21 巨大飛び魚

「さぁ、行こうか」


朝日が昇り、全ての生命が覚醒し躍動し始める。今日という一日は、俺にとって人生が大きく変わる一日だ。なぜならこの森から脱出する一歩が踏まれるからだ。


やっとこの地を離れヒト族のアイツらへの反撃を放つ事ができる。あの召喚された日を思い出し、何度眠れぬ夜を過ごしたか。


怒りと恐怖、無力感が混在して心の底から様々な感情が込み上げてくる。奴らは人をゴミのように扱い、人の尊厳を持て遊ぶように踏み躙った。


奴らは、昔からそして今も、またこれからも人を道具のように扱い、要らないものは切り捨て、不幸をばら撒き続けていくだろう。自分たちの虚構の平穏の為に俺の日常、俺の大切な人々との時間、思い出、未来は全ては完璧にアイツらの為に粉砕された。


この死の森の中の魔物たちも同じだ。強ければ生き残り、弱ければ餌となる。ここの魔獣たちは自分たちの生きる権利を命懸けで守る。


この森の中での生存競争は苛烈だ。それがそのまま、この世界全体の掟なんだろう。森だろうと人間世界だろうと同じ原理だ。やられて黙っていても、誰かが自分の生存権を守る為に戦うことはない。搾取され続けるだけだ。


俺はそうやって、自分の生存権を全力で守り続け、この1年間死の森で生きてきた。我ながらよく生き残れたと思う。安穏と暮らしているファーダムの王族たちへの復讐心が俺を常に前に進ませてくれた。


俺がやられっぱなしでいると思うなよ。お前らだけが、掟の外に生きていることはない。絶対にそこから引きずり下ろしてやるさ。


そんな奴らの庇護の元に過ごす、今のヒト族国ファーダムに滞在している勇者たちを思うと不憫に思うが、どうなっているかなんて、どうでもいい。


俺を散々いじめ抜いた奴もいれば、見て見ぬふりをしてきた奴らもいる。どうしようもない奴らだった。この世界は甘くない。王国も使えない勇者たちをどんどん処分するのだろう。知ったことではないが。今頃、勇者たちは何人生き残っているのか。


とにかく、あの王国の胸糞悪い王族らと関係者どもを俺は何としてでも潰す。


待っていろ。


その思うと喜悦が心の底から盛り上がってくる。ここで培った力は半端ないものになっている自覚はある。この死の森での生存闘争は、俺に絶大な自信を与えてくれた。俺は、もう奪われる人生を歩むのは懲り懲りだ。


そう思い、自然と口端が上がる。


「ノブ、あなた、今とても悪い顔しているわよ」


エマの言葉に一瞬ドキっとした。エマは何か俺の悪い部分を指摘しているというより、ニヤッと笑いながら話しかけてきていた。


俺は今更何を隠そうというか、と思い自分の心情を素直に吐露した。


「エマとセバスのお陰で、ここから脱出できると思うと、本当に感謝でな。俺はヒト族国への復讐を糧に今まで生きていたんだ。奴らは必ず潰す」

「そうなのね。けども、ノブのお陰で私たちはこうやって生きて、領地に帰れそうだわ。本当に感謝しているわよ」

「はい、ここの魔物たちはあまりに好戦的で獰猛ですので、2人では無事に帰れるかどうかはかなり不安でした。ノブ様のご助力は、本当に助かります。心より感謝申し上げます」

「まぁ、感謝の前に脱出しないとな。じゃあ、セバス、案内を頼むぞ」


この1週間でかなりお互いの距離を縮められた。狩りでの連携を取る時とかは、遠慮は邪魔だから敬称略と伝えた。お互いの呼称は簡略化したが、セバスからは執事の矜持と言われ『ノブ様』までの簡略化が限界だった。


