19 森からの脱出①

もちろん、このままこの二人を置き去りにして、自分だけで山脈を探して、山脈を踏破し、ファーダムを目指すのもいいだろう。一番の懸念点は、この1年間探したところ、多くの山脈は遠くに見えるが、どれがヒト族国に繋がっているか分からない。なので、却下。


むしろ、二人に山脈の方向を教えてもらい、ここで別れる。セバスならファーダムへの方向も行き方も分かっているような気がする。しかし、そうすれば、この2人はおそらくここで十中八九、死ぬ。魔除けのお守りも使えるだろうが、それぐらいでこの森を踏破できるほど、この森はやわではない。20人ほど護衛がいたのだろうが、結局セバス1人までに減っている。追跡するムラカ派もいたのだろうが、この森の危険性は誰よりも俺が分かっている。この2人には死んでもらいたくない、と思っている自分がいることに驚く。先ほどの話を聞いていた分だと、かなり凄惨な事態がこのエルフ国セダムで行われているのだろう。けども、2人は、ムラカ派と和睦を目指し、エルフ国セダムの独立を何とか目指したいと思っている。この2人は、このエルフ国セダム独立にとって、絶対に必要な人材たちなのだろう。健気だなとも思うし、勇敢なことだとも思う。命を懸けて挑戦している。俺なら、ムラカ派も魔族も一緒くたにして、皆殺しにする、というぐらいしか考えられない。こういう善意の人たちを死なせるのは惜しいと思う。なので、2人を死なせるような選択、つまり、ここで別れるのは却下となる。やはり俺も人の子だな。


エルフ族のことは、俺には関係ない話だが、やはり、エルフ族の為に奮闘する善意の人がいるなら助けるべきだと思う。それに、2人には、久しぶりに人と一緒にいることで、これほど心が正常化するのかを教えてもらった。またヒト族の王国への帰還まで手助けをしてくれると申し出てくれている。打算もあるだろうが、相手の願いに思いを寄せる心を持っている。無為には死んでほしくはない。だからと言って、エルフと魔族との戦争の中にまで介入するつもりはない。彼らには彼らの信条があり、守るべきものがあり、戦う理由がある。


俺には、ない。


そんな中途半端で、無関係の人間が他種族の国内問題に関わるべきでもないだろう。エルフ族が、エルフ族の行く末を決めるべきだ。民族自決であるべきだ、と思う。


さて、一番お互いの利害が一致するのが、やはり、一緒に森を出て、ある程度エルフ国で生きる術を教えてもらい、自分でヒト族国ファーダムに帰る方途を探す、ここら当たりだろう。


魔族とヒト族は、敵対関係だから、エルフ国内で自分がヒト族であることを知られるわけにはいかないので、何か方法を使い自分の種族を隠す方法を考えないといけない。セバスは、俺に伯爵家で匿ってくれる、との話だから、これはまさに渡りに船だ。


プラスもマイナスも様々に考え、俺は結論を出した。


「エルフ族はそんな状況だったんだな。分かった。では、一緒に森を出よう。あんたたちの護衛は俺がやってやるよ。無事にあんたたちを、領地に送ってやるから、その代わりにエルフ国での生きる術を教えてくれ。」


「よかった!」

「承知いたしました。命の恩人のモトハシ様には、重ねてご迷惑おかけいたしますが、よろしくお願いいたします。先にご心配かもしれませんので、お伝えしておきますが、ヒト族の方をエルフ族に見せかける事は可能になります。ヒト族とエルフ族では、耳の大きさ、髪の毛の色、瞳の色の違いがあります。エルフの耳は、モトハシ様の耳より大きくありますし、髪の毛の色も瞳の色も、エルフ族内では、黒色はありえません。なので、見た目を変えることのできる、本家にある魔道具をお貸しいたしますので、ご安心ください」


「それは安心だな。一切了解だ。では脱出に向けての支度を始めていこう」


「今からすぐに出発するんじゃないの?」


「いや、まずは、ここで1週間ほど、準備の時間を取りたいと思う。俺の方はここら辺の魔物の動向と、色々旅の時に役に立つ植物を採取して持っていきたいんだ。2人は体力回復をしっかりとして、出発に備えてくれ。まだ本調子じゃないだろう。それともう少し正確に、あんたたちの戦力と能力を把握しておきたいから、色々と討議しておこう」


