22 国防ライン ※勇者目線
その頃、ヒト族国ファーダムの勇者たちは・・・
「うおおぉぉぉぉぉ!!!」
『不動の壁』の称号を持つ柏原樹はスキルの叫びを使った。スキル発動直後、オークたちの注意が一斉に柏原に向く。そして猛烈な攻撃の嵐が柏原に降りかかっていった。オークたちは本能のままに絶叫しながら、攻撃を仕掛けている。
「「「「がああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
ガン!!ガン!!!!ガン!!!!ドス!!ザシュッ!!!
10体のオークが次々と四方八方より棍棒や大剣、斧などのそれぞれの獲物で柏原を襲い、柏原は防具の盾と、武器である大剣、そして物理無効化のスキルを発動させ、猛攻を凌いでいた。
柏原「うおおぉぉぉぉ!!!!」
「ホーリースラッシュ!」
柏原を襲っているオークの背中を、春日翼は剣から放った魔法で強烈な一撃を与えた。標的となった2体のオークたちの上半身と下半身が分けられた。オークは魔属性であったため、聖属性の効果が倍増していたのだ。
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
『狩人』の立石悠真が、春日の攻撃と同時に必中のスキルを乗せた矢を5本、他のオークたちに素早く放ち1体の脳天を貫き仕留め、他の4本はそれぞれ他のオークの肩や胸、足を貫き、軽傷ではないダメージを与えていた。態勢が崩れたところに、
「サザンクロス!」
『聖者の癒し』の称号を持つ三原美幸の聖属性攻撃魔法が後3体のオークの上半身を焼き切り、焼殺させた。
「シールドバッシュ!」
柏原は少し攻撃の波が緩んだ瞬間を狙って、他3体のオークを後方へ弾き飛ばし、更にその後ろにいた数体のオークを巻き込んで、吹き飛ばした。
「今だ!ホーリーウェブ!!」
春日の広範囲に聖属性斬撃を与えられる攻撃で、残りのオークたちを一掃していった。
しかし、辛うじて生き残った後1体のオークが立ち上がったが、立石が防御無効貫通のスキルを乗せた矢で、後頭部から頭蓋骨を貫通させて射止めた。即死だった。
「やったね!」
赤石そらが明るく、戦闘終結を宣言した。
春日「さっきのは、そらちゃんが、魔力向上の歌でバフをしてくれていたから、俺たちの魔法付与の攻撃が倍加してオークたちに致命傷を与えられたんだよ。グッジョブ!
このオークたちはここら辺の魔物の群れのボス的存在だったからな。手強かったな。俺のホーリースラッシュも、そらちゃんのバフでなんとか、2体同時に倒せたよ。そらちゃん様様だったな」
春日たち第一パーティは、魔族領域とファーダム領域の間にある緩衝地帯、つまり国防ラインにいた。国防ラインも南北に長く伸びており、春日たちのパーティは激戦地ではない、北方戦線に侵入してきている魔族や魔獣の討伐の任務に着いていた。
最激戦地の中部戦線での任務ではなく、少し離れた場所での討伐となっているが、ここでもかなりの魔獣たちが跳梁跋扈しており、春日たちがいなければここから魔獣が王国に雪崩れ込みかねず、春日たちは彼らなりの貢献をファーダムにしていたのだ。
赤石「そういえばさー、なんか噂で聞いたけど、この間ファーダムのはるか南方にある死の森から一匹の巨大な狼が出没したらしいよ。全長3メートルぐらいあったらしいけど。迷って森から出てきたらしいね。なかなか手強くて近辺の村が壊滅させられたんだって。怖いよねー。それで冒険者ギルドから討伐依頼が発出されて、5つのランクB冒険者パーティが参加して討伐は出来たらしいんだけど、5つの内4つが壊滅したって」