セバスは確かな足取りで歩き始めた。


明確に森の脱出ルートが見えているらしい。セバスは大地人のスキルで、この多くの部分の森が見えているようだ。ガルーシュ伯爵領に一番近いルートを選び、どんどん進むスピードを上げて進んでいく。俺たちは駆け足で森の中を進んで行くのだが、駆け足といっても、魔力で身体能力を上げて進んでいるので、普通の成人男性の全力疾走並のスピードで走っている。時速20キロぐらいかな。森は鬱蒼としており、蔦や枝、水溜まり、苔が、森全体の至る所にある。これほど人が入っていない領域というのは、このような原生林が残っているのだと、ふと思う。気を抜くと簡単に滑って谷の底に落ちていく。魔力を足裏に集中させ、魔力で確実に地面を掴み、進んで行く。崖や切り立った壁にぶつかったりするが、魔力で壁を掴み、駆け上がっていき、乗り越えて行った。元の世界では考えられない方法で森を踏破していった。


走っていると川にぶつかった。川の幅は30メートルぐらいで、俺の首くらいまでの深さになる。だいたい90センチぐらいか。川の流れもかなり速い。今の俺たちなら走り幅跳びで10メートルぐらい余裕だし、そこから泳げば問題ないのだが、実はここの川は簡単に渡れない。それは・・・


「この川には多くの魚がいますね。しかもスピードとサイズが普通の魚とは桁違いだ。この魚は・・・?」


「その通りだ。ここには巨大飛び魚が多く生息しているんだ」

「鳩の時もそうだけど、それもノブが付けたの?」

「そうとも言う」

「ははは。何それ。面白い名前!」

「俺は何度も、ここの巨大飛び魚に喰われてた経験がある。おそらくここの魚どもは、魔力を感じたり、気配を感じるのが抜群に上手い。少しでも近付くと、こんな風に・・・」


俺が川からあと一歩ぐらいのところまでゆっくりと近づいていくと川の中にある影が大きくなっていき・・・


ドバッ!!!!!


全長2メートルぐらいの魚が飛び出してきて、俺を喰おうと俺の背丈ぐらいの大きな口を開けて襲ってきた。


「こんな感じで襲ってくる。この川をジャンプで飛び越そうとしても空中で、タイミングを合わせて襲ってくるんだ。大した魚だ」


俺はその開いた口の上と下を右手と右足で支えながら、エマとセバスチに説明をした。魚はプルプルと体を震わせ、なんとか口を閉じて俺を飲み込もうと必死だった。


「それで今夜のご飯はこの巨大飛魚なの?」


「いや、この魚は驚くほど美味しくないんだ。変な虫も多く体内に寄生していて、食べるのには難儀するんだ。以前に食べた時はその寄生虫を俺の体内で消化するのに1週間はかかったな。その間中は腹の激痛でのたうち回ったよ。だから基本は獲物としてはこの魚は見ない方がいい。たぶん、この魚はこの寄生虫と共生する為に、内臓や表皮が異様に硬いんだと思う。この魚よりダチョウか鳩がいいかな。なかなか捕まえるの難しいがな。次点で狼かな!!!」


そう言って右手で口の上部分を掴み、思い切り下に叩きつけるようにして、口を閉じてやった。ガキン!!!と口は閉まった。その口を下から右足で蹴り上げて、魚を背後の森の中に放った。しかし、バタバタと跳ねて、その跳ねている力も凄まじく、跳ねて俺たちを飛び越えて、川の中でドボン!と帰っていった。


「な、なに、あのジャンプ力・・・」

「な、なんという規格外の生物か・・・」


「さて、俺1人なら格闘しながら渡るんだが・・・ちなみに、ここを渡らないといけないのか?」


「はい、残念ながらその様です。私のスキルがこの先を示しています」


「魔除けのお守りの効果はないのか?」


「この魚は関係なく近づいてきたわね。なぜかしら?」


「俺も分からないが、たぶんこの魚は魔獣というより動物に近いんじゃないかな?魔獣は、魔力を使い身体能力を上げている動物だろ。魔獣だからこの魔除けのお守りは効くんだろうが、この魚は純粋にこの環境に適応して進化した動物なんだと思う。この生物からはあまり魔力を感じないしな」


