12 食事会

コンコン


重厚なドアに誰かがノックをした。その乾いた音が部屋に響き、三原たちは「どうぞ」と応答した。


ドアがゆっくりと開き、執事のような格好をした老齢の男性1名、メイド服を着た若い女性2名が入ってきた。


「三原様、赤石様、森様、中井様、林様、お食事が整いましたので、ご案内いたします」


「ありがとうございます。もうそんな時間なんですね。おしゃべりしていると、時間が経つのが早いものですね」


皆笑顔で「本当に一瞬だったわね~」とうなづき、明るく三原が話をまとめ、率先して立席し案内人の元へ歩き出した。


会場に着くと、他のほとんどの生徒たちはすでに夕食の席に着いていた。三原たちのグループが最後だったようだ。部屋は豪華絢爛たる装飾に彩られ、天井からはシャンデリアが吊り下がっていた。重厚なデザインが施されたテーブルには、豪華な食事が所狭しと並んでおり、みな食事に手をつけるのに恐縮していた。今はただホストであるサリア姫の開始の言葉を固唾を飲んで待っていた。


三原たちが席に着くのを待ち、サリア姫から会食会の開始の合図がなされた。


「では、お待たせいたしました。お口に合うか分かりませんが、どうぞお召し上がりください。まずは、お食事をとっていただき終わりましたら、先ほどの報告また今後のことに関してご説明させていただきます。」


その言葉に全体に一瞬、緊張感が走った。今後の自分たちの行く末が決まる重要な話が行われる。しかし、息の詰まる出来事の連続であったため勇者たちは目の前の豪華な食事に目を奪われ、緊張感も感じながらも空腹感には勝てず、手はすでに目の前の食事に伸ばされていた。会場は異世界の食事に舌鼓を打つ勇者たちの歓談の時間となった。


「この肉は何なのかな?」

「この野菜の味付けは、何かな?めちゃめちゃ美味しいんだけど!」

「このジュースは、今まで経験したことのない味だ!オレンジでもなく、カシスでもない。酸っぱさと甘みが絶妙だ!」


所々で勇者たちの歓声が上がり、ゆったりとした歓談の時間が過ぎていった。


異世界での初の食事も終わり、デザートが振る舞われ女子も男子も大興奮であった。


「この世界にもアイスがあるのか?!すごいな!」

「このアイスもすごい!彩りが抜群ね!」

「どうやって冷凍庫もないのに、アイスを生成しているんだ?あ、そうか、魔法で氷を作ったのか」


この異世界への考察をしながら、たしかにこの世界と元の世界の違いを感じながら、食事が終わった。


徐々に食事を終えた勇者たちは口を閉じ、ゆっくりとサリア姫の方を見始めた。会場全体の視線がサリア姫に自然と集まっていった。勇者たちは食事もそうだが、今後の行方を考えると気が気でなかったのも正直な気持ちでもあった。その勇者たちの雰囲気を感じ取り、サリア姫は徐に口を開いて話し出した。


「勇者様方もご食事も終わられたようでございますので、私の話を聞いていただければと思います。


まずは、皆様のご友人の元橋様の件に関してご説明させていただきます。まずは元橋様は、市井に下ることをご決断されましたが、残念ながら植物鑑定士というGランクのスキルが解放されてしまい、元橋様は今後の異世界の生活に大きな不安感を抱かれていました。担当の兵士からは、以下のご説明を差し上げました。


生活の安全の保障をさせていただきたく、金銭の提供を申し上げました。


その後、今後の生活を支える上で必要な技能取得の話をさせていただきました。


そこで、元橋様からはご納得をいただく事はできず、仕事よりも生活の保証こそが大切であり、永続的な生活費の給付を要請されました。


私たちとしては社会に溶け込む上で、社会の一員としての役割を果たしていただく事が、長い目で見た時に元橋様のためになる、とご説明しました。また今後は勇者として別世界から来たことは、他言無用との魔契約の件も話をさせていただきましたが、すでに興奮状態にあった元橋様が、その兵士と口論となってしまい揉めてしまいました。その時に既に護身用の剣を元橋様にはお渡しておりまして、ちょうど兵士が一旦退出しようとしたところを兵士の首筋に一突きし、兵士は死亡いたしました」


