17 エルフの女と老人②

「おぉ。起きたか。じいさん、体の具合はどうだ?」


「大変お世話になりました。モトハシ様でしたか。本当に助かりました。感謝申し上げます。途中から話を聞いておりましたが意識が完全に覚醒しておりませんでしたので、直ぐにお声かけできずに申し訳ありません。遅ればせながら、自己紹介を。わたくしは、セバスと申します。エマお嬢様の執事をしております」


(お嬢様に、執事か・・・。どこかの貴族とかのようだな)


元橋は心の中でそう呟き、話を促した。


「モトハシ様にはこの傷の手当てもしていただきまして、大変お世話になりました。しかも、あの巨大な魔物からも救っていただき、誠にありがとうございました。モトハシ様は私たちの命の恩人です」


「いや、助かったのは、二人にまだ生きる体力が残っていたからにすぎない。体力が無ければ本当に死んでいたと思う。だから二人が必死で生きようとした、その意志のおかげで二人はまだ生きているんだよ」


「いえいえ。モトハシ様のおかげでございます。また、ここでの生活も長いとか。魔除けのお守り無しでは、私たちではここには数日とて滞在できない、絶界の魔境でございます。本当に貴方様はただのヒト族でしょうか?」


(えらく、核心をついてくるご老人だ。今の話はスキルの話を示唆しているんだろうけど、スキルの話をするのは手の内を晒すようなものだから、あんまり良い話題ではないと思うけどな。このご老人は俺のことを少し疑っているのだろう。無難に答えるのがベターかな)


「あんたのお嬢さんにも説明したが、俺のスキルはどうしようもなくてな。ちなみに、名前は植物鑑定というGランクのゴミスキルらしい。目の前の植物の名前や効能が分かるんだ。戦争の中ではどうしようもないゴミだな。それで戦闘に全く役に立たないゴミスキルと王国で認定を受けて殺されかけた。けども、このスキルのお陰でこの森では、周囲の植物が毒草なのか食用草なのかが分かるし、薬草も見つけることができた。無用の用ってやつだな。間違いなくこのスキルのおかげでここでの環境で生き延びれている。助かっているよ」


「・・・」


老人から続きを催促するような目で見られる。もちろん嘘はついてはいないが、全部は言っていない。じゃあ、そのスキルでどうやって魔獣なんかを圧倒する力があるんだ、と話を続けてほしいのだろうけど、俺はまだ話さないよ。


(次は、あんたのことも話せよ)


と俺は逆に目で訴えかける。俺もある程度自分のことを話したんだ。誠意を見せたんだから、あんたの事情も話せよな。そう思い沈黙が続く。


「分かりました。私たちはモトハシ様に見つけていただき、本当に幸運でございました。どうやら本当に私たちを追ってきたムラカ派でもなさそうですし。魔族側の人間でもなさそうですし。敵対していない事はわかりました。それでは、こちらの事はどれほどお話になりましたかね、エマお嬢様」

「いや、まだ何も。どうやらこのヒトは、ただの迷子で何も知らなそうであることを確認するので、今までの会話の時間を使ったわ。では、私の自己紹介をさせていただきます。申し遅れました。私の名前は、エマ。エマ・ル・ガルーシュ。ガルーシュ伯爵家の次女でございます。私たちはエルフ族の中で、太陽神を崇めるサニ派に属するものでございます。おそらくエルフ族のサニ派、ご存じないと思いますので、ご説明差し上げます。あなたは私たちの命の恩人ですからね」


そう微笑むエマの姿を見て、少しドキッとした。今までよく見ていなかったがお嬢様と聞いてから、注意して女の顔として見ると、えらく見目形の整ったいいところのお嬢様だな、と思えてきた。何てったって、服は血だらけだし。髪はぐちゃぐちゃだし、服はボロボロだ。まぁ、この一ヶ月間は、生きるので精一杯だっただろうからな。エマとセバスの見た目の悲惨さがえらく目についてきたので、エマの説明に口を挟んだ。


「あ、そういえば、その説明も長くなるだろうから、先にあんたたちの服装を綺麗にしてやるよ。替えの服とかはないだろうし、この1か月間は洗濯も何もしていないんだろ?せめて血糊ぐらいは洗い流させてやる。それと先ほどから焚火で、肉を焼いているんだ。草食じゃなければ、食べてもいいぜ。エルフは雑食か?」