「じゃあ、どうするのよ?」


「うーん。俺が囮になるから、その間に10メートルぐらい俺から離れて渡る、というのは、どうかな?俺の場合、噛みつかれても硬質化のスキルでダメージはゼロなんだ。エマとセバスが、川を渡る時は何本も丸太を投げ込んで、その上を飛び跳ねて渡ればいいさ。残り10メートルぐらいはジャンプで行けるかな?それぐらいしか思いつかん」


「ノブは、大丈夫なの?」


「まぁ何とかなるだろう。あんまり時間も掛けたくないし、他に案がないなら早速やってみようか。無理ならまた考えよう。セバス、木の上は土の上判定になるのか?」


「いえ無理です。大幅に力は落ちてしまいます」


「そうか・・・むむむ・・・。じゃあ、先にエマが向こうに渡ろう。セバスが何本か丸太を投げ入れて、エマはそれを足場にして、丸太の上を跳躍しながら向こう岸に渡る。エマが向こう岸に渡れば、その後にセバスが後に続く。その時も同様に丸太を何本か足場用に放り投げ、2回目以降の跳躍はスキル無しの自力で跳ぶ。届かなければセバスなら腰辺りが水の深さだろうから、あとは数メートルは水の中を走っていく。水の中なら水底を歩いている訳だから、土の上判定だから力は減じられないだろう。そうかな?(はい、その通りです)じゃあ、そういうわけで、その時に襲われそうになったら、エマが岸から援護する。どうかな?」


「承知いたしました。リスクを伴わない方法はありませんからね。やってみましょう」

「分かったわ!先に着いて援護するわ」


「よし、じゃあ早速取り掛かろうか」


俺は近くの木を数本を硬質化した足で蹴り倒していった。十数本の5メートルほどの丸太を作り、川近くに放っておいた。その後担いでいた、6つの大きな毛皮の袋を向こう岸に思い切り投げた。無事に袋は向こう岸に届いたが、あの袋を持っていかれると拙いので、エマに向こう岸に着いたら援護もしながら、あの袋の確保を頼んだ。


2人から10メートルほど下流に行き、川の中に入っていった。首から上だけが出ている状態で川の中を歩いていく。早速、何匹もの巨大飛び魚が俺の体に噛み付いてきた。硬質化と重量化を使い、巨大な鉄の塊と化した俺を何とか噛みちぎろうと、どんどん噛み付く魚が増えていく。飛び跳ねて俺の頭に噛みつこうとする個体もあった。俺の周りは巨大飛び魚だらけになった。俺の周囲は隙を狙って遊泳している巨大飛び魚がいた。


ざっと目視で2、30匹はいるな。しかし、巨大飛び魚は、俺に対して全然歯が立たない。俺が硬すぎて俺の顔にも目にも耳にも体にも足にも腕にも手にも、歯が食い込まないのだ。体で体当たりもしてくるが、俺の重量化の前では、びくともしない。噛みついている魚たちの体を掴み握り潰していく。同時に足を上げて、もう一方の足に噛みついている奴の頭の上に思い切り重量化した足で、踏み抜いた。魚の頭に足が当たりそのまま川底まで踏み切ると、魚の体を貫通していき死に絶えた。


ガキッ!!!グチャッ!!ガキッ!グチャ!!ガキッ!グチャッ!ガキッ!!!グチャッ!!ガキッ!グチャ!!ガキッ!グチャッ!


