、そりゃ、こんな長い川だ。どこかに移動していたら、俺が近付いているこの場所にドンピシャでいるわけないもんな)


と思い、川の水が足に当たるぐらいのところまで近付いた。やはり何もない。


佐々木は綺麗な川面を見ながら思った。

(まぁ来てすぐに、目当ての討伐対象に遭遇できることなんてのは、ほぼほぼないのだから、ここで1週間ほどは野営でもして待つつもりでいたから想定範囲内だよなぁ)


「菅原さん、たぶんここにはいないんじゃないですかね?場所を移しますか?」


と佐々木が振り向いて菅原に報告した。


菅原が「バカ、警戒を怠るな」といい終わるかどうかぐらいかの、その時。


ザバッーーーーー!!!!


佐々木の背後から全長2メートルほどの飛び魚のような形状の魚が飛び出し、口を大きく開けて佐々木を腹部に噛みつき、そのまま川の中に引きづりこんでいった。


一瞬の出来事に菅原たちはポカンとして、反応できないでいた。


「きゃーーーーーーーー!!!!!」


との真木の金切り声と同時に、菅原は単身川の中に飛び込んでいった。


川の中では佐々木の腹部が噛みちぎられ、頭部を別の魚の個体が噛みちぎろうと何度も体を左右に揺らしながら、歯を頭部に食い込ませようとしていた。佐々木は必死に抵抗しようと抗っていたが、周囲には飛び魚たちが群がり、腕を噛み切られ足を引きちぎられ、最終川奥へと消えていった。


(しかし、深い川だな)


と菅原は今、秒殺されたパーティメンバーの血が周囲の川を染め上げている光景を見ながら、冷静にこの川と魚を分析していた。このような川が続くところまでは、あの飛び魚のような魚は、生息できるんだろうな。川辺から1メートルほど川の中央に進めば、もう深水1.5メートルほどだ。なかなかデカい川だ。


「菅原くん!!!!逃げて!!!」


真木は菅原の後ろから近付いてくる、川中の大きな影を見て戦慄して叫んだ。


菅原は防御100倍を発動させ、その攻撃を受けることにした。


ガキン!!!!!


飛び魚が菅原の足に噛みついたが噛みきれない。しかし、かなり歯が皮膚に食い込んだ。黒ずんだ血が川面に現れる。


(くっ!!なかなか強い噛撃だ。佐々木の体が紙屑のように食いちぎられる訳も分かる)


そう思いその飛び魚を掴み、思い切り川の外に投げ出した。


(一斉攻撃だ!!!!)


森の意識共有スキルで菅原の指示が全員に共有され、真木が土魔法でまず逃げ道を塞ぐように、その飛び魚と川の間に壁を作った。


「デス・フィッシュだーーー!!!!」


案内の男は絶叫して、その飛び魚を見た。


島森旭は暗殺用の猛毒の毒針を吹き矢で飛ばし命中させたが、表皮が硬かったせいか、針が突き刺さることはなかった。


土壁を飛び越えて上空から菅原が現れ、デス・フィッシュにラウンディング・ボディ・プレスをかけた。


ドオオオォォォォンンン!!!!


150キロほどの巨体が上空5メートルほどから落ちてくるのだ。並の生物では一溜まりもないが、並の生物ではないデス・フィッシュは体を撥ねることで、菅原のボディプレスを跳ね除け、尾ひれの動きで土壁を破壊し、その反動で胴体と顔の部分で菅原を強襲。簡単にボディプレスを解かれると思っていなかった菅原は、まともにデス・フィッシュの攻撃を受け後方に吹っ飛んだ。


真木は火魔法のファイアストームを発現させ、空へとデス・フィッシュを舞い上がらせて、焼殺しようと試みるも、空へ上がったところまでは良かったが、表皮を焼くこともできず、ファイアストームが作り出した上空への気流の勢いで、デス・フィッシュは土壁を乗り越えて川の中へと戻って行ってしまった。


唖然としたまま、菅原たちは今までの死闘が嘘かのように滔々と流れる綺麗な水面を見ているしかなかった。


抗戦か退却か。判断に迷い無為に時間が過ぎていく。


何分かすると更に驚愕の光景が、眼前に広がっていった。


なんと、川上から大量の血とともに何十、何百という無数のデス・フィッシュの死骸が上流から流れてきたのだ。デス・フィッシュが同士が争っての死骸なのか判別は付かないが、しかしこの量の死骸はあまりに異様だ。狂喜乱舞したデス・フィッシュたちがその死骸の仲間たちを饗宴かのように喰らいついている。よく見ると、その死骸も普通の死骸ではなく、様々な箇所が乱雑に砕かれていた。口が砕かれているもの。頭に風穴が開いているもの。胴体の半分までが無いもの。明らかにデス・フィッシュがつけた傷ではないものもある。


(ありえない。全てがありえない。何なんだこれは・・・・?)


この新種のデス・フィッシュの強さは、筆舌に尽くし難い。さっきのデス・ボアなんかはまだ可愛いものだった。そんな一匹でも脅威のデス・フィッシュが何十匹もいれば、その脅威はまさに自然災害級だ。


しかし、更にあり得ないのがそのデス・フィッシュを大量に殺害することのできる生物がまだこの森の奥に存在していることだ。


「こ・・・この川の上流は、どこにつながっているんだ?」


菅原は案内の男に聞いた。


「いえ、分かりません。この森を踏破した者は歴史上いませんので。もしかしたら、川の方向だけを見ると、あの山脈を迂回してその向こう側から来ていやす。何でも向こう側にはエルフの国がいたり獣の国があったりと、俺たちの知らない世界が広がっているとも言われていやす。私たちの知れる範疇を百歩ぐらい踏み外している知識です」


「そうなのか・・、それはそうだろうな・・・」


菅原は後ろに倒れ仰向けになり、空を見つめ笑みを浮かべながら、そう呟いた。


この世界の広さをまざまざと見せつけられた。「高みを見せてやる」と豪語した割には仲間を失い、自分も無様に倒された。こんな体たらくな自分を嘲笑した。


(情けない・・・)


真木たちは次の行動をどうするかを判断しきれず、大の字に仰向けになった菅原を見つめながら、オロオロと菅原の指示を待つばかりであった。

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