柏原「恐ろしいな・・・。ランクBのパーティって言ったら、1小隊並の戦力じゃないか。そんな魔獣が存在しているんだな。僕たちもAランクパーティになっているし、3~4小隊と互角ぐらいだから、その狼らしき魔物が出てきたら、交戦するかどうかは状況によって決めないといけないかな。負けないとは思うけど、かなり厳しい戦いになりそうだね」
春日「なに、弱気なことを言ってんだよ。そんなたかだか狼一匹なんざ、俺たちの連携が完璧に噛み合えば楽勝だぜ。柏原でバーンと受けて、そらちゃんのバフとデバフでガンガンに支援してもらい、俺と美幸と立石の波状攻撃でバババーンって一瞬だって」
三原「あの死の森の魔物たちの強さは別次元だって言われているわね。けどもあんまり気にしなくていいと思うよ。王国の人達もあそこの魔物はあまりに力が強いせいで、魔族たちもまだ制御できてないから放置しているって話だよ」
春日「まぁ、ここでの任務に関係のない話はいいじゃん。じゃあ、そろそろ戻ろうぜ。だいたいこの辺りの魔物は討伐したしな。オークの討伐証明だけは忘れずに切り取って拠点に戻ろうか」
春日の指示で10体のオークの体内の魔鉱石を切り抜き戻ろうとした時だった。
「えーと、君たちかな?ここら辺の魔獣を狩っているパーティは?」
後ろを振り返ると、今まで一切気配を感じなかった1人の少年がそこに立っていた。まるでどこかの貴族であるかのように整った出立ちで、銀一色の長髪を肩辺りまで伸ばし綺麗に後ろで一房に結ばれていた。身長は120センチ前後だろうか。整った顔立ちをしているが、確実にこの青年は魔族と一瞥しただけで分かる。
何故なら、その青年の肌の色が青黒く、瞳が赤く鈍く光っていたからだ。赤い瞳と青黒い肌が魔族の特徴であったのだ。
春日たちは即座に臨戦態勢になった。
春日は緊張した面持ちで答えた。
「そうだ。ここからファーダムに侵攻をしようと考えているなら無駄だ。ここらの魔獣達は、俺らが片付けた」
「まぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。そうなんだ。あんまりここの戦線は重視してなかったから高ランクの魔獣たちを送りこみはしなかったけど、こうも戦果がないとねー。ここ辺りの担当の僕が怒られちゃうんだ。だから様子を見に来たんだけど、君たち結構強いね。見た感じヒト族のAランクパーティぐらいに匹敵するのかな。君たちのようなパーティがここで活躍していると進むものも進まないから、ちょっとここからいなくなってもらおうかな」
そういうと、少年の手に有り得ないような量の魔力が顕在し、一振り手を横一閃した。
魔力が放たれ春日たちを襲った。
柏原は、瞬時に極大壁を発動しパーティ全体を防御壁で囲んだ。
ドン!!!! ガッシャー――ン!!!!
ガラスが割れるような音がしたかと思うと、衝撃が春日たちを襲った。一瞬、衝撃の到達が遅れたため、全員がその間に後方に飛びのいて、衝撃から逃れられた。
土煙が舞う中で、柏原は再び叫びのスキルを発動。
「へー、たぶんタゲ取りのスキルかな。君が飛び交う羽虫のようにうっとしく感じるな。なるほど、急にどうしても殺したくなる衝動が起こってくるね。無視してもいいけど、まぁ、いいか。さきに殺してあげるよ」
そう言うと、魔族の少年は猛烈なスピードで柏原に襲い掛かった。
ガン!!!
少年は拳打を放つが柏原は盾で完璧に受け止めた。
「なるほど。じゃあこれはどうかな?」
うまく打撃を止められたことを気にすることなく、蹴撃での追撃を行う。
ドン!!!!!!!!!!!!!