「ちょっと待ってください」


凛とした声が食堂内に響いた。凛先生が声をあげたのだった。


「元橋君はあまり身体的に強い生徒ではありませんでした。なので争い事、特に喧嘩からは一番縁遠い生徒でありました。その彼がどういう理由で、その屈強な兵士の方を殺す事ができるのか私には理解しかねます。」


他の生徒たちも同様の反応のようで、生徒たちの中にも同じような認識であることが窺えた。三原も赤石もうんうんと力強く頷いていた。


サリア姫は一瞬眉毛が上がったが、内心の動揺を出さないようにした。


(は?!あいつが?!あの動きをしていて、好戦的ではない?!信じられないわ。普段の生活の中では爪を隠すタイプだったの?私も兵士も、またここの勇者たちも皆、彼の偽りの普段の振る舞いに騙されていたようね。ペテン師が・・・一体、何を目的に自分の実力を隠していたのかしら・・・?)


サリア姫は内心の気持ちをおくびにも出さず言葉を継いだ。


「はい、説明には細心の注意をして臨んでおり、兵士もあまり威圧感のないようにと、服もカジュアルに帯剣だけをして、説明に臨んでおりました。その兵士は新米兵士であったようで、戦闘訓練もそこそこでありました。皆様方がこの世界にお呼びしている理由を思い出していただきたいのですが、皆様の魔力量、身体能力は一般人に比べて非常に高いのです。なので元橋様のGランクのスキルであっても、一般兵士を制圧することは容易になるのです。皆さまを召喚した理由が、まさにここにあるのです。今回は、このような不幸な出来事が起きてしまい、元橋様も力が急増大したために精神的な安定を失われたのかもしれません」


この説明を聞き、勇者たちの間に様々な反応が生まれた。


「あんなモブでも簡単に人を殺せてしまうのか」

「私も、間違って人を殺めてしまうのかな。この力、本当に気を付けないと」

「元橋君は、本当に人を殺してしまったのね」

「あいつもどうしようもない奴だ。金が欲しかったのか」


「そして、元橋様の姿が無くなった件に関しての報告をさせていただきます。あの部屋にありました、転移魔法陣を使い移動されたことが確認できました」


春日は皆の当惑した表情をサッと読み取り代表して質問をした。


「転移魔法陣とは?」


「はい、『転』じて『移』動する、転移魔法陣です。特別な紙に魔法陣を描き、魔法を流すと、特定の場所へと瞬時に空間を超えて移動する事が可能になる魔法陣です。魔法発動方法には基本3種類あります。詠唱型、魔法陣型、呪術型です。詠唱型は、音声の言葉に魔法起動・発現を組み込みます。魔法陣は、文字に魔法起動・発現を組み込みます。そして、呪術は呪いの強い思いに、魔法起動・発現を組み込んで使用していきます。元橋様が使われた魔法陣を調べましたところ、非常に申し上げにくいのですが、この度、元橋様が転移された先なのですが・・・」


「ど、どこですか・・・?」


三原美幸は、緊張した面持ちで、固唾をのんで答えを待った。


「実は、流罪地への転移魔法陣でした。」


ルザイチ???


勇者たちには、「ルザイチ」という言葉が音声のみで伝わり、どんな意味が含まれているのか、理解できないでいた。今までの生活で聞いていない単語だからだ。


三原「ル、ルザイチとはどういう意味なのでしょうか?」


サリア姫「流罪地とは、処刑場のことでございます。あの魔法陣によって転移される先は、残っている記録によれば、猛毒の草花が咲く、草原に転移されるようです。数分で死に至る花粉が空気中には充満しているとか・・・。残念ながら、元橋様が生きておられる可能性は・・・、限りなくゼロでございます。」