とにかく殺しまくった。鮮血が俺の周りに広がっていく。


噛みついている魚たちを掴んで握りつぶし放り投げ、足についた魚も踏み潰していく。頭に齧り付いている魚にも鋭利な歯が俺の頭部をガシガシ噛み砕こうとするも、全く効果はない。口の中に俺の頭が入っている状態だが、俺は口の中に含んだ水を魔力を用いレーザーのように放った。


体内は外皮よりは柔いようで、体内をグチャグチャに切り刻んでいった。痛みで痙攣し噛撃を止めて口が外れたところで、俺はその魚に頭突きを喰らわして悶絶し目の部分が白くなっていった。瀕死の魚に鉄槌打ちを下し、頭蓋骨を割っていく。俺が徐々に川の中を前に進んでいく毎に血で川が染め上げられていった。


エマとセバスはその光景を唖然としながら横目に見ていた。俺はその様子を見て「さっさと行け!俺は大丈夫だ!」と叫んだ。


セバスは丸太をどんどん上流の方向へ放り投げでいった。流れ下っていく丸太にエマは飛び乗りながら、難なく向こうに到着していった。


「着いたわ!!セバス、来てーーーー!!!」


大声でエマは叫んだ。


「承知いたしましたーーー!!!!」


セバスも大声で応え、再び何個も丸太を上流の方へ投げていった。流れ下っていく丸太を狙って走って跳躍した。一本の丸太がちょうど足元に来たので、それに着地し更にそこからもう一度跳んだ。


あと5メートルぐらいで岸というところまで跳べ、川の中に入っていった。そこから水の中を歩き出した。水の抵抗があるが大地人のスキルで大幅に身体能力を上げて、かなりのスピードで移動し始めた。しかし生物が川を渡る音が聞こえたのか、何匹かの巨大飛び魚がセバスの元へ襲いかかっていくのが見えた。


エマは魔力を使い、魔力の塊を作り上げ水中の巨大飛び魚を狙って投げ付けた。


魔力の接近を感じて器用に魔力弾を飛び魚は避けながら、セバスに急接近していく。


「セバス!!!!」


エマは叫びながら、何度も何度も魔力弾を投げ付けるが、飛び魚たちに当てることができない。飛び魚のスピードが速すぎるのだ。目で追えない。


俺はその状況を見てまずいと思った。


(噛みつかれて川の中に引きづり込まれたら一巻の終わりだ)


もう後数秒もすれば、巨大飛び魚がセバスに到達する。


(これでどうだ!!)


俺は水魔法で大量の水をセバス背後辺りに生成して、セバスの後ろから津波を起こしてセバスを巻き込みながら、向こう岸に押し流していった。セバスはまさか後ろから津波が来るとは思わず、溺れながらも岸に押し出され土の上を転がっていった。そこに数匹の飛び魚が川から飛び出して、突っ込んできた。


「陸上でエルフに勝てると思っていんの!!!???」


エマが魔力で纏った体で巨大飛び魚に体当たりした。飛び魚の表皮は硬く飛び魚に当たったインパクトで、後方に押し返すのみだった。飛び魚はそのまま跳ねながら川に戻っていった。


「硬っ!!!なんて魚なの?!」

「お嬢様の魔力でも押し返すのがやっとなのですか。凄まじい魚ですね。それをノブ様は握り潰しておられます。なんという握力と濃密な魔力なのでしょうか・・・」


10分ほど経ち、俺は無事に向こう岸に着いた。川はまさに地獄絵図のように血で川は赤一色だった。


川から上がると体は無傷だったが、体に巻き付けていた毛皮の服はボロボロでだったため、ほぼ全裸になっていた。


「きゃーーー!!!」


「まぁ、そういうな。そこの袋の中に毛皮の服が入っているから取ってくれ。毒草の袋には気を付けろよ。間違っても開けるなよ」


セバスが毛皮の服の入った袋を持ってきてくれて、新しい毛皮の服に着替えた。


「じゃあ再出発だ。ちなみに野営できる良い場所は分かるか、セバス?」


「ここから後2時間ぐらい進みましたら、切り立った岩の壁があります。そこなどは如何でしょうか?」


「いいな。せめて3方面を警戒すればいい場所だな。そこにしよう」


そうして、俺たちは再び進み始めた。移動中は魔獣がいれば狩っていき、夕食用の肉を確保することも忘れなかった。

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