蹴撃を再び盾で受けたのだが、さきほどの拳打とは違い勢いを殺すことはできず、柏原の盾は斜めに亀裂が入り、柏原の体に大きな裂傷ができていた。
「グハッ!!!」
「たぶん物理攻撃無効化のスキルで僕の初撃は防いだと思うんだけど、魔法攻撃無効化を同時に発動しないと、僕の攻撃は受けられないよ。まぁ、2つのスキル発動は難しいからね。君にはまだ無理だったかな」
柏原は片膝を付き両手で頭を守るように防御態勢になった。ほとんど、朦朧とする意識の中で行った本能的な行動だった。
赤石は魔力向上の歌を奏で、三原はキュアを放ち柏原を回復させた。しかし、傷で負った時の体力の消耗までは回復されず柏原は気を失って倒れた。
柏原のトドメを刺そうとしたが何が近付いている音がかすかに聞こえる。周囲を見渡すと弓矢がこちらに向かっていた。立石の防御無効貫通の矢だ。左から高速で近づく矢、そして右からは春日が急速に接近してくる。
「なるほど、これは良い攻撃パターンだね。壁役で攻撃を止めて、その内に複数の別角度からの多種攻撃ね。定石だ」
魔族の少年は小さく独り言ち、矢を左手で掴もうとしたが、わずかに矢のスピードが自分の予測より速く、左手をすり抜け左肩を貫通した。
「グッ!!やるね!!」
苦悶の表情を浮かべながら、少年は右手でサンダーウェブを繰り出し広範囲に稲妻が網のように発現した。
「残念!これで麻痺ってもらうよ。」
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
春日は魔力で自身を纏い防御膜を発現させ、稲妻の網に突っ込んでいった。
春日は容易にその網を突破して、「げっ?!」と驚いた表情の魔族の少年に襲いかかる。
「俺には雷属性耐性があんだよ!効かねーな!」
斬撃効果を50倍にして少年に縦一閃。
「おっと、これは受けちゃいけない奴かなぁ」
と言ったが早いか右を前に半身になり、スレスレで斬撃を避けカウンターで右ジャブ春日の顔面に拳打を素早く放つ。
パーーーーーーーン!!!!!
春日の猛烈な前進の速度と右ジャブの鋭さが相乗効果を生み、春日は右方向へ吹き飛んだ。器用に春日は吹き飛ぶときに柏原の体を掴み、一緒に戦線から離脱していく。
ヒュッ
何かが風を切る音が左方向から聞こえたので、魔族の少年は下に倒れこみ避けた。頭上を高速の矢が通り過ぎていったが、背筋に悪寒が走り魔族の少年はハッと上を見上げると、頭上より十数本の矢が雨のように降ってきた。一本一本は凄まじいスピード落ちてくる。
土砂降りの雨のように矢が魔族を狙って落ちてくる。立石が必中のスキルでターゲット相手に最短距離で射るのではなく、上方向に打つことで死角から時間差で攻撃していたのだ
『狩人の牙』の称号の立石はこの1年間、念入りに自分のスキルを細かく精査し、何ができるのか、何ができないのか、何ができるようになるのか、どうすればできるようになるのか、を周囲の兵士たちや魔法師たちと相談し何度も試行錯誤を繰り返した。
立石悠真は、背が高く黒い髪の毛を長く伸ばしていた。垂れ目で細く、よく目が開いているのか閉じているのか分からないと、周囲の人々に冗談ぽく笑いながら言われていた。異世界に来てからは髪をオールバックにして束ねて、視界の邪魔にならないようにしていた。人柄は温厚であるのだが無口である為、周囲からは何を考えているのか分からないので不気味だと言われている。元来何でも突き詰めなくてはならない衝動に駆られることが多く、言葉を発するよりも頭の中で思考するのを好み、他からどう見られているかは、あまり気にしない性格であった。
人と交わることを決して嫌うわけではないのだが、話していても会話のキャッチボールができず、ぼそぼそと独り言のように聞こえる為、周囲からは気持ち悪がられ、自然と人は離れていった。人から話しかけられることも、頼まれることも、期待されることも、何もなかった。立石もそんな扱いに不満はあれ、どうすることもできず、幼少期より日々を過ごしていた。
