16 エルフの女と老人①

「う・・・うぅぅ・・・」


女の方が目を覚ました。まだ老人の方は死んだように寝ている。本当に死ぬ直前だったからな。まだ体力は回復していないんだろう。


女はガバッと起き、こちらをキッと睨んできた。


「○+<%¥°|×々|*!!!!」


たぶん彼女の第一言語で発話しているようだ。剣幕は伝わるが言葉は全くわからない。


俺は魔力を発動させ、自分の言葉のイメージをエルフの女に伝えた。


「えーと、俺の名前はモトハシノブシロ。ヒト族だ。あんたらに危害が加えるつもりはない」


魔力に乗せて相手に自分の言葉のイメージを送ったのが伝わったのか、そうすると女は表情を少し緩めて話しかけてきた。


「あなたはエルフ族ではないのね。ヒト族なのね。何が目的?どうしてここにヒト族がいるの?どうして私たちを助けるの?」


『ヒト族』と、言っているということは、俺がエルフ族ではないことは認識したようだ。『ヒト族』という言葉が認識されるという事は、『ヒト族』という言葉が存在しているという事だ。この周辺地域にもヒト族はいるのだろうか?


血みどろのドレスに、ボサボサの髪をしている。女の子なのは分かっているが女の子らしい所は一つもない。そらそうだろうな。さっきの状況を見ていたら死ぬ一歩手前、いや、半歩手前だったからな。


混乱した頭をフル稼働して話をしてくれいるんだろうなー、と思いながら落ち着いて女の話を俺は聞いていた。


「まずは落ち着いてくれ。何がどうなっているかは俺が知りたいぐらいだ。最初に会った時も言ったが俺は転移させられて、ここの森に飛ばされたんだ。ファーダムというヒト族の国から来た。来たというか、飛ばされただけだが。えーと、一つ一つ整理して話そうか。まずはあんたの最初の質問は・・・」


「ファーダム!!??ここからこの死の森を越えた先の山脈を越えた、更に先にあると言われいるヒト族の王国から来たの?ここまで転移するなんて、どうやって・・・?」


「あんたの最初の質問は・・・。まぁいいか。気になったことを聞いてくれ。俺はただ『来た』んじゃなくて、『逃げ出してきた』んだ、あの国から」


「どうして?」


どこまでこの女の子に話をすべきなのだろうか・・・と思いながらも、ある程度こちらの胸襟を開いて話さないと信頼関係も築かれないだろう、と判断して、今までの経緯を洗いざらい説明することにした。嘘をつく意味は全くないしな。


地球という場所から来たこと


転移させられ、『勇者』として戦争の道具にさせられるところだったこと


自分は役に立たないスキルが解放されたようで、殺されそうだったこと


たまたま近くにあった転移魔法陣を起動させたら、ここの森に飛ばされたこと


そして、何とか1年程生き延びたこと


今でもあのヒト族の国が許せないこと


あのヒト族の王国のくだりになると冷静になれない自分がいた。心の底から沸き起こる怒りが出てきてしまい「俺は決してあいつらを許すつもりはない」と自分の心の内を話してしまった。


自分が何を目的に行動しているかを話さないと、この女も俺のことを信用できないと思ったから、だいたいの心の内やあらましを繕わずに全て伝えた、という打算があったことは否めない。


結構思い切ったことを言ったものだ、と言った後に気が付いた。この発言が彼女らに悪意は向けていないことを示す、一番の方法だとその時は思ったのだが、言ってしまった直後に、よくよく考えると、もしこの女とファーダムと同盟関係だったら、この女とも敵対関係になると気が付いた。『逃げてきた』し、『許さない』との発言は結構リスクのある発言だ。背筋に変な汗が出てきた。


(失敗だったかな・・・?)


女は表情を変えずじっと話を聞いていた。俺は素知らぬ顔をしながら、話を続けた。まぁ、どう思われようと、構わないさ。どうせあの王国を潰すことは既定事項だ。この女と敵対しようが構わない。


そして、俺は話を続けた。


この森を今まで探索していたが全く脱出することが叶わなかったこと


あまりに広大な森であるため一度は巨大鳩の尾っぽに意図的に掴まってみて上空から森を俯瞰したことがあるが、森の端さえも見当たらない。遥か遠くに山々も見えるが、文明のある集落があるように全く思えない。あまりに広大な樹海が眼下に広がるばかりだったこと。


そんな時に巨大鳩が無防備な姿を晒しているのに発見した。たぶん餌を貪っているところと思い、一気呵成に襲い殺した。そうするとエルフ族が目の前に2人いたので助けたこと。


今までのくだりの説明が一区切りすると、女は表情を緩めて口を開いた。


「じゃあ、あなたはムラカ派でもないし、エルフでもないし、魔族でもないし、私たちの王国に全く無関係のヒト族なのね」


「そうだな。全ての今、君が言った言葉は俺には意味不明だが、迷子のヒト族だな」


「ははは。そうね。この森で1年間も迷子になっているなんて、相当の強運持ちか、強者ね、あなた。それにあの巨大鳩を簡単に倒したのは本当に凄いわ。私なんて、あの瞬間、もう確実に死んだと思ったわ。そういえば、私の傷も治っているし、セバスに至ってはナイフで深く刺されたと思うんだけど、傷も治っているわ。一体どうやったの?」


「この森で見つけた、傷を回復する植物で治療したんだ。あんたたちの体力が少しでも残っていてよかったよ。体力残量がゼロであれば回復は望めなかったからな」


「凄いわね。この森にあるものは、私たちの理解を超えているわ。貴重な植物だったんじゃないの?助けてくれて、本当にありがとうね。本当に感謝します。私たちは、決死の覚悟でこの森に入ったけど、一ヶ月ほど逃避行をしながら、彷徨ったわ。もう死ぬ思いだったの。この魔除けのお守りが無ければ、すでに死んでいたでしょうけどね」


「なるほどな。魔物を寄せ付けない道具を持っていたのか。道理でここの森の中を、すんなりと通り抜けてきたと思ったよ。普通はこの森の中は魔獣が蔓延っているから、非常に危険なんだ。それにあの巨大鳩の攻撃から避けられたのも、そのお守りのおかげなんだろうな」


「あんなでかい鳩見たことないわ。巨大鳩っていうの、あの鳥は?」


「いや、知らん。俺がそうやって、呼んでいるだけだ。あいつには近寄らない方がいい」


「あなた、えらく粗暴な話し方なのね。ヒト族の『勇者』って、私の今まで聞いてきた噂では結構紳士的な感じで伝わっているけど、実際のところは、聞いてみないと分からないものね」


「まぁ、当たらからず、遠からずかな・・・。俺は元々、引っ込み思案で人と話をするのが大の苦手だったんだ。よくいじめられもした。けども王国で殺されそうになった経験と、ここでの弱肉強食の世界で生きている中で色々と学んだよ。目的の達成こそが一番大切だってね。目的達成の為なら他の事は気にしない。気にする必要がないし、その余裕もない。ここでは生きていくのが最優先事項だ。それ以外は何も必要じゃない。何も重要じゃないんだ。だがら、強気で自信を持って前のめりで生きていく。一歩でも引いたやつから喰われていくのが、この森の掟だ。まぁ、あんたたちの方がよっぽどそれには詳しいような気もするがな。こんな森を領地に持っている国だろうし」


「それも当たらからず、遠からず、ですかな」


その言葉を聞いて横を見ると、老人の男が目を開けていた。

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