18 エルフ国『最悪』の状況

エマとセバスに会う直前に狩った狼をさばいてバラした肉と、洞窟周辺に繁茂している草の中で、食用の香草を見繕って摘んできた。摘んできた香草を植物鑑定すると効能にリラックス効果があったり、体力回復効果があったり、魔力回復効果があったり、栄養が豊富に含んでいたりした。


味は求めるべくもないが、塩を肉に振りまいて焼いた肉を香草に包んで二人に渡していった。


「おいしい!!!これ、狼の肉なのね?!こんなに美味しい味がするのね!」

「香草が肉の臭みを消していますね。これは、大変美味しい。塩はどこで手に入れられたんですか?」


「近くの岩山があって、そこに岩塩が豊富にあるのを発見したんだ。本当に危なかったよ。あの岩塩が見つからなかったらと思うと背筋が凍る。塩だけはこの森の中での生活ができなくなるからな。おかげで無事に森の中でも生きられている」


魔力を指に集め、その集めた魔力を薄く研ぎ澄ます。硬質化のスキルで鋭利な刃物のようにし、その魔力を纏った指を巧みに動かし、狼の肉を切り分けていく。事前に大量に集めてある細くて小さな枝にどんどん刺していき、火の近くで焼いていった。


エマは、その様子を感心しながら見ていた。


「とても手際がいいのね」


「まぁな。これでもこの環境下で一年ほど住んでいるからな」


「どうやって一年間という時間を測っていたの?」


「それは、この洞窟の壁を見てくれ」


二人は洞窟の壁を見てみると、そこかしこに小さい線が刻まれていた。


「ここで一日経つ毎に、線を一本引いていくんだ。今日で386日だ。この線を引くごとに、俺は一日生き延びたんだと実感して、生きる気力を沸き立たしてきた。ヒトか何かに出会えるのをずっと待っていたんだ。本当にあんたたちに出会えてよかった。一人だと発狂する。それで、あんたたちが帰る道がわかっているのか?」


セバスは笑顔でその疑問に答えた。


「はい、その点に関しては問題ございません。だいたいここから1カ月ほど歩けば、森を抜けられます。私は『大地者』という称号を持っております。これは、大陸の上であれば、動物や物などの気配を感知することができるもので、練度を上げると自分が今まで歩いてきた陸地が分かることができるスキルです。今まで逃避行の為に通ってきたルートは、このスキルで暗記しておりますので、ご安心ください」


「へー、便利なスキルだな。本当にこの世界は広いなー。色んなことが自分たちで可能になる。あんたのスキルもまるで、逃げることを前提としているような性質だよな」


「左様でございます。このスキルがありましたので、森の中に逃げる決断ができました。モトハシ様も我が領地に来ていただき、是非歓待させていただきたいと思います。そして、もしよろしければ滞在していただき、この国のことを知っていただければと思いますが、いかがでしょうか?」


「けども、俺はすぐにファーダムに戻りたいんだ。あまりゆっくりしているつもりはないぞ」


「それに関しては、また本家についた時にでも詳しくお話ししたいと思います。モトハシ様はこの森を出られた際はエルフ語やエルフ国の常識などを学び、エルフ国脱出の準備を本家よりご支援させていただければと思っております」


「脱出とは、えらく大袈裟だな」


「そうね。正直、私たちがここにいる理由にもつながるから、ともかく、モトハシにこのエルフ国セダムを取り巻く、最悪の状況を説明するわ」


「最悪、なのか?」


「そうよ。今セダムは魔族に支配をされているわ。セダム史上最悪の暗黒時代と言っても過言じゃない。魔族は怜悧狡猾に私たちの国を支配しているのよ。


この話の起源は、歴史を辿ると2000年前にも遡るわ。魔族は長年多くの国々と交戦状態を何度も繰り返してきた。ヒト族とも交戦中だと思うわ。そして100年前に、エルフ国は魔族との戦争が激化し出したわ。第5次魔族戦役が始まったわ。奴らはエルフ国内の問題を狡猾に利用して分断を仕掛けてきた。そしてエルフ国陥落。エルフ族が国内問題を自分たちで作って、それが自分たちの首を絞めるんだから、自業自得と言えば、そうなんだけど・・・。今の魔族の支配は、その国内問題が原因となっているわけ」