しかし、異世界転移とスキル解放で彼の人生は劇的に変化した。皆で協力しないと死に絶える過酷な環境。解放されたスキルはSランクと、ヒト族の中でもトップクラスの力を顕現。また今回のパーティ編成では、『狩人の牙』は超遠距離攻撃が可能なため、攻撃の要として王国からも他のパーティメンバーからも期待されていた。また元来の突き詰めないといられない性分の為、どんどんスキルのレベルが上がっていった。
これほど人に関わられたこともなく、これほど人から期待されたこともなかった人生。異世界では全く真逆の生活を送っている。実は立石悠真は誰よりもこの異世界での生活を楽しいんでいたのだった。
彼が発見したのは必中の矢の活用法の幅の広さだ。実は、ターゲットを魔力でロックしてしまえば、どの方向に射っても、ターゲットに当たるようにスキル補正されるのだ。スキルと魔力は両方あって作動する力だ。スキルの強力さは、魔力量と魔力操作で決まってくる。より魔力をつぎ込み、うまく操作すれば、スキルは放たれた弓矢を、スキル行使者のイメージ通りの動きをしてくれるようになる。
スキルレベルが低いと自分の思い通りには動いてくれないが、この1年間ただただ愚直に必中のスキルを繰り返し使用した結果、レベルはかなり上がり5、6本を同時に別方向に射っても、ロックオンしたターゲットには百発百中当たるまでになっていた。
何かしらの照準補正のスキルが乗っている矢であることを見抜いた魔族の少年は、高速で前後左右に動き、矢の的を絞らせないようにした。0コンマの世界で、一瞬でも動きを鈍らせれば、矢の餌食になる。背筋に冷たい汗が伝い落ちるのを感じながら、少年は回避行動に全力を尽くした。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
猛烈な矢の雨が終わった。少年は1本の矢が体に突き刺さっているのに気付いた。
「ふ~、なかなか良い射撃だね。横からの射撃が囮で、実は頭上からの射撃がメインなんだね。この攻撃方法はなかなか思いつかないなー。君、やるね」
赤石の支援もあり命中率は更に上がり、本来は全てが当たるはずなのに命中率5%以下になっていることに驚きを隠せない立石は、警戒を更に高めながら次の攻撃行動に移る。
「いや、もうその弓矢はやめておこうか。イライラするからね」
少年は水魔法のウォーターを立石の頭全体を覆うように発現させて、立石が呼吸をできなくさせた。
まさか地上で溺れると思わず、立石は必死にウォーターから逃れようとするが、水が頭から離れない。
ゴボゴボゴボゴボ(い。。。息が・・・でき・・・・・な・・・・)
パニックになっている分、どんどん脳への酸素の供給が無くなっていく。
「ディゾルブ!!」
三原は瞬時に状況を把握し水が少年の魔法攻撃であることに気付く。魔法攻撃を解除する魔法を唱えると、ウォーターが弾け飛んだ。
「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」
「立石君!!!大丈夫!!??」
「な、なんとか・・・・」
朦朧とする意識の中で、立石はなんとか意識をつなぎとめていた。
三原は近くまで走っていき、立石に話しかけた。
「すぐに回復させるね!」
魔族はニヤッと笑いながら、呟いた。
「少しは水を飲んでくれたかな?知ってる?魔法で生成した水は、術者との親和性が高いから自由に動かすことができるんだよ」
無邪気に魔力の仕組みを嗜虐的なトーンで説明し、少年は魔力をディゾルブで消滅されていない立石の体内の水を使い、更に喉を締め付けた。
「おぉぉぉぉ・・・」
立石は首を掻き毟るようにもがき苦しみ、地面に倒れていった。
「立石君!!!!ディゾルブ!!!」
特に立石の体内に集中して魔法を放った。体内の魔力を纏った水は消え、立石は崩れ落ちるように倒れていった。
「ゴホッ!!ゴホッ!!オ・・・・オェェェェ・・・・・」
息ができなくなることでパニックになった立石は、強烈な喉の痛みで悶絶した。
「貴様!!!!」
春日は再び突撃し、斬撃を繰り出していった。