「そんなの嘘だわ!!!!!!!そんなことあり得ない!!!!そんなことあるわけないわ!!!」


三原は発狂したようにサリア姫の言葉を受け取れないでいた。自分が最も大切にしている人が死んでしまった。そんな事実を受け入れることなんてできるはずもなかった。

赤石も同様に「嘘・・・元橋君・・・」と茫然自失としていた。


他の生徒たちも呆然としていた。


春日でさえも、元橋の死には驚きを隠せなかった。


春日「まさか、本当に死んでしまうとは・・・。サリア姫、確認だが、彼の死を確認しに、そこへ行くことはできないのか?」


興奮していた三原だが、凜先生が隣に座り、三原を宥めていた。その彼女を含めた他の生徒たちも、サリアの次の言葉を耳をそばだてて聞いていた。


「申し訳ありませんが、それはできません。まず第一に、驚くべきことにこの転移魔法陣は禁忌の魔法陣でありました。転移魔法陣は普段の生活でも使用はされますが、このような転移魔法陣があること自体が、私たちにとっても驚きでありました。この転移魔法陣の内容の記録も同様に、古い文字で記されているものでした。昔に処刑方法として使われていたことがあるらしいのですが、正直誰も行ったこともなければ、確かめることもできません。ただその説明が記録に残っているのみでした。この転移魔法陣を調べましたら、使用回数は1回のみとなっておりましたので、確かめに行くことは、大変心苦しいのですが、不可能になります。


もし違う場所に転移されたとしても、この世界で、元橋様の力のみで生きていくのは、ほぼ不可能かと思われます。本当に残念ながら、生存率はほぼ0%と思われます。皆さまのご友人を亡くされた事、心よりご冥福をお祈りいたします。しかし、元橋様によって殺害された兵士もおりますので、あまり広くこの事は話さないで下さればと思います。勇者様に対する風当たりが強くなるのも、国の為にも、勇者様方の為にもなりませんので。


「そ・・・そんな・・・伸城くん・・・のぶ・・・しろくん・・・」


その説明を聞き三原は卒倒した。他の生徒たちも涙を流すものもいた。初めて人が死んでしまったことを聞き、事実として受け止められなかったのだ。平穏で安穏な世界で生きてきた生徒たちにとっては、簡単に受け入れられない事実であった。


その話にショックを受けた生徒たちは全体の半数ほどいて、凜先生がPTSDの事も考えて、全体の散会を提案しそれぞれの生徒を自室への引率していこうとした。


しかし。


サリア姫は、厳とした声で勇者たちに呼びかけた。


「大変に悲しいことではありますが、この世界も刻一刻と滅亡へと近付いております。気分の悪くなった方は退出していただいて結構です。しかし、落ち着かれましたら私の話を聞いていただきたいと思います。皆様、よろしいでしょうか?」と全体の流れを止めて、話を続けていった。


「ゴクッ」


これからの世界、もっと多くの死を見ることになるかもしれない。その為に、僕たち、私たちは召喚されたとの説明とこの世界の人々への助力を頼まれたのが、実際の話だ。


「気分の悪くなれた方は自室でお休みいただき、もし話の継続が可能な勇者様はこのままお残りください」


そう言うと勇者の半数は残り、もうあとの半分は一時の休止を希望し、自室へと戻っていった。凛先生が全ての生徒たちに、時間のある時に、必ず自分の部屋に来て話をしにくるように、伝えて、凜先生も同様に部屋から退出していった。


「ありがとうございます。では、これから残っていただいた勇者様方にお伝えしたい事が2点あります。これからのスキルレベルの向上と、任務に関してでございます。


まずは、勇者様方のスキルレベルはまだまだ初期の段階ですので、戦闘にはまだ使えないのが基本です。しかし、成長率はとても高いと言われております。そのスキルレベルの向上は非常に単純で何度も使う事でスキルは強化されていきます。今の状況では、皆様はご自身のスキルを完璧に使いこなせません。例えば、相手を鼓舞する赤石様の歌声は、複数の人々の勇気を沸き起こすスキルですが、人数には制限があります。より多くの方々に勇気を送るためにはスキルレベルを上げていく必要があります。なので、まずはスキルの用途をよく理解し、何度も使っていただきたいと思います。勇者様方にはそれぞれのスキルの特性を確認し、パーティを組んでいただき、この王都の近隣の森林、草原、山などに魔獣が生息しておりますが、そこで戦闘訓練を受けていただきたいと思います。訓練の時は今、壁際で立っているあちらの兵士たちを護衛として、訓練補助をさせていただきます。