そこからだいたい1時間ほど、エマの説明を食事を伴いながら聞いた。このセダムというエルフ国を取り巻く、『最悪』の状況を聞いて唖然とした。


だいたい要約すると、以下の様な状況になっているらしい。


魔族は、戦闘状態が膠着しているエルフ国を何とか陥落しようと画策し、エルフ国内に存在する、歪な差別感情を利用してきた。


それはエルフ国セダムに存在する、宗教弾圧だ。


太陽神を信奉するサニ派と月光神を信奉するムラカ派。エルフ国セダムでは、サニ派が大多数のエルフが信仰しており、75%のエルフたちはサニ派で、20%がムラカ派だったらしい。あとの5%は無神論か、もしくは違う宗教だ。


宗教が違うだけであったら何も問題はなかったのだが、300年前このサニ派の第43代目のトップである法王ナーリア37世が、太陽神の神託を受けたと告白し、サニ派以外の宗教は、全て邪教徒であるとの宣言をしてしまった。


その流れに乗っかってしまったのが、当時の国王ソーマ5世で、国内の政治体制の安定と魔族に対する交戦力の強化のために『サニ派以外は邪教』との宣言を国の方針としてしまった。


これには止むに止まれぬ事情もあり、当時、魔族の攻勢に押されていたエルフ国セダムは、滅亡の危機に瀕していたのだ。だから、反転攻勢を期して、邪教徒に対する宗教排斥の力を利用し、サニ派の兵士を一騎当千の死兵に変えることを可能にした。獅子奮迅の力で魔族の勢力を追い返そうと画策し、実際それは大成功であった。


全てが上手くいっていたかのように見えたが、しかしこの政治方針は強烈な諸刃の剣で、実は強烈な反作用があった。


邪教徒認定されたムラカ派や他の宗教信奉者たちが、国内で大弾圧を受けることとなってしまったのだ。


泡沫宗教はすぐに絶え、ムラカ派は200年間の大弾圧を受けたが、何とか耐え忍んでいたのだが、徐々に疲弊し、当時の追い詰められたムラカ派の中心者たちは最悪の決断をすることとなる。それは魔族との同盟だ。約定として、エルフ国セダムの王権を、ムラカ派に譲渡することを保証し、魔族がムラカ派を武力支援する、成功の暁には、魔族が警察権、裁判権を保有するといった約定を秘密裏に結んだのだ。外圧には強いエルフ国も、内部の裏切りには脆かった。裏返った内部の力と連携が取れた魔族の外圧の力で、二千年間独立を保ってきたエルフ国セダムの国内は完璧に分断され、陥落してしまった。


当時のサニ派の王族は全て皆殺しにされ、ムラカ派が王権を奪取。そこから始まったのが、サニ派への大弾圧とエルフ国セダムの暗黒時代だ。


ムラカ派は今までの200年間の積年の恨みを晴らすべく、全ての法律、風習、教育、文化などを一新し、サニ派のエルフたちが屈辱の日々を暮らすように仕向けて行った。


また魔族はエルフ族から毎年数千人の労働力を要求した。その労働力は魔族国ガリウッドへ移送されていくのだが、その労働力という名の奴隷として送られていくのは、全てサニ派のエルフたちだった。一度送られたエルフは移民として受け入れられ、魔族国で暮らしている、という体裁になっている。実際は、向こうで強制労働に従事し、平均生存年数は5、6年となっているらしい。一度命からがら逃げてしたエルフから教えてもらったことがあるようだ。