「鋭い斬撃だけど、君の攻撃は単調なんだ。知っているのかな?動きが読みやすいよ。まだまだ戦闘は素人かな」
「くそくそくそくそ!!!なぜ当たらない!!!」
春日は真一文字に一閃するも、少年は体を後ろにスウェイして躱す。そこに上に振り上げた剣を振り降ろす。少年は1歩だけ後ろにステップし、それも軽く躱される。袈裟切り、突き、逆袈裟切り、左上段蹴り、踵落とし、と連続で斬撃を繰り出すが、全て躱すかいなされていく。
少年はそろそろ攻撃に飽きたのか、春日の懐にサッと飛び込み水を纏った拳でアッパーカット気味に春日の胸を激しく打った。
春日の鎧が凹み上半身は後ろに仰け反った。
「ぐはっ!!」
無防備の足を足払いをされ体が地面から離れ、空中に一瞬体が浮く。そして強烈な水の奔流が春日を襲った。消防車からのホースの放水の何倍もの激しさの水が、春日の体側面に直撃し、春日は地面を何度も叩きつけられながら、はるか後方に吹き飛んでいった。
「何か防御補正があるのかな。本来ならこれで体は真っ二つのはずなんだけどな~」
「勇者様!!!!!!」
周囲から突然5人の騎士たちが現れた。その5人の騎士のリーダーは勇者育成兼護衛担当の猫人のアダム・パリィだった。
「勇者様・・・やっぱり、君たちは勇者だったんだね。今はどうってことないけど、成長速度は半端ないからね。今のうちに始末させてもらうよ。そっちは護衛の騎士か。こっちの方は歯ごたえがあるな。なかなかの魔力量だね、君たち。特にそこの猫顔のヒト」
アダムは、自分の失言に気付き、少年の魔族に相対した。
「魔族か?!ちっ、しまったな。赤石様、三原様、大丈夫ですか?」
赤石は震えながら応えた。
「やばいんだけど、一瞬でゆうま君、つばさ君、いつき君がやられちゃって・・・」
三原も顔面蒼白の状態で辛うじて、騎士たちに応えた。
「騎士の皆さん加勢感謝します。ここにこんな強力な魔族が来るなんて。申し訳ありません・・・。全く歯が立たなくて」
「いやー、僕なんて全然だけどね。何百といる賢魔の一人だよ」
「賢魔!!!???」
騎士たちは驚いたように、魔族を凝視した。
三原は恐る恐る騎士たちに小声で聞いた。
「け、賢魔って何ですか?」
アダムは、そっと三原の質問に答えた。
「賢魔とは、魔族の中でも強力な力を持つ者に与えられる称号のようなものであると、私たちでは理解されています」
そのような小声をどのように聞き取ったのか、魔族の少年は、その回答に付け加えるように言葉を被せた。
「そうだね。まぁだいたい合っているよ。それと、その中にも位階があってね。僕は60位だから、まだまだだよ」
「「「60位!!!」」」
騎士たちの顔に緊張感から血の気が引く思いで、お互いの顔を見合わせた。
魔族の中でも上位に位置する強力な者たちを『賢魔』と呼ぶ。その中の100位台の賢魔は、それぞれがAランク冒険者と言われている。そして、50位~100位の賢魔はSランクと言われ、それ以上はSSランク、SSSランクと計り知れない。
まだ騎士たちもSランクには達していないので全力で戦えば、戦えなくもないが、これほどの高位の賢魔は騎士団の10人規模ほどで挑むのが普通だ。
(まずいな。この魔族の言っていることが本当であれば明らかにこちらの戦力不足だ。とにかく勇者様方をここから離脱させないと)
騎士たちはそっと目で合図をした。皆、胸中で思いを共有していた。
「ちょっと、僕一人だと君たちと挑むのには手に余るかな。ちょっと転移魔法陣で僕の新作の魔獣をご紹介しましょうかなぁ♪」
騎士の一人は驚いたように叫んだ。
「なっ!?更にここから加勢が来るのか」
いよいよ不味くなっていく状況を見て、騎士団たちは一気に魔族の少年に襲い掛かっていった。
「ちょ、ちょっと。人の話は最後まで、き、聞くべきだ、よ」
無数の槍撃と剣戟が魔族の少年に襲い掛かるが、全てを紙一重で躱していく。
「散開!!!!!!!」
騎士たちは一気に横に飛びのいた。そこに一陣の真空の風が吹いていった。
ズバッ!!!