「分かったわ」

「承知いたしました」


「ここでは、俺の言うことをしっかりと聞いてくれ。あんたたちには、ゆっくり休憩しながら出発の準備をしてもらおう。まずは今日の飯の準備がしたいから、できる限り周囲の枝と草と小さな石を取っておいてくれ。この辺りのみでの採取で頼む。ここ以外で動くと危険だからな。俺は今から色々と調達してくる。まずは俺が周辺を確認するから、洞窟から出るのは少し待ってくれ」


2人がうなずいたのを見て、俺はサッと洞窟から出て周囲を索敵のスキルで、生物の動向を確認した。半径5キロ以内には獰猛な魔獣がいないことが分かる。


「大丈夫だ。じゃあよく警戒しながら、採取を頼む」


そう言い残し、俺はある場所へと走って行った。そう、一切の生命体の生存を拒絶する、あの猛毒草の洞窟だ。ここから大体2~3時間走れば、その洞窟に着く。岩塩の山も近くにあるから少しまた採集しておこうか。


実は、こっちの拠点に移ってから気付いたことがある。


それは、猛毒の洞窟に近付くにつれて魔獣は減るのだが、遭遇する魔獣の凶悪さが他の箇所の魔獣のそれと比べて、数十倍に跳ね上がることだ。サイズ、パワー、スピード、スタミナなどは、今の拠点の魔獣の比べ物にならない。猛毒草の洞窟付近の蟻は、5メートルぐらいの大きさで闊歩しているんだ。俺も最初は何度も死にかけた。生き残っているのは、奇跡と言っても過言ではない。


しかも、あいつらの中にはスキルを使う奴もいる。俺も使っている『軽量化』『重量化』『硬質化』『水魔法』『火魔法』を使える奴らだ。俺みたいに全部を使う魔獣はいないが、せいぜいこのスキルの中の1つを使い程度だが、それでもかなり厄介だ。


なぜ、あの毒草の洞窟に近付くと魔獣のレベルが格段に違うかの考察は何度もしてみたが、よく考えたら自明であった。


つまり、あそこから流れ出る毒に打ち勝った魔獣の能力が格段に上がるのだ。おそらくほとんどの魔獣は死に絶えるだろうが、少量の毒をたまたま吸い、何とか解毒を自力で行え、その近辺に棲息した魔獣は常に毒の影響下にあり、その場にいるだけで体が強化していくのだろう。


そして最強にして最恐の魔獣へと進化する。そして、驚くべきことに毒草の中にはスキル付与をする草もあるのだ。その代わり、そのスキル付与の毒草の毒は、最悪の中の最悪だった。数秒で意識を失い殺す毒だ。スキルを使用できるのはその凶悪な毒を生き抜いた魔物たち、ということになる。


スキルの索敵を使い、周囲の魔獣を確認すると一匹のはぐれダチョウが遥か1キロ先3時方向にいる。これは幸運だ!あのダチョウは基本、群れで動いているはずなのだが、一匹だから脅威レベルはかなり落ちる。と言っても、走力は時速200キロを軽く越しており、全長3メートルほど。身体能力も大きさも動きもワゴン車並みだ。普通の人間なら遭遇すれば絶対に殺される相手だろう。1キロ先だから、もしこちらをターゲットとしてロックオンしてくるならだいたい30秒ほどでこちらに来る。逃げられると正直追い付くのにめちゃめちゃ苦労する厄介な魔獣だ。


(あ、こちらに気が付いて、猛スピードでこちらに向かってくる)


これはこれで、実は良かった。この魔獣は臆病な性格をしているので逃げられると、追い付いて殺すのは至難の業なのだ。小さいヒト族が近くを疾走しているのを見て、餌になると思って襲い掛かることにしたんだろう。向こうもチャンスと思っているようだが、こちらもチャンスと思っている。ダチョウの肉は美味しいからな。今日は御馳走だ。


気付けば茂みの中からダチョウが現れた。


ズシャッズシャッズシャッズシャッズシャッズシャッ!!!