表向きとしては融和政策を取っている、ムラカ派の政権であったが、政権内の重要ポストは全てムラカ派のエルフたちが名を連ね、強烈な不平等社会が広がっている。


では、サニ派は他国に逃げればいいのだが、周囲は他を寄せ付けぬ死の森だったり、砂漠、大海に面しており、唯一、隣国としてあるのは獣族の国だったりする。しかし、互いの文化が違い過ぎたり、排斥し合っている歴史があり、サニ派はエルフ国セダムから他国へ亡国することができずに無為に命を散らしていた。何とかこの状況を正常化するために、サニ派の人々は国内、国外での政治活動を行ってはいるものの、しかし国内でのエルフ族の武装は禁止されており、またムラカ派は魔族との約定の中で、魔族のエルフ国セダム内に軍隊の逗留と警察権を保有することを認められていたため、治安維持のための公安組織と警察組織を魔族が全て牛耳っているのだ。非武装化されたエルフたちの魔族への反抗はほぼ不可能になっている。


そして、サニ派のガルーシュ伯爵家は自治している領内の意見調整と激励、今後の方針の討議を兼ねて、交渉力のスキルを持つ、伯爵家次女のエマを外交の矢面に、派遣することが多かった。今回、寄子の子爵家、男爵家に派遣していたところ、その道中でムラカ派と魔族の公安警察に目を付けられ、連行されそうになったのだ。


必死の思いで追手を振り切って逃げようとするも逃げ切れず、この魔境となるこの死の森に入ることを余儀なくされたようだ。もともとは、護衛として20人ほどの大隊列を組みながらの移動であったが、気付けばもう2人となってしまった。


そして今に至る。


巷にはサニ派のエルフたちの怨嗟の声が渦巻いている。


実は正直聞いていると、サニ派の自業自得だな、と思う節はある。最初は自分たちでムラカ派を排斥しようとしたんだから、その怨念をそのまま返されて当然だ。しかも200年間。


よくムラカ派も耐えたよ。この恨みはちょっとやそっとでは晴らされないだろうな。ムラカ派としては、ざまあみろ、と言いたいだろう。しかし、魔族を引き入れてくるのは、やり過ぎだな、とは思う。国が転覆する可能性があるからだ。人を呪わば穴二つ掘れ、とは言うが、いつ魔族が国を武力支配するか分からないのが今の状況であるし、むしろ魔族は、最終的にはムラカ派も排除して、自分たちの国にするんじゃないのか?


確実にムラカ派も自滅の道に突き進んでいると言ってもいい。弾圧を受け続ければ、結局ムラカ派も滅亡していたのかもしれないし、ムラカ派の決断は、自分たちの滅亡を少し長くしただけに過ぎないのだろう。


そんな感想を心に抱きつつも、話を終えて、憔悴したエマとセバスを見ていると、正直心が痛い。


エマとセバスは、サニ派の罪業もよく理解している。ムラカ派への憎悪が無いわけでもないが克服しているようにも見える。エルフ国の未来を憂いているのだろう。だから、彼女たちはサニ派の結束を強め、最終的にはムラカ派との和解を望んでいる。魔族を追い返したいのだ。


根が深い問題だ。


そして、問題なのはこの状況は俺に無関係ではない、ということだ。実はかなり直接的に俺にも関わってくる。つまり、魔族が跋扈する国にあって、不穏分子は潰されている。エルフ国に存在しないヒト族の子供が一人、言葉もまともにしゃべれず、社会のルールもわからず、フラフラしていたら、元々魔族と交戦中のヒト族だ、魔族に見つかれば絶対にトラブルに巻き込まれる。


意思疎通は魔力を通してできるだろうが、なぜ共通エルフ語を使わないんだと、エルフから不審がられるだろう。説明すればいいのだが、理屈が簡単に通じるかは、非常にリスキーだ。俺の状態もなかなか詰んでしまっている。


さて、どうしたものか・・・

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