2 エルフ国騒乱編

14 逃亡の果てに

「もうダメ・・・もう諦めましょう・・・追いつかれるわ。私、もう走れない・・・」


「お嬢様、そんな弱気になってはいけません!生きていればこそです!お気を強く持って下さい!」


木の枝や泥の付いたボロボロのドレスを着て、裸足で走る女の子と、それに付き従うように走る、紳士然とした老人が、2人で森の中を疾走していた。


後ろには、10個程の影が距離を徐々に詰めながら追いかけていた。2人は後ろを何度も振り返りながら逃れる先を探すように、前へ前へとひたすらに走っている。


1つの影が女の子の横から突然近くに現れ、襲ってきた。「キャッ」と叫ぶまもなく影は上下2つに分かれて、地面に落下していった。落ちた後には大きな血だまりができていた。


老年の紳士が手刀で影を二つに切断したのだった。


「お気をつけを。気を緩めると襲って参ります」


「あ、ありがとう」


体を支えられながら、女の子も老人もスピードを落とすことなく走り続けた。


鬱蒼とした森の先が明るくなってきた。街道に出るのか、森を抜けたのかと思い、思い切ってその光の中に入っていった。そこは森の中にある、大きく空いた空間であった。そこは森の中にぽっかりと空いた草原だった。太陽が陽々と光り、森の不気味な暗さと酷く対照的な場所であった。2人は草むらを走り続けていった。


(まずい)


老人はこの空いたスペースは、今までの少人数での逃走の利点を全て潰しえる場所になっていることに気付き血の気が引いていく思いだった。今までは森の中での逃走であり、木などの障害物で襲撃者たちは一斉には襲うことができず、襲ってきたとしても一対少人数をなんとか維持していた。森の中であればこの数であれば、お嬢様を守りながら退避することは可能だった。しかし、この場所にいれば一対多数の状況になる。絶対絶命になることは間違いない。


すぐに近くの森の方へ方向転換をし、森の中に入ろうとしたが自分たちが入ろうとした進行方向の森の中からぞろぞろと影が現れた。影は、黒装束を着た不気味な集団であった。もちろん、何者であり何を目的に彼らは女の子と老人を追ってきているかはよくわかっていたので、驚きはない。我彼の距離はだいたい20メートル。後ろを振り返っても何個かの影が近づいてきていた。


このまま正面の森の中に走り込むには距離がまだ大分とあるので、追いつかれる。このままではお嬢様はここで殺される。万事休すか。


ジリジリと寄ってくる影たちに対して、女の子も老人も逃げきれないことを確信し相対することを選ぶ。女の子も息を切らしながら、体全身に魔力を巡らして戦闘態勢に入った。


老人は女の子の正面に立ち、誰もそこから一歩も自分の後ろには通させないとの気迫で立ち塞がった。全方向より一気に影が襲いかかってきた。


女の子は左右を見て、左から2つ、右から1つの影が高速で近付いてることを見て取り、右の1つの影の方へ走っていった。じっとしていても1対3になるだけなので、むしろ敵に向かっていけば、せめて1対1で短時間でも戦えると判断したのだ。


この一瞬に全てをかける!!!


相手は時間を稼げば勝ちだが、こちらは時間をかけている余裕はない。ありったけの魔力を手刀に圧縮させて、足になけなしの魔力を集中させて自分を一本の矢のようにし、この一突きに全てをかけた。


1人であった影は、突然女の子が強烈な突きを体全身で放ってくるとは夢にも思わず、対処に遅れ胸部を魔力に覆われた手刀で貫かれた。体に大きな風穴が開いた。


絶命した黒装束の暗殺者の血飛沫で、女の子は全身血みどろになった。突きの勢いが止まらず、その死体と一緒に転げていった。揉みくちゃになったが、三、四回ほど回転して転げた後に、二つの体は静止した。女の子はむくりと起き上がり、周りを見渡した。二つの影が後ろから猛烈なスピードで近寄ってくるのを視覚の端で視認。


気付くと、その二つの影の一つを横から老人が手で一閃し、暗殺者を一人始末した。その攻撃に脇目も降らず、もう一人の暗殺者が女の子に迫る。先程の攻撃で魔力がすでに尽きており意識を保つのもギリギリの中、女の子は立ち上がり迎え撃とうと構える。


が、前に進もうとした時に下敷きにしていた死体に足を引っ掛け、前に倒れ込んでしまった。迫る暗殺者の視点からは見れば、猛突進して仕留めようとしたターゲットが突如消え去ったように感じ勢いのまま、女の子の頭上を飛び越える形で勢い余って通り過ぎでしまった。後ろを振り返り確認すると倒れている女の子を視認した。そしてもう一度襲いかかっていった。


その合間に老人は女の子を右手で、脇下に抱き上げ逃避を始めようとしたが、間に合わず腹部を正面から暗殺者のナイフで深く抉られた。


「グフッ」


ナイフは体に刺さったままであったので、カウンターで女の子を抱えていない方の左手で思い切り、ガラ空きの顔面を強打し頭蓋骨を陥没させた。先程牽制して振り切った七人程の暗殺者が距離を背後から詰め寄り向かってきているのを気配で感じる。


「お嬢様。お丈夫で・・・。私はここに残り、時間を稼ぎます。どうか、お逃げ下さい・・・」


静かに女の子を下ろし、襲撃者の方へと体を向ける。


「そんなのは、ダメです・・・。ここでまだ一緒に戦う方が・・・、まだ生存率は上がるでしょう・・・」


と言いながら、構えを取る。


もうあと10メートルほどの距離まで迫っていた。


あぁ・・・、私の悪あがきも終わったのかしら・・・。魔族に踏み躙られた、エルフ族の尊厳も、守ることもできずに。これも私たちサニ派の罪深い罪業の為か。悔しい・・・。


もうあと五メートルと迫った。何人かは、道連れにしてみせる。セバスには、ここまで道連れにしてしまって、本当に申し訳ないわ。


「エマ様。本望です」


老執事のセバスはエマの思考を読んだのか、そう厳と遺言のような言葉をした。


もう手前まで来た、暗殺者の影が二人を覆い被さろうとした。


恋ぐらいはしたかったかな。


そう一瞬思った、その時。


「ギャギャギャギャーーーー!!!!」


上空から大声がしたと思ったら、目の前の暗殺集団が一堂に消え去った。いや、何か大きな影に攫われていった。

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