「えぇー!?ここ辺りに水場がありますの??!!本当に嬉しいわ!!逃げるのと、生き延びるので精一杯で、身だしなみを整える時間も気力も何もなかったから、助かるわ。それと食事も用意してくれているなんて、本当に助かるわ。もう何日も飲まず食わずだったし・・・」


「いや、水場はないが俺が水魔法が使えるから、それで何とかしてやるよ」


「へー、あなた、水魔法も使えるの?色んなスキルも使えるのね?先程の植物鑑定のみじゃなかったのね」


と、言ったが、じっとエマを見るセバスの視線を横目で気付き、自分の失言に気づいたのか、エマはハッとなって口を塞いだ。スキルについては踏み込んだ発言だったかと、じっーとこちらの表情の変化を見極めようしていた。


(天然なのか、狙ってるのか)


気にしないよ、と表情で伝えながら俺は答えた。


「まぁな。水魔法にも適性があったようなんだ。本当にスキルというのは凄いな。この世界様様だよ。俺の元いた世界ではこんな事はなかったよ」


と言って、ウォーターと心で念じて手から水を生成した。その大きな水の塊をエマとセバスに前に出現させて、水全体に魔力を行き渡らせ制御下においた。自由にエマとセバスが水浴びができるようにしてやった。


「何!?これ!凄い!どうやって水を留めているの?」

「こ、これは、すごい!!!」


エマとセバスは恐る恐る水に手を入れ、普通の水であることを確認し、顔や髪を洗い始めた。服も洗い全身がビショビショになったが、二人から満足した様子だった。


「水も飲むか?」と聞くと「お願いします」との即答だったので、別に10個ほどの小さな水を生成して渡した。何個か口に入れて水分補給をした。


一息つき2人は地面に座った。俺は今回2人の為に魔力で生成した水に、魔力を行き渡らせ頭上に移動させた。エマとセバスが顔や髪を洗った水、また服を洗った水を全て頭上に浮かべ、洞窟の奥へ流しておいた。


「ど・・・、どうやってそんな風に水を空中に留めて自由に移動させているの?それに、服まで乾いているわ!!どうやったの?」


「俺もよく分からないが、おそらく自分の出した水は、自分の魔力と親和性が強いから魔力を通しやすいんだ。自分の生み出したものなら自由に動かせるだろ?そうものじゃないのか?」


「そんなものじゃないわよ!そんなこと普通出来ないでしょ!魔力操作能力がかなり長けていないと、こんな風に水を自由に動かせないのよ!服に染み付いた水まで動かせるのね。本当にびっくりしたわ!本当にありがとうね」


そう思って、二人を見たら驚いた。そこには先ほどとは別人の二人がいたのだ。エマは、驚くほどの綺麗な女の子で、セバスは、驚くほど男前の老紳士だった。


エマは、髪の毛に血糊がついており、赤く黒ずんで、ボサボサであったが、水で洗われることで、元の金髪の色が出てきた。顔も泥や土、草、汗などで汚れていたから見えなかったが、澄んだ青色の瞳に、なめらかな透明感のある肌と、すっきりとした顎ライン。まっすぐに整った鼻筋。一瞬見とれてしまった。これがエルフ族なのか。別次元の美しさに、ここが正に異世界であることを実感した。


老紳士のセバスの方も、服も、髪の毛、顔、全身が泥と土、草まみれであったが、水で洗い流された後は、実はその目はキリっとしていて、眉毛も整い、その顔には今までの全ての苦労を乗り越えてきた自信と知恵が備わっている証としての皺が、深く刻まれていた。また綺麗な白髪をしており、高身長でスラっとした体をしているので、元の世界だったら俳優と間違われるんじゃないかな。俺のじいちゃんにも同じ雰囲気があるが、男前さでは、100倍敵わない。じいちゃんには悪いが・・・。