魔族の少年の体に大きな傷が生まれ、仰向けになって地面に倒れた。
アダムの風魔法を乗せた真空撃を放ち、剣戟を飛ばしたのだ。
追撃の手を緩めず、横に飛びのいた騎士たちは再度魔族の少年に飛び掛かった。
しかし、突如その魔族の少年の正面から、巨大な『鳩』が出現した。
全長10メートルもの大きさの『鳩』が現れた。騎士たちは『鳩』が出現した瞬間が一番の好機と見て、『鳩』の体に斬撃を与えるが、鋼鉄のような羽毛に阻まれ全く攻撃が通らない。
『鳩』は痛痒を感じないがチクチクとした感覚がしたのか、下を見ると小さな動物が棒で、体を切ろうとしている様子を見た。餌と認識し上から4人の騎士たちを素早く喰らいついていった。
グチャ!グチャ!グチャ!グチャ!
クチバシで騎士たちの頭を貫き体を一飲みしていった。クチバシの中がどうなっているかなどは考える暇はなかった。アダムはワナワナと体を震わせた。
(な・・・なんなんだ、この化け物は・・・あ、圧倒的すぎる・・・)
「いやー、さっきの風魔法にはやられたね。もうあと、4、5撃喰らうと死んでしまうかな。召喚が間に合ってよかった」
むくりと起き上がった魔族の少年は、肩に刺さっていた一本の矢を抜き、魔力を体全体に行き渡らせ傷を治していく。止血が終わり肩と体の肉が少しずつ盛り上がっていくが、全快には程遠い状態ではあった。
「まぁ、応急処置は終わったかな。見てよ、この鳥。凄いよね!!デス・バードの新種なんだよ。南方の死の森で、僕が発見したんだ!デス・バードは普通群れで狩りをしているんだけど、なんとこの一匹の個体だけが群れから逸れているところをたまたま見つけたんだ!いや~、なかなかの死闘だったよ。死ぬ一歩手前までにして、半殺しにしようとしたけど、逆に殺されそうになったよ!!最後は結局全力で殺しにかかって、何とか制御できるようになったんだ。さて、このデス・バードの初お目見えだ!!とくとご覧あれ!!!」
(これがデス・バード!!??本来は1メートルぐらいある嗜虐性のある、死肉を貪る残忍な鳥だが、何故10メートルもあるんだ???!!!ありえない!!!!)
アダムは体全体に戦慄が走るのを覚え、何とか勇者たちだけでも離脱させないと決意した。三原たちが転移魔法陣で拠点に帰還できる時間は稼ぐしかないと思い、全力で魔力を体に纏わらせて、デス・バートに向かっていった。
「三原様!!!!!皆をここから脱出を!!」
赤石は恐怖で身を竦ませながら、呟いていた。
「な、なに、あの巨大な『鳩』は?」
三原は直感的に事態の緊迫さを感じ、このまま何もしなければ全滅であることが容易に想定できていた。
「分かりました!!!は、早くここから逃げないと!!!赤石さん、魔力向上の歌を!!アダムさんは??!!」
「私は自分の転移魔法陣があります!ここで皆様が転移する時間を稼ぎます!!早く!!!皆様が、ヒト族の希望です!」
赤石は三原にバフをかけるように歌を歌い、三原は赤石と近くに寄せていた春日、柏原、立石をターゲットに指定し、カバンの中に入れていた転移魔法陣を取り出して魔力を通した。
「いけるわ!アダムさん!いけます!!!」
そう言って、前を見た時にはアダムはすでにデス・バードのクチバシで、頭蓋骨を割られ絶命していた。
「きゃーーーーーーー!!!!!!!!」
赤石は絶叫して気絶した。
三原は同じように絶叫したかった。現実を全て投げ出し気絶したい衝動を無理やり抑えて転移魔法陣を起動させた。
5人は転移魔法に包まれその場から消えていった。
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