この点に関して何かご質問はありますか?」


生徒たちは固唾の飲み、特に質問をすることはなかった。実際のところは何を質問すれば良いか、何が分からないかもわからず静かにサリア姫の次の説明を待った。


「それではご質問がありましたら、いつでも私の話を止めてご発言下さい。


そして2点目としては、任務についてです。戦闘訓練の中でスキル向上を何ヶ月、もしくは何年かしていただけましたらそれぞれの勇者様方の適性を見て、国防ラインの戦闘へのご参加、または要人の護衛、または転移魔法陣を持っていただき、深く魔族の領域への潜入任務に就いたりしていただきます。勇者様方とは訓練後に、皆様とよくよく相談もさせていただき決めていきたいと思います。何かご質問はありませんか?」


「要はこれから訓練をして、俺たちは自分たちの強化を行いそして魔族どもを一番自分たちのスキルの特性に合った形でぶっ殺しにいく。そういうことだろう?」


菅原は足を組み、椅子に仰け反るように座りながら言い放った。


「その理解で全く問題ありません」


「了解だ。いつから訓練は行われるんだ?明日からか?」


「はい、その予定になっております」


「じゃあ、今日は早く寝て明日に備えたいんだが、いいか?サリア姫」


うなずくサリア姫を確認してから菅原は他の生徒たちに呼びかけた。


「それとお前たちも、もう質問もしなくていいだろう。とっとと強くなっていけば生き残れる可能性も高くなっていくんだ。あのアホキチみたいにこっちの世界の人たちと揉み合いになるなよな。お前らの力も相当強くなっているだろうからな」


冗談なのか本気なのか、よく分からない発言ではあったが他の生徒たちの心にストンと落ちていく発言ではあった。


「そうだな。グダグダ考えてもしょうがないから、とにかくスキル向上だな」

「あー、俺もこの『不動の壁』(A)はどんな感じなのか、実は楽しみなんだよな」

「私も、『風を読む人』(B)とか、どんな感じで使えるのか、ワクワクするのよね」


菅原の単純にして本質を突くような発言で、全体の雰囲気も良くなり生徒たちも気持ちを盛り上がらせながら自室へと退去していくのだった。


菅原は自室の帰る最後の一人となり、見送っているサリア姫を見て言った。


「あんたも大変だな。色々と。まぁ俺には関係ないから、ただ強い奴を叩きのめして世界一が俺だと証明できれば、俺は何でもいいんだがな。まぁこれからよろしく頼むぜ」


「はい、承知いたしました。これからも、よろしくお願いいたします」


ゆったりとした足取りで自室へと案内される菅原の後姿を見ながら、サリア姫は「はぁ」と誰にも気づかれないように小さくため息をついた。


(やっとここからスタートラインに立ったわ。多少のイレギュラーはあったにせよ、特に問題なく進んでるわ。モトハシの死でショックを受ける勇者たちがいるのは分かっていたし、遅かれ早かれ、誰かが死に、誰かが誰かを殺す。その時のショックが今だったか後だったかの違いだけ。ここの部分を先延ばしにする方が、問題は大きくなっていったのだから、ここは丁寧に状況をそのまま説明してよかったわ。あぁー、あのモトハシとかいう奴も、本当に死んでいるかどうかは確かに確認のしようがないけども、100%間違いないわ。あの記録も古いことは古いけども、確かなものだったわ。他の禁忌の魔法陣にしても効果は記録通りですから、間違いはない。最近の勇者召喚は100年前だったから、様々な文献を引っ張り出して、勇者の子孫たちに話を聞いておいてよかったわ。今回の『ハーデニア』の人間たちの思考も、考え方もある程度は予想はついていたから対処に苦労はなかったわね。さぁ、英雄の座もあげる、女も男も、財宝も、望むものは全てあげるわ。


だから、私たちの為に、踊り狂ってよ、勇者様方)

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