これがエルフ族の老人か、本当に凄いな。


「わたくしからも御礼申し上げます。少し驚きましたが、これほど魔力操作に卓越しているとは、本当に素晴らしい能力です」


「そ、そうなのか。この世界の常識なんかは、全く分からない状態で放り出されたからな。あんたたちと話しているだけで、この世界の事をよく知れるよ」


「そうなのね。若いのに本当にすごいわね」

「確かに。これほどの若年者で、これほどの力とは。末恐ろしい」


「若い、若いって・・・、セバスから言われるの分かるが、ちょっと気になるんだが、失礼でなければあんたらは何才か教えてもらってもいいか?」


「わ、私?私は15歳ですわ」

「わたくしは、齢60でございます。第一線から引く年齢ではあります」


「そこの、えーと、エマは15歳か。セバス

60才なんだ。とんでもなく年上とかでは無いんだな。てっきり別種族は歳の取り方が違うかと思ったよ。ちなみに俺は18歳だ」


「そうなんだ。えーと、たしか、エルフ族もヒト族も、成長自体はあまり変わらないはずだからエルフ族は、見た目自体の成長は、20歳ぐらいで止まるけども、ヒト族と寿命も成長過程もだいたい一緒のはず。あなた年齢の割に小さいんじゃないかしら。もう少し年は若いと思ったわ。だいたい13歳ぐらいかな、と思ったわ」


「異界のヒト族の勇者の話は聞いておりますが、成長はヒト族と同じと言われております。理知的な子どもと思っていましたが、18歳でしたか。見た目は確かに13歳ぐらいだと判断しておりましたが」


「は?何を言っているんだ?俺は身長170センチ、18歳の青年だぞ。なぜ13歳に見えるんだ」


「え?170センチ?えーと、それは無理だと思うわ。私が150センチだから、あなたも150センチぐらいかしらね」


は?


ちょっと待て。いや、待てよ。


心当たりがないことはない。たしかにここ数カ月間手が届くはずの場所に、だんだんと手が届かなくなったように感じ始めていたんだ。実際のところはこちらが縮んだ・・・?


水を空中に等身大が見えるぐらいの量を生成して、鏡のようにして、自分の姿を見てみた。


(た・・・、たしかに。言われるまで気が付かなかった。自分の姿がだいたい13歳ぐらいの幼さを感じる。10代の8歳の差は実はとても大きい。中1と高3の違いだ。この青年期の成長は、容姿や体つきを大きく変化させる。自分の様子を水鏡で見ていると、基本パーツは変わらないが、たしかに若干幼いように感じる。自分の中学校時代を思い出す。しかし、俺も薄汚い悪ガキのように見えるな)


「何かあったの・・・?」


エマは心配そうに、こちらを見て声をかけた。


最近自分の姿を見る機会はなかったが、たしかに少し小さくなっている。


「いや、何でもない。自分の姿を最近見ることなかったからな」


その水で俺も自分の体をバシャッと濡らして、体を水で洗い流していった。


(確実に万癒の果実のせいだ。体を治す効能が強烈で、体が活性化して少し若返ってしまったのかもしれない。もしくは細胞のダメージをDNAレベルで治す力があるのかもしれないな。俺もかなり無茶をして、腕や足も魔獣達に食い千切られたこともあるからな。どちらにせよ、この万癒の果実は不老の薬と呼ばれるものじゃないだろうか。全ての生物が欲してやまないこの効能。あまり世の中に出すべきものではないな。俺もこの事実を知っているとしたら、誰かが知ったら俺を殺してでも欲しい情報だ。恐ろしい・・・)


俺はできるだけこの衝撃の事実に動揺している様子を隠して、エマとセバスに説明した。


「この生活の中で自分も変わってしまったんだと、改めて思ったんだ。あんたらと会って初めて、自分の容姿を見たいと思ったんだよ。人はやはり人の中で人となるんだな。一人でいると見た目を気にしなくなる」


エマは優しい笑顔でこちらを見ていた。


「分かるわ。私もこの森では見た目を気にする暇がないわ」


「俺の場合ここで一年だせ。森での熾烈な生活の影響だよ。異世界生活は驚きでいっぱいだな」


セバスは少し笑いながら言った。


「いえいえ、ここで一年いるモトハシ様の方が驚きですよ」


「まぁいいか。それより飯を食いながら、あんたたちの事情を説明してくれ。それとあんたたちに頼みがあるんだ。この森から脱出するのを手伝ってほしい。俺には王国に帰ってやることがあるんだ」


そう言って話を終わらせて、二人を焚火の方に連れて行き食事にすることにした。


俺は気付いていたが言わなかったが、セバスは終始じっと俺を不思議そうに見ていた。

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