正面に突如現れたダチョウは、俺の胴体をクチバシで何度も突き殺そうとしてきた。超高速の連続攻撃だった。しかし動くものには必ず予備動作が存在する。どんなに速い攻撃も、攻撃の始点さえ見抜いてしまえば避けるのにそう苦労はしない。そのすべてを掻い潜り、俺に向かってきた一撃を硬質化のスキルを使い、手で受け止めて掴んだ。驚いたような表情をダチョウはしていた。まさか自分のクチバシが、こんな小さな生物に止められるとは思ってもいなかったようだ。


俺は掴んだクチバシを思い切り後ろに引っ張り、ダチョウの胴体を空中に浮かせ自分自身を回転の軸となりダチョウを抱えながらコマのように何度も何度もグルグル回転した。そして砲丸投げの要領で、近くの木に思い切り投げつけてやった。


「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


ガーーーーーーーーン!!!

グシャッ!!!! ボキッ!!!!


背骨が折れたのだろう、ダチョウは痙攣して口から血を吐き、全身から血が噴き出ていた。直ぐにダチョウの元へ行き、首を絞めて、窒息させてトドメを刺した。

仲間を呼ばれても困るし、逃げられても困る。このダチョウを解体して、今日の晩御飯とし、残りは森を脱出する時の道中の食事にしよう。サッと頸動脈を切り、血抜きをする。そして腹辺りをズバッと切り裂き、内臓を全て取り出して、肉が腐らないようにしておく。そして水魔法で死体の体温を低温に保っておく。ここに内臓を放っておくと血の匂いに誘われ、多くの魔獣が寄ってくるだろう。変な魔獣に遭遇するのも面倒なので遠くに内臓を投げ捨てることにしておいた。脱出の準備もあるので、猛毒の洞窟へと俺は急ぐことにした。


猛毒の洞窟の中で血抜きを行えば、どんな動物も来ないし安全と言えば安全だった。


万癒の果実はたわわに実り、猛毒草は相も変わらず、死の香りを周囲にバラまいている。


俺は既に毒の耐性を持っているので、どれほどここにいようが、全く問題にならない。この毒草の洞窟を最初は拠点としていたが、最近になって移動し、他の場所を拠点とし出したのだ。


森脱出の算段を付け始めたからだ。それが功を奏して、あのエルフたちに出会たんだから、やはりここから出たのは正解だった。


手当たり次第、毒草を摘みまた万癒の実をもぎ取り、手製の動物の皮で作った袋に入れていった。毒草はこのまま持って移動すると、俺が行くところの周囲を毒草から漏れる毒の毒素で大量虐殺になりかねないので、洞窟の外に千切って摘み取った毒草を放っておいた。乾燥してカラカラになれば、毒素を周囲にバラまくことなく、むしろ毒が内部に濃縮固形化して更に毒の威力は何倍にもなる。


これはこれでえげつない武器になるのだ。まぁ武器にもなるし俺のステータスアップの為にもなるこで、取っておくことにもしている。1週間後に来て出発の直前に採取して持っていくことにする。


万癒の実はもぎ取った後は、常温保存をすると1週間は持つが、それを過ぎれば萎れて腐ってしまう。なので、水魔法で全ての水分を俺が生成した水に取り換えて、実の中に充満した水を全て抜き、カラカラにしてしまう。これでドライフルーツの出来上がりだ。これでかなりの長期間は持つ。何カ月か前につくったものも、まだ食べることが可能だし、年単位で持つんじゃないかな、と勝手に思っている。効果も抜群だ。俺が生成した水に1週間ほど浸しておくと、内部の水と俺の生成した水が代替されるので、それからドライフルーツ化の作業をすればいい。これもこの1週間で終わらせてしまいたい。


血抜きの終わったダチョウを何個か持てるぐらいの大きさのパーツに切り分け、持てない肉は、そこらへんに放っておいた。


(さて、拠点の洞窟に帰